第31話 出航用意!
「総員へ伝達する。まもなく本船は出航する。行先は、義勇団の脅威を避けるため、また海上荒天の影響もあるため、第16793恒星系方面へ引き返すものとする。この先、義勇団戦闘船と遭遇する可能性あり、今後の船内放送に注意せよ」
・・・・・・
互いに名前をつけ合ったぼくたちは、しばらくその浮かれた気分に胸をくすぐられたまま過ごした。
いつまでもそうしていたかったが、義勇団の手が伸びてこようとしているこの無人惑星で、それはできない。
ぼくもリリィも何も言わなかったが、また後で――もう一度こうして触れ合える時間があると信じて、まずは目の前の問題に取り掛かることにした。
例の指輪の処分にはだいぶ悩まされたが、結局、「船外放出」というかたちで片づけた。
この指輪があってもなくても、義勇団が追ってくることに変わりはない。仮に彼らの目のまえでこの指輪を消滅させてみせても、「中を見られたかもしれない」という疑念は晴らすことができないのだから。指輪が持ち込まれ「データを見た」扱いになってる本船に、もうできることはない。
でも指輪を持ちっぱなしでいるのも気味が悪いし、もし知らない特殊機能があって後で起動でもしたら大変だ。だから、ここで捨てた。
指輪はまだ日陰になっている左舷エアロックから放出した。いまはまだ原型を留めているだろうが、本船が離陸すれば恒星の熱にさらされて溶け去るはず。この指輪型デバイスに耐熱機能はない。
それから気になる敵側戦力について、リリィと相談した。
彼女は、2級戦闘船がまた来るのでは、と考えた。「TSL2198」を消そうとしたのと同じように、本船も巨大なビーム砲で消滅させるつもりでは、と。
だがぼくはそうは思っていない。来るのは小さい4級か5級の戦闘船だと思う。
「どうして? さっきはその2級戦闘船が、2隻も来たけど。それくらいの威力がないと、こちらを消滅させられないんでしょ?」
リリィが言うことは、確かにそうだ。この船を跡形もなく消し去るためには、2級船の主砲がほしい。でも――
「こっちはいま着陸していて、いつ離陸するのか向こうには分からない。そして本船の探知装置で見ても、偵察機らしいものは飛んでない。この高温環境で飛ばせる偵察機がないんだろう。義勇団はまだ、本船を発見してもいないと思う」
さすがに義勇団といっても万能ではない。この星の昼間の高温、それにこの星系の不安定な空間状態は、偵察機程度が耐えられるものではない。
「だから義勇団側は、こちらの位置も離陸のタイミングもわからないんだ。そして2級船は天体への降下ができない。宇宙で待つしかないけど……『待てない』でしょ」
そう、初めにこの星系にいた、「TSL2198」を襲った2級船はもう……
「そうか、同じところに留まれないんだ……普通船だから。ここは高速船かそれ以上の性能がないと少しずつ主星に流されていく。『TSL2198』は航路と位置を予測されていたから接触されたけど……出てくるタイミングがわからないこの船には、接触したくてもできないんだ」
リリィはぼくが言わなかった部分を、自分でスムーズに理解してくれた。
あらかじめ航路と通過時刻が予測されていた「TSL2198」は、2級戦闘船による奇襲をうけた。海賊行為をごまかすために若干迂回はしていたようだが、それでも効率優先で運航する民間船の航路は予想しやすい。だから敵船は主星に流されつつも「TSL2198」の予想位置に向かうことができたのだ。
だが本船はちがう。天体表面に着陸したまま、動いていない。そのせいで義勇団側は本船が出てくるタイミングが分からず、未来位置の予測がでない。それでは2級戦闘船の投入はできない。推力の足らない2級戦闘船は、漫然とこの星系に進出させても、本船に接触できず流されていくだけになるからだ。
