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宇宙航路は遥かにて  作者: 星川わたる
第1章 航路のはじまり
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第19話 その恐ろしさ

 2名無力化、残敵6。

 これは戦争じゃない。だから命だけは許してやる。


 でも、もし目を覚まして、うしろから来られたら厄介だ。ええと、縛るもの、縛るもの――


 いや、エアロックにぶち込もう。


 2人の首をつかんで、ひきずって……あとは、ゴミ捨てと一緒のうごき。こいつらはゴミ、エアロックに「収集」だ。

 放物線を描きながら、力の入っていない身体がふたつ、飛んでいく。2体はせまいエアロックの中に、にぶい音をたてておさまった。

 べつにショッキングな光景じゃない。こんなの見慣れてる。


 船内扉を閉め、「閉鎖」ボタンを押す。ハンドルが「閉」位置まで回った。


「あの!」


 急に声がかけられた。みれば、ぼくのひとりだけの「味方」が、恐怖の表情でぼくをみている。

 どうして。きみは味方だ、攻撃しないよ。


「減圧は、だめです!」


 減圧……なるほど、それが心配だったか。


 ぼくの手元にある操作パネルには、たしかに「減圧」ボタンが表示されている。これを押せば、エアロック内の空気が抜ける。あの2人は、窒息して死ぬ。

 このひとはじぶんが痛めつけられるのではなく、あの2人のいのちを心配しているらしい。


「あはは、だいじょうぶ。いまはやらないよ。勝手に出てこられたらこまるんだ。だからここに閉じ込めようと思ってね」


 ぼくは彼女を手招きし、操作パネルをみせた。パネルには「減圧」以外のボタンも出ている。そのうちのひとつ……「緊急閉鎖」ボタンを指さす。

 宇宙船乗組員である彼女なら、知っているだろう。エアロックの緊急閉鎖ボタンを押すと、システム上エアロックは破損扱いになって、扉は絶対に開かなくなる。本来はエアロックから退避したうえで行う操作で、内部に人はいない想定になっており、もしぶち込んだ2人が目を覚ましても中からは開けられない。

 これはエアロック破損による空気漏れを防止するためのものだ。このボタン操作では、彼女が心配している減圧は行われない。


「これを使うんだ。閉じ込めるにはちょうどいいから。あとで復旧操作をすれば、またひらくし」


 そう、あくまで閉じ込めるだけ。

 しかし、なるほど。「減圧」か、考えておこう。


 ――いや、はやく操舵室を取り戻さないと。


「操舵室へ急ごう。きみは斜めうしろについて。相手が正面にみえたら、真後ろに。おれを盾にしていい。絶対に離れないで、あと――船内でうごくものは、おれたち以外は『敵』と認識すること」


 ぼくの指示に、すこしけわしい表情をしながら、彼女が復唱を返す。


「移動目標、操舵室。配置了解。絶対に離れない、動くものはすべて敵。移動準備、できています」


 ひとりの乗員として完璧な返事、いい反応だ。どこで訓練を積んだのだろう。

 これくらい言えるひとなら、居ても安心できる。


「行動開始、行くぞ」


 操舵室へ――


 ぼくの船を、勝手にさわるな!


・・・・・・


 怒った彼は、こわかった。


 いや、わたしがこわい思いをしたんじゃない。


 どういう原理かわからないけれど、彼はなにか巨大なちからで、目のまえの人たちを痛めつけた。


 やさしかったのに……死んでしまったわたしを、自分のたましいを削って生き返らせるほど、やさしかったのに。

 あんなにどぎまぎしていたのに。エアロックのなかで、ふたりで座り込んでいたあのときは。


 今の彼は――


 その手で人間ふたりを引きずって、意識のない彼らを軽々とエアロックに投げ込んで……


 ――!


 それはだめ――!


「あの!」


 みえる……

 見える、血まみれの顔が。


 彼の顔が、胸が、両手が――体じゅうが、血にまみれている。

 指先から、血が滴りおちる。床に血のしずくが垂れている。


 目にみえたものじゃない――

 わたしが肌で感じた、彼のすがた。


 人間じゃない。

 「あれ」は、だれかを痛めつけることを、たのしんでいる。


 人を投げ込んで閉めた、エアロック。

 このまま減圧したら、このひとは――!


「減圧は、だめです!」


 そのおそろしい選択肢を、わたしはなんとか防ごうとした。


 彼は笑顔をくずさない。


「あはは、だいじょうぶ。いまはやらないよ。勝手に出てこられたらこまるんだ。だからここに閉じ込めようと思ってね」


 「いまは」やらない――


 いずれは……やるつもり?


