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宇宙航路は遥かにて  作者: 星川わたる
第1章 航路のはじまり
23/45

第23話 恐怖への入り口

 操舵室の自動扉が、ひらいた。


 目のまえに若い男。こちらを見た。手には拳銃をもっている。


「お、来た。船長、来ましたよ!」


 男がむこうを向いてそう呼びかける。

 室内前方、ふたつ並んだ操舵席にはどちらも着席者がいる。左側、主操舵席のハゲ頭はおそらく「船長」だ。その隣、副操舵席のやつは誰だかわからない。

 2つの席のあいだを隔てる中央計器盤、そのうしろからモニターをのぞき込んでいる者が1人……いま振り向いた。


「船長、あいつです。来ました」


 操舵席の「船長」は振り向かない。


「あ、来た? おっせえよ。なんだこのシステム、エラーばっか出るぞ」


 ――いまは無視していい。


 本船は1人乗務で運航可能なように作られているが、なかなかそれができる船乗りはいない。だから複数名での乗り組みにも対応していて、この操舵室内には、ふだんぼくが使っていない席が複数ある。

 把握するんだ。誰が、どこに座っているか。


 操舵室左側面、機関操縦席と電気管理席は空席。

 右をみると、操舵室中央、1段高い位置にある「指揮台」にふたり。「指揮席」に男、その左後ろに女が立っている。男はこちらを見たが、女はぼくを見なかった。

 指揮台は本来、複数名で運航するさいに船長が乗る場所だ。こいつらがそこにいる理由は、この中でヒエラルキーの上位にいる奴だからか。

 着衣は2人とも船乗りの服じゃない。おそらく貨物船に非合法に乗り込んでいた「乗客」だろう。たまにいる。

 指揮台よりむこうは死角になり、見えない。


 手前の男が、もういちどこちらに振り向いた。

 手にした銃は、斜め上を向いている。まだ狙われてはいない。


「おい、船長がお呼びだ。ほら行け」


 男はすこしだけ下がり、ぼくに道をあける。


 どうする……

 ここで進んだら、こいつに背中をさらすことになる。


 やめよう、危険だ。うしろから撃たれる。


 もしぼくが前に進んでうしろから撃たれたら、そのビームは前方に――その先にある航海計器に当たることになる。

 逆にいまの位置関係を保てば、たとえ発砲されても計器には当たらない。ぼくのうしろはドアと壁だけだ。分厚いドアは閉まっており、向こうにいる85Kにも当たる心配はない。


 ぼくはその場で、あえて常識的に抗議した。


「どういうことですか、これは。無断で座席につかないでください。許可していませんよ!」


 だが予想通り、だれも席を離れない。

 銃を持った男が、あきれたように笑う。


「はっ、まだ船長のつもりか。見てわからない? これ、もう俺たちの船になったから」


 知ってる。だから取り戻しにきた。

 「船長」が、バン、バンと計器盤をたたく。


「早く来い、はやく。出航するんだ。こいつ特高速船だろ、これならあいつらから逃げきれる。はやく来い」


 逃げる……? 「あいつら」って、なんだ。


「なにを言っているのか分かりかねますが、はやく席から――」

「『義勇団』が来てんだよ、『義勇団』が! 撃たれたんだよ俺たちは」


 ――?


 「義勇団」……?


 ……。


 おい……

 そういう冗談は、言っちゃいけない。


「あいつらこの海域に出やがった。でかいビーム撃ちやがって、両舷にかすっちまった。だがうまく振り切った。まだここに来ねえってことは、追ってきてねえ。いまからここを出て、全速で飛ばす。テレポートしちまえば、もうこっちの位置は分かんねえだろ」


