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宇宙航路は遥かにて  作者: 星川わたる
第1章 航路のはじまり
44/44

第44話 絶対に言わせない

 ぼくはよろよろと立ち上がり、傾いた足場にバランスを崩してすぐ倒れた。


 ガスの毒がまわったせいか身体の動きがにぶい。しびれる手で床を探りながら生ぬるいガスの中を這い、汽笛が聞こえた方向にまわる。

 手すりを探り当て、乗り越える。落下しながら両手をひろげ、飛行態勢をとる。

 飛べてはいるようだが、感覚がにぶい。引力を感じながら水平飛行に移り、おおよその見当をつけて飛んでいく。いま汽笛を鳴らした船、おまえは――


 おそらく軍港と思われる宇宙船の港を飛んでいく。まだ先だ、もっと――


 ……あった、宇宙船。


 武装らしきものが感じられない、ちいさな船。


 タラップがまだつながっているらしい。あそこに降りよう。

 にぶった体で急旋回に失敗し、大きく8の字を描いて着陸をやりなおす。接地にも失敗して転倒し、防護フィールドも途中で切れてぼくは地面を転がった。


 ぶつけた痛みはあるが、怪我はなさそうだ。とりあえず起きて周りを感覚で探って、タラップらしいものを見つけた。

 目は見えないが、とりあえず地面や壁の気配を探ればまっすぐ歩ける。タラップの入口へ、ゆっくり歩いていく。

 船には動力が入っているようで、船底から力を感じる。まだ先へ行こうという、前向きの力をもっている。


 タラップを渡り、舷門らしき場所へ。


 ここに、銘板があるはずだが……


 壁に抱きつくようにして、さがす。ややしびれた指先の感触から、みつけ出した銘板の文字をたどる。大きな文字を、ひとつずつ――



【 G S L 2 0 9 】



 ……。


 ああ――


 待っていたのか、おまえは。

 まだ行こうというのか。もっと先へ、ずっと未来へ。


 でもだめなんだ。ぼくはもう、計器も見れなくなってしまった。手足もガスの毒がまわってしびれたままだ。操縦桿も、推力レバーも握れない。


 ……!


 ――なにか、聞こえる。


 だれかの靴音が、近づいてくる。いつか聞いたことのあるような、軽やかな靴の音。

 そちらを向いても、なにも見えない。その「気配」はよく見えているが、どんな姿か、どんな顔か、全く見えない。


 靴音は、ぼくのすぐ前で止まった。

 誰なのかと目をこらしてみて、目がみえないことを思い出す。


「ナナ……」


 その、名前……

 ぼくのことをそう呼ぶのは……


 ここに来る前に別れた、あのひとだけ。


「……リリィ?」


 そんなはずは……


 ここで、待っていてくれた?

 ぼくのために……ぼくと一緒に、行くために。


「……」


 ――いや、ちがうな。


 さすがに都合が良すぎる。軍に奪われたはずの船がいて、永遠に別れたあのひとがすぐ目の前に来ているなんて。そんなはずはない。

 ぼくはまだ、通信塔の上にいる。おそらくガスの毒のせいで、幸せだったころの幻覚をみているんだろう。


「ナナ、だいじょうぶ……?」


 耳に心地よく響くあのひとの声。

 幻でもいい、しばらくこれに浸っていよう。


「ナナ、その……ごめんなさい」


 謝ってくる。なぜだろう。


「わたし、あの後、ナナは義勇団じゃないって言ったけど……言ったけど、やめさせられなくて……ナナのだいじな船、守れなくて……」


 それは当然だろう。ぼくは義勇団員としてのナンバーまで露呈してしまったんだから。これで義勇団員じゃないと言うほうが無理。ぼく自身もこの船も、義勇団のサンプルとして扱われるのが順当なところだ。


 彼女の声がだんだん涙声になってきた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……あの、いちおう、船は用意したから、いつでもナナが、乗れるように……」


