第15話 片手に抱く遺体
ぼくは座席から飛び出した。
操舵室を駆け抜け、のろい自動扉をこじ開け、通路を突っ走る。
エアロック――前部上甲板のすぐ下だ。第3甲板前方!
せまい階段室を、駆けおりる。上部にある操舵室から第3甲板までの高低差は大きい。数段飛ばしで、いそぐ。
船に特有の急な階段――途中で足をすべらせ、踊り場に転げ落ちる。くそ、痛い。
たぶん怪我はない。痛むからだを起こして、また階段を駆けおりる。
2度、3度、踏み外し、転倒する。そのたびに、痛む箇所がふえていく。
――いま駆けつけて、どうなるのか。
たぶん防護フィールドは破れた。加圧が完了するよりもまえに。
それをいまから、どうするというのか――
その考えを振り払って、ぼくは第3甲板へ向かった。
・・・・・・
階段室を飛び出し、第3甲板の通路を一直線に走る。エアロックまでは遠くない。
前方に、大きなハンドルのある扉がみえた。あれが、前甲板エアロックの船内扉。
エアロック内の加圧が完了したら、船内扉は内部からの操作で開けられる。なかの人間は、自分から出てこれる。
でも……
いまそこにはだれもいない。
息を切らして、やっとたどり着いた扉に両手をたたきつける。
開閉ハンドル位置は――
【 閉 】
まだ閉まっている。
圧力計を確認、内外の気圧差はない。すぐ横の操作パネルに表示された「解放」ボタンを、拳でぶっ叩く。
モーター音とともに、大きなハンドルが回りだす。おそい、いそげ。
――ゴン
ハンドルが「開」位置でとまった。
モーターで開こうとする扉のハンドルをつかんで思いっきり引く。分厚い扉が、ひらかれる。
「―――――――」
肩よりも伸びた、つやのあるくろい髪。真っ白いワイシャツに、きりりと締まったネクタイ。黒い上衣の袖に、金線が1本。その肩に、金線3本がならんだ肩章。左胸に銀の流れ星のバッジ。背中に、不釣り合いな黄色の救命具。船乗りにしてはめずらしい、膝丈くらいのスカート。みがかれた革靴に、ぴたりと合った紺の靴下。
「それ」が、せまい縦型エアロックのなかで、くずれ落ちたように座りこんでいる。
ひざを横にまげて、腰が床についている。くたりとまがった背中が、左の壁面にもたれかかっている。両腕は力なく、右手は脚のうえに、左手は身体のむこうにある。深くうつむき、顔はみえない。
「―――――――」
声がでない――出すべきことばがない。
まったく顔をあげない。うごかない。
「く、く、くそ――!」
――ドカン!
壁面のパネルをぶん殴る。黄色いレバーが展開する。でてきたそのレバーを、渾身のちからで引く。
壁のパネルがひらく。なかに置かれている細長い物体を、乱暴に引き出す。黒いその物体は、エアロックの床にころがる。
その表面には、白い文字。
【非常用酸素供給器】
装置から黄色いマスクを引き出し、彼女の顔に――チューブの長さがたりない。チューブごと黒いボンベを引っ張る。
背中を支えようと手をまわす――くそ、救命具が邪魔だ。
救命具に装備された非常用ナイフを引き抜き、装着ベルトを切る。「7」と書かれた救命具を、エアロックの外へ放り出す。
背中から左腕まで手をまわすと、彼女の上半身が、ぐったりとぼくの腕のなかに入ってきた。
彼女の顔は、こんどは力なくうえを向いた。目をとじて、口を半分あけている。
鼻と口に、マスクを思い切り押し当てる。床に転がったボンベをチューブでたぐり寄せ、供給バルブをひたすら回す。気体のながれる音が、しだいに大きくなる。
