第22話 わたしはただの味方
ネクタイを結びなおして、おちついてくれた彼。
わたしは、いちばんきれいな笑顔をみせて、それから――
・・・・・・
階段室の踊り場に、ふたりで座った。
うす暗い照明、せまい踊り場。ほかにはだれもいない。
べつにここでなくてもよかったけれど、彼もいっしょに座ったから、このままそばに居てしまおう。
この後のことを、話し合う。
彼は乗っ取り犯全員を拘束し、処罰すると言った。
その表情は真剣そのもの。楽しむような気配はみせない。
船員法の規定には「船長の権限をおかし、船内の秩序を乱したる者には、船長の判断により拘束・処罰を行うことができる」とある。船の乗っ取りは、それなりに重い罪。やっていることは海賊みたいなものだ。
だからさすがに、わたしも彼らへの「処罰」に反対することはしない。むしろ相応の処罰をもって「わからせる」必要があるだろう。
それからわたしは、もっとおおきな問題について考えた。
無許可でいじられている操舵システムについて。
彼は、船の操舵システムをいじられることに極端な反応をみせていた。
きっと大切なんだろう。あんなふうになるくらい……
でもこのひとは、たぶんしっかりしたひとだ。
とかく風紀が乱れがちな恒星間不定期船の乗員なのに、彼の素行は問題なさそう。こわいときはこわいけど、それは「彼」じゃない。
そして……彼のように1人乗務ができる船員はほんのひとにぎり。なぜなら、ひとりで宇宙船をうごかすには、航海系・機関系・電気系・通信系・情報系――あらゆる分野に精通していなければならないからだ。
彼の胸にかがやく金色の「CAPTAIN」の文字――金色の記章は、そんな最高ランクの船乗りの証。
このひとは、優秀なひとのはず……ネクタイはずれていたけれど。
服装にはすこし適当さがみられるけど、実務上は問題ないと信じたい。
操舵システムの設定――それを変更されただけなら、バックアップから復元できるはずだ。それに、わたしは期待したい。
問題はある。バックアップのデータは、デフォルトではメインとサブの記憶装置に保存される。これは普通、誰でもアクセスできる。
わたしの船の乗員たちも、それくらいの操作はできる。操舵システムをいじっておかしくしてしまったなら、バックアップから復元をかけて元にもどすのが通常の操作だ。
にもかかわらずシステムの設定に手こずっているとなると、なにかへんな操作を行ってバックアップデータを破損させた可能性が高い。
こうなると、普通ならもうお手上げだ。
でも、彼は普通のひとじゃない。かがやく金色の記章がそれを示している。
金色の記章を所持する宇宙船長はまず見かけることがない。その取得難易度が、とてつもなく高いためだ。
そしてただ船長をやるだけなら銀色か銅色で事足りるから、たいていの船乗りは苦労を嫌って金色をとらない。もしくは――頑張っても、とれない。
彼はわたしが初めてみた、金色の記章の所持者。
このひとなら、事前になにか手を打っているのではないか。
そう期待して、わたしはあえて聞いてみることにした。
ちょっとネクタイをネタにしてからかおうとしたけど、ひとこと言っただけでしゅんとしてしまったので、それはやめることにした。
どうだろう。
金色の記章の船長さんは……
彼は目線をはずし、けわしい表情をした。
だめ、か――
「ごめん……すっかり忘れてた。そうだ、バックアップのデータは、ある」
――!
