第28話 災いの種
空き部屋……「仮設営倉」と呼ぶことにした、その部屋へ。8人の不届き者たちが、このなかにいる。
頭を振って、息を整えて……
義勇団は、ぼくじゃなくこいつらを襲った。その理由を知りたい。
そこが分かれば、なにか情報が得られれば――
その情報を使って、このぼくが全力を出して、うまく立ち回れば……
「二度目の逃避行」は、うまくいくかもしれない。
……よし。行こう。
・・・・・・
ロックを解除した自動ドアが開くと、全員がぼくをみて、顔をひきつらせた。
口を塞いではいないが、手足はしばってある。その状態でぼくをみたら、そりゃあこわいだろう。
で、問題の「乗客」は……私服姿の男、こいつだな。
「きみ、なにか隠していることはないか」
ぼくの言葉に、男はあわてて首を振った。
ここで隠しごとをしても痛めつけられるだけ――と本人は思っているだろうし、それでも首を振るのなら、本当に隠しごとをしているつもりはないのだろう。
「なら、貨物船に客として乗った理由はなんだ。それにずいぶん金を払ったろう? 元々乗っていた船が『TSL2198』に襲われた時に」
2~3箇所から、ガタガタッと音が鳴った。
音の出どころは「TSL2198」の乗員だろうな。海賊行為がバレていると知って慌てたか。いまさらまずいと思っても、もう遅い。おれは聞いたからな。
そして男の方も……すこし目が泳いだ。なにか心当たりがあるようだ。
「話せ、ゆっくりでいい」
そう言うと、男はあちらこちらに視線を泳がせながら、話しはじめた。
「こ、殺されそうになって……3回も。一緒にいた奴らは、みんな死んじまって、もう、ダメだと、思って――」
……。
黙った。
どうやらこの男としては、説明を終えたつもりらしい。だがこれでは、状況がいまいちよくわからない。
もうひとりの「乗客」――護衛役と思われる女はどうか。
行動を共にしていたのだろう、なにか知っているかもしれない。
「おい、お前はどうだ。船に乗った理由は? ふつう、高速貨物船に客は乗らない。どうして客船ではなく、貨物船に乗った?」
女は男ほどおびえていない。腐っても護衛役、か。まだしっかりしている。
「暗殺から逃れるため……3回暗殺されかけたって聞いて、お金がありそうだったから、接触してみた。あたしがかくまって、報酬をもらって護衛して――暗殺者にバレないように星から出ようと思って、それで貨物船に」
報酬を受け取って護衛する奴、か。仕事の性質としては、傭兵に近いな。
しかしあまり素性はよくなさそうだ。正面きって戦うわけじゃなく、コソコソと依頼者を逃がす手口を使う。貨物船にもぐりこんだのは、こいつの手引きか。
違法に貨物船に乗り込んだ客、それを承知で運航した船、さらにその船に対して海賊行為をはたらいた「TSL2198」――違法行為のオンパレードだ。遵法意識が低い者も多い恒星間不定期船では、あり得ることではあるけれど。でもさすがにこれだけ重なるのは珍しい。
しかし、そもそも暗殺されかけたとはなんだ。3回は尋常じゃないぞ。何をした?
「暗殺未遂の理由はわかるか」
聞いてはみたが……
「詳しくは、知らない。ただ、とつぜん命を狙われるようになった、としか。仕事に必要な情報じゃ、ないから……」
「仕事」ね。まあ、余計な情報を聞こうとすれば、相手が嫌がってこいつの「仕事」はできないだろうからな。
その点について、当事者である男のほうになにか情報はないか。
「おいお前、暗殺のきっかけは分かるか? お前の推測でいい。なにかやったとか、知っちゃいけないことを知ったとか、何かないのか」
しかし本人はぶるぶる首をふるばかり。
「知らない、知らない! 急にやられたんだ。本当に、急に――おれはなにもしてない!」
うーん……
でも義勇団が狙うとすれば、こいつだと思うけどな。船のほうに狙われる理由があったなら、この男を乗せずとも、とっくの昔に沈められているだろう。「TSL2198」そのものには戦闘能力はないんだから。この男を乗せたから、襲ってきたんだ。
いっそいま、ここでこいつだけ消し去るか。そうすれば義勇団が狙う「なにか」ごと、消滅させてしまえばいい。
……でも、それだとその「なにか」を完全に消せたのかわからない、か。
そして義勇団の狙いが何だったのか、知ることができなくなる。
ここで意外にも、護衛役の女が口をひらいた。
「心当たり、とは違うけど……すこし、気になることが」
ぼくは黙ってそのまま発言をうながす。
「詳細は、聞いてないから、わからないけど……指輪。その人の、指輪」
指輪……? なんだ、変わった指輪でもつけていたか。
この女は「仕事」の性質上、ぼくより観察力はいいだろう。こいつが気になるというなら、なにかある。