これでもか、これでもか。ボンベ内の気体は――酸素は、たんさん流れているはずなのに。
左腕に、じんわりと彼女のぬくもりが伝わってくる。
はやく、目を覚ませ。
「だめだよ、きみ」
後ろからだれかの声がした。
・・・・・・
振り向くと、エアロックの外に人が立っている。
若い男……といっても、ぼくとたいして変わらない。胸につけたバッジは銀の星型魔法陣、機関士のマークだ。
よくみていなかったが、この人も救助した遭難者のひとりだろう。
「操舵室へ戻って来いって、船長が言ってる。戻ろう」
状況が見えないか。エアロック内に意識のない人間、それに非常用酸素供給器のバルブが全開。酸素のながれる音がきこえるだろう。
物静かな雰囲気の男だが、なんだかいい感じではない。この状況をみて、なぜそんなに落ち着いているのか。あきらかな緊急事態が、目のまえで展開されているぞ。
「いま救護中だ」
「『救護』って……その機械、つかえないよ。ただ酸素を流すだけじゃないか。エアロックで事故おこして、それが役に立った例、きみも知らないでしょ」
そりゃあ、もう死んだ人間に酸素なんか送っても、意味はない。それぐらい知っている。
でもさっきから左腕に感じているぬくもり、これは――
「まだ体温がある。生きているなら、酸素を送れば助けられる」
酸素のながれる音が、つづいている。これの中身、どれくらいあったか……
このエアロックの中に予備がある。いまから取り出して――
「それ、もう死んでるよ。体温はまだあるだろうけど、じきにつめたくなる」
なに……
「助けなくてよかったのに。あんなに無理して。けっきょく死んだんじゃ、はじめからやらなかったのと同じだよ」
急に何を言いだすんだ、こいつ――
「なんというか……きみって痛い人だよね。『劇場型』っていうのかな、じぶんをヒーローかなにかと思いこんじゃってる。必死に無線で叫んでるの、みんな痛すぎて笑ってたよ。お芝居じゃないんだから」
――なにを!
……なにを、言うか。
ぼくは――
…………痛すぎて笑ってた、……。
『お芝居じゃないんだから』
ぼくは……
『じぶんをヒーローかなにかと思いこんじゃってる』
……そう、かも、しれない。
思いあがって――……ひとりで熱くなって、
下手な「お芝居」みたいに――
『きみって痛い人だよね』
……変なテンションで、ヒーローごっこしてた気色悪いやつ。
「……」
ながいあいだ、ひととあまり接しなかったから――
「救助活動」にうかれて、熱をあげて……
やっぱり……
ぼくはひとと接するのはだめだ。
このひとを助けようとか、思っちゃ――
「それ、乗組員じゃないよ。船長が用意してくれた。なんというかな、そう、みんなの性処理用の女なんだよ」
――?
「スカートはいてるでしょ、それ。宇宙船乗組員じゃ、本来認められないじゃん。階段とか急だし、機関室とか危険個所には入れないし」
……なんだ?
話がよくわからない。
こいつは、なにをいってる?
急になにを言い出して――
「『乗組員』じゃなくて、『性処理要員』。だから、そんなスカートはいてるんだよ。その女、船長の指示には逆らわないからね。服装も顔も、船長の趣味」
――?
――――?
「恒星間航路なんて何週間も走りっぱなしですることないじゃん。だから、そういうの乗せとくとだいぶいいんだ」
は――?
……そういえば、あの船長、たしか。
「ヤっちまえばよかった」って言ってた。
あれ、
ただの悪態じゃなくって――
まて、わからない。
わからない、けど――
これ……とんでもないやつらを、船に乗せてしまった?
