第42話 可能性の種
ひたすらにシャワーを浴びる。
しばらく放置されていたから、何度洗っても気がすまない。
・・・・・・
結局死ぬのは先送りにし、手錠と扉を破壊して外へ出た。
収容所の外は、夜だった。
すこし移動すると兵舎があり、発電機と浴室があったので借りることにした。
ようやく気が済んで浴室を出ると、先に取ってきておいたふかふかのタオルでぜいたくに身体を拭いた。ここの兵士たちが一生懸命に洗濯したものだろうが、きみたちがぼくをこんなにしたんだ、これくらい迷惑料ということで文句はないな。
入浴をすませたあと、兵舎内の寝室らしき部屋で兵士の軍服をあさり、サイズの合ったものをいただいた。もし逃げ遅れたやつに出くわしたとき、囚人服より軍服のほうが怪しまれずにすむだろう。
……それで、どうするか。
結局死も選べずに、船に乗って出ていくのか。また、ひとりで。
電波を聞く限り、宇宙ではまだ戦闘が続いているらしい。エネルギー砲やレーザー砲の余波らしいノイズが聞こえている。民間船の大半は識別信号を出しっぱなしで、狙ってくださいと言わんばかりだ。
艦船同士の通信は暗号化されていて分からないが、民間船の発する無線の悲鳴と怒号はたくさん入ってくる。どうも艦隊が守っていた防御ラインのひとつが突破されたらしく、そこから義勇団の戦闘船がなだれ込んでいるようだ。船どうしの進路が交錯し、衝突が相次いで破片が飛び散り、それがまだ生きている船の進路をふさいで逃げ場を失わせている。
船内に突入されている、助けてくれ、と言ってきた船がある。言葉になってはいるが、声はほぼ悲鳴だ。船内の光景は言われなくてもみえる。これは「異能」じゃない、ぼくの「経験」だ。
そうだろう、つらいだろう。こわいだろう、痛いだろう。
軽巡に乗せられているとき、尋問してきたやつが言っていた。自分の娘は脳と心臓を引き出されてナイフで突き刺してあった、と。
だいぶ慎重な団員がやったのだろう。殺せと命令されている以上はやるしかない。だがもし中途半端に重傷を負わせて、そいつが死なないでいたら――
そのまま放置する団員は多い。そいつのことは無理にでも忘れて、とにかく次のやつを殺しに行く。生きている相手が多いほど、自分たちが反撃され殺される可能性が高いのだから。
だが、少なくない数の団員が、脳や心臓を徹底的に破壊する。
殺す以外にとれる選択肢がないからだ。相手がどうせ死ぬのであれば、なるべく短時間で確実に殺した方が苦しみが少ない。理想は即死。最悪なのは、殺し漏れ。意識があって苦しいのに放置された人間はこの世で最も強い苦痛をあじわう。
脳と心臓をぶっ刺した団員も、そう思っていたのだろう。
それはいちおう相手のためであり、そしてなにより自分のため。そういうことをするのはたいてい、苦しむ人を見るのがつらい団員だ。確実に殺して苦しむ間もなく死んだから、こいつはつらくなかった、これでよし、と。
もちろん、その程度で本人が本当に納得しているはずがない。だからそういうやつから順番に、こころを壊して「臓器提供用生体」にされていく。
いま頭上に広がる宇宙では、激痛に悲鳴をあげて殺される人々と、それを見て内心で悲鳴をあげつつ殺していく団員たちが入り乱れている。
互いに悲鳴をあげて苦しみに転げ回って――殺されたくないが殺される人間と、殺したくないが命令により殺す人間。殺すのをやめさえすれば、みんな救われるというのに。
それが分かっていても、義勇団員は上層部からの命令には逆らえない。少しでも違反すると「臓器提供用生体」にされるし、その違反の内容さえ通知されないから、何をしたらダメなのかも分からない。生きるためには、とにかく従うしかない。
上層部を止めさえすれば戦闘は止まるだろうが、団員のなかで上層部とやらの人間に会ったやつはいない。命令は通信で届くが、どこから発信されているか分からない。戦闘結果の報告も指定された方法で送信するだけ。どこに存在するかさえ分からない上層部とやらをどうやったら止められるのか。
誰にも止められやしない。世の中には、義勇団の暗号を解読し通信内容を判明させれば、どこで誰が指揮をとっているか分かると妄言している奴もいるが――その暗号通信を受信している団員でさえ、そんなこと分からないのに。
そりゃあ、団内で使用される全ての通信文を手元に揃えて、その内容から各船の航海経路や寄港地を正確に割り出していって――その莫大な量の情報を処理しきったなら、全体の指揮をとる拠点の候補地くらいは、分かるかもしれないが。
しかし解読を試みようにも、義勇団で使われる暗号はひとつではない。通信の内容や場面、宛先によって――使われる暗号は、何種類もある。
実際、ここへ来る途中でぼくはそのことを確かめている。通常用の暗号だけでも複数、それに高度な命令に使われる親展暗号も、そしてその上には最も機密性が高い「総司令部最高度暗号」があるのを――あの忌まわしい災いの種、指輪擬装型記憶装置の中を覗いて、確かめた。あれを全部、ひとつずつ解読するのか? 何百年かかるんだ、それ。
「……」
まて。
・・・・・・
……この戦闘はもう止められない。
頭上を逃げ惑う宇宙船は、ほとんどみな助からない。この国は、いまここで滅ぶ。
