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宇宙航路は遥かにて  作者: 星川わたる
第1章 航路のはじまり
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第29話 ふたりが「終焉」に分かたれるまで

 ながい通路を歩いて、やっと操舵室についた。

 扉がひらくと、85Kがぼくに振り向く。ほんのりとやさしい笑顔。


「あ、7ST、おかえり。長かったね、おつかれさま」


 ぼくはそのまま、主操舵席に座った。

 85Kがすこし首をかしげたが、そのまま話しかけてきた。


「どう? なにか分かった?」


「うん、まあ……ある程度は」


 まだすこし手が震えている。

 85Kはしばらくぼくの顔をみていたが、やがて前面のモニターに目を移した。


「航路算定はおわり。離陸さえすれば、あとは自動操縦でいけるよ。左上のウィンドウ、出してみて」


 ぼくは言われるがままに、左手でそのウィンドウをタップしようとして……

 震えていた手から、あの指輪がこぼれおちた。かたい音が数回、足元で鳴る。


「……なに、持ってたの?」


 見ると、隣の彼女の表情は険しい。とがめるように、ぼくをみている。


「いや、その……あれ、ちょっと、押収してきたやつ。あいつらから」


 あわてて指輪をさがす。どこだ。

 足元の光るもの、それをあわてて拾って右の手に握った。


 彼女が、こわい声でぼくに言う。


「みせて」


 ……みせたくない。


「みせなさい」


「……」


 ぼくは握っていた手をひらいた。手のひらに乗せた指輪を、彼女に見せる。


「指輪……じゃないね。あなたがそんなに震えてるんだから」


 手の震え、ばれるか。このひとには。

 これがただの指輪じゃないのも察している。


「左手になにか握ってると思ったから、ちょっと引っかけてみたけど。わたしの思いどおり、左手でモニター操作してくれて、そのまま落としてくれた。すなおでよろしい」


 ――?


 あ……

 左のウィンドウ、航海システムとは関係ないやつだ。


 ……はめられた。


「べつに、いいよ。気まずいことがあっても。だけど、そういう大事なことは隠さないで。そんな顔、してほしくない」


 そんなに景気悪い顔をしていたかな、ぼくは。


「わたしにも教えて、なにがあったか。いいじゃん、『死なばもろとも』だよ。どうせならふたりで知っちゃおう」


 ……あの、「死なばもろとも」って、もう死ぬ前提?


 でも……これじゃ隠せないか。


 この話――聞いてもらって、いいのかな。


 ぼくを見つめる黒いひとみは、怒ってない。やさしくぼくをみつめている。


・・・・・・


 ぼくはぼくがしたことを、洗いざらいに白状した。

 85Kは、意外にも驚かなかった。


「うわあ、すごいことしたね。それって軍隊でもぜんぜん分からない暗号なんでしょ? それ全部コピーしたなんて、なかなか豪快だね、あなたって」


 結局、ぼくは暗号表を例の記憶装置にコピーしてしまった。


 どこにも接続していないとはいえ、船内の記憶装置に内容をコピーしたいま、本船はこの指輪とおなじ状態。義勇団が「消したい」暗号を保存しているデバイスそのもの。

 軍隊でさえ、知るべきでない暗号を知ってしまったら捕縛され、最悪殺される。そしてぼくはあの義勇団の、それも最高難度の暗号を記録してしまった。


 でも――脱走員であるぼくが乗っているこの船は、どのみち義勇団の排除対象だ。この星から出れば探知されてしまうだろう。これからは追撃をかいくぐって、逃げなくてはならない。

 むしろ暗号表を使って暗号を解読し、相手の行動を先読みできるようになれば、義勇団の追撃を避けることがたやすくなるのではないか。暗号表を自分のものにしたほうが、生き延びれるのではないか。


 一度目の脱出は、何とかなった。

 今回も途方もない道のりになるだろうけど、この暗号表があればもっと簡単に振り切れると思うんだ。


 もし義勇団が暗号の解読をおそれて暗号表を変更すれば、このデータはすべて無駄になる。すると暗号解読はできなくなるが、全宇宙に散らばる義勇団が暗号を変更するというのは大変なことだ。新暗号が行きわたるまで、義勇団の通信は混乱し、動きは鈍化するとみていい。