2級船は天体への着陸能力もない。この星の引力にはまったら、機関を吹かして宇宙へ逃げるか、あるいは地表に墜落するか。どちらかしかない。
「ナナ、義勇団の船で高速船以上の推力があるものは?」
リリィの質問に、すこし考える。いくつかあるが、ここに来られるのは――
「やっぱり4級船と5級船だけかな。もっと速い高速艇もあるけど、そいつはこんな荒れた海じゃ使えない」
海が荒れているのは、このさい幸いか。敵が使える装備が限られてくる。
「そう――あと、あなたは『偵察機』は使えないって言ってたけど、ほかにこちらを偵察できるものはある?」
偵察……通常の偵察機が使えないとなると、使えるのは――船、か。
「5級戦闘船なら、この星に降下着陸できる。だからここの上空を航行して、こちらを偵察することもできるな。……いやまてよ、そうすると偵察じゃくて上空からの直接攻撃も――」
――ありうるか。
敵は急いで次の戦力を用意し、こちらに急行させているはず。
「そうだ、いますぐ出航して、とりあえず宇宙まで出るか。推力が出ていれば舵が効くし回避も――」
「――だめ。まだ待って」
リリィに止められた。
「ナナ、わたしはこの星に降りるとき、海図上の制限速力をオーバーしてたんだよ。かなりの速さで降下して、星の裏側にまわりながら急減速して……この地形に滑り込んだ」
……それはだいたい分かっているが、それが現状にどう関わるのだろう。
「たぶん、むこうはこちらの降下速力と針路を知れなかったはず。星の裏側で大きく速力を変更したし、着陸場所をさがして何度も旋回した。そして今は、山脈だらけのここに、隠れるように止まっている。むしろ、ここから離陸したほうが見つかりやすくなる」
……そうか。
空中に上がってしまうと、地形には隠れられない。空に船だけ浮かんでいたら、簡単に探知される。いま動いたら、動かないより遥かに見つかりやすくなってしまう。
そうなると……今は待つべき、ということになるか。
正直待つのはきらいだし、苦手だ。敵がいるなら自分から行動を起こして道をひらきたい。ぼくならそうする。そのほうが得意だから。
でも……いまのぼくにはこのひとがいる。ひとりで船に乗ってるんじゃない。
ぼくが苦手なところ、ぼくが見落としたことを、カバーしてくれるかもしれない。
それなら……
「……分かった、ここで敵が来るのを待とう。こちらが離陸しないなら、相手は地表の捜索にかかるはずだ。いずれはここの上空を通過する。それを視認して、敵船が離れていったら逆方向に向かって離陸し、高度10,000ftで低空を進む。その高度なら、船体はほとんど惑星本体に隠れたままになる」
リリィは聞きながら、算定済み航路の高度設定を10,000ftに変更していく。
「星の反対側にまわって、敵が見えなければ推力を上げ、急上昇。そのまま全速力で離脱をはかる。そちら側にも敵船がいるなら――そのときは見えてから対応するしかないな」
高度設定を終えたリリィと、視線を交わす。澄んだひとみが、ぼくの視線をつかまえる。
「……では、離陸準備をして待機。離陸方式は、前方障害物のため後進離陸とする。船体浮揚後すぐ後進、上昇しつつさらに後進をかける。リリィは船体が左右の山脈を越えたらコールして。そこから後進惰力を止めつつ回頭。前進に変え、目標高度へ上昇する」
計器盤に並ぶスイッチに手を伸ばす。ここへ着陸する前から、ずっと入れっぱなしになっていた灯火系統のスイッチ。
「GSL209」は全灯火を消灯して息をひそめた。これで上空からは、限りなく見えづらいはずだ。
・・・・・・
――ピ、ピ、ピ
探知画面が赤く表示された。リリィとほぼ同時に、画面をひらく。
リリィが表示を読み上げる。
「熱センサーに感あり。反応は1つ。高度20,000ft、本船からみて左40度の方向にあり、右50度の方向へ移動中。宇宙船らしい」