・・・・・・
国際恒星間航路の船は、いちど出港すると数週間どこにも寄らずに航海することもある。
航海中は、船体整備のための船外活動をのぞいて船から出ることはできない。食って寝て、当直をして――これを到着まで繰り返す。
そして、そのあまりの退屈さをまぎらわすために「そういうこと」をする船もある――と聞いている。
そしてどうやら、この腕のなかで動かないこのひとが「それ」。
そういう人間を置くことで、男性乗員の気晴らしにできるだけでなく、他の女性乗員が「そういう対象」にならなくなるという効果もある。
……そういうことだ。
あのとき感じた悲痛な気持ちには――そういうものも、混じっていたんだ。
さすがに、それで男なんてもう信じることはないだろう。
このひとは、あのとき「置いて行かれた」のだろうか。
それとも「自分から残った」のだろうか。
このエアロックまで自分の足で飛び込んできた、それができるくらいのこのひとが、なぜおとなしく船内にいたのか。
……床に寝かせてあげたほうがいいだろうか。
ぼくの腕のなかには、いたくないだろう。
なまえ、何と言ったっけ。
『わたしは航海士の―――――――です』
思い出せない。
『あなたの名前をおしえてください』
『たいせつにおぼえておきます。ありがとう』
その言葉はおぼえているのに。
そういえば……
どうしてそんなことを、聞いてきたんだろう。
このひとは、ぼくの指示通りに上甲板に出てきて、そしてぼくの名前を知ろうとした。
それから、死ぬ可能性が高いぼくの「作戦」を信じてここまで走った。
ぼくのことを信じて、ぼくの「作戦」に身をゆだねた――ってことになるのだろうか。
「……」
じゃあ、
ぼくのことは、信じてくれていたのか――?
いちおう……そうだよな。
いのちを預けてくれたんだから。
信じて、すべてを託して、死の熱線に曝されながら走った。
そしてその結末がこれ……
いいのか、それで。
人が死ぬのは自然なこと。これもその一例にすぎない。
別にぼくが熱くならなくったって、問題はない。
これ以上、痛い人間を演じることはない。
ただ……
ぼくはこのひとを信じさせてしまった。その運命をゆだねさせてしまった。
そう、ぼくは痛い人間だったろう。ヒーローごっこだったろう。ぼく自身、自己陶酔していた感はぬぐえない。
でも、もしかしたら――確率は10パーセントもないけれど……あのとき、ぼくは彼女にとって、ほんとうにヒーローだったのかもしれない。
「……」
ヒーローなんて、未経験だ。だから――
これから展開されるものは、きっと痛い光景になるだろう。
それでも、ぼくはこのひとにとってのヒーローを、最後までやりきるべき……か?
「……」
どうする――?
やってしまう、か?
ええい、くそ。
……もういい!
「これ」、本当はやりたくなかったけど――
だからこの2、3年、ずっと隠してきたけど……
「いまならまだ身体も柔らかいし、操舵室に持ってって……どうせもう意識ないんだから何やってもいいでしょ。船長、それけっこう気に入って――」
「うるっせえ黙れえ!」
よけいな口をきいたそいつに、ぼくは大声をあびせた。
その身体が、生じた衝撃波の直撃をうけ、通路の壁にむけ吹っ飛ぶ。
――ドガン!