 そこまでしてくれるのはうれしいが、その泣いている声を聞くのはつらい。ぼくの記憶のなかのリリィは、そんな痛いくらいに悲しい声は出したことはない。


「ナナ――」


 呼びかけられたぼくは彼女の目を見ようとして、目の位置がわからないのに気づく。もう見えていない視線が、宙をさまよう。


「――わたしの顔、みえる?」


 その言葉に――反射的に首を振ってしまった。


「ああ……」


 少し震えを帯びた声がして――


「わあああぁぁぁ――――っ!」


・・・・・・


 どこから出たのかと思うような大きな声。これまでの記憶にない、リリィの絶叫。


 なにかを永遠に失ったかのように、大きな声で泣きだした。

 じぶんの胸を引き裂くような泣き声。そんな声を聞かされると、ぼくまで引き裂かれそうになる。きみのそんな声は、聞きたくない。

 それでもリリィは泣き続ける。もう話しもしない。まるで家族をなくして自分だけ残って、ひとり立ったまま泣いている少女のよう。

 もやは少女の声ではない。かすれた声が恐ろしい叫び声に変わっていく。


 だめだ、それじゃあきみのやさしい声がつぶれてしまう。


 目はみえない。でも「気配」ならわかる。位置の特定くらい簡単だ。そこにいるな――


 一歩、二歩と踏み出して、その身体を両腕で抱きしめた。

 位置は合っている、リリィはちゃんと腕の中にいる。


 リリィは熱い息をぼくの胸に吐きながら、まだ泣き叫んでいる。

 おかしい、こんなことすれば真っ赤になってしまうはずなのに。泣くどころじゃないはずなのに。

 懐かしいにおいがする。はじめて感じた時から、感じ続けたこのひとのにおい。いつも寝ている自分の布団にくるまったみたいな、安心感。このまま、二度と放したくない。


 力が抜けるほどの安らぎと、同時に感じるくすぐったさ。こんな感覚は、宇宙に出てからはじめて……


 ……。


 そうか。


 ここが……ぼくの「安息の場所」なんだ。


 もともとはこの船を「安息の場所」としていたはずなのに、いつからすり替わったのだろう。まるで気がつかなかった。

 ぼくが大事にしていた、そして失ったと思っていた「安息の場所」は、いまぼくの腕の中にある。ちゃんと閉じ込めてある。このひとがぼくのために居てくれる限り、ぼくの安息の場所は存在し続ける。


 ああ――


 ぼくはこのひとがいないと、もう生きていけなさそうだ。


・・・・・・


 リリィはぼくの腕の中でまだ泣いている。


「リリィ――」


 ぼくのことばが聞こえたか、少し泣き声が小さくなった。


「泣かないで――せっかくまた、きみの声が聞けるんだから。きれいなきみの声が聞きたいよ」


 リリィはぼくの胸に顔を押し当てたまま、泣き声を押し殺そうとする。

 そうやって一生懸命にしてくれるところも、このひとのいいところ。そういうところ、好きだ。


「いろんなことがあって、もう疲れた。だから、もうしばらくきみがほしい」


 涙が、胸に熱く染みてくる。このひとが精一杯しぼり出した、その熱さ。


「……」


 ……ここまでリアルは幻覚は、ないな。

 この胸に感じる、涙の熱さは。


 信じがたいけれど……これは、現実。ここはぼくの大切な「GSL209」の船内、腕の中にいるのは大切なひと、リリィ。

 避難船に乗らなかったのか、この星の人すべてが出て行くなかで。どうやってこの船を見つけ出した――軍に拿捕されたはずのこの船を。

 しかもこの船で逃げ出そうとしなかった……どこにいるか、生きているか死んでいるかさえ分からないぼくを乗せるため、船の用意をしてずっと待っていた。


 よく、そんなことを……


 ぼくがまだどこかへ逃げずに、生きることからも逃げずにこの星にいると、思っていたのか。

 こんなぼくを、呼べば必ず帰ってくると信じていたのか。


 この船がいま稼働していて、このひとも乗っているとなると――通信塔でぼくが聞いた汽笛は、まず間違いなくこの船のもの。このひとが鳴らしたもの。よく「汽笛」ボタンに気付いてくれた。