来たな、敵船。
想定よりかなり近い。さすがにもう少し離れたところを通るだろうと思っていたが、これでは本船のほぼ直上へ来る。
探知した熱は、リフティング航行のため全開にした下側サイドスラスターからの熱らしい。左の山に遮られて見えづらかったため、もう距離がほとんどない。
ふたりで息をひそめ、リリィは計器盤を、ぼくは外部モニターを注視する。
山の稜線から、スラスターのものらしい光がみえはじめた。
「スラスター光らしきもの、左40度」
ぼくの言葉に、リリィの声がつづく。
「その方向、電波検知器に感あり。レーダー波らしい」
レーダー波――それを電波検知器で捉えたということは、向こうのレーダー波がこちらの船体に当たっている。向こうのレーダーに映るはずだが、あの高度から、この地形にまぎれた小型船が識別できるか。
スラスター光が意外に速く近づいてくる。速力が高いのはこちらを見つけているからか、それとも捜索を急ぎすぎて充分に減速していないからか。
見上げるような至近距離、外部モニターをみるぼくの目に、その船体がはっきりと見えた。久々に見る、義勇団の5級戦闘船。
どうだ、こちらは見えているのか――
「敵船、直上!」
「敵船、直上!」
外部モニターを見上げるぼくと、計器盤をみるリリィの声が重なる。敵船との最接近。
まっすぐ進む敵船が、ぼくたちの頭上を通って――
「――敵船、上空通過。速力変わらず、針路変わらず。本船からみて右50度の方向」
「電波検知器、その方向、レーダー波らしきもの消失」
通過した。減速せず遠ざかっていく。
電波検知器にレーダー波が入らなくなったから、もう向こうのレーダーには映っていない。まさか直上まで来られるとは思わなかったが、本船は向こうのレーダー画面上で地形にまぎれていたのか、見つからずに済んだ。
すぐ出航準備にかかる。敵船の速力から、船が地平線の向こうへ隠れる時間を推定。それに若干の余裕時間を加えて、本船の離陸時刻が決定される。
――時刻確定。システムを出港モードに変更。天体表面に着陸していることを検知した操船支援システムが、自動的に離陸体勢を整える。
船内にはいちおう、あと8人乗っている。状況くらいは教えておこう。
セレクターを船内放送に切り替え、送信ボタンを押す。
「総員へ伝達する。まもなく本船は出航する。行先は、義勇団の脅威を避けるため、また海上荒天の影響も考慮し、第16793恒星系方面へ引き返すものとする。この先、義勇団戦闘船と遭遇する可能性あり、今後の船内放送に注意せよ」
いったん言葉を切って、それから号令した。
「出航用意!」
・・・・・・
計器盤内の表示時刻が、離陸予定時刻となった。
すべてのエアロックは閉鎖済み、地表との間に索具、タラップ、ケーブル等はつながっていない。軟ハシゴも巻き上げ済み。上空に障害物なし。
「離陸支障なし、こちらが操船する」
「離陸支障なし、確認した。そちらが操船」
ぼくの確認と指示を、リリィが再確認・復唱する。
推力レバーが「STOP」位置にあることを確認。操縦桿を一杯まで引き、上げ舵一杯に。
推力レバー前に付いた逆推力レバーを引き起こし、逆推力装置が作動した機関が後進用意の状態となる。そのまま、推力レバーを握って前へ。
船尾からもうもうと土煙があがる。すぐ、船首にある下側サイドスラスタ―を全開に。船首側からも煙があがりはじめた。
ふわり、と船底が地面を離れ――
「船体浮揚!」
ぼくよりも早いリリィのコールアウト。
「――微速力後進」
操縦桿をやや戻しながら、推力レバーをさらに押し出す。わずかに後進がかかり、船体が後ろ向きに動き出した。
「TSL2198」の残骸が、前方へと離れていく。これのおかげで、今日はとんでもない日になった。ひどい奴らと出くわし、さらにぼくが義勇団員だったことがばれた。おまけにやつらの機密情報まで乗せてしまい、そのせいでこれから戦闘航海になる。