 その間に、もう一度行方をくらましてしまえばいい。そのために、この暗号表が欲しかった。


 だが、それでも……ぼくはとんでもないものを船内に保存してしまった。本来、こんなものぼくひとりが扱っていい情報じゃない。軍隊の最重要機密と同レベルか、それ以上。

 それを自覚して、震えながら、それでもなおコピーをやめなかった。

 幸いだったのは、システム破壊用プログラムが入っていなかったことだった。


 85Kは、ぼくの手のひらを見る。


「ねえ、その指輪、ちょっと貸して」


 差し出された彼女の手のひらに、そっと指輪をあずける。彼女は手に持ったそれを、珍しそうに見つめた。角度を変えるたび、「メモリ本体」がキラキラと輝く。


「きれい……だけど、言われてみれば、へんな光。これが小型の記憶装置ってわけか」


 彼女はそれを見ながら、首をかしげる。


「これ、見た感じだと起動させられるようなボタンもなにも付いてないね。あなたはさっき中身を見れたんでしょ? どうやるの?」


 だめだ、それをこのひとにさせるのはまずい。機密情報を知るのは、義勇団から逃げるぼくだけでいい。きみはどこかでこの船から降りれば、安全になるはずだから。


 ここは、なんとかごまかそう。


「いや、もう動作しないよ。自壊用プログラムが入ってたみたいで、コピーが終わったら、中身が勝手に壊れちゃった。だからそれ、もうただのきれいな指輪でしかない。宝石としての価値もないし、いらないからあとで外に捨てちゃおう」


 だが彼女は、逆に指輪を握りしめた。


「あっ、それなら――わたしこれ、もらっちゃおうかな。価値がなくてもすごくきれいだし、指輪ってちょっとあこがれてたんだよね。えーっと……」


 すこし考えてから、無造作に指輪をはめる。右手人指し指……


「あ、ちょっとまって、待って!」


 左手の薬指にはめたら起動する。まずい。


 彼女はぼくの声をきいて、すこしにやりとした。


「どの指にしようかなあ。ここもあんまりぱっとしないかな、それじゃあ――」


 指輪が、左手の薬指に――


 彼女の眼前に、空間仮想モニターが表示された。機密情報が、彼女の目に映った。


「なるほど、特定の指にはめたときだけ動作するんだ。使わないときは、べつの指にはめておけばいい。はめた指輪は盗めないし、いい仕組みだね」


 ああ……

 最初からこれが狙いだったんだ。

 彼女はぼくが慌てるのを見て、にやりとして――ぼくの反応を見ていた。


 このひとをごまかそうなんて、できはしなかったんだ。


 彼女は微笑みながらぼくをみた。


「わかるよ、そういうとこ。自覚してないと思うけど、あなた分かりやすいから」


 でもこんなに手玉にとられたら、さすがに落ちこむなあ。


 しょげるぼくをよそに、彼女はこともなげにモニターを操作していく。


「暗号のデータっていうのは……このフォルダか。うわ、いっぱい出てきた。これ、全部ちがう暗号なんだ。ちょっと見てみよう、っと。どれにしようかな――」


 彼女はまたこちらを見て、にやりとして――


「じゃあ――この『総司令部最高度暗号表』にしちゃお!」


 いちばんやばいやつを――!


