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宇宙航路は遥かにて  作者: 星川わたる
第1章 航路のはじまり
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第17話 新たな緊急事態

 わたしの「冷却」には、時間を要した。


 ふたりでせまいエアロックに入っているから、どうあがいても彼がすぐ目のまえにいる。いちど熱くなったわたしの温度は、下げようと思えば思うほどむしろ上がった。

 もう、彼はここにいないものと考えて、こころを無にして、ようやくわたしは顔を冷ました。


 でも、その時間経過はよかったらしい。


 彼はずいぶんおちついた。おそらく「たましい」かなにか、生きるための大事なものを削ったはずだけど、もういいのだろうか。


「あの、大丈夫ですか。『たましい』――? 削ってしまって、元に戻るんですか?」

「うーん……まあ、こんなの輸血みたんなもんでしょ。自己回復するよ」


 「たましい」は造血細胞でつくれるのか。あなたの身体の中身、いったいどうなっているの。


 と、わたしはのんきに考えていたが……


「それよりも、さ――」


 彼がエアロックの外へ視線をうつした。


 ……わたしの船の乗員がひとり、床にたおれている。あれは機関士だ。


 要領がわるくて、おまえは使えないといつも言われている人。ほかの乗員にはへこへこしているけど、わたしにだけは敬語をつかわない。


「まだ、終わってないんだ。……これはおれのミスなんだけど、あの後あわててこっちに来ちゃったから。いま操舵室にいるのはきみの船の乗員だけ。おれは彼らとは初対面だけど……あの人たちの、あの態度。いやな感じがする」


 そうだ――


 あの人たちのことを、わたしはよく知っている。


 わたしの船の乗員たちは、いま無防備に等しいこの船の操舵室に残されて、おとなしく彼の帰りを待っているだろうか。

 勝手に機器をいじっても不思議はない。そういうところの常識や良識は、全くあてにならない人たちだ。


 ……自分の船がなくなったいま、この船を自分のものにしようとすることさえあり得る。


 「TSL2198」は表向きは貨物船で、確かに貨物輸送をしていたけれど……やっていたことはそれだけじゃなかった。

 乗務に必要のない銃を持っているんだ、それも複数。その使用目的は――


 ……あの人たちは、船の乗っ取りくらいやろうと思えばできる。どうしても所属が不明確になる国際恒星間航路の宇宙船は、多少の工作をすれば書類上の所有者を書き換えてしまうこともできる。


 いまエアロックの外で倒れている機関士が、どうしてそうなったのかは分からない。

 でも、状況から見て機関士を気絶させたのは間違いなく彼だ。


 わたしを助けてくれたようなひとが、無暗にそんなことをするとは思えない。機関士がなにかした、あるいはしようとした。

 機関士は、何らかの理由で彼と敵対したのだろう。

 そしてこの要領の悪い機関士が、自分ひとりの考えでそうしたとは思えない。

 たぶん……わたしの船の乗員たちは、みな彼と敵対関係になったとみるのが正しいと思う。


 それじゃあ、わたしはどうする――?


 この船の船長は、このひとだ。そしてわたしは、ひとりの乗船者。指揮系統は――聞くまでもない。

 いまわたしに「命令」できるのは、本船の船長であるこのひとだけ。そしてわたしは、このひとのほか、もう誰の命令もきかなくていい。

 わたしはこの船の正規乗組員ではないけれど……緊急時に現地任用される「応急乗組員」として、行動が可能なはず。


 だから、わたしは――


 今だけでも――せめて次の港に着くまでの間だけでも。たましいを削ってわたしに命をくれたこのひとの、ちからになろう。


・・・・・・


 わたしの船の乗員たちは、おそらく彼と敵対関係となった。それなら、逆に「味方」は、つまり彼のもとで働くこの船の乗組員はどれくらいいるだろうか。

 彼はさっき「いま操舵室にいるのはきみの船の乗員だけ」と言った。それじゃあ、この船の他の乗員はどこに配置されている――?


「……本船の乗員の配置を教えてください」


 操舵室にいないのなら――主コンピュータ室か、機関制御室か。一般的な小型恒星間貨物船の構造から考えると、乗員が配置されそうなのはそれくらい。


「他にはいない。1人乗務だ」


 彼は短く答えた。


 1人乗務――だから金色の記章(ゴールドバッジ)なんだ。

 そうだよね。ひとりで宇宙船を扱える、ただひとつの資格だもの。


 さて――この船に、他の乗員はなし。そして「相手」は8人だ。

 ……ひとりはもうそこに倒れているけど、それでもあと7人いる。


 こちらはふたりか……わたしは、あなたの味方になるから。


 ……でも、わたしがなにか役にたつだろうか。


 銃を持っている人がいるんだ。宇宙航海のことしか知らないわたしには対抗のしようがない。


 しかし――


「きみはうしろから来て。銃を持ってるやつがいる、きみが当たると危険だ」


 彼は銃の存在をもう把握していた。あの人たち、またこれ見よがしに銃をちらつかせていたのだろうか。

 でも、「きみが当たると危険だ」って……あなたは、銃弾に当たっても平気なの?


 ……平気かもしれない、このひと。いろいろと規格外なことをするもの。


「持ってるのはたいした銃じゃない。2発しか撃てない欠陥銃だ。あんなのを買うのは素人だけ。たぶん撃っても当てられない」


 彼の声は、力強い。どうやらここで倒れてしまうことはなさそうだ。

 よかった……


 ――!