団員達も助からない。この戦闘を生き延びても、次の戦闘に駆り出されるだけ。いつか身体かこころを壊して、死亡するか「臓器提供用生体」にされる運命にある。いま団員になってしまっている者には、身をすり潰す以外の未来はない。
でも、もし――
未来の戦闘を止められるとしたら。
義勇団の行動を予測して先手を打てば被害は抑えられる。さらにその上層部の存在を暴き出して叩き潰せば、義勇団そのものの行動が止まる。
そんな妄想が通れば、の話だが――そうなれば義勇団に殺される者はいなくなり、新規団員として連れ去られる者もいなくなる……
だれかが妄言していた。義勇団の暗号を解読し通信内容を判明させれば、どこで誰が指揮をとっているか分かる、と。
団員には、できるはずがない。内部で暗号表を入手して勝手に暗号通信を解読するなど。それができるなら、誰かがとっくにやっている。
だが外部の人間なら、どうだろう。団の規則など関係なく、反抗しても「臓器提供用生体」にされない外部の人間なら。
当然、義勇団の外に暗号表など出回りはしない。が――
いま、この星にはある。
ぼくが持って来た「災いの種」が。
「……」
もしかして、いまここは……
歴史の、転換点なのではないか。
義勇団の活動が始まったのは250年ほど前とされている。この先何百年やっていくつもりか知らないが――この星で今から誰かが行動を起こせば、その流れを断ち切るきっかけを作れるかもしれない。
もし全てがうまくいったなら、義勇団は消滅し、この世のすべてが平和な海にもどる。
そして、いまその「行動」を起こせるのは――ぼくだけ。
……誰かがぼくに、やれと言っているかのよう。
いや、誰もそうは言ってない。やらなくっても別に罪にはならないし、そもそも誰もこのことを知らないだろう。ぼくが勝手にそう思っただけだ。
でも――
どうせぼくは、これから生きるにしてもずっとひとりきり。色のない未来へただ足を進めるだけ。
それは決まっているんだ。なら――
ここでちょっと、ほんの一歩だけ寄り道をして。
……そうすれば、いつかこの世のすべてが平和な海に。
どうする……?
やるのか、そんな大それたことを――
いつもは……こうして迷うぼくの前には「GSL209」の自動操縦「執行」ボタンがあった。どうしても決められない時には、船に決めてもらうつもりでボタンを押すこともあった。
もう、それはぼくの前にないけれど――
「……」
ええい迷うな、「執行」――!
・・・・・・
「異能」を使って、地を駆ける。一歩地面をなでるだけで、20メートルは進んでいく。地面すれすれを飛行しているような感覚だ。
兵舎内で入手した軍施設の見取り図をもとに、総司令部を目指していく。その方向にある建物に照明がついているが、消し忘れか。電波に耳を澄ますと、大型発電機らしい雑音がわずかに聞こえる。
総司令部の人員たちはおそらく、最後まで残しておいた1隻の艦に乗って宇宙へ出ていったと思う。インフラが止まった後もしばらくここに居ただろうから、非常用発電機を使っていたとしてもおかしくない。
舵を切るイメージで針路を変え、明かりのついた建物へ。手前にあった高い壁は、片足で踏み切って飛び越えた。
正面玄関らしい場所で急停止して「異能」を切る。目の前の扉にゆっくり歩み寄ると、その分厚い自動扉はゴトゴトと開いた。
内部の照明はきっちり点灯している。廊下のどこを見ても、塵ひとつない。軍隊らしく、徹底的に清掃していたようだ。
おそらくぎりぎりまで指揮をとり、最後に出ていったのだろう。電源を落とすと真っ暗になるし、あの重そうな自動扉も開かないかもしれない。どうせもう使わないだろうという判断で、電気をつけたまま放棄していったんだろう。
さて……
ぼくがほしい「データ」はどこだ。
勢いでここまで来てしまったが、その「データ」にプロテクトがかけてあったら何もできない。
ちょっと困りながら歩いていると、開いたままの自動扉に出くわした。
電気が来ているから自動で閉まるはずなのに……ドア横のモニターに、エラー表示が出ている。
なんだ、異物を噛んでいるのか。ペンが1本、隙間に挟まっている。
ドア上のプレートには「第1作戦室」とある。
室内へ入ってみると、そこはたった今まで作戦指揮を行っていたかのような光景が広がっていた。いないはずの人の気配まで感じて、びくっとした。
中央の大型モニターの前に歩み出る。表示されているのは星系内の状況と船の配置。各天体の軌道が実線で描かれていて、それから破線はおそらく防衛ライン。そこに艦艇の表示が並んでいる。その先に大挙して現れているのが義勇団の船団か。1級戦闘船の表示もある。あれは義勇団最強の戦闘船だ、戦艦を出さないと対抗できない。
この情報はもう古いだろうが、いちおう頭に入れておこう。
室内のモニターはすべて点灯したまま。適当にひとつのモニターに歩み寄り、それから順番に画面を覗いていくと――
――あった。
暗号だな――見たことがある形式。
端末を操作し、展開中のデータをみる。
ああ、やっぱり――
ここで義勇団の暗号解読を試みていたようだ。過去の履歴を見てみると、傍受したすべての暗号通信の解読に成功している。完全に暗号を読めている。
リストの上から下まで、むかしはよく見た義勇団の通信文が並んで――
〔「MSL03 - 99 - 3994」ノ所在ヲ確認シタ〕
――!