すまなそうにそういうけれど、この状況でデータがまだあるのは普通じゃありえない。だからあなたはそんなにつらそうにしなくていい。
「よかった……ちゃんととっていてくれたんだね」
めいっぱいのやさしさをこめて。たぶんこのひと、だいぶ子供っぽいんだ。あんまり打たれ強くない。
胸にかがやく金のバッジ――やっぱり、あなたは最高級の船長。
たいせつなシステムのバックアップは、3つ別々の場所に保存されていた。
デフォルトの保存場所のほかに、もうひとつ。それは船内のどこかにある「秘密の部屋」の中。その部屋は船内の見取り図を見ても分からず、そこに置かれた記憶装置は船内システムに繋がっていない。物理的にも論理的にも、彼以外にアクセスできる者はいない。
システムは守られている。どんなにいじられても、壊されても、彼の手にかかれば復元できる。
よかった――これで、彼が彼でなくなることは、ない。
時間的には、急がなくていい。ここでもうすこし休もうか。それともやっぱり、急ぎたいだろうか。
彼の顔色をみながら、きいてみる。
「だいじょうぶ? もうすこし休む?」
彼の表情には、力がやどっている。
彼は、もう行けると言った。わたしも、もう行ける。
……でも、階段はわたしのほうがおそい。置いていかれそうだ。
こういうときは、おそいほうが先行することで、置き去りを防げる。
わたしが先行でいけばいい。彼がうしろから来てくれれば、わたしを追い越せないから。
そのことを言おうとして、わたしは――気づいた。
気づかないほうがよかったか、気づいたほうがよかったか。
船に特有の、ハシゴにちかい急な階段。
そこでわたしが先行するのは……
「……」
「TSL2198」では、それがいつものことだった。
先に行くよう、言われるから。
そのための、スカート。いまのわたしのすがたは、男の興味をみたすためのものだ。
このひとも、あのとき――エアロックの中での「あの」時、すごくどきまぎしていた。
それは……やっぱりわたしへの興味のせい、か。
あのとき、わたしは……
なぜだろう、そんな彼と一緒にいて、嫌な感じはしなかった。ただひたすら恥ずかしかった。湯気を噴くくらいに。
今もこんな暗いところで、身を寄せ合うように座っているのに……
わたしのそばのこのひとは、こんな状態でも、わたしになにもしない。
このまま、この救助活動がおわって、つぎの港についたら――
そこでわたしたちは、永遠に離れてしまうのかな。
たましいすらふたりで分けあった、わたしたちは……
「……」
このひとだって――男の人。いや、どちらかというと、男の子。
男の子の「興味」……
惹いてみたら、どうだろう。
わたしに興味を持たせて、惹きつけて――引きよせられたら。
彼はわたしだけをこの船に乗せて、さらっていかないだろうか。
……。
「……わたし、えっと、さきに行く? その、わたしのほうが、おそいから」
なんて事をいってるんだろう、わたし。思えば今日が初対面の彼に、そんな――
「おれが行く。きみはあとから。最初にそう決めたでしょ」
――そう。
あっさり言われた。
わずかにほっとして、そして、はげしく冷める。
それでも、わたしはへたくそに足掻いた。
「でも……やりにくくない? わたし、あなたについていけるか――」
彼はわたしをみて、不敵な笑みをうかべた。
「だめ、おれが先行。大丈夫、待つよ。かならず。ここまでおれを助けてくれたんだ、きみといっしょに行きたい」
ちからのある言葉。全然、どぎまぎなんてしていない。
わたしは奥歯をかみしめて、うつむいた。
彼はいま、「興味」なんて感じてない。
彼はいま、わたしを「女の子」としてみていない。
ふたりでいっしょに立ち上がり、彼から先に階段をのぼりはじめる。先をいく彼に、わたしの表情がみえるはずがない。
・・・・・・
彼女を後ろに、操舵室のある第8甲板へ――
幸いにも階段室での待ち伏せはなく、ぼくたちは操舵室前にたどりついた。
目的の場所は、あの扉のむこうだ。
85Kのようすを確認する。
黒いひとみが、まっすぐぼくをみている。呼吸もおちついている。
よし、このまま行こう。
突入する――と言いかけて、ふとある問題に気づいた。
『射撃能力きわめて高し、されど警戒能力を著しく欠く』
むかし、ぼくに出されていた評価。
正面から戦うなら負けることはないが、正面以外への警戒はいつもおろそか。
ひとりで何でもできるのが理想だけど、ぼくはそんなに要領がよくない。
だから――このひとに、手助けを頼もう。
すこし顔を寄せ、小声で伝える。
「合図をしたら、おれが突入する。きみは来るな」
85Kの表情が、とたんにけわしくなる。
「どうして。いっしょに行くって――」
手で彼女の発言をさえぎる。
「きみは室外に残れ。後方を警戒するんだ」
彼女はぼくにけわしい表情を向けたまま。ぼくの言った意味が伝わっていない。
「おれ、警戒がとんでもなくヘタなんだ。ほぼ前しかみえてない。仮に、もしきみがうしろから襲ってきたら、もうやられてるよ」
「わたし、そんな腕力ないよ」
その言葉に、ぼくは肩をすくめる。