 もういちどぼくの顔をみて、それから彼女はそのファイルをタップした。

 モニターに、義勇団の最高度の暗号表が表示される。彼女の目に、脳に、機密情報が流れ込んでいく。

 ファイルをひらく前に、このひとはぼくの顔をみた。そうか、「顔に書いてある」ってことか。


「うーん、よく分からない。やっぱり知識がないとだめか。でも、手を震えさせてまでコピーをとってたわけだから……あなたには、分かるんだね」


 視線をそらす。

 だが、右側からは強烈な視線を感じる。


「ふふ、わかりやすい。いま視線をそらしているのは、まずい、って思ってるからだよね」


 まずい、思考を読まれている。


 彼女のほうに目線を向けるが、どんな顔をすればいいかわからない。そもそもいま、ぼくはどんな顔をしているのか。

 彼女は表示された暗号表をじっくりと見て、それから指輪をはずした。出ていたモニターも霧散した。


「さ、これで問題は解決だね、船長さん」


 いや、なにも解決していない。むしろ増えた。


 彼女はぼくに指輪を返しながら言った。


「もうおそいよ。いまこの指輪を消しても、意味がない」


「――?」


 そして彼女は、ぼくの頭から抜け落ちていたことを言い出した。ぼくの浅い考えかたでは、思い当たらなかったことを。


「指輪のデータはわたしひとりでも展開できた。特定の個人じゃなくても、左手薬指にはめれば、だれでも見れてしまう構造。これは、義勇団側からすれば、この船の全員が情報を見れている可能性がある、ということ。すでに船のコンピューターに、データがコピーされた可能性も」


 そう、ぼくはその通りコピーした。あれはやはり、まずかった――


 しかし彼女はすこし首をふって、続ける。


「コピーしたか、してないかはこのさい問題じゃない。見たか、見なかったかも問題じゃない。あちらにとっての問題は、『見られたかもしれない』『コピーされたかもしれない』ということ」


 彼女はぴっと、ぼくが持っている指輪を指さした。


「それを一度でも持った人間は『見た』可能性がある。それを一度でも乗せた船は『コピーした』可能性がある。一緒にいた、または同じ船に乗った人間も『見た』可能性がある。だから『実際どうなのか』は関係なくて、『可能性がある』というだけで、わたしたちは消される対象になるはず」


 あ――


 ああ、そうか、そうなるのか。


 情報を見ていないのに消されかけた「TSL2198」――この機密情報は「見たかもしれない」というだけで排除対象になるのか。


「指輪がこの船に持ち込まれた時点で、この船はデータを『コピーした』扱いにされている。あなたの行動に関係なく、たぶんそうなっている。だからあなたは、この先きっと死ぬまで追われ続ける」