「おまえ、指輪を持っているか」
男に聞いてみると、うなづいた。ただ、いまいち表情が締まらない。その指輪が暗殺未遂とどう関わるのか、まるで分からないと顔に書いてある。
いまいちよく分からないが、ひとまず現物を見てみよう。もしぼくで分からなければ、女に確認させる。すこしくらい何か分かるはずだ。
「どこにある? いまつけているか」
男はただうなづく。体の向きを変えさせ、後ろ手に縛ったその指を見ると――左の中指、地味な指輪がはめられている。
指から引き抜くと、それはするりとぼくの手のひらにおさまった。
見ればちいさな宝石がひとつ、はめこまれている。宝石のことはよく分からないが、この透き通るような輝きには、ぼくでも視線を引き寄せられる。ああ、意識さえも吸い込まれそう……
角度を変えると、色が変化した。見る角度によって、様々に。そのひとつひとつが、えもいわれぬ美しさを秘めている。
こんな宝石が、この世に――
この世に……
男に指輪を見せ、問いかけた。
「これ……小さいけど、なかなかのものだな。たぶん、こんな宝石だれも見たことないよ」
男はちょっとうれしかったのか、顔にかすかに笑みがうかんだ。
「こんなものをどうやって……いつ手に入れた? どこで? いくらしたんだ?」
この指輪は男の自慢の品なのだろう、まだぎこちないが、すこし自慢げに話しだした。
「へ、いいだろ、それ。おれは宝石なんてよく見てきたが、どこの宝石店でも、そんなものは、置いてなかった。本当に良いものってのは、そういうところには、ないもんだ。その指輪は、路地の裏の、さらに奥のほうに、露店をだしてた爺さんから買ったんだ。これは探してみつけるもんじゃねえ、偶然と、運命がなきゃみつからねえよ」
路地裏のさらに奥の露店……その爺さん、何者だ。どうしてこれを売っていた。そもそも、どこからこれが流出したんだ。
「そう……たしかに、偶然と、運命がなければこれは手に入らないな」
男は機嫌がよくなったか、にやりと笑みをうかべる。
ぼくはその顔に嫌気がさしながら、続ける。
「宝石店なんかに、置いてあるもんじゃない。ほら――」
男の顔に、その「宝石」部分を近づける。七色、いやそれ以上の、あらゆる色の光が、キラキラと放たれる。
「――これは、宝石じゃねえんだよ!」
一喝すると、周りの者はみなびくりとしたが、男だけは時間が止まったかのように動かない。まるで理解できない、と言わんばかり。
こいつとんでもないものを持ってやがった。
「これは情報記憶媒体、だからこんなふうに光るんだ。光ディスクひっくり返して見てるのと同じだ。こんなもん宝石店にあるもんか!」
男の表情は固まったまま。この話は、一般人には理解できないだろう。
「たしかに、偶然と運命がなきゃあ手に入らない。『あっちゃいけない』偶然と、『あとで殺される』という運命が、だ」
ぼくの手のなかで輝く指輪、それは――
「これは義勇団の『指輪擬装型記憶装置』。本来なら諜報員か秘密偵察員が着けているはずの、機密情報を記録する機械だ。こんなもん持ってたら、義勇団に脳みそごと消されるぞ!」
まずいぞ、こいつは――
手の中で、指輪がころがる。そこにはめこまれた「メモリ本体」が、不気味な七色の光を放つ。おそらく機密情報がはいったままの、あってはいけないその光――
・・・・・・
仮設営倉の扉をロックして、ぼくは操舵室へ向かいツカツカと通路を歩く。左の手のなかには、おそろしい機密情報を保存された指輪を握っている。
諜報員か、秘密偵察員用が持っていたはずの記憶装置。なにが入っている、こいつに。
いいや、なにが入っていてもまずいんだ。これは。
「TSL2198」は、こいつのせいで狙われた。まず間違いはない。他人に見られたらまずい内容が、記録されている。
核爆弾並みの危険物、こいつをどう処理すればいい――? このデバイスは、いま使える状態にあるのか?
ぼくは義勇団で秘密任務に従事したことはない。だから実際にこの装置をつけたことはないが……この装置は、生体エネルギーで動くと聞いている。指に装着して使う、と。
あの男は、こいつを指にはめていた。なのにあいつは、これの本当の用途を知らなかった。つまりこれまで、データが展開されたことがなかった。
なぜだ。所持者を識別する機能でもあるのか。特定の人物がつけた時にだけ使える――そういう機密流出防止策があるのか。
いや、違う。それならあの男を消しにくる必要がない。データを展開できないなら、持ち去られても情報流出は起きないのだから。
でも実際には、消しに来た――
こいつはやはり使える状態なんだ。なにか条件を満たせば、中身が見れてしまうはず。こいつを、どうする――?
「……」
使える状態……なのか?
