第21話 きみは大切な味方
彼女の花のような笑顔をもらって、それから――
ぼくたちは、うす暗い階段室の踊り場にふたりで座って、このさきの計画を話し合った。
操舵室の奪還、制圧――それが重要目標であるのに変わりはない。
また、本船の乗っ取りを企てた8名の乗船者については、全員拘束する。もはや彼らを、お客さん扱いすることはありえない。
それから尋問が必要だ。だれが、なにをしようとしたか。この船に対してどれほどの危険行為をはたらいたか。それによって、処罰の内容がかわってくる。
法律上、乗船者への処罰は船長の権限で行うこととされている。今回のケースでは、船内の秩序維持のため、絶対にやらなくてはならない。
それから、操舵システムの問題。
ぼくは長い時間をかけて、心血をそそいで作り上げたシステムの設定を無遠慮にいじられるのが我慢ならなかった。理性を失った主な原因も、それである。
彼女はぼくをすこしみつめて、それから言った。
「7ST、わたしはあなたを、とってもいい船長さんだと思ってる。当然、実務もしっかりしてるよね……ネクタイずれてたけど」
はい、ずれていました。
「そんなあなたが、実務の面で……だいじなシステムのバックアップをとっていないとは、思えない。さいごにバックアップをしたのがいつか、にもよるけど――たとえ設定をめちゃくちゃにされても、復元はできないの?」
システムの復元?
それができるのなら、苦労はしない。
バックアップのデータはメインとサブの記憶装置に保存されている。そしてそれは、操舵席からメインシステムを介してアクセスできてしまう。
あいつらだって船乗りだ、システムの操作方法くらい身につけているはず。
そしてシステムになにか不具合が発生しなたら、まずバックアップから復元をかけて元にもどすのが常道だ。
あいつらは「操舵システムが特殊」だとか言って勝手に手こずっているらしいが、それはたぶん……バックアップのデータまで、だめにしたということ。復元すらできなくなって、勝手に騒いでいるんだ。
……。
じゃなかった。
そうじゃなかった――!
……ぼくは操舵システムがいじられていると聞いて、頭に血がのぼっていたのかもしれない。
そりゃあたいせつな船の操舵席に勝手に座られて、勝手に機器をいじられているんだから仕方ない……とは思いもするけど。それにしても……
「ごめん……すっかり忘れてた。そうだ、バックアップのデータは、ある」
自分がとったバックアップの保存場所が、ひとつ頭から抜け落ちていた。
ぼくは軽率にも、それを踏まえず行動した――このひとを巻き込んで。
「面目ない」では済まされない、何のためのバックアップだよ……
ばかにされる――と思ったが、彼女はぼくをみて、やさいく微笑んだ。
「よかった……ちゃんととっていてくれたんだね」
……これ以上なくやさしいひとだ。
このひと、いったいどんなひとなんだろう。まだぼくにみせていないすがたを、どれだけ秘めているんだろう。
ちょっと、知りたいな。
「うーん、あと問題は……ねえ、そのデータ、どこにある? アクセス権限は?」
そうだ、その話。
これまでいいところのなかったぼくが、胸を張って答えられる。
「データは主コンピューターと補助コンピューターの記憶装置に1つずつ――まあ、これはたぶん、あいつらが破損させただろうけど。もう1箇所、船内の『ある部屋』に保存してあるんだ」
「『ある部屋』、って……?」
きょとんとする彼女に、説明する。
「メインとサブの記憶装置は、船内の見取り図を見れば場所はすぐわかっちゃう。もし破壊工作でもされたら、打つ手がない。だから用心して、べつの部屋に3つめの記憶装置を隠してあるんだ。船のシステムとは完全に切り離してある」
「ああ――そっか。なら、仮に全システムを掌握されても、3つめの記憶装置には手が出せない。その部屋の位置が、知られないかぎりは」
そういうこと。
でも、それだけ用心しても、船体そのものが爆散でもしたら何もかもぜんぶ吹き飛ぶんだけどね。物理的な破壊は、最強だ。
まあそんな極端なケースは除くとしても、ぼくは様々な状況を想定して、できうる限り船を守るための策を講じている。
船を大規模整備に出すとき、現地の整備員が乗り込んでくる。そこにたまに不届き者がいて、設定を勝手に変えたり、消去したり――ひどいときには、システムそのものを破損させられたこともあった。バックアップもろとも、全部。
普通ならメインシステムを再インストールすることになるが、ぼくが手塩にかけて作り上げた操舵システムは再インストールなんてできない。
だから、物理的にも論理的にもアクセスできない第3のバックアップデータを用意していた。古いものから最新のものまで、すべて保存してある。最新のものに不具合が出たら、以前の仕様にロールバックすることもできる。
そう、それはアクセスできない。ぼく以外は。
「アクセスするには、まずその部屋に行くこと。それから認証コードと生体認証が同時に必要。あそこのデータは無事なはずだ」
だから、いじられた設定はあとから完全に復元できる。ぼくが育てたシステムは、失われない。
そしてあいつらは、勝手にシステム設定をひらいて、勝手に混乱している。操舵システムの設定をいじくって壊したのなら、出航はできないはずだ。船がぼくの手をはなれて動き出すことはない。
大丈夫。怒り狂う必要も、あせる必要も――ないんだ。
85Kが、ぼくをみつめる。
「だいじょうぶ? もうすこし休む?」
体力は問題ない、精神も安定している。
いける。
「こちらはもう行ける。きみはどう?」
「階段、ゆっくりにしてもらえれば」
そう言ってから、彼女は急に目をそらした。
「……わたし、えっと、さきに行く? その、わたしのほうが、おそいから」
――だめだ。
たしかに、おそいほうが先行すれば、置き去りは発生しない。
でも、きみ自身わかっているだろう。その服装でそれは無理だ。ここできみの尊厳を、うばうことはしたくない。
それにもし、銃を持った者が階段の上にひそんでいた場合……不意の銃撃を受ければ、先を行く者が被弾する。
「おれが行く。きみはあとから。最初にそう決めたでしょ」
「でも……やりにくくない? わたし、あなたについていけるか――」
ぼくは彼女の顔をみて、笑顔をつくる。不敵な笑み――に、みえるといいけど。
「だめ、おれが先行。大丈夫、待つよ、かならず。ここまでおれを助けてくれたんだ、きみといっしょに行きたい」
ちょっとくどい台詞だったかもしれない。
だから彼女の反応をみれなくて、ぼくはすこし顔をそむけた。
ふたりでいっしょに立ち上がり、ぼくが先行で階段をのぼりはじめる。ゆっくりと。もっとも警戒すべきは、上方からの突然の銃撃。
あともうすこし上が、操舵室だ――