 通路から、高い靴音がひびいてきた。しだいに大きくなる。


 だれか、来る。


・・・・・・


 わたしは声を出さずに、彼の顔をみた。


 彼も声を出さず、口の前にひとさし指を立ててから、いくつかのハンドサインを出した。


『動くな』『声を出すな』『物音をたてるな』『指示を待て』


 ふたりで息をひそめ、気配をころす――


 靴音は大きく――すぐ近くまで迫った。


「なにやってんだ、あんた。こんなところでノビてやがって」


 エアロックの外で、女の声がした。

 この声はわたしの船の機関長。銃は持っていないはずで、腕力はよわい。


 彼にジェスチャーを送って、「銃はない」「腕力はよわい」と伝える。

 彼はうなづいて、右手を握り、すこし笑顔をつくって親指をたてた。


 しらないハンドサインだけど……「わかった」または「よくやった」みたいな意味かな。


 ……いまちょっとだけ笑顔がみれた。

 気付けばわたしも、彼に笑顔をみせていた。


 機関長が、エアロック内からもみえる位置にきた。開きっぱなしの船内扉……彼女が振り向けば、こちらも見える。


「おら、起きな!」


 機関長はこちらを見もせず、床にのびている機関士を蹴飛ばした。


「う、うう」


 苦しそうに起き上がる。

 そういえば……どうして倒れていたのだろう。


 わたしのそばの彼がなにかしたんだろうけど――


 あなた、なにをしたの――?


 わたしは指示された通りに、息をころして身をひそめる。まるで死んでいるかのように――


 機関長がこちらをみた。


「おう、居たんだ。なに、そんなところで死体抱いてたの? だいぶ凝った趣味してるね、あんた」


 彼は後ろ手にわたしに「うごくな」とサインを出しながら、エアロックの扉をくぐった。


「すみません、おたくの乗員を吹っ飛ばしました。ぺらぺらと不躾なことをいうもので、ほんとうは舌を切りたかったんですが、あいにく両手がふさがってたんです」


 けっこうきついことを言うなあ。

 あの機関士、なにをいったんだろう。


「ははは、言うねえ。で、あんたは両手ふさいで、ナニやってたんだい、その女で」


 ……。


 あの船での、わたしの「存在価値」……

 知られたくない。彼がくちづけしてまで目を覚まさせた相手が、そんなものだったって。


 ……もっと、きれいな人としてみられていたい。


 でも――だめだ、たぶん隠せない。この船にいるわたしの船の乗員――わたしを除いて8人。みんなそのことを知っている。


 彼がわたしにハンドサインをだした。「出てこい」と。


「『応急救護』にいそしんでまして……いやあ大変でした、蘇生措置。だれも手伝いにこないものですから」


 彼が話しているあいだに、わたしは、指示通りにエアロックの扉をくぐった。

 機関長が、ぽかんとわたしをみる。


「なんとか生き返ってくれましたよ。ほら、ぴんぴんしてます。これで9人全員、救助成功です。万々歳ですね」


 彼はおどけたようにそう言う。


 機関長、まさかわたしが生きていたなんて信じられないだろうな。わたしだってまだ、四分の一くらい信じられていない。


「で、我々をむかえにきてくれたわけですか。すみません、時間がかかりまして。すぐ操舵室へ戻って、出航準備にかかります。後進離陸になるんで、ちょっと面倒ですがね、すぐやりますよ」


 そう言われた機関長は彼に視線を向けて、軽く舌打ちした。


「なんか癇にさわる言いかたするね、あんた。自分がまだ船長だと思ってイキってんだろうけど」

「ええ、私が船長です。本船は私の指揮下で運航を開始してから、ずっと無事故で通してきたんです。船長として、誇らしいですよ」


 応じた彼は、それとなく「船長」を強調した。

 彼が船長権限移譲を宣言していないなら、ほかの誰も船長を名乗れないはずだけど――


「この船、あたしらが使うからさ。もうあんた、船長じゃないんだよね。これからしばらく、あんたはここで小間使いとしてはたらいてもらうよ。ただこの船、操舵システムが特殊らしくてさ。あんたから船長に説明してやってよ」


 ああ、言った――乗っ取り確定。「操舵システムが特殊」と分かったのなら、もう操舵席に座っている。どう特殊なのかは知らないけれど――


 これは彼の、きっとたいせつな船だ。1人乗務の特高速船――わたしも、こんな船にのって宇宙をめぐるのが将来の夢だから、分かる。

 考えてみれば――彼はわたしの夢がかなったときのすがたをしているんだ。


 もし、わたしが彼の立場だったら……じぶんの船のじぶんの席に勝手に座られて、たぶんじぶんが設定したシステムもいじられている。

 それは絶対に、許せない――許さない。


「なに、操舵システムの設定をひらいているんですか? だれか操舵席に座っている? いけません! あなた、はやく止めにいってください。許可してませんよ、それ、まずいです!」


 どうしてこんな会話を続けるのか……急いで行かないと、たぶんあなたが設定した操舵システムがいじられてしまう。この女は腕力はないんだから、ふたりで殴ってしまえばなんとか――


「だーかーら、もうこいつはあたしらの船なんだよ。いまシステムをちゃんと使えるように変更してるとこ。いいからはやく教えろよ」


 ――わたしが、それに反応する時間はなかった。


「聞いたぞ! てめえ痛い思いしたいんだろ、ほら味わえ――!」


 彼は言い終わらないうちに、右のてのひらを突き出して――


「げぐっ――」


 手は当たってないのに、機関長がへんな声をだして、空中を飛んで――

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