中の情報は――
……ぼくの歩みが、急に勢いを失う。
展開、できるのか。いまの状態でも、やりかた次第では中身が見れるのか。
無人の通路に立ち止まった。
「……」
左手をひらいて、おそろしい記憶装置を見る。
いけない、はめたらどうなるか、試してはいけない――
「…………」
左手の指に持ったその指輪が、だんだん、ぼくの人指し指に近づいていく――
……。
なんだ、なにも起こらないじゃないか。
指輪はただ指にはまっただけ――なんの変化も起こさない。
拍子抜けしたぼくは、ちょっと安心して、それからなんとなく、それを別の指にはめていった。はめて、はずして、またはめて――
――ピピッ
【SECRET DATA STORAGE DEVICE】
「うわあ!」
指輪についたメモリ本体から、仮想空間モニターが表示された。不意をつかれたぼくは、指輪をつけたままのけぞった。
つ、つける指で識別していたのか、こいつ。特定の指にはめた時だけ、中身を見れるんだ。
……よりによって、左手薬指か。
すぐ外そうと思ったが……中身が、気になる。
あたりを見回す。だれもいない。
右手の指で、モニターを操作した。中のフォルダ名は……
「秘密作戦行動手順」「第27895海域における個別作戦計画」
「団内全体暗号表・全暗号鍵」
――!
この、データは――!
・・・・・・
ぼくは操舵室に戻らなかった。船内の通路を何度も曲がって、ながい道のりを歩いて――
ひとつの扉のまえで、立ち止まった。
【第12倉庫】
扉に近づく。モーターの音が数回鳴って、エラーを示すブザーが鳴る。開閉機構の故障。
ぼくは扉をノックした。特定パターンで、数回――
スッと扉がひらいた。
これはぼくが設定したセキュリティ。自動扉の故障にみせかけ、特定のノックをしたときだけ、扉がひらく。
入室すると、すぐ扉は閉じた。
照明が点灯し、中に鎮座する無言の機械が姿をあらわす。なんの表示灯も点灯せず、駆動音すらしていない大きな機械。
「停止」ボタンを3回押して、操作卓下に隠れたなにも書いていないボタンを長押しする。
モニターが立ち上がり、読み取り装置がぼくの全身をスキャンした。認証コードを求められ、ぼくしか知らないそれを入力する。
駆動音が鳴り、表示灯が次々に光を放つ。機械が起動し、大型モニターが点灯した。
ここは「秘密の部屋」。本船のバックアップデータを守るためにつくった、最後のとりで。目のまえにあるのは、誰にも場所を明かしていない記憶装置だ。膨大なデータを保存するため、かなり大きい。
これは、船内の他のシステムとは接続していない。つながっているのは電力線だけで、完全に孤立したシステムだ。
データを守るためにこうしておいたのだが――いまぼくは、別の目的でこれを起動している。
手のひらに握ってきた指輪をみる。こいつの中身……行動手順とか、作戦計画とかはどうでもいい。前者はたぶん、もとの持ち主への行動命令。後者はどこかの海域で行う作戦のデータ。いらない。ほしいのは――
3つ目のフォルダ……「団内全体暗号表・全暗号鍵」。
とんでもないものが入っていた。さすがにおそろしくて、まだ中をみていないが……「団内全体」ということは、義勇団で使用するすべての暗号が記録されているのか――?
もとの持ち主は司令部直属か、あるいはもっと上、総司令部の関係者か。明らかに普通の団員ではない。全暗号の解読表を、持たされているのなら。
そして――
これを、これをぼくのものにすれば、義勇団の暗号通信が読めるようになる。むこうの通信内容が、すべてわかる。これさえあれば、あいつらの行動がわかり、それを事前回避することができる。
義勇団からの一度目の脱出では、通信内容なんて分からず必死で逃げていた。
実質二度目となるであろう今回、通信が読めるというのなら……それなら。
ここに……ここに、この暗号表をコピーしてしまえば――
もしこれを船のシステムに記録しようとして、中にシステム破壊用のプログラムが入っていたらおしまいだ。でもいま目のまえにある装置は、どこにもつながっていない。このシステムを破壊されても、航行に支障はでない。
指輪を左手薬指にはめる。表示されたモニターに出ているフォルダ、そのなかの「団内全体暗号表・全暗号鍵」に指を近づける。指は震えて、止まって―――
……押した。
「A種暗号表」「B種暗号表」「C種暗号表」
でる、出る、次々と。欲しかった暗号表が。
「イ号親展暗号表」「ロ号親展暗号表」「ハ号親展暗号表」
高度な命令に使われる親展暗号もある。すごい……
そして――
「総司令部最高度暗号表」
……あった。
震える指で、そこをタップする。
本当に暗号表だ。暗号化方式、復号用秘密鍵、それからまだ――
このファイル名が合っているなら、これは総司令部が使う最も機密性の高い暗号の解読表。義勇団が活動するようになって以来、一度も解読されたことがないという、最高難度の暗号の解読表だ。
これを、目のまえの機械に入れてしまえば、ぼくは――