 あの汽笛がなければ、ぼくは毒ガスの中に座り込んだまま、永遠の眠りについていただろう。


 リリィと「GSL209」、1人と1隻がぼくをここへ呼んでくれた。


 ぼくが取り戻そうとしても戻ってこないと思った両者はいま、逆にぼくを取り戻そうと手を伸ばし、つかまえてくれた。


 ……帰って、これた。


・・・・・・


 時間を忘れて、リリィの熱い涙を胸に受けつづけていた。

 だんだん静かになって、呼吸も落ち着いてきた頃合いで、腕を放した。


 まだ時々鼻をすするが、泣いてるような気配はない。もう大丈夫そうだ。

 だいぶ涙を流しただろう、拭いてあげたい。いけるかな、気配探知で。


 「気配」を全力で探って顔の位置を特定して、ハンカチを――


 ……ハンカチを。


 いかん、ハンカチ持ってない。


 いま着ているのは兵舎でみつけた軍服だ。サイズが合うやつを適当に選んで着ただけ。それ以外に持ち物は用意してない。

 ええい、ここは賭けるしかない。この服の持ち主があらかじめハンカチをポケットに入れていることに全てを賭け、ポケットに手を突っ込む。


 ――ない。


 そりゃあそうだよな。着る前の服にハンカチなんか入れるか。逆はやったことあるけれど、ティッシュをポケットに入れたまま洗濯して大惨事になったことは。


「ナナ――」


 しわがれたリリィの声。きれいな声はしばらく聞けそうにない。どれくらいで治るだろう。

 いやまてよ、声帯を回復魔法で治せばいけるか。


「ハンカチ持ってないんでしょ」


 うっ……


 ……。


 そうです、持っていません。


「……」


 しばらくして、ふふっとリリィが声を漏らした。


「……どうせそうだと思った。そんなだから、いつまでも『男の子』なんだよ」


 そう言われるのは、悔しい……

 でも……否定ができない。現にハンカチがないのだ。


 「気配」をみると、彼女は片腕を顔の前で動かしている。


 ……その動きはなんだろうか。


「リリィ、きみも袖で涙ふいてるでしょ」


「へ?」


 動きがとまる。


「ナナ、見えてる?」


 あせったような声。ぼくの気配探知をあなどるなよ。


「『気配』でだいたいの動きはわかる。見えてなければ、いけると思った?」


「いや、そ、そ、そうじゃなくて、そんな、わたしそんなナナみたいなことしないけど――」


 あれ、これぼくがけなされる流れ?


