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宇宙航路は遥かにて  作者: 星川わたる
第1章 航路のはじまり
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第18話 超越者の激発

 本船が行っていた救助活動は、最後のひとり、いまぼくの隣にいるひとを生き返らせたことで、完遂となった。


 しかし悪い状況は続いている。ぼくがこのひとを救うため、なにも考えずに操舵室から飛び出してしまったためだ。制御システムのロックも、かけていなかった。

 そこに残ったのは、あの素行がきわめて悪い遭難船の乗員たち。彼らが、その場でおとなしくしているだろうか。


 操舵室を飛び出してきたのはまずかったけれど、それが完全な間違いとはおもわない。システムロックをかけわすれたのも、このさいしかたないだろう。はやくここまで来なければ、いまこのひとは、ぼくをみつめていなかったはずだから。


 彼女を生き返らせるのは、大変だった。


 このひとへの気持ちを思いっきり高ぶらせて、最高潮までもっていって――そこから、わずかでも冷めてはいけなかった。想像をはるかにこえる緊張状態が、長く続いた。

 それに、蘇生の直前、彼女がぼくの唇を吸ったのも想定外だった。

 あれはただ吸ったんだじゃない。ぼくの「たましい」を、じぶんから吸おうとしたんだ――

 やってみて分かったが、「たましい」を流し込んで蘇生させる方法は、どうやら生き返る直前に、じぶんからほしい分だけ「たましい」を吸おうとするようだ。ぼくの側からは、それをコントロールできなかった。

 危ないかなとは思ったが、彼女を生き返らせたいぼくには拒絶する理由はなかった。ぼくはそのまま「たましい」を吸わせた。

 そして想定を上回る「たましい」を吸われたぼくは、一時的に弱ってしまいしばらく動けなかった。


 歳のちかい女の子と、せまいエアロックの中で、ふたり。こんな状況、きっとどきどきするだろう……とむかしは思っていたけれど、実際はめちゃくちゃ気まずかった。

 1人乗務が長かったせいだろうか。たしかに異性なんて、港の通路ですれちがうか、手続き用カウンターで向き合うていどだったけれど……


 会話はほとんどできず、ぼくは彼女の顔をまともにみれなかった。


・・・・・・


 事態が動きだすまでに、多少の時間がかかったのは幸いだった。


 削ったあとのぼく自身の「たましい」はどうなるのか……まったく考えていなかったが、さいわい時間とともに回復してきた。これはあれだ、輸血みたいなものだ。たぶん造血細胞みたいなものが、「たましい」にもあるんだろう。

 そしてぼくの「たましい」が回復するまで、事態は動き出さずに待っていてくれた。


 彼女の蘇生に成功し、じぶんも回復したいま、次にするべきことは船内秩序の回復である。

 いや、まだ秩序が乱された、と決まったわけではないが――


 「TSL2198」の乗員たちが本船に乗り込んだ時、彼らは勝手にエアロック船内扉をひらいて操舵室までやってきた。許可はしていなかったし、彼らにそういう行動をする権限はなかったにも関わらず。

 しかも銃器を2丁、申告なしで持ち込んでいる。大したものでないとはいえ、殺傷能力は普通にある。

 そういうことを許可なしでする人たちが、いまおとなしく操舵室で待っているとは思えない。なにか機器を勝手にいじってもおかしくはないだろう。


 いま、船内秩序は乱されている可能性が高い。どの程度かは行ってみないと分からないが、ぼくはこの船の船長だ。彼らに「指揮系統」というものをはっきりと自覚させ、不躾なふるまいはやめさせなければ。


 だけど――そうなると、秩序を回復する際に「戦闘」が発生する可能性がある。


 彼らがこれみよがしに銃をもっていたからだ。脅し目的だろうが、撃とうと思えば撃てる。安全装置をはずし引き金を引けば、殺傷能力のあるエネルギー・ビームが発射される。

 彼らが銃の安全装置をはずした時点で、ぼくは戦わなくてはならなくなる。素手で格闘するか、あるいは――


「……」


 ……ぼくのもつ特殊なちからは、できれば知られたくない。


 しかし、すでにそのちからで遭難船の乗員1名を吹っ飛ばし、死んだひとを蘇生させてしまった。もはや隠せてはいない。

 なら――もう、遠慮なくやろう。銃弾なんて跳ね返せる。じぶんの身体を撃たれながら、ゆっくりと彼らを拘束してやろう。


 口止めのしかたは、後で考えよう。


・・・・・・


 ぼくは目の前に座る彼女に、いまの「重大な懸念点」について伝えた。


「……本船の乗員の配置を教えてください」


 彼女はそう聞いてきた。


 ぼくの船の乗員配置を――

 すなわち、「味方」がどこにどれだけいるかを。


 切り替えがはやいし、頭もよくまわりそうなひとだ。一緒にきてもよさそうに思う。

 ただ、残念ながら――


「他にはいない。1人乗務だ」


 こちらは彼女を含めてもふたりだけ。相手の人数は、そこに倒れている奴を含めて8名、こちらの4倍だ。


 それを知っても、彼女は動じない。


 よし、一緒に来てもらおう。ここにひとり放置するのはかえって危険だろうし。彼ら全員が操舵室にいるとは限らない。もしここに彼女を残したら、どこか別の場所に行っていた者がここに来て、危害を加える可能性もある。

