第19話 その恐ろしさ
2名無力化、残敵6。
これは戦争じゃない。だから命だけは許してやる。
でも、もし目を覚まして、うしろから来られたら厄介だ。ええと、縛るもの、縛るもの――
いや、エアロックにぶち込もう。
2人の首をつかんで、ひきずって……あとは、ゴミ捨てと一緒のうごき。こいつらはゴミ、エアロックに「収集」だ。
放物線を描きながら、力の入っていない身体がふたつ、飛んでいく。2体はせまいエアロックの中に、にぶい音をたてておさまった。
べつにショッキングな光景じゃない。こんなの見慣れてる。
船内扉を閉め、「閉鎖」ボタンを押す。ハンドルが「閉」位置まで回った。
「あの!」
急に声がかけられた。みれば、ぼくのひとりだけの「味方」が、恐怖の表情でぼくをみている。
どうして。きみは味方だ、攻撃しないよ。
「減圧は、だめです!」
減圧……なるほど、それが心配だったか。
ぼくの手元にある操作パネルには、たしかに「減圧」ボタンが表示されている。これを押せば、エアロック内の空気が抜ける。あの2人は、窒息して死ぬ。
このひとはじぶんが痛めつけられるのではなく、あの2人のいのちを心配しているらしい。
「あはは、だいじょうぶ。いまはやらないよ。勝手に出てこられたらこまるんだ。だからここに閉じ込めようと思ってね」
ぼくは彼女を手招きし、操作パネルをみせた。パネルには「減圧」以外のボタンも出ている。そのうちのひとつ……「緊急閉鎖」ボタンを指さす。
宇宙船乗組員である彼女なら、知っているだろう。エアロックの緊急閉鎖ボタンを押すと、システム上エアロックは破損扱いになって、扉は絶対に開かなくなる。本来はエアロックから退避したうえで行う操作で、内部に人はいない想定になっており、もしぶち込んだ2人が目を覚ましても中からは開けられない。
これはエアロック破損による空気漏れを防止するためのものだ。このボタン操作では、彼女が心配している減圧は行われない。
「これを使うんだ。閉じ込めるにはちょうどいいから。あとで復旧操作をすれば、またひらくし」
そう、あくまで閉じ込めるだけ。
しかし、なるほど。「減圧」か、考えておこう。
――いや、はやく操舵室を取り戻さないと。
「操舵室へ急ごう。きみは斜めうしろについて。相手が正面にみえたら、真後ろに。おれを盾にしていい。絶対に離れないで、あと――船内でうごくものは、おれたち以外は『敵』と認識すること」
ぼくの指示に、すこしけわしい表情をしながら、彼女が復唱を返す。
「移動目標、操舵室。配置了解。絶対に離れない、動くものはすべて敵。移動準備、できています」
ひとりの乗員として完璧な返事、いい反応だ。どこで訓練を積んだのだろう。
これくらい言えるひとなら、居ても安心できる。
「行動開始、行くぞ」
操舵室へ――
ぼくの船を、勝手にさわるな!
・・・・・・
怒った彼は、こわかった。
いや、わたしがこわい思いをしたんじゃない。
どういう原理かわからないけれど、彼はなにか巨大なちからで、目のまえの人たちを痛めつけた。
やさしかったのに……死んでしまったわたしを、自分のたましいを削って生き返らせるほど、やさしかったのに。
あんなにどぎまぎしていたのに。エアロックのなかで、ふたりで座り込んでいたあのときは。
今の彼は――
その手で人間ふたりを引きずって、意識のない彼らを軽々とエアロックに投げ込んで……
――!
それはだめ――!
「あの!」
みえる……
見える、血まみれの顔が。
彼の顔が、胸が、両手が――体じゅうが、血にまみれている。
指先から、血が滴りおちる。床に血のしずくが垂れている。
目にみえたものじゃない――
わたしが肌で感じた、彼のすがた。
人間じゃない。
「あれ」は、だれかを痛めつけることを、たのしんでいる。
人を投げ込んで閉めた、エアロック。
このまま減圧したら、このひとは――!
「減圧は、だめです!」
そのおそろしい選択肢を、わたしはなんとか防ごうとした。
彼は笑顔をくずさない。
「あはは、だいじょうぶ。いまはやらないよ。勝手に出てこられたらこまるんだ。だからここに閉じ込めようと思ってね」
「いまは」やらない――
いずれは……やるつもり?