「腕力はなくても、できる。さっき階段で足を思いっきり引っ張られたら、たぶん後ろ向きに落ちた。頭から」
「しないよ、あなたにそんな――」
彼女の唇にひとさし指を近づけ、発言をとめる。
「敵がうしろから来たら、おれは対処できない。どう頑張ってもだめなんだ。おれは誰かに守っていてもらえないと、戦えない」
彼女はぼくを見たまま、立ち尽くしている。
「おれは前しか見えてないから、きみが後ろを守って。自動扉が反応しない位置でこの通路を見張るんだ。もし動くものがみえたら、交戦せず、さがって自動扉をあけて。それがこっちへの合図になる。中からの火線にきをつけろ」
「……」
彼女はなにも言わない。
ぼくの言葉――ちょっと戦争みたいなことを言っていただろうか。軍人や戦闘員なんかじゃないこのひとには、きつかっただろうか。
「ええっと、つまり、その、『味方』が必要なんだ。絶対に信じていい『味方』が。そういうひとに後ろをみていてもらえるから、おれは安心して前にすすめる。いまのおれには……きみしかいない、信じられるひとが」
彼女はぎゅっと口をむすんだ。
「……後方通路の警戒、了解。動くものを認めしだい、自動扉解放にて合図します。解放時、室内からの火線に注意します」
機械的な復唱がおこなわれる。
これは「わかった」のか「わかってない」のか。
彼女はあらためて、その黒いひとみでぼくをみつめる。
「よくわからないけど……わかったよ。後ろはみているから、気にしないで。そのかわり――」
彼女のみぎのてのひらが、ぼくのひだりの手の甲に触れる。
「前を、ちゃんとみて。絶対にけがをしないで。……約束、できる?」
……できる、できないの問題じゃないな。
ここは、する以外に選択肢はない。後ろをみていろなどと、大層なことを彼女に言いつけたのだから。
「前方をよくみて、絶対にけがをせず制圧、了解――約束する!」
復唱は、確実に。彼女との約束もふくめて。
アイコンタクトをとり、たがいにうなづく。
一歩踏み出す。
操舵室の自動扉が、ひらいた。
・・・・・・
わたしは彼の後ろについて、第8甲板へのぼってきた。
操舵室の扉が、少し先にある。自動扉が反応しないように、そこで止まった。
やるべきことは、分かってる。
彼はわたしのようすを確認する。その黒いひとみを、わたしはみつめる。このひとみをあと何回、みつめることができるだろう。
彼がわたしを、この船から降ろすときまでに……
とつぜん、彼が顔を寄せてきた。
な、なんだろう……
「合図をしたら、おれが突入する。きみは来るな」
……なにを期待した、このあほうもの。
逆なんだ。彼はわたしから、離れていこうとしている。
わたしは反論しようとしたが、彼に手でさえぎられた。
指示がだされる。
わたしに、後方を警戒しろ、と。
あなたに、背中をむけろ……と。
警戒がヘタだ、というけれど……それは苦しいいいわけ。
さらに反論するわたしの唇に、彼はひとさし指を近づけた。
「敵がうしろから来たら、おれは対処できない。どう頑張ってもだめなんだ。おれは誰かに守っていてもらえないと、戦えない」
うん、とっても、かっこいい。
けどそのひとみは、わたしをひとりの「女の子」とはみていない。
彼はわたしを、「味方」とだけみている。
――本当に、それだけ。
次々と、わたしへの指示が出される。船長から、乗組員への行動指示。
彼はなにを思ったか、わたしに「『味方』が必要なんだ」といった。
「きみしかいない、信じられるひとが」
それはわたしへの本心か、それとも、わたしを置いていくための欺きか。
「味方」……いまのわたしは、彼のそれだけ。
これが終わったら、もう永遠に会うことはないんだろうな。
わたしは、彼の指示を復唱した。乗組員として。
後ろをみていろ、か。
わたしをここに置いて、彼は前へ進むんだ。
後ろをみていて、ふと気がついたら、彼はもうどこにもいないかもしれない。
――もう、しかたない。
彼のひとみを、のぞきこむ。わたしとおなじ、黒いひとみ。
せめてこのひとみが輝きをうしなわないように、祈っていよう。彼の「特別」になれないわたしは。
「よくわからないけど……わかったよ。後ろはみているから、気にしないで。そのかわり――」
これは、わたしのあきらめのことば。
そう、わたしは気にしないで――
彼の手にそっと、触れてみる。
あたたかい。
いままで、どんなものに触れてきたのだろう。
これから、どんなものに触れるのだろう。
せめて、じぶんの血にだけは触れないでほしい。もうこのさい、誰かの血にまみれてもいい。せめてあなた自身の血だけには、まみれないで。
「前を、ちゃんとみて。絶対にけがをしないで。……約束、できる?」
彼は力強くこたえる。
「前方をよくみて、絶対にけがをせず制圧、了解――約束する!」
それは、約束じゃない。
ただの復唱だ。
彼はわたしをみて、うなづいた。
「行く」というのだ。
わたしはその目をみて、それから目をふせて、力なくうなづいた。
彼に、背を向けた。
操舵室の扉が開いた音がして、また、閉まる音。
わたしたちふたりのつながりは、この扉によって断ち切られた。




