第43話 サヨナラ
総司令部を飛び出して、通信塔へ。
地上移動では遅い、「異能」を使った飛行で行く。
短距離を滑走して離陸する。宇宙飛行ではなくて、地上の飛行機と同じ要領だ。司令部の建物が、斜め下へと消えていく。
夜のやや冷えた空気のなか、暗号表を携えたぼくは宇宙空間から見つけにくいよう低空を飛んでいく。街に光るものはなく、もう二度と光が灯らない姿を暗闇の中に横たえている。
感覚で通信塔らしい巨塔をみつけ、すこし右旋回しながら飛び込む。施設前の狭い平地に強く接地し、急減速して身体を止めた。
見上げるそれは、夜空に向かってそびえ立つ巨塔……これが通信魔法の送信装置か。かなり大きい。相当な大出力が出せそうだ。
塔の根本にある平屋の建物へ向かう。明かりはなく、正面入り口に立っても扉は開かない。
施設の側面にまわると、星明りのなかでかすかに「発電機室」と読める扉があった。普段は使わないのか、手動の扉だ。鍵がかかっている。
ドアノブをばきりと壊して、中に入った。入室してすぐ、バッテリーでもあったのか、室内の照明が灯る。
そしてぼくは、途方に暮れた。
知らない発電機が据え付けられている……
起動方法がわからない。船の発電機なら目をつぶっていても操作できるが、こいつは型がちがうぞ。
まずい……
時間が経てば経つほど、不利になっていく。この星が陥落しここが制圧されたら、もうここに持っている暗号表を送信できないのだ。義勇団を止めるチャンスは、おそらく永遠に失われる。
ええい、何とかならんか。ボタン操作ができないなら、いっそ「異能」で内部から起動してやる。
「異能」の使用はイメージによる。ぼくが「できる」と思えばできるし、「できない」と思うとできない。
「できる」とイメージするのは結構難しいが、この発電機を動かすイメージが、ぼくにできれば――
発電機のしくみ……そうだここは魔法通信用の建物だ。当然、通信に使う魔力タンクがある。この発電機も、その魔力を借りて動く魔法式ではないか。
魔力で動く発電機というと、宇宙船の補助発電機がそうだ。そいつの構造なら知っている。型がちがっても、動作原理は同じなはずだ。
発電機をなめるように見ていく。うん、すこし内部構造がちがうが、こいつはやっぱり魔法式発電機だ。魔力流路と動作に必要な機器類はみえる。動かすべき機器とその順番も、おおよそ分かる。
始動用バッテリーの電気を魔力ポンプに送って、ポンプを起動して圧縮空気で機関部を回転させて――
操作するたびに勝手に操作盤のランプが点灯し、リレーか何かの音が聞こえる。やがて発電機は自力で回りはじめた。
よし、電力は確保。あとは備蓄されている魔力がどれほどあるか。戦闘の前に軍が使ったかもしれない。他の有人星系へ送信できるほど残っているか。
照明が点いた建物、その正面の自動扉を抜けて、すぐみつけた「制御室」へ入る。制御盤は立ち上げ中になっている。送電を受けると自動で起動する仕様のようだ。
立ち上がった制御盤から、魔力タンクの表示を見つける。残量89%、よかった、ほとんど使われていない。
コネクターに小型メモリーを挿し、送信ファイルを選択する。面倒なので、「全暗号表」フォルダをぶちこんだ。
この設備はデータだけでなく、ちょっとしたメッセージも付けられるらしい。入力画面が出てきた。
ぼくはこの先どうなるかわからない――いや、むしろ「この先」を生きられる見込みは薄いとみていい。義勇団に追われないとは言っても、ここから脱出するための船すら確保できていないし、助けにきてくれる人もいない。
これが誰かに送る最後のことばになるかもしれない。最後のひと言、別れのあいさつをいま送ってしまおう。
別れのことばを遺すことができる人間は、そう多くはない。ぼくはその少数の幸せなひとりになりたい。これは、この通信設備と、全世界が注目するであろう暗号表を持ったぼくの、ちょっとした贅沢だ。
発信者 第57389恒星系 星系軍総司令部(借用)
宛 先 全人類
内 容
われ義勇団の元構成員なり。今は双方の事情を知り、かつ義勇団が使用する全ての暗号表を所持し居る。只今その暗号表を全世界に向け送信す。添付せしデータを確認のうえ、これを用いて義勇団司令部を特定し撃破されたし。さすれば義勇団はその活動を永遠に停止するであろう。
われは生存の見込み無きにつき、今後の協力は不可能なり。ここにわが生命をかけて託す暗号表を、可能な限り全ての送信先へ転送せよ。
全人類に告ぐ、今こそ悲劇の歴史を断ち切る時である。平らかなる海を取り戻せ。
サヨナラ
なんだか恥ずかしい気もするが、どうせぼくだと特定できまい。これで送ってしまえ。
全てのデータがセットされ、通信魔法の信号に変換されていく。
変換率はすぐ100%となり、送信準備は整った。
――ガン!