彼は、エアロックの緊急閉鎖ボタンを押した。
この操作を行うとエアロックはシステム上破損扱いとなり、開かなくなる。エアロックから退避した後に行う操作で、内部機器の破損・誤動作にも対応する仕様となっており、中からの操作は受け付けない。
たしかに、閉じ込める場所としては適している。
でも、中に入れられたひとは……
いつ、外部から減圧操作をされるかわからない。
絶対に出られないエアロック、そして減圧への恐怖――
彼は、それを――彼らを痛めつける「いい手段」としてみている。
彼はそのあと、わたしにいくつかの指示をだした。
わたしに対しては、友好的な態度にみえる。
でも、身にまとう気配に、やさしさは――ない。
彼の指示を復唱するわたしに、にやりとする口元。
「よし、使える」とでも思っているかのよう。
「行動開始、行くぞ」
……どうしよう。
いけないものを、見た気がする。
彼――いや、「これ」は暴力をふるうための人型のロボット。
人の痛みをまるで考えず、むしろその痛みに快感を覚えるもの。
これは、存在してはならないもの。
そばにいては、ならないもの。
・・・・・・
うす暗い階段室……「それ」はわたしなど置き去りにして、ただじぶんのために階段をのぼっている。
わたしは必死でついていくけれど、体力がもたない。腕が、足が、いうことをきかない。息がつづかない。空気があるのに、おぼれてしまう……
なんとか踊り場によじ登ったが、そこでわたしは床にへたり込んでしまった。
さすがに気付いた「それ」が、おりてきた。
「きみ、進めないか。ここで待つか?」
ここで待つ……わたしが? さっき「絶対に離れるな」と言ったのに。
どうやらわたしを戦力外とみなしたらしい。
また、だ。
「これ」のまとう気配――なまぐさい血のにおいの錯覚が……
暗い階段室で、「これ」に染み込んだ赤黒い血が、階段の下へと滴り落ちる。
そっか――
どうせ、こんな奴だったんだ。
やっぱり恒星間不定期船の乗員に、まともな奴なんていないんだ。
「これ」も結局、うわべだけの善人。
わたしの「希望」は、ぜんぜん「希望」じゃなかったんだ。
おとぎ話の、勇者さま――
眠れる村娘を、こころ一杯のキスで目覚めさせる勇者さま――
そんな人に会えたと、思ったのに……
「……」
……違う。
違う、このひとはそんな恐ろしいひとじゃない。
暴力がふるいたければ、あのときエアロックのなかで、無抵抗のわたしにいくらでもふるうことができた。
でも現実は、逆だった。彼は自分のたましいを削って、死の世界へおちていくわたしを、ひきあげてくれた。
唇を奪われはしたけど、それはわたしを……
いや、奪われてない。あれはキス、わたしへのキス。おとぎ話の勇者さまだって、それをしている。
すこしこそばゆかった……思い出すと、とてもあまかった時間。まだちょっと、唇がじんわりする気がする。
振りほどかなければよかった。目をさまさないふりをして、もうすこしそのまま触れ合っていればよかった。
そうだ、あれはキス。そうでなくてはならない。でないと、彼はわたしの勇者さまではなくなってしまう。
どうして彼がこんな状態になっているかは分からない。
きっとわたしがしらない、なにかがあるんだろう。
でも、あのときはたしかに、やさしい勇者さまだった。
このひとは、わたしの勇者さまだ。だからそんなに、血にまみれないで。わたしの勇者さまのままでいて。
みればまだ、ネクタイがずれたまま。
どうせだれも見ないからって、適当に結んだんだろう。見た目よりちょっと子供っぽいのかもしれない。
ずれたネクタイが、そんな彼のすがたを残している。
ああ――そこだけは、血にまみれていない。
このひとは、大きな二面性をもっているのかもしれない。
さっきわたしにみせたやさしい一面も、たしかにあるはずなんだ。
ちょっと子供なわたしの勇者さまは、まだ、この中に残っているはず――
それを、やさしいこのひとを、わたしのまえに引き戻したい。
――引き戻したい。
まだ息がきれていたが、わたしは彼の襟首をつかんだ。ずれたネクタイごと。
なにもわかってない表情。振り払われるかと思ったが、意外に彼はうごかなかった。
やってから気づいたが、これはかなり危険な行為だ。凶暴な人格をあらわした彼に、このわたしがつかみかかっている。
はるかに強大なちからを持つであろう彼は、わたしひとりにつかまれたまま、呆然としている。
すでに殺されていてもおかしくないが……
まだ、わたしは殺されない。
もしこれが、彼のやさしさの欠片なら……まだわたしに、やさしくしているのなら。
このまま彼を、引き戻せるかもしれない――
なにを口実に――そうだ、なまえ。
このひと、まだ一度もわたしのなまえを呼んでない。
……。
忘れたな、この――!
「な、なまえ……」
くそ、息が……ことばが、出ない。
抗議しなければ。わたしのなまえを覚えてないのに平気な顔をしてるこのひとに。
「わたしの、なまえ……おぼえて、ないでしょ……!」