 でかいビーム……


 外部モニターのむこうの遭難船、もう熱で崩れているその船体。右舷はもう原型がないが――


 左舷には、前後方向にえぐられたような跡。

 あれは……


 いや――

 メッセージでは、漂流物と衝突したと――


「は、あの……漂流物との衝突と、聞いていますが。『義勇団』の話は、知りませんが」

「はあ? うるせえなあ。おい若造、もし本当のこと言ったら、おめえ来なかったろうが」


 な、に……

 こいつら、救助メッセージにウソ書いてたのか――


 ふ、ふざけるな。ぼくは、ぼくは――


「突っ立ってんな、はやく来い! てめえみたいな若造より、俺のほうが経験がある。俺が指揮したほうがいい。おめえじゃダメだ。俺がこの船を指揮すれば、みんな助かる!」


 「船長」、あんた……


 銃を持った男が、ぼくの前に進み出た。


「そういうこと。経験のあるクルーのほうが、この非常時には役に立つ。さ、あんたも少しは役に立とうや」


 「船長」が言った「でかいビーム」……なら、戦闘船がいる。


 遭難船のあの擦過痕、ビーム射撃によるものだとすれば、口径20センチ程度のエネルギー砲か。

 それなら、相手はたぶん2級戦闘船……

 いや、それはおかしい。でかすぎる。あんな小さな船1隻にぶつける戦力じゃない。ビームは奇跡的によけられたようだが、これは完全に船を消滅させるつもりで撃ったやつだ。

 ここは小さい5級戦闘船でもいいはず。あれは速力が高い。武装は貧弱だが、あの遭難船をを破壊するだけなら、あれでもでいける。

 なのにどうして2級戦闘船が来ている……


 ――そうじゃない。


 そうじゃないんだ。

 ぼくは……


 ぼくは――その「義勇団」の脱走員。


 故郷の星で補充用団員として「収容」され、新規団員のうち3割が命を落とす訓練に身を削り、命令により船を撃ち、数千、数万、もっとか――それだけの人間をこの手で殺させられた。

 ぼくはいわば船の生体部品、戦闘ユニットのひとつとして扱われた。

 他の者もみなそうだった。誰も相手を人間として扱わなかった。そういう規律になっていた。

 誰もみな、自分だけがただひとりの「人間」と思って、自由のひと欠片もない時間の中を、その身がすり潰される瞬間まで孤独に生きていた。


 絶対不可能といわれる脱走にぼくが挑んだのは、ぼくが特別なちからを持つ存在だったからだ。そのちからを頼りに、常人にはたどることのできない地獄の道をぼくは命からがら走り抜けた。

 そして泥水すすりながら潜伏して、追跡がやむまでの時間をひたすらに耐えた。


 自由になったのを確かめて、それから手に入れた船――GSL209「ポーラー・スター」。この船がぼくの安息の場所になってくれた。

 ずっとひとりきりだったけれど、そのほうがよかった。

 表情のない人間たちと最低限のコンタクトだけをとりつづける、あの義勇団よりは、ひとりでいるこの船のほうがずっとよかった。

 あの殺戮集団で武器を手にしているよりは、ひとりで黙々と操縦桿を握っているほうがずっとよかった。


 この2~3年、義勇団とは遭遇しなかった。

 もう大丈夫だと思っていた。完全にぼくの存在を見失っただろうと思っていた。


 でも見つかった。義勇団の船が、この近くまで来ているのなら。

 あるいはまだ見つかっていないのかもしれないが、この星から飛び立てば、確実に見つかる。人間は、みな固有の魔力波を持っているからそれで個人の識別がつく。そして義勇団の魔力探知能力は――よく知っている。

 船内にいても、ぼくの魔力波は見破られる。ぼくは義勇団でも数えるほどしかいない「異能持ち」。このちからは、探知される――


「……」


 あいつらが、来ている。

 それと分かっていれば、引き返したのに……


 ――引き返せたのに。


 生身の人間をころすあの感触、おまえらにわかるか?

 ひたすら心を無にして、あいての骨が砕ける音と振動を味わうあの感触が、わかるか?


 ぼくがどんな思いでここまで逃げてきたか――わかるか?


 やっと手に入れた、ぼくの安息の場所、安息の時間。

 ここに来ず引き返していれば、もっと続いた、安息の時間。


 こいつらは、こいつらはそれを、こんなにも無造作に。


 ぼくの大切なもの、すべてを――


 ……。


 なぜ、笑っている――?

 なぜ座っていられる? このぼくのまえで。

 爪をてのひらに食い込ませたぼくのまえで、なぜ堂々と生きていられる――?


 ――生きる資格のないおまえらが。


 そうだ。

 殺そう、欲しい情報だけ聞いたら。


「おい、何隻いる? 敵船は」


 できるだけていねいに、きいてあげた。

 聞かれた「船長」は、振り返らない。


「あ? なんだその口のききかたは。おめえ何様のつもりだ」


 ……だめか。


 ぼくは、歩みだした。

 手前の男が、ぼくのようすをみて、表情を険しくした。


「待て、そこで止まれ」


 は?

