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宇宙航路は遥かにて  作者: 星川わたる
第1章 航路のはじまり
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第46話 世界の外へ

 船を出す。それは決まった。


 問題は、どこへ行くか――だ。


・・・・・・


 船の状態はいつもと同じ。いい航海ができる。操船はリリィがしてくれる。


 しかし行く手の宇宙空間には義勇団の戦闘船団がなだれ込んで艦隊と乱戦を繰り広げ、そこにクモの子を散らすように逃げ惑う民間船たちが入り乱れている。

 これらの船のほとんどが、もう助かる見込みがない。いま逃げている民間船は助かるから逃げているのではなく、膨大な数の船を同時に解き放てばいくらかは運よくどこかの星へ着くだろうという考えで出発させられたものだ。

 そんな所へ本船1隻が乗り出して行っても、まず助からないのは明らかだ。特高速船といっても、超能力で動いているわけじゃない。動力性能はよいが、あくまでも1隻の船。普通に出て行けば、生存の可能性は他船と大して変わらない。


「出港、もうすこし遅らせる?」


 リリィはそう聞いてきた。


 この状況で出港を焦らないのはすごいことだ。伊達に20隻の敵船を前にしても取り乱さなかっただけのことはある。

 だが、今はなるべく急いで出た方がいいと思う。


「時間を遅らせると、軍用船も民間船も撃ち減らされる。艦隊は押されているみたいだし、戦闘力は義勇団のほうが上だろう。たぶん軍用船がみんなやられて敵船が残る。それに民間船が減ったら、生き残っている船がよけいに目立つ。当然、この船も」


「出港は、なるべく早く?」


「うん、そのほうがいいと思う」


 ……とは言うものの、出港して向かう先が決められない。


 この星系を出ようとすれば、義勇団は必ず追跡してくる。彼らの今の最優先事項は、漏れた暗号をこれ以上広まらせないこと。この星系から出ようとする船は全て攻撃対象だ。

 すでにぼくが全世界に向けてその暗号表を送信したが、いまだ命令変更がないのか、あるいは傾いた通信塔から放った通信魔法がどこにも届かない方向へ行ってしまったのか――義勇団の船は戦闘をやめない。

 この星系から出られる航路は、実質ないとみていい。海図上のすべてのラインは、断ち切られている。


「海図データは、義勇団も最新のものを使ってる。いまこの船で見られる図面、すべて同じものがあちらにある。おれたちだけが分かる、脱出できるような抜け穴なんて……この前はちょっとだけあったけど、さすがに二度目はないだろうし……」


 こうして考えている間にも、軍用船と民間船が撃ち減らされてぼくたちは不利になっていく。

 でも、行く先や航行ルートが決まらないのでは……あてずっぽうに出ても迷走するだけで終わる。


「海図データ、最新なんだね。義勇団も」


 リリィが不意にそう言った。


「うん。まあ、そうでないと航海も作戦もできないし」


「古いデータはあるの? 義勇団には」


 妙な質問にぼくは戸惑った。


「古い――? いや、都度最新のデータに更新されてるはずだよ」


 最新の海図なしで宇宙航海なんて――


「あなたの『古式海図』、どこに保存してある?」


 ……?


「わたしたち、いちど義勇団の包囲網から出られたでしょ。もう誰も住んでない、昔の有人星系――そう、『第1842恒星系』。義勇団が最新の海図しか持っていないなら、あの星系の位置も、存在そのものも分からないはず」


 ……あ。


 そうだ、確かに。

 義勇団時代、あんな何百年も前の海図は見たことがなかった。


 あの海図からしか分からない、忘れ去られた元有人星系――義勇団は、その存在自体を認知することができない。


「あのとき使った古式海図があれば、わたしたちしか知らない航路がとれる。現行の海図の範囲から出られたら、しばらくあの星系に留まってほとぼりが冷めるのを待つ――エネルギーも物資も、だいぶもちそうだと思うけど、どう?」


