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宇宙航路は遥かにて  作者: 星川わたる
第1章 航路のはじまり
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第32話 重包囲網

 探知装置の監視をリリィに任せる。すべての探知装置をパッシブモード――受信のみに。こちらから発信して反応を探ったりしたら、逆にこちらの存在が丸分かりになる。

 速力をさらに上げていく。なるべく速く――そのほうが舵効きがよくなるし、急上昇するにも前進力があったほうが都合がいい。


「電波検知器に感あり、前方至近」


 リリィの報告に、操縦桿をギュッと握る。何かいる、おそらく敵船。こちらの速力が高い、進路が交錯したら衝突する。


 見えた――ほぼ正対、あちらのほうが高度が上だ。


 敵船をわずかに左すぐ上に見ながら、一瞬ですれ違う。位置的にみて、さっきのとは別の船だ。あれも5級船。今ので発見されたに違いないが、回頭して加速してくるには時間がかかる。あの船は振り切れる。


 離陸してから、航行した距離は星の外周の4分の1ほど。そろそろ星の反対側に隠れていた宇宙空間が見えるはず――


「電波検知器、探知魔法装置に感あり。反応は2つ、まっすぐ前方、距離は――」


 いた、さらに2隻。報告された距離がだいぶ大きいから、相手は宇宙空間にいる。


 あの2隻にも発見されたのは確実、こちらの位置は完全に露見した。もしどこかに未発見の敵船がいても、あの2隻が通信を送ってこちらの存在を知らせるはずだ。もう隠れることはできない。


「探知装置をアクティブモードに、出力最大。前方の2隻、魔力波のデータを取ってこちらに転送」


 こちらから探知波を送るアクティブモードへ切り替えて、まずあの2隻の型を調べる。ぼくが魔力波を見れば、何の船かすぐわかる。


「魔力波のデータ、そちらに送った」


 リリィの素早い対応がひかる。受け取ったデータ、この波形、どちらも5級船か。4級船より砲撃力は劣るが――


「電波検知器に感あり、強い電波、まっすぐ前方」


 強い電波――たぶん射撃管制レーダーだ。ここで砲撃戦をやるつもりらしい。確かにこれまで星の影に入っていたから見えなかっただけで、ここはすでに相手の射程内だ。今はもう遮るものはない。

 だがこの状態、あちらの船影もこちらのレーダーに映った。おまえらだって見えているぞ。


「レーザー砲撃が来る。狙いを外すよう急転舵するから、気をつけて!」


 言ってすぐに船内放送のボタンを押す。


「総員へ、前方に敵船あり。これより戦闘となる。急な操舵と船体動揺に備えよ」


 いまごろ仮設営倉は狂乱状態だろう。いきなり「これより戦闘」と言われたのだから。


 戦闘といっても、本船に武器はない。あくまで民間船だ。だからやれるのはせいぜい「戦闘機動」という動きだけで、つまりは相手の攻撃をひたすら避けることしかできない。


 たっぷりと射撃管制レーダーの電波を受け、頃合いをみて急上昇をかける。推力も思いっきり上げて、このまま宇宙空間へ出てしまおう。

 航路算定をしてくれたリリィには悪いが、そのデータが使えるのはここまで。惑星上はまだしも、宇宙空間に敵がいるのでは……算定した航路どおりに自動操縦で行くことはできない。


 前方で強烈な光が明滅し、本船の真下を青白い光の束が貫く。敵の第1射――だが外れだ。こちらの急上昇を予測できていない。

 次は予測してくるはず。急回避したらかえって当たる。


「電波検知器に感あり、強い電波、まっすぐ前方」


 それなら敵船の左を抜けていこう。敵船は2隻横並びになっているから、本船が左を抜ける時、向かって右の船は左の船が邪魔になって撃てない。すこし取舵をとって――


 よし今、推力を一気に落とす。


 外部モニターが光で埋め尽くされる。正面からの砲撃が船首に――


 ――当たらない。前方へ外れた。


 まさか加速を緩めるとは思わなかったろう。敵船も第1射の回避はまぐれと思っただろうが、第2射も避けられて、自分たちが弄ばれていることに気づくはずだ。

 このまま不規則に舵を切りつつ、急加速しながら敵船の高度まで上昇しよう。操縦桿を強弱をつけ押し引きし、時々わずかに左右に振る。足元のペダルも不規則に踏んで――この動き、あんたらに狙えるか。