「なんだか最近、ナナと仕草が似てきちゃって。ハンカチはちゃんと持ってるから」


 まあ、このひとがハンカチ持ってないなんて想像できないし、ちゃんとしてはいるんだろう。

 仕草が似てきた、というのは……


 考えられるのは、「たましい」か。


「リリィ、初めて会ったとき、おれのたましいを分けたよね」


「えっ、あっ……う、うん」


 めちゃくちゃ動揺したのは、たぶんあのときを思い出したから。だんだん顔が赤くなっていくはずだが、見れないのが残念だ。


「あのときから、きみはおれのたましいで生きてる。おれのたましいがきみの中に入ってるはず」


「へ、へっ? そそ、そう?」


 もっと赤くなったと思う。熱探知で見れるかな、このひとの顔。


 ――は、ともかく。


「たぶんそのせい。おなじたましいで生きているから、こっちの仕草がすこし移ったかも」


「あ、あー」


 そういうことだろう。このひとはこれから先、ぼくの仕草やら何やらを引き継いで生きていくのだ。


「つまりこれって、ナナのせい、ってことだね」


 え、ちょっとまって。


「いやいやいや、そこはもう責任持てないよ、おれは知らない」


 ぼくがそう答えて、そして、ふたり一緒に笑いだした。

 リリィの笑う声が、ぼくの笑う声に重なる。


 ……もしかすると。

 こういうのを「人並みのしあわせ」というのかもしれない。


・・・・・・


 リリィの声は回復魔法ですぐ治った。きれいな声が戻ってきてほっとする。

 船内の歩行は気配探知で様子が分かるので問題ない。ともかくも操舵室へ向かうことにして、一緒に歩き出した。


「ねえ、ナナの目は自分で治せないの?」


 目の前で回復魔法を使ってみせたのだから、それは当然の疑問だろう。

 ぼくの能力は、「異能」と「魔法」との区別が付けづらい。ぼく自身、どっちを使っているのか分からない時がある。


 回復については、おそらく魔法だと分かっているけど……


「たぶん、ダメ。おれがいつも治していたのは打ち身とか擦り傷とか、簡単なやつだけだし。失明した目を治すイメージは持てないな」


「イメージ?」


 リリィは純粋な航海士だろう、魔法についてはよく知らないはずだ。

 ぼくも実のところ勉強したわけじゃなく、勘で使っているだけだが――リリィに回復魔法の使い方を大まかに説明する。


 回復魔法は、主に2種類。「論理型」と「イメージ型」。ぼくは後者だ。


 論理型は、魔法で体内をスキャンして、皮膚越しに止血したり縫い合わせたり。外科手術を魔法でやっているようなものだ。医療の知識が必要になるが、基本的にこちらの方が優れている。


 イメージ型は、相手の痛みや苦しみを取り除くよう、痛くなくなるようイメージしながら魔法をかけて治療する。専門知識が要らず、突然の事故や急患の対処など緊急時に活躍する。

 しかし欠点は大きい。イメージ型回復魔法は相手の痛みや苦しみに共感するため心理的負担が大きく、重傷者を何度も治療したイメージ型回復術者はいずれ精神を病む。自分を削りながら相手の回復を行っているのだ。いつか限界を迎えて回復魔法が使えなくなり、治療時のトラウマを抱えて生涯を過ごすことになる。


 ぼくの回復魔法はかなり強いイメージ型であり、重傷者はおろか、軽症者でさえやや厳しい。だから、ぼくは回復術師としてはほぼ役に立たない。

 この見えなくなった目を治すイメージは湧いてこない。見えない目を見えるようにするイメージが、分からない。これでは回復できない。


「そっか――」


 リリィがなんだか悲しそうな声で言う。


「ねえ、義勇団では大怪我をした人の治療をしたの?」


 まずぼくの心配をしてくれんだな。


「いや、回復は禁止されてたよ。貴重な『異能持ち』だからさ、回復役にまわして精神を壊したら大変だ、と思われてたらしい」


「じゃあ、どうして擦り傷とかの回復ができるの?」


 あー、それは――


「いや、ほら、それくらいは耐えられるから。禁止はされてたけど、怪我人が目の前にいたらさすがに見てられないし。『異能持ち』の特権かな、これくらいの命令違反じゃ『臓器提供用生体』にはされなかったよ」


「ふーん……」


 そう応じたリリィは、急にぼくの指先に触れてきた。

 ちょっとピリピリする。毒がまだ抜けてない。


「ナナ、調子がおかしいね。指が震えてる。歩きかたもすこし変だし、話すときの発音も気になる。舌がまわってない?」


 あれ、そんなにおかしいか。確かにちょっと、しゃべりにくさはあるけれど。

 このひとに言ってしまうとだいぶ心配させそうだが、黙っていたらもっと嫌がられるだろう。正直に言うか。


「えーと、通信魔法が出たとき、塔の上のほうにいたから。どうもこの星の大気は、強い通信魔法と反応するみたいで。魔法を展開したら毒性のあるガスが出たみたい。発信装置のすぐ下にいたから、そいつを吸っちゃった。まだ毒が抜けてないのかな」


 リリィはそれを聞いてすぐ答えず、くっ、と噛み殺したような声をだした。


「……そっか、じゃあ休んでてもらおうね。わたしが操船するから」


「いや、こんな状況から脱出するにはふたりがかりで……それでも厳しいくらいだろうし――」


 リリィが突然歩みをとめて、ぼくは思わずつんのめった。


「ナナ、あなたもうぼろぼろじゃない。そんな身体で、これ以上頑張らないで」


 ……きみに「頑張らないで」なんて言われると、思わずそれに甘えたくなる。


 でも――


「メッセージ、わたしも見たよ。この船にも通信魔法は入ってきたから。かっこよかったけど――」


 ……ああ、そっか。

 そうだな、こんなに近くに係留してるんだから、この船も受信できるよな。


「『われは生存の見込み無し』だなんて、たったひとりで、そんなつらいこと言って――」


 わずかに怒気をはらんだ、このひとにしては珍しい強い口調。


「あなたは、わたしが守る。身体を治せるところまで、必ず連れていく。『サヨナラ』なんて、絶対に言わせない!」


 語気を強めてそう言ってから、歩き出すリリィ。

 ぼくは見えない目でその背中を追った。

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