 せっかく生き返らせたのに、まただれかに殺されたのでは――たぶん、ぼくのこころがもたない。

 このひとが撃たれるところは、みたくない。あちらにに拳銃所持者がいるから、ぼくのうしろに隠れてもらおう。


「きみはうしろから来てくれ。銃をもってるやつがいる、きみが当たると危険だ」


 それを聞いた彼女はすこしいぶかしむような表情をみせたが、そのあと、なぜか納得したようにみえた。なにに納得したんだろう。

 ひとまず、あいての銃はいわゆる「欠陥銃」であること、おそらく射撃の腕は素人ていどであること、この2点をつたえる。


 彼女は――ぼくよりすこし身長がひくい彼女は、ぼくを見上げながらなぜかほっとしたような表情をみせる。ぼくとおなじ、宇宙のような黒いひとみ。

 それがすこし、うるみかけたようにみえた。


 ――!


 通路から、高い靴音がひびいてきた。しだいに大きくなる。


 それは「事態」が動き出したことを告げる音――


・・・・・・


 通路のむこうから現れたそいつは、中年のやや細身の女。ぼくのそばの「味方」は、ジェスチャーで「銃はない」「腕力はよわい」と伝えてきた。ぼくは右手の親指をたてて、「ありがとう、いい仕事だ」とサインを返した。


 ぼくはこの船の船長であり、ここではぼくの命令は絶対。所属国家が曖昧である恒星間不定期船においては、船長自身が法律だといってもいい。だからいまここで、ただちにあの女を絞め殺すこともできる。

 だが……理性ある船長として、いきなりあいつに乱暴狼藉をはたらくわけにもいくまい。まずは話をきいて、どうなっているのか教えてもらおう。

 もし秩序を乱さずおとなしくしていたなら、それでよし。ほめてやる。


 まあ――ぼくはまだ船内での自由な移動を許可していないから、あいつがここに来ている時点でほぼアウトなんだけど。


「おら、起きな!」


 その女は、通路に倒れていた男――ぼくが救護活動中にへらず口をきいたから吹っ飛ばした男を、蹴飛ばした。

 男はそれで気がついたのか、うめきながら起き上がった。


 ……あいつ味方からも蹴っ飛ばされるのか。


 女はそれから、エアロックの中のぼくたちに気付いた。


「おう、居たんだ。なに、そんなところで死体抱いてたの? だいぶ凝った趣味してるね、あんた」


 なかなかな口をきくな、こいつも。お前のほうを死体にしてやろうか。


 ぼくのすぐそば、まだ「死体」と思われているらしい彼女に後ろ手で「うごくな」とサインを出して、ぼくはエアロックの扉をくぐり通路に出た。

 女は胸に機関士であることを示す星型魔法陣のマークがあり、さらに肩章等からみてどうやら機関長らしい。


 さて、無礼な物言いには相応の言葉を返しておこうか。


「すみません、おたくの乗員を吹っ飛ばしました。ぺらぺらと不躾なことをいうもので、ほんとうは舌を切りたかったんですが、あいにく両手がふさがってたんです」

「ははは、言うねえ。で、あんたは両手ふさいで、ナニやってたんだい、その女で」


 お前こそ、言うじゃないか。お前も舌切られたいか。


 よし……ここでみせてやろう。ぼくがここでなにをしていたか。

 エアロックの中に向けて、「出てこい」とサインを送った。


「『応急救護』にいそしんでまして……いやあ大変でした、蘇生措置。だれも手伝いにこないものですから」


 そう、よけいな奴がひとり来ただけだった。


 機関長の顔が、馬鹿みたいな呆け顔になった。

 そうだ、そういう顔がみたかった。


「なんとか生き返ってくれましたよ。ほら、ぴんぴんしてます。これで9人全員、救助成功です。万々歳ですね」


 ほら、よかっただろう? 全員生還だぞ。


「で、我々をむかえにきてくれたわけですか。すみません、時間がかかりまして。すぐ操舵室へ戻って、出航準備にかかります。後進離陸になるんで、ちょっと面倒ですがね、すぐやりますよ」