 レーザー砲の射撃が、狂ったように上下左右に抜けていく。正確な狙いをやめて、乱射に切り替えたらしい。「数撃ちゃ当たる」というやつだ。確かに砲戦距離としては近いから、乱射でも命中の可能性はある。そして1発でも当たれば、装甲のない本船には致命的なダメージとなる。その戦法は、ぼくたちには苦しい。


 推力をさらに上げて急上昇。特高速船の機関出力を見せつけながら、一気に宇宙空間へ出る。対地高度が敵船とほぼ同じになって、それから適当なタイミングで左のペダルを踏みつけた。

 舵角指示器が取舵一杯を示し、船尾が滑るように右へ回る。船首がぐるりと左を向き、敵船と反航の態勢をとった。

 1隻がもう1隻の陰に隠れ、そちらの砲撃がとまる。残った1隻が猛烈な乱射を続け、ぼくはきわめて不規則な操舵でそれに応じる。レーザーは電力を使うもの、そんなに連射して5級船の発電機はもつのか。


 敵船の真横を過ぎると、後部主砲の射界を確保した向こう側の1隻が砲撃を再開したが、逆に今まで撃っていた船はやはり電力不足となったか、射撃がとまった。

 推力を30%まで引き上げる。恒星間航海をこなす船、それも特高速船の30%推力は凄まじい。普通の人間の航海士なら手動では制御できない出力。ぼくは計器を見ず、自らの空間認識能力で速力の感覚をつかむ。


 敵船を後方へ置き去りにしつつ、第3惑星から離脱する。一気に距離がひらき、敵もさすがに乱射では当たらないと判断したか、射撃がやんだ。

 2隻はすぐ反転して追ってくるだろうが、すでに速力を出しているこの特高速船には追い付けない。もう2隻はまだ星の表面をうろうろしているだろうから、後方はひとまず安全だ。


「航海用レーダーに感あり、数は3。方向は右20度、仰角10度。転移クリスタルへの航路上にあり」


 リリィの声、航海法レーダーに船影がある、と……


 なんだ? そんな方向に――


 自分でもレーダー画面を見てみると、それは確かに航路上。3隻が進路をふさぐ形で並んでいる。

 主星の引力の都合上、これを避けたら転移クリスタルに向かえない。舵を切ればそちらに向かえる地上の船と違って、宇宙の船は軌道の制限を受ける。敵はこちらが転移クリスタルへ引き返すと予測して、その軌道上に戦力を配置しているのだ。


 意外な敵船の配置に、すこし思考が乱れた。


 あの3隻の後ろに、敵船はいるのか――いないなら、あの3隻さえどかせば突っ切れる。

 なぜか通信機に途切れ途切れの通信魔法が入ってきたが、途切れすぎて読めないし、今はそれどころじゃない。


「3隻の敵船の後ろ、航路上に別の船はいないか。しばらくこの針路を保持するから、確認して。方法は任せる!」


 探知がしやすいよう、加速以外の動きをとめてリリィに探してもらう。この距離だ、撃ってきても初弾命中はないだろう。回避は加速力の変更でなんとかする。


「前方航路上、既知の敵船の向こうには反応なし。他の船はいない模様」


 リリィの報告は早い。

 他の船がいないなら、フェイントをかけてあの3隻を航路上から外れさせる。あいつらの目的は本船の撃沈だ。こちらが逃げれば、必ず追って来る。


「敵船を誘引するから、いったん航路を外れる。むこうの動きを逐次報告して」


「了解」


 この状況でリリィは冷静だ。戦闘なんてやったことはないだろうに。おかげでぼくは操船に集中できる。ありがたい。


 大きく左に舵を切る。反転して逃げるとみせかけ、さらに推力を下げぎみにして敵船にわざと追わせて、追い付かれる寸前に再反転して急加速――再反転後、正面から突っ込んでくる本船に対し、向こうが反応する前に左右どちらかを抜ける。


 回頭角は90度を超え、船首はさらに左へ回る。ほら、ついてこい――


「レーダーに新たな感あり、左20度、数は1」


 ――!