 すごい話だな、それ。

 宇宙の海にも、秘密の抜け道とか、誰も知らない箱庭みたいなものとか、あるんだ。


 ぼくたちが、ついこの間そこを通ったんだけど……改めて言われると、今さらながら驚く。


 あの星系にテレポートした時、義勇団は追跡してこなかった。先回りして待ち構えていることもなかった。あの星系の存在は、知られていない。


 ぼくたちふたりしか、そこを知らない。


「そうだ……それが唯一の抜け道だ。ちょっと大回りして航路をごまかして――追跡する船があったとしても、現行の海図に載っていないところまで行けば、古式海図のない船は船位を失って進むことも戻ることもできなくなる」


 古式海図が削除されていなければいいが――軍はたぶんこの船を義勇団船舶のサンプルとして扱ったはず。貴重なサンプルに、そう簡単に手を加えるようなことはないだろう。

 まだあるはずだ、保存場所は――


 モニターを見られないぼくに代わって、リリィに探してもらう。

 いつか何かの役に立つかな、なんて思って買った、いくらだったか忘れた古式海図は――


「……あった」


 みつけてくれた。


「テストするから、航海システムに読ませていい?」


「うん、頼むよ」


 古式海図が再び、本船の航海システムに読み込まれていく。


「読み込み完了……細かなエラーは出ているけど、それはこの前と同じ。図面読み込みは問題なし――大丈夫、使えるよ」


 よし、きちんと残っていた。

 何百年も前の海図、もうひと働き――頼むよ。


「ナナ、さっき『大回りして航路をごまかす』って言ってたけど、どれくらい迂回する? 具体的な航行経路の指定はある?」


「指定はなし、テレポートの痕跡を追わせないようにだけすればいいよ」


「了解――行き先は『第1842恒星系』」


 第1842恒星系――今は目が見えないから、覚えるしかない。


・・・・・・


「航路算定完了。『第1842恒星系』外縁まで、転移クリスタルによるテレポート2回、通常テレポート7回。航海日数は8日。入港地は指定せず、到着後その場で漂泊の予定」


 リリィは航路算定を終えた。

 港に入るまでの航海計画は決めず、宇宙空間に漂泊することに決めたようだ。


 通常であれば次の港までの航路設定をするが、もう人がいない「第1842恒星系」には入る港がない。だから到着後その場で漂泊し、しばらくの停泊によさそうな場所を探す――そういう計画を立ててきた。

 船を着けるのに使えそうな残置物か降りられそうな天体を、今ここで古式海図を見て調べておきたいところだが――今は一刻も早くここを出たい。目的地はどうせ船の1隻もいないだろうから、適当な位置で漂泊していても誰にも文句は言われまい。リリィが決めた計画が現実的だ。


「重量・重心位置は次の通り、重量――」


 ……。


 なんだ、その数字。


「リリィ、計算合ってる? 軽すぎるけど」


 その重量と重心位置では、航海用魔力タンクがほぼ一杯だが、積荷がカラ。


 積荷、どっか行った――?


「うん、わたしもおかしいと思って確かめたけど、船倉がカラになってる。ナナ、ここまではなにか積んでた?」


「貨物ほぼ一杯まで積んでた……軍が降ろしたのかな」


 ひとつ前の港で積んだ貨物――すでに到着予定を大幅に過ぎているが、すべて荷主から運賃を取って積載したやつだ。

 中身の検査でもしようとしたのか……全部降ろされた。


 ……しょうがないな。こんな状況だ、不可抗力による不着ということで。生き延びてちゃんとした港に入ったら、事態をしかるべき機関に報告して荷主に恒星間通信を送って――あとは各々、保険で対応してもらおう。


「いいや、このまま行っちゃって。軽いぶんエネルギー消費は少ないし……すこし舵効きが敏感になる、それだけ気をつけて」


 ぼくとリリィさえ乗っていれば、いまはそれでいい。


・・・・・・


 出港に関わる要件はすべてクリア、航海に出る態勢が整った。


 現行海図の外へ――この世界から外れた場所へ、本船は向かう。

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