「ぐ……え」
つぶれたカエルみたいな声をだして、そいつは床にくたばった。
……もっとはやく、こうすればよかった。
・・・・・・
かつてぼくが所属し、脱走したある「組織」のなかで、ぼくは特別あつかいだった。
その巨大な「組織」のなかでも数えるほどしかいない、「異能持ち」と呼ばれる人員だったのだ。こんな、超能力まがいの力がつかえるほどの。
あのとき……このひとがエアロックからでられないと思ったとき、ぼくは操舵室を飛び出して、エアロックをこじあけ、彼女を片手でかついで帰ってくることができた。やろうと思えば――生身で宇宙へ出るなんて、朝飯前だ。
でもそれをやれば、ぼくがふつうの人間でないことが知られてしまう。
ほぼ不可能といわれるその「組織」からの脱走に挑んだ末に、ようやくつかんだ、ふつうの人間として生きる時間――そのための船、「GSL209」。それは、ぼくがたどりついたせめてもの安息の場所だった。
「ふつうの人間」以上のちからを示せば、あの「組織」に探知される可能性がぐっと高まる。みつかって捕獲されれば、その脱走員に対する措置は、ふつうに死ぬより何倍もむごい。
「組織」以外の人間にみつかってもだめ。構成員だったと知られれば、もう――
だから、ぼくは「ふつうの人間」ができる範囲内で、救助活動をおこなった。
そして――その結果、ぼくが得たものが、このぐったりした女性ひとりである。
腕のなかの、彼女の顔をみる。まだ目をあけない。
いつのまにか、酸素がとまっていた。ボンベの中身は、とっくになくなっていたらしい。
これで目を覚まさないのだから、もうこのひとは死んでいる。
ごめん……
黄色いマスクを外す。
端正なかおだち……なめらかそうな肌、ながいまつ毛――
しかしまぶたは閉じ、そのひとみはみえない。
そっと頬をなでてみたい、大丈夫だよ、と言ってあげたい。
「……」
ごめん……きみの、たいせつなものを奪うけれど――
死んだあとにまで、きみは奪われることになるけれど――
「死んだひとを生き返らせる方法」……ぼくは、それができるかもしれない。
・・・・・・
本当にできるか、確証はない。
いままで、殺すほうばかりやってきたんだ。人間のからだを治すのは、せいぜい打ち身かすり傷程度しか経験がない。
だけど、「同じ原理」でいける気がする。
いつからだったか忘れたが、人にいのちを吹き込むこと――それをやるイメージがなんとなくまとまっていた。
ぼくの「異能」のつかいかたは、おもに「イメージ」を現実化すること。イメージできているものなら、おおよそなんでもできる。なんでも、だ。
この腕のなかにいる彼女は、ぐったりとちからがぬけていて、首は据わらず、口は半開きのまま。
それを――
いまから「これ」を、「ひと」にもどす。
やりかたは――
……ばか。ここにきて、怖気づくんじゃない!
顔をしっかりみて、いまひとときだけでいい、このひとに、全身全霊で心をとかして……
こみあげるいとしさで、こころをめいっぱいに満たす。
抱き寄せる。においがする。たぶんこのひとのにおい――でもべつに不快じゃない。なんだか胸がしめつけられるようだ。
ああ、きれいな唇――ほんとうに、いいだろうか。
さすがによくない気がして、袖でごしごしとじぶんの口をぬぐった。
――よし。
顔を近寄せて、その気配を肌で感じるまで……
さいごは、目をとじて――
唇を、かさねた。
いままで、いちども感じたことのない感触。こころがあたたまりながら、しめつけられる。これが……
「……」
息をしてない。
こうすれば、嫌でも気づく。
やっぱり――死んでいる。
もうこのひとのたましいは、どこかへ消えてしまった。取り戻せない。
だから……
その代わりに「ぼくの」たましいを、このひとへ吹き込んでやる――!
人工呼吸の要領だ、でもほとんど吹き込まなくていい。必要なのはイメージなんだ。
かさねた唇から、ほんのわずかずつ、息をふきこむ。
この息に、ぼくのたましいをのせる。慎重に、慎重に――
つよい気持ちがほしい。
直感的に、それがわかった。
そうとうな気持ちがないと、こんなのは成功しない。そう簡単にできるのなら、いままで何十人も何百人も生き返っているはず。現実には、一例もそれはないのだから。
何でもいい、このひとへの強い気持ち。つねにこころをいっぱいにして、絶対にそこからさめないように――
大丈夫――いまのきもちは、とてもいい。
ぼくはいまこのひとを、とてもいとしく思っている。
このひとをたいせつに思うきもちが、けずったぼくのたましいを息にのせ、ぬけがらになったそのからだに流れこませる。
おたがいが、溶けあうような感覚