 曲がった先にもう1隻いる――!


 レーダー画面上、左前方――船首を向けようとしていた方向に1隻。

 まずい――急ぎ取舵を戻す。


 3隻並んだ敵船が右斜め後方から加速しつつ追い上げてくる。左前の船はこちらに向け前進を始め、さらに第3惑星に置き去りにした2隻が左後方から加速して接近し始めた。


 操縦桿を前に押し込む。下げ舵一杯、左右がだめなら下へ――


「レーダーに新たな感、まっすぐ前方、数は1」


 上げ舵に急転舵、推力を50%にあげる。さすがにぼくでも、この推力での手動操作は厳しい。操縦桿を握る手が汗ばんでくる。

 向かう先に、まるで将棋のコマでも置くかのように敵船が配置されている。いったい何隻出してくるんだ。


 ――さっきから途切れ途切れの通信魔法が入っていて、鬱陶しい。


 左前、左後ろ、前方下側、右後ろ――まるで狩猟だ。まだ砲撃されないのは距離があって当てにくいというだけで、接近したら乱射で仕留めるつもりだろう。

 いま分かるだけで敵船は7隻、その乱射を食らったらさすがに当たる。惑星上にももう2隻はいるから、星系内の敵船は最低9隻。


 しかも、あたかも用意されたかのような上方向への逃げ道、これは――


「レーダーに新たな感、まっすぐ前方、数は2」


 もういる――!


 これは包囲網だ――敵の囲いのなかに入ってしまった。


 たまらず推力を落とす。手が汗でじっとりとしている。


 敵は本船が第3惑星の敵船をやり過ごし、転移クリスタルへ向かうことを予測していた。そこに配置した別の船を本船が誘引しようと反転するのも予測して、反転先にも船を配置し、さらに下へ逃げることまで予測して――


 つまりぼくは、うまく敵船をいなしているつもりで、実は初めからその手のひらの上で弄ばれて――


 前方の敵船を避けたいが、どこに転舵すればいい――? どこを向いても敵船がいるぞ。


 くそ……ぼくだけならこの際死んでもいいが、隣にはリリィが――


 ぼくの甘い判断に身を委ねてしまったこのひとは、いま怖い思いをしているに違いない。どこで間違えたか分からないが、こう包囲されているのだからどこかがいけなかったのだ。ぼくがリリィを、死の危険にさらしている――


 くそ――っ!


 活路を求め、左に転舵する。敵船の間隔はまだ広い。だから、この包囲網はまだ完成してはいない。左前の船は1隻だけ。そいつの射撃を避けながら包囲網から出て――


 出て、どうする――?


 包囲網から脱しても、この星系に11隻もの敵船がいる事態は変わらない。左前へ抜けたら転移クリスタルから遠ざかるが、どうするのか。敵船を11隻も後ろに従えて、この星系の航路を反対側の転移クリスタルまで駆け抜ける――?


 これは……包囲網から出ても、どのみち死ぬまでの時間がすこし長くなるだけでは――


 詰んでる……?


「……っ!」


 それでも左に回り、舵を戻して真一文字に左前の敵船に向かう。もうゲームオーバーが確定したゲームを、それと知りながら操作しているような感じがする。


「電波検知器に感あり、強力な電波、まっすぐ前方」


 回頭先、1隻だけいる敵船の射撃管制レーダーに狙われた。すぐに不規則な転舵を開始。全部避ける――!

 再び推力を50%に上げ、高速で反航する態勢をとる。船どうしが、一直線に迫っていく。


 強い光、敵船の第1射。大きく外れたが、このさき何発撃ってくるか。ぼくはそれを全部避けられるのか。

 第2射、第3射を避けながら突進する。この敵船は乱射ではなく、精密射撃で撃ってくる。

 すこし取舵をとり、左へ。敵船を右に見ながら航過するための転舵だ。距離がどんどん縮まる。あとすこし、あと少しで包囲網から出られる――


 外部モニターが真っ白に染まる。至近弾の衝撃波が船体を軋ませ、かすかな振動を感じた。人工重力の制御で揺れを感じないはずの船での揺れ――実際の衝撃は人間が耐えられないものだったはずだ。