 ぼくがやりますからね、あなたがた勝手に触ってなんかないですよね。


「なんか癇にさわる言いかたするね、あんた。自分がまだ船長だと思ってイキってんだろうけど」

「ええ、私が船長です。本船は私の指揮下で運航を開始してから、ずっと無事故で通してきたんです。船長として、誇らしいですよ」


 いまの機関長の発言――もう、ぼくは船長でないことになっているようだ。

 無茶苦茶なことを言う。船長権限移譲は宣言していないから、ぼくが船長だ。


 機関長は、いやみったらし言いかたで――


「この船、あたしらが使うからさ。もうあんた、船長じゃないんだよね。これからしばらく、あんたはここで小間使いとしてはたらいてもらうよ。ただこの船、操舵システムが特殊らしくてさ。あんたから船長に説明してやってよ」


 ……ん? ちょっとまて。


 操舵室で勝手気ままに振る舞っていること――それはもう想定している。

 だか「操舵システムが特殊」とはなんだ。


 本船の操舵システムは、それ自体はほかの船と変わりがない。世界標準規格のものを搭載しており、通常の操舵操作はおなじだ。みればわかるだろう。動かすだけなら、なにも教えることはない。


 ただ――


 本船の操舵システムは、ときには人間ではできない激しい操作をおこなうぼくに合わせ、さまざまな設定変更をおこなっている。

 あくまで平常時はほかの船とおなじ。だか急激な操作をおこなうと、それに応じて設定値が変化しモード切り替えが行われる。あらゆる場面を想定して、いくつもの設定を準備してあり、操舵システムが状況を自動判別して、各モードを全自動で切り替えるようになっている。


 これは、ぼくのオリジナルだ。


 このために、何度も何度も試験航海をして、絶対にまちがったモードに入らないよう、試行錯誤をくりかえした。いつ、どのモードに切り替わるか。いかにしてスムーズに設定値を変化させるか。専門業者に依頼して、特注のプログラムも入れたんだ。


 そういう点では、特殊な操舵システムだ。

 この世に1台しかない、ぼくのシステムだ。


 ぼくが「育てた」操舵システムだ――


 ただ出航するだけなら、たやすい。通常の操舵モードで動作するから、航海士の資格さえあれば動かせる。システムの設定画面をひらく必要すらない。


 でも、こいつは「システムが特殊」といった。

 つまり、設定画面が開かれている――


 そこには、ぼくがここまで育ててきた、ぼく専用の、世界最高の操舵システムの設定情報が……


 なぜ、開く必要があった?


 いじったのか――


 それを。


「……」


 にぎった拳がふるえるのがばれないように、

 声を震わせないように――


「なに、操舵システムの設定をひらいているんですか? だれか操舵席に座っている? いけません! あなた、はやく止めにいってください。許可してませんよ、それ、まずいです!」


 いまあんたが謝って、すぐ操舵室の連中に操作をやめさせば――


 ぶん殴るくらいで済ませてやる。


「だーかーら、もうこいつはあたしらの船なんだよ。いまシステムを使えるように変更してるとこ。いいからはやく教えろよ」


 使えるように変更――


 いじりやがった、こいつら。


 こいつ……


 こいつ――!


「聞いたぞ! てめえ痛い思いしたいんだろ、ほら味わえ――!」


 手のひらを突き出し、衝撃をぶつけるイメージ。なに、死にはしない。死ぬよりも、痛い思いをしてほしいんだ。さあ飛んでいけ!


「げぐっ――」


 いい声を出す。それでこそ、痛めつける甲斐がある。


――ガゴン!


 ……通路の壁は、大丈夫だろうか。

 打ち付けた後頭部の髪がいくらか、付着している。


 汚ったねえ、クソババア。おまえあとできれいにしろよ。


 ……まだ居るな、卑怯者が。


 意識はあるが、立ち上がらない足元の機関士の男。痛いふりして、じつはこわいから立とうとしないんだろう。小便でも漏らしたら写真をとっておくのに……だめか、床に漏らされたら汚いからこまる。


 目の前にしゃがみ、目線をあわせる。ほら、だいじょうぶ、と笑顔をみせる。


「おまえは、これで勘弁してやる」


 すでにいちど飛ばしたし、いちばんヘタレそうだから放っておいても大丈夫そうだし……


 右手で、左側頭部をトン、と。

 当たる瞬間、衝撃を――中にある脳を、揺らすイメージで。


 上体が半回転、床に右の側頭部が衝突。

 ほら、みぎもひだりも、おなじくらい痛いね。


 ああ、気持ちいいくらい白目むいてる。


 よし、処分完了。

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