突然の異音。
制御盤からじゃない。頭上から、なにか大きな音が……
少し離れた場所からも、大音響がいくつか起こった。
しまった――! デブリが落ちてきたんだ。
この星系で激しく戦闘をしているから、当然、破壊された船の残骸がばらまかれている。それらが漂流してきて、この星に落下し始めたんだ。
はやく送信を、通信塔が壊れたら――
ぼくは制御盤をみて奥歯を噛みしめ、それから制御卓を拳で叩いた。
通信装置本体のエラー。送信設備の一部がこちらの制御をきかなくなっている。
さっき異音がしたとき、デブリが通信塔に当たんだ。
くそ、変なメッセージなんか打ち込まずに送っていれば――この馬鹿野郎!
建物を飛び出し、塔を見上げる。夜空を背景に、少し傾いだ塔の上部が見えている。
破損が大きいのはトラス構造の塔の、かなり先端部寄りの支持部だ。中を通る送信装置のケーブルや増幅装置は一見無事にみえる。激しい損傷はなさそうだ。
しかし塔の先端部が少し傾いだ影響で、通信魔法の向く先が変わってしまった。
また建物に駆け込み、制御盤に飛びついて操作する。入力した全てのデータを送信、出力は最大。89%ある魔力、全て使い切ってしまえ。そうすればどこかの星には届くだろう。
送信失敗時の再試行回数を「99999」に設定し、「送信」ボタン押下。「非常灯」と書かれた箱から懐中電灯をかっさらい、建物から出る。見上げた塔の上部、あのどこかに不具合箇所がある。ケーブルか、増幅装置か――
「異能」を使って大きく飛び上がる。破損個所まで一気に上がって、点検用の足場に降り立った。
見下ろしてみると、下から見た感じよりずっと高い。無風状態なのが救いか。風があったらちょっと怖かっただろう。
懐中電灯をつけて、支持部に囲まれた装置本体を照らしてみる。特に損傷はみられない。もっと上だ。
急いで点検通路の階段をのぼりながら、装置本体を照らして損傷をさがす。ない、ない――まだ上か。
つづら折れの階段を駆けながら、損傷部位をさがしていく。どこが壊れているか分からないから、ここから上へ「異能」を使ってすっ飛ばすことはできない。どこだ、どこが壊れたんだ。
損傷は上の方が大きく、上がるにつれて階段も傾いてきた。
――!
……みつけた。
塔の頂部にちかい場所。装置の外板がすこし剥がれ、内部のケーブルがみえている。何本かある太いケーブルのうち1本が、断ち切れて垂れ下がっている。
「……」
正直なめていた。ちょっとした損傷なら、船の機械部品の修理の心得はあるから直せるだろうと思っていたが、こんなでかいケーブルが切れていたのか。
さすがにぼくは技術者じゃない。こんな損傷の直し方は知らない。そしていまこの星に技術者なんて残っていないだろうし、いてもすぐには直せないだろう。
手詰まりか……
これ、手でくっつけたら動くだろうか。そんなアニメみたいなことは起きないか。
……生身でやったら死にそうだな。「異能」で手を守ってやってみるか。
曲がって傾いた足場に乗って、そばに懐中電灯を置き、さすがにすこし震える手をケーブルにのばす。さあ、ひと思いに――
切れていたケーブルの下部を上部にぶち当てると、ブーンと空気を震わす不気味な音が鳴り、一瞬だけ強烈な閃光がみえてから真っ暗になった。
大丈夫なのか、これで送信なんてできるのか。
そもそも、もし他に損傷部位があったら――
――!