 命令するか、このぼくに。


 副操舵席の男と、そのそばの男も、こちらを振り向いた。

 構わずぼくは歩いていく。


「おい、止まれ!」


 ついに銃口を向けられた。

 男は顔だけは一丁前にして、このぼくに銃を向けたのだ。 


「撃て」


 ぼくはそう言った。


「は……?」


 は? じゃない。


 銃は人を殺すためにある。

 向けるだけじゃだめだ、撃たないといけない。


「撃てと言った」


 なにボケっとしてる、はやく撃て。

 なんだ、そのアホみたいな顔は。


「狙いをあわせろ。急所をねらえ。その銃は2発しか撃てない、一撃で決めろ」


 こう言ってやっても、まだ呆けている。


 操舵席から、「船長」の怒鳴り声がとんできた。


「おいそこで何やってる、このグズ野郎!」


 お前、このぼくに「グズ野郎」と言ったか。


 あいつ、自分が「歴戦の名船長」だと思っていやがる。「俺がこの船を指揮すれば、みんな助かる!」とか言っていた。


 ぼくはまた歩き出した。

 男は銃を向けたまま、ぽかんとぼくを見送る。おまえ、何のためにそこにいた?


 中央計器盤のまえ、ぼくのほうに向きなおったべつの男……胸のバッジ、それから肩章――航海長か。邪魔だ、そこ。

 手でどかす。飛んだ距離は5メートルほど。


 「船長」も振り返った。この操舵室で、みなの視線がぼくにあつまる。


 ぼくは「船長」の顔をみる。

 「船長」は目をむいた。


「な……なにしやがる、てめえ! ひとを――」


 左手で、頭をつかむ。

 きみ、悪いことしたよね。そういうとき、なんて言う?


「なにか、言うことは?」


 「船長」はぼくの手からのがれようともがくが、無駄だ。


「てめ、離せ、この……」


 持ち上げる。

 「船長」の体が、座席からあがってくる。


 「船長」は、ぼくがききたい言葉を言ってくれない。それでは離せない。


「……ごめんなさいって、言えよ」


 頭をつかんで、首ごと全身を引き上げる。そこはぼくの操舵席だ。

 「船長」はなにも言わない。うめいているだけ。


 はやく、言えよ――


「ごめんなさいって言えよ!」


 ぼくは「船長」を座席から引き抜き、大きく勢いをつけて、床に叩きつけた。


 ――っ!


――バシュ!


 ビーム銃の発砲音。

 着弾よりまえに、ぼくは身をひるがえし、そのビームを左胸で受けた。


 なんてことを――


「馬鹿野郎! おまえ、自分がなにをしたか分かってるのか!」


 ぼくは相手を全力で叱責する。

 さっきまで呆けていた男が、ぼくに銃を向けていた。


 「殺気」を感じてから発砲までにだいぶ時間があった。その間に、ぼくは余裕をもって行動できた。


「狙いがずれてる。計器に当たるところだったぞ!」


 その銃口は、ぜんぜんぼくを向いていなかった。あいつは、操舵席のだいじな航海計器に、ビームを当てようとしていた。

 ぼくを撃つつもりで、はずしたのだ。

 なんとか計器は体でかばった。


 操舵室が、異様な静けさにつつまれる。

 口を半開きにした男に、ぼくは歩み寄っていく。


「一撃で決めろと言ったろう! あと1発しか撃てないぞ、それ」


 ぼくは男のまえに立ち、両腕を広げた。

 銃を持つその男を、叱咤する。


「目標はここ。さあ、急所はどこだ。狙え。そいつは銃身がぶれる、よく保持しろ。のこり1発、今度こそ決めろ!」


――バシュ!


 発射されたビームは、急いで伸ばした左のてのひらに命中した。

 だめだ、こいつは射撃ができないのか。


「はずれた、これだけ当てやすくしたのに。通信席に当たるところだった。おれが手で止めなければ」


 男はまた呆けている。


 なんだ、エネルギー・ビームを手で止める人間がめずらしいのか? それより、はやくやることがあるだろう。


「ほら、エネルギーパック交換、すみやかに!」


 男はすこし首を振りながら、あとずさった。銃口が、ゆっくり下を向く。

 戦意喪失……なぜだ。


 まさか……


「おいまさか、その銃で予備弾倉を持たないやつがあるか。どうするんだ、それ。もう撃てないぞ!」


 ――っ!


 あらたな「殺気」、後方近距離。銃を持っているのは船長とあそこの男だけのはずだが……隠していたやつがいたのか、なるほどそれはいい。


――バシュ!