……ぼくの、名前だ。義勇団時代の。
魔力波かなにかを、探知されたか……
手が、ふるえた。
〔当該人物ハ戦闘力キワメテ高ク危険デアル――〕
「……」
〔――最優先事項ハ暗号表ノ流出防止デアルカラ無視シテヨイ〕
なに……
無視してよい――?
通信はそれで切れており、次の行は作戦関連の指示だった。
……いや、続きがある。数分後に、追加の暗号通信が。
〔先ノ件ニ関シテ、当該人物ハ危険デアルタメ、極力刺激セヌヨウ、攻撃サレタナラバ交戦セズ後退シ、損害ヲ被ラヌコトヲ第一トセヨ〕
……。
交戦せず後退……損害を被らぬことを第一……
「あ……ああ……」
操作卓の前に膝をつき、座り込んだ。
義勇団は……あの義勇団はいま、ぼくを無視し、ぼくとの交戦を自分から避けるよう行動している。
ぼくはいま、追われていない。
・・・・・・
手の震えが落ち着くのを待って、ぼくは操作卓に手をつき立ち上がった。
はやく。ほしいデータを手に入れなくては。
解読された暗号文が並ぶ画面を操作して、探す。
暗号表は――
あった。この端末内に展開されたままだ。
フォルダ内をひとつひとつ確かめていく。確かにぼくが持ってきた暗号表だ。ちゃんと全部揃っている。
床に転がっていた小型メモリーを端末に挿し、データをコピーする。暗号表自体はそこまで容量をとらないから、これで充分収まった。
すこし、呼吸が早くなっている。
色々ありすぎて、今日ぼくのこころを動かした感情だけで人の一生分になるんじゃないかと思うくらいだけど……
端末から引き抜いた小型メモリー。
これが……
このちいさなメモリーに収まったデータが、歴史を――
義勇団員では、義勇団の活動を止めるなどできるはずがない。「異能持ち」のぼくでさえ、それは無理。脱走するのが精一杯だった。
でも、かつて誰かが妄言した、「義勇団の暗号を解読し通信内容を判明させれば、どこで誰が指揮をとっているか分かる」……それが、本当にできたならば。
ひとりやふたり、10人や20人、いや1億人集まっても無理だろう。
でも、人類全員の集合知と人海戦術のちからは、未知数だ。
みんなの手に、義勇団の暗号表をゆだねたなら、あるいは……
そう……これは「可能性の種」。
そして――
いまぼくの手のなかにある暗号表、これをここから全世界に向けて発信すれば、いずれ全人類に届く――!
義勇団だって、そう簡単に暗号を変更できない。全宇宙に展開する戦闘船に補助船舶、地上の工作員や秘密偵察員など――これら全てに対して新たな暗号表を同時に渡すことなど不可能だ。暗号変更時には、新しい暗号を知っている者とそうでない者が混在し、一時的に両方の暗号を使わざるを得ない。
義勇団が暗号を変えたなら、人々は古い暗号を解読したうえで同時に送られた新しい暗号と照らし合わせれば、新暗号の内容が分かる。完全には解読しきれないかもしれないが、ある程度でも中身が読めればそれでいい。
いまぼくの手のなかにある暗号表が全世界に共有されれば、義勇団は事実上暗号通信ができなくなる。そして全世界の人間が通信を読んで元をたどれば、いつか誰かが、義勇団の司令部の所在を暴き出し、打ち倒すかもしれない。
そうなれば、義勇団は命令者を失って活動を止める。おそらくは、永遠に。
全世界へ向けての発信――恒星間通信は、電波では無理だ。魔法通信に頼る必要がある。できるだけ遠くまで届く、大出力の通信魔法を出さなくては。
端末を操作し、探す。軍の総司令部だ、恒星間通信用の送信設備くらいあるはずだ。どうやってやればいい、ここから操作できるのか。
「うわ……」
思わず声が出た。
端末の表示によれば、大出力通信魔法はこの建物からは発信できないらしい。
近くに「魔法送信所」という建物があるようだが、そこから発信するのか。だが詳しい情報が書いてない。インフラが止まっている今、その施設を稼働させられる電源はあるのか。その送信所から、恒星間用送信装置の本体までのケーブルの電力は?
端末で表示した施設内の見取り図――少し離れた飛び地に、魔法通信用の通信塔が建っている。非常電源と、魔力タンクの表示もある。
行こう、直接やってやる。