 すれ違う瞬間、ぐっと下げ舵をとり、即座に上げ舵一杯に転舵。同時に発射された敵弾はまず本船の上を、続いて下を通過した。

 敵船が一瞬にして後方に飛び去る。側面を抜けた。

 敵は砲撃をやめたが、攻撃を諦めたわけではないだろう。ちらりと見たレーダー画面上で、もう反転を開始していた。


 ――途切れ途切れの通信魔法が、また入った。遠い発信者のものを傍受しているのか。受信の度に、思考がそちらに割かれる。


 ……それで、とりあえず包囲網からは抜け出したが、これはぼくの「功績」だろうか。意外と簡単に抜けられたのは偶然か。なぜか素早い敵の反転開始はまるで抜けられるのを前提にしていたかのよう。

 そもそも、なぜ敵船の数にばらつきがある? なぜ、一部に突破しやすい場所がある――?


「探知魔法装置に感あり、テレポート反応が2か所。まっすぐ前方と、右後方やや下側。前方の目標、距離至近!」


 テレポートで出てくるのか、こんな目の前へ――!


 取舵一杯、上げ舵15度――左斜め上へ避ける。右斜め下に、確かにテレポート・アウトしてくる船が見えた。わずかに見えた船影は、5級戦闘船――


 テレポートは、長距離でなければ転移クリスタルなしでも普通に実行可能だ。こいつらは近くの星系から飛んできたんだ。5級船の推力なら、この星系の引力の中でもテレポートできる。


 すると……

 近くの星系に、敵がいるのか――?


 自力でのテレポートだけで飛べる星系に、まだ戦闘船を伏せてあるのか。だとしたらこちらはテレポートを全く使えない。運が悪いと、包囲網から脱したつもりで逆に敵中に飛び込んでしまう。


 いや……いや違う、まだ包囲されている。抜け出せてない。ぼくたちは、おそらくこの星系ごと包囲されているんだ。

 この星系に通常テレポート可能なすべての場所に戦闘船が配置されていたら、ここでテレポートをしても出た先にも敵がいることになる。もしかしたら居ない場所があるかもしれないが、それをこちらは知りようがない。


 ええい、まただ。また途切れ途切れの通信魔法……


 ――そうか、しまった! これは敵の暗号通信だ!


 全ての暗号表を手にした本船を前に、その暗号を使うわけがない。敵はおそらく今回のために作られた、簡易暗号を使っている。時々受信しているのは「途切れ途切れの通信」じゃなくて、そういう「暗号符丁」なんだ。

 電波による通信ではなく、恒星間通信にも使用可能な通信魔法を使っている。ならこれは、星系外へ向けた通信か――

 そうだとすれば、星系内の敵船が本船の位置と進行方向を知らせ、その情報を基に星系外から新たな敵船がやってくることができる。

 実際さっきの敵船は、狙ったように本船の前方至近に出てきた。敵にとって、あまりにも都合よく――


「テレポート反応、前方至近!」


 操縦桿を右一杯へ、次いで手前一杯に引く。船体を右に回転、その後船首を引き上げ、横転状態で敵船を避ける。

 初めにテレポートしてきた船がこちらに向け回頭を始め、さっき囲みをすりぬけ置き去りにしてきた敵船たちも加速して追ってくる。第3惑星表面からも上昇中の船があり、その数は4隻。

 この星系にいる敵船はいったい何隻――もう15隻は超えたはずだ。


「新たなテレポート反応、まっすぐ前方!」


 また前方に――!


 下げ舵を一杯にとって敵船を避ける。どの船からもまだ砲撃は来ていないが、いずれは撃たれる。15隻以上の敵船の砲撃をあびて、どう生き延びろと――

 動力性能は本船が上だから振り切れるはずだが、こう何度も邪魔されて転舵を繰り返すと、激しく動いているわりに全然進んでいない。ほとんど同じところをグルグル曲がりくねっているだけだ。だからいつか追い付かれる。ああ、それも敵の作戦のうちか。


 航法画面に表示される本船の航跡は、身をよじるようにたくさんの曲線を描いている。

 これはいつか見た写真――地球の戦争で、たくさんの飛行機の爆撃を受け舵を切る艦隊の白い航跡とおなじ。その白線は、船があげる悲鳴そのもの。


 あの写真の船は、生き延びられたのだろうか。


 それとも――

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