 彼は、エアロックの緊急閉鎖ボタンを押した。

 この操作を行うとエアロックはシステム上破損扱いとなり、開かなくなる。エアロックから退避した後に行う操作で、内部機器の破損・誤動作にも対応する仕様となっており、中からの操作は受け付けない。


 たしかに、閉じ込める場所としては適している。


 でも、中に入れられたひとは……


 いつ、外部から減圧操作をされるかわからない。

 絶対に出られないエアロック、そして減圧への恐怖――


 彼は、それを――彼らを痛めつける「いい手段」としてみている。


 彼はそのあと、わたしにいくつかの指示をだした。

 わたしに対しては、友好的な態度にみえる。


 でも、身にまとう気配に、やさしさは――ない。


 彼の指示を復唱するわたしに、にやりとする口元。

 「よし、使える」とでも思っているかのよう。


「行動開始、行くぞ」


 ……どうしよう。

 いけないものを、見た気がする。


 彼――いや、「これ」は暴力をふるうための人型のロボット。

 人の痛みをまるで考えず、むしろその痛みに快感を覚えるもの。


 これは、存在してはならないもの。


 そばにいては、ならないもの。


・・・・・・


 うす暗い階段室……「それ」はわたしなど置き去りにして、ただじぶんのために階段をのぼっている。

 わたしは必死でついていくけれど、体力がもたない。腕が、足が、いうことをきかない。息がつづかない。空気があるのに、おぼれてしまう……

 なんとか踊り場によじ登ったが、そこでわたしは床にへたり込んでしまった。


 さすがに気付いた「それ」が、おりてきた。


「きみ、進めないか。ここで待つか?」


 ここで待つ……わたしが? さっき「絶対に離れるな」と言ったのに。


 どうやらわたしを戦力外とみなしたらしい。


 また、だ。


 「これ」のまとう気配――なまぐさい血のにおいの錯覚が……

 暗い階段室で、「これ」に染み込んだ赤黒い血が、階段の下へと滴り落ちる。


 そっか――


 どうせ、こんな奴だったんだ。

 やっぱり恒星間不定期船の乗員に、まともな奴なんていないんだ。


 「これ」も結局、うわべだけの善人。

 わたしの「希望」は、ぜんぜん「希望」じゃなかったんだ。


 おとぎ話の、勇者さま――

 眠れる村娘を、こころ一杯のキスで目覚めさせる勇者さま――


 そんな人に会えたと、思ったのに……


「……」


 ……違う。


 違う、このひとはそんな恐ろしいひとじゃない。


 暴力がふるいたければ、あのときエアロックのなかで、無抵抗のわたしにいくらでもふるうことができた。

 でも現実は、逆だった。彼は自分のたましいを削って、死の世界へおちていくわたしを、ひきあげてくれた。

 唇を奪われはしたけど、それはわたしを……


 いや、奪われてない。あれはキス、わたしへのキス。おとぎ話の勇者さまだって、それをしている。

 すこしこそばゆかった……思い出すと、とてもあまかった時間。まだちょっと、唇がじんわりする気がする。

 振りほどかなければよかった。目をさまさないふりをして、もうすこしそのまま触れ合っていればよかった。


 そうだ、あれはキス。そうでなくてはならない。でないと、彼はわたしの勇者さまではなくなってしまう。


 どうして彼がこんな状態になっているかは分からない。

 きっとわたしがしらない、なにかがあるんだろう。


 でも、あのときはたしかに、やさしい勇者さまだった。

 このひとは、わたしの勇者さまだ。だからそんなに、血にまみれないで。わたしの勇者さまのままでいて。


 みればまだ、ネクタイがずれたまま。

 どうせだれも見ないからって、適当に結んだんだろう。見た目よりちょっと子供っぽいのかもしれない。


 ずれたネクタイが、そんな彼のすがたを残している。

 ああ――そこだけは、血にまみれていない。


 このひとは、大きな二面性をもっているのかもしれない。

 さっきわたしにみせたやさしい一面も、たしかにあるはずなんだ。


 ちょっと子供なわたしの勇者さまは、まだ、この中に残っているはず――

 それを、やさしいこのひとを、わたしのまえに引き戻したい。


 ――引き戻したい。


 まだ息がきれていたが、わたしは彼の襟首をつかんだ。ずれたネクタイごと。


 なにもわかってない表情。振り払われるかと思ったが、意外に彼はうごかなかった。


 やってから気づいたが、これはかなり危険な行為だ。凶暴な人格をあらわした彼に、このわたしがつかみかかっている。

 はるかに強大なちからを持つであろう彼は、わたしひとりにつかまれたまま、呆然としている。


 すでに殺されていてもおかしくないが……


 まだ、わたしは殺されない。


 もしこれが、彼のやさしさの欠片なら……まだわたしに、やさしくしているのなら。


 このまま彼を、引き戻せるかもしれない――


 なにを口実に――そうだ、なまえ。

 このひと、まだ一度もわたしのなまえを呼んでない。


 ……。


 忘れたな、この――!


「な、なまえ……」


 くそ、息が……ことばが、出ない。

 抗議しなければ。わたしのなまえを覚えてないのに平気な顔をしてるこのひとに。


「わたしの、なまえ……おぼえて、ないでしょ……!」

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