「うあ――っ!」
強烈な魔法の放射、至近距離。防護フィールドの展開が遅れていたら、この魔法の余波で死んでいた。
この塔の通信魔法だ、送信が始まったんだ。
ブーンという大きな音が頭の中まで震わせてくる。火花みたいな音を想像していたが、だいぶちがった。
魔法は出続けている。ぼくが全世界に託したメッセージと、おそらく世界を変えるであろう暗号表のデータがいま、全宇宙へ向けてほとばしっていく。
さあ行け、行けるところまで飛んでいけ――!
真っ暗な視界のなか、巨大な魔力を全身に受けながら、ぼくはケーブルを支え続けた。
・・・・・・
「……」
静かになった。
魔力の放射がぴたりと止んだ。ケーブルからの音もとまっている。
――送信は終わったか。
ぼくは必死で支え続けたケーブルを放した。
これで、データは行ってくれた。あとは……みんなに任せる。
腰をおろしたところに、ちょうど足場があった。ぼくはその場に座り込んだ。
目はまだみえない。さっきからずっと真っ暗だ。
ああ、それももういい。もう行ける場所もないだろうし、どうせそのうち目だけじゃなくて、なにもわからなくなるだろう。いまぼくは、生ぬるくて妙な臭いのするものに包まれている。
送信が終わって静かになったから、ぼくは防護フィールドを解いて息を吸いこんだ。何の警戒もせずに、そうしてしまった。
生ぬるいものが喉を刺激して、初めてそれの存在に気付いた。
通信塔がこんなに高かったのは、これのせいだ。大出力の通信魔法とこの星の大気が反応して、何か有毒のガスが発生するんだ。それが地上に届かないように、こんな高さに。もうみえなくなった目が、ピリピリしてきた。
いちおう、防護フィールドを張りなおせば毒ガスは防げる。ここから「異能」を使って飛び立てば脱出もできる。「気配探知」で地形も分かるし、道も歩ける。
でも――
船に乗って脱出しようにも、この目ではもう計器盤も見れない。「気配探知」では、光がみえない。モニター表示が見られない。
ぼくには、もう操船ができない。ここから先へは、行かれない。
ミスったな……
うかつなのはいつものことだけど。
……大丈夫だ。ここで毒ガスに包まれていれば、義勇団が来るころにはもうたましいが抜けているだろう。このままゆっくり息をしていればいい。
地球からここまで、長かったな。一生を終える場所としてはあまり気に入らないけど、いまやったことはおそらく全宇宙の歴史に刻まれる。映画のヒーローみたいで、なかなかいい最期だ。
ボオオォォォォ―――――ッ!
ああ――なつかしい音がきこえる。
地球にいて、旅をしていたころはよく聞いた。
これは船の汽笛――
宇宙船じゃなくて、地上の船の汽笛だ。もういちど聞けるとは思わなかった。
……。
もう頭が混乱してきたのだろうか。
この辺りには軍港と民間宇宙港はあったが、水域なんてあったのかな。
そもそも、全ての人間が去ったはずのこの星で、誰が汽笛なんて鳴らしたんだろう。
ああ、そうだ。汽笛といえば……
ぼくの小さな特高速船につけた、特注の汽笛――取り付ける作業員たちもへんな顔をしてたな。宇宙船に汽笛だなんて……でも船なんだから、つけてみたかったんだ。
あれは高かったのに、鳴らす場面がなくて、まだ一度も鳴らしてなかった。大気がないと鳴らないんだもの。
一度でいい、どこかで鳴らしてみたかったなあ……
ボオオォォォォ―――――ッ!
また、長い汽笛。
……ここに水域、ないよな。
収容施設で電波を聴いてみたとき、地上の船の識別信号や水上航海用レーダーの電波は入ってこなかった。軍施設でみた周辺の見取り図にも、水域らしいものはなかったと思う。
あるのは宇宙船用の港だけ。
汽笛を装備した宇宙船なんて……
――1隻しか、知らない。
まさか、そんなはず……
あの船は、もう……それに……
いったい、だれが。
ボオオォォォォ―――――ッ!
この、汽笛は――