 背中に感じたこれは、レーザーだ。エネルギー銃より低威力だが、人は殺せる。発射可能数も多い。

 命中箇所は、背中の中央よりわずかに左。心臓狙い、いいぞ。


「狙いはいい。だが行き過ぎだ、あとすこし右へ直せ。次弾用意、撃て!」


 ……。


 撃ってこない。


 まだ1発目しか撃ってないだろう。これで終わりなわけがないだろうに。

 もう「殺気」が、きえている。


 振り向くと、発砲者は副操舵席にいた。胸のバッジ……システム技師か。本来はシステム制御席にいるはずだが、たぶん操舵システムの問題に対処するために「船長」の隣まで来ていたのだろう。

 こいつは銃をちらつかせていなかった。他の2人が銃をこれ見よがしに持っていたのに、こいつは隠していたんだ。

 ああ、こいつが本当の「戦力」か。うまいことをする。こいつらでも多少は知恵が回るんだな。


 だがいま、そいつはちいさなレーザー式拳銃をこねくりまわし、ひとりで慌てている。どうしたんだ。


「どうした、撃てないか。不具合か? さっきは撃てただろう」


 銃をかまえない。ほんとうに不具合らしい。


「見せてみろ、ほら」


 おずおずと銃を渡してきた。いい子だ。


 試射をおこなう。いちばん不要そうなやつ……銃をおろしたままのあの男がいい。

 ぼくに銃を向けられた男は飛びのいて、そのまま転んだが、ぼくはそのずっと前に引き金をひいていた。


 ……ほんとうだ、撃てない。


 どこがおかしい、レーザー発生器か、射撃用コンデンサーか。レーザー銃は電気で撃つものだ。


 まさか……


 カートリッジ式のバッテリーを、グリップから引き抜く。残量確認窓をのぞくと……ああ、ゼロ。

 こいつ電気で撃つ銃を、充電してなかった。試射をしたあと放置したのか、それとも点検を怠って自然放電に気づかなかったか。1発分しか、電気がなかったのだ。

 小言を言おうと思ったが……なんだ、うしろにまた「殺気」がでてきた。こいつ、銃はもうないのに。


 振り返るとそこには、操舵席から立ち上がりつつ、戦闘用ナイフで切りかかろうとするシステム技師がいた。

 なるほど、隠し武器が、もうひとつ。


 さすがに不意をつかれたぼくは「生体防護フィールド」の展開がおくれた。

 ぼくは左胸を切り裂かれた。


 それなりに値の張るこの服――あとで1着作り直しか。本船独自の制服だからな、オーダーメイドだ。粗末に扱うんじゃない、バカ。


 血は出ていない。出るわけがない。

 そこはちゃんと防御した。油断の代償は、服1着。


 切り裂かれた服から、肌が露出している。みっともないが、着替えるまで我慢だ。


 射撃だろうと斬撃だろうと、ぼくの「生体防護フィールド」で防ぐことができる。ぼくを撃ち殺したいんなら、戦艦の主砲でも持ってこい。


 システム技師はぼくをみて、のけぞった。


「あ、ああ……こいつ……」


 ん? どうした。

 どうして急に、そんなにおびえる。


「こ、ここ、こいつ、『義勇団』だ!」


 あれ――

 どうして分かった……?


 目をむいて、ぼくの胸をみるシステム技師。

 切り裂かれた左胸……の服。その下の素肌。


【 MSL03 - 99 - 3994 】


 「刻印」か。

 そうだった、義勇団員の左胸にはこれがあるんだ。


 義勇団員はみな、入団時に個別に名前がつけられる。それは必ず、本人の左胸に刻印される。記号と番号だけなのは一般人とおなじだが……名づけかたが、ふつうの人とはちがう。


 だから、見ればだれでもわかる。


 ぼくの「偽名」は7ST-7037。一般人と同じようにみじかく、ハイフンはひとつだけだ。

 義勇団でつけられる名前は、桁数がおおく、ハイフンもふたつある。出身地と所属が名前でわかるよう、こうなっている。

 ぼくにつけられた名前は「ⅯSL03-99-3994」。

 脱走員となったいまでも、この胸の刻印はきえない。だれかに消してもらおうにも、見られたら義勇団員とばれるから、消してくれと頼めないのだ。


 これはたぶん、一生きえない。

 だからだれにも、この肌はみせられない。


 システム技師はこれをみて、「こいつ『義勇団』だ」と言った。

 これがある限り、もう脱け出していようと関係はなく、ぼくは義勇団員とみなされる。


 義勇団は、ここまで来てもぼくを離してくれない。

 そうだ、おそらく死ぬまでずっと……


 ずっと。


 もうあんなことをするのが嫌で、こんなにも頑張って脱け出してきたのに――


 だれもそのことを理解しないだれもぼくの思いを知らないだれもぼくのこころの内を知らないだれもぼくの苦労を知らないだれもぼくを助けないだれもぼくの味方をしないだれもぼくに生きる場所をくれないだれもぼくに人並みのしあわせをくれないだれもぼくを人として扱わない


 不満、不条理、理不尽、おさまらない、相当の「代償」を払わせなければ、

 ここにいるやつら、こいつら全員頭手足胴体内臓全部引き抜いてやる――!

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