 ……死ぬまで。


 義勇団は、逃げる脱走員を追い切れなかった場合、最終的には追跡を断念する。そのために割くリソースが、無駄だから。


 でも、この指輪に――最高度の暗号に触れてしまったなら、そうだ彼女の言う通り、死ぬまで、追い回されるんだ。


「……」


 手の中の、指輪を見る。

 これを「持った」、というだけで、ぼくは死ぬまで……


 ……逃げられない。


 逃げ回って、追跡を断念させる、という手は、もうありえない。ぼくのこの脳が、機能しなくなるまで、追跡はやまない。


 ぼくが、生きる場所、は……

 安心して、過ごせる場所も、その時間も、もう――


 この命がある限り、ぼくがこの宇宙に、存在する限り、も、もう、逃げ延びられる場所は――


「……? どうしたの?」


 初めから、「TSL2198」と接触したときから、もう、ダメだったんだ。

 その時点でもう、機密に触れた、扱いになるから。


 どうして、どうして……どうして。

 どうして、ぼくは、こうも未来を奪われるんだ。


「7ST、大丈夫?」


 そう、だ……

 あの故郷の星、あそこを出てしまった時から、ぼくに未来は、なかった。


 どうして、ぼく、が――


「落ち着いて、ほら」

「……え?」


 右の頬に、あたたかい手が触れてきた。

 85Kが、隣の席から手を伸ばして、ぼくを見つめている。


「ごめんね、ちょっとよくない言い方しちゃった。ほら、よしよし」


 頬をなでられる。流れていた涙が、彼女の手に染みていく。


「ひとりだけで考えないで。いまはわたしが居るんだから、言葉に出して、ね。ちゃんと聞いてあげるから」


・・・・・・


 あたたかい手にこころを溶かされて、上がっていた心拍と呼吸は落ち着いてきた。


「ごめんね。あなたの気持ち、しっかり考えてなかった。……唇、まだ少し青いかも。どこかでちょっと横になる?」


 平気だ、と首を振った。


「……わたし、まずいことしちゃったかな」


 なんだ? きみはなにも……


「救助メッセージを出したの、わたしだもの。本当のことを書かなかったのは船長の指示だったけど、わたしが送信せずあなたを呼び寄せなければ、こうはならなかった」


 ……確かに、あれがなければぼくの日常は続いたはずだった。

 この船で過ごす、静かな時間が。


「いまさら意味はないかもしれないけど、わたし、責任とるよ。あなたがしたいように、いちばんいいようにして。撃ち殺しても構わない、それ以外でも、なんでも」


 ……。


 ここで眉間をぶち抜いて、憂さ晴らしをしてもいい、と。


 みつめる瞳……ぼくと同じ黒い瞳。

 その光を奪って、いいと。


 ……それじゃあ、なにも面白くない。


 もっと――そうだ、階段室の踊り場でネクタイをいじくられてた、あの時みたいな時間がほしい。

 生きるためにはどうでもいい時間、無駄に使ってもいい時間がほしい。


 ここ5年くらいの間、そんな時間は一度もなかった。

 そして思い返せばあの時は、なんだか「生きている」って感じがしていた。


「あなたが、なにも決められないなら――」


 ぼくを見つめながら、彼女が言う。


「わたしは、あなたと一緒に行く。もし死んでしまうのなら、わたしも一緒に。あなたをひとりにはしない、どこまでも一緒に行くから。『さよなら』は絶対にしないから、どこへでも連れて行って」


 ぼくと一緒に……

 その道は、途方もない困難と苦しみの道だ……


 そこを、一緒に行く、と?


「だめ――」


「ううん、その選択肢はもうない」


 彼女はぼくの言葉が終わらないうちに、そう言ってきた。


「わたし、さっき指輪の情報を見たんだよ。これで共犯、わたしたちは。もちろんわたしは、これからあなたと一緒に追われることになる」


 そう言って彼女は、花のような笑顔をみせた。


「だから、もう大丈夫!」


 彼女の黒いひとみが、ぼくのひとみを映す。


「あなたは、ひとりで行かなくていい。死ぬまでわたしが、そばにいるから」


 ……。


 本当に、一緒に来るつもりなのか、こんなぼくと。

 すぐ死んで別れるのだろうに、それでもふたりで行くというのか。


「……」


 死ぬのが怖くないわけがない。だからぼくはここまでひとり逃げてきた。


 寂しいか? そりゃあそうだ。この船にはぼくしかいなかった。本当はだれかと一緒に、楽しく過ごしたかったけど、それができないから、せめて静かに、安らかに生きていたかったんだ。


 ……死ぬのはこわい。


 でも――


 でもいままでと違って、いまはぼくの隣にはこのひとがいる……


 一緒に来てくれる……このひとが。

 だれかと一緒に、楽しく過ごせる時間が、できる――?


 誰にもこころを打ち明けられず、共感してもらえないままひとりで生きるよりは……このひとがそばにいてくれるほうが、魅力的だけど……


 そんなこと、いいんだろうか。


 ……。


 このひとは、それでいいって言ってくれてる。


 いいんだ。


・・・・・・


「……わかった」


 背もたれに深く背をあずけ、前を見た。


 外部モニターの向こうに、熱で崩れた「TSL2198」の残骸。見上げれば、恒星の光に照らされた灰色の山の稜線。そのさらに先には、無限の星々をたたえる宇宙の海。


「きみが、一緒に来てくれるなら――できるだけ遠くまで、行ってみよう」


 航路算定……ぼくたちふたりが走る航路を。


 深く息を吐いて、それから吸って――ぼくは言った。


「ぼくたちはいまから――『運命共同体』としてそこへ向かう」


 進め、洋々たる宇宙の海へ。ぼくたちの眼に、星が映らなくなるまで――ぼくたちが「終焉」に分かたれるまで。


 85Kがうれしそうに言う。


「うん、今のはかっこいい! そういう感じでいこう、7ST」


 ――そうだ、その呼称も改めよう。


 ふたりで運命を、分かち合うのなら。

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