ちょっとした収穫といえば、いまぼくのとなりにリリィがいること。いまこの瞬間も、なんだかこころが落ち着くような空気を感じる。いままで誰からも感じることのなかった空気――わずかに聞こえる息づかいを聞きながら、このひとが生きていてくれてよかったと心底思った。
前方の船の残骸は、それらを象徴する醜いかたちをした記念碑だ。そのうち熱で崩れ去るだろうが、この光景は、ぼくの記憶に残り続けるだろう。
後進の速力を増しながら上昇し、地面から遠ざかる。左右の稜線が、おおよそ目の高さまで下がってきた。
「……稜線越えた。水平方向ならびに上方、支障物なし」
リリィのコールを合図に、前進への転換と回頭に入る。向ける船首の方向は敵船とは真逆の、左40度方向。
逆推力レバーを押し下げ、機関を前進状態に。若干のタイムラグのあと出力方向が逆転し、後進から前進に変わる。
左手の操縦桿を前方へと押し出す。後進上げ舵から前進下げ舵に転換し、機関の出力方向は前進かつ下方向へ。後進の行き足が、次第に落ちてくる。
行き足が止まって、それから船体が前進しはじめたところで、左のペダルを踏んで取舵をとる。船首がゆっくりと左に回りはじめた。
もとの船首方向からみて左方向40度に向き、右のペダルをわずかに踏んで回頭力を止める。推力レバーを前に出すとやや遅れて速力があがり、高度は10,000ftへ。船は地表をなめるように進みはじめた。
さあ、星の向こう側はどうなっている――
・・・・・・
ナナの確認動作は、今まで見た誰よりも素早かった。
すべてのエアロックの閉鎖・索具・タラップ・ケーブル・軟ハシゴ・上空の障害物――
早い……流れるような確認動作に、思わず惚れてしまいそう。手間どりがちな離陸操作もスムーズだ。熟練の教官でもここまでできるかどうか。これを動画で撮って教材として使ったら練習生はみんなうなる。
計器盤をよく見ていたから、船体浮揚の瞬間はわたしの目がとらえた。
「船体浮揚!」
意地だけでコールアウトする。訓練教官よりすぐれたこの航海士に、何としてもついていってやる。
「――微速力後進」
あれ……? 言い間違い?
まず極微速力――
「――!」
船体が急速に浮き上がった。
想像以上の速さで後進がかかり、地面がぐんぐん遠ざかっていく。
言い間違いじゃなかった。彼は、ナナは「極微速力」を飛ばして「微速力」へ入れた。確かにここは港じゃないから速力規制はないけど――
体感速度は後ろ向きのジェットコースター。思わず、手をぎゅっとにぎった。
左の席を見ると、そこに座る彼はきわめて事務的な顔。
ちがう、これはそんな涼しそうな表情でやる操作じゃない。
探知装置で左右を見ると、もう山の稜線が近い。すぐに越えるだろう。
わたしがそれをコールアウトすれば、その後に待っているのは後進離陸で最も難しい前後進転換――
「……稜線越えた。水平方向ならびに上方、支障物なし」
周囲を確認し、わたしはそれをコールした。
するり――
なめらかに、その手は動いた。
機関の出力方向の大転換、操作に対する推力変化のタイムラグ、それに応じた操縦桿の操作タイミングと必要な舵角の把握、操作の実行。
本来ならバランスを一時失いながら必死に調整するものを、ためらいもなく微調整さえなしで。
――ここは無重力空間じゃない、1.05Gの引力が支配する天体の上。
横目で見た彼の表情は、あくまでただ事務的なだけ。
宇宙船の操縦桿を、やりこんだゲームのコントローラーみたいに手の中で転がして。
高度10,000ftに達しさらに速力を上げていく。眼下を惑星の地表が猛スピードで流れていく。
「ただのやさしい男の子」? これが――?
胸に輝く金色の記章が、キラリと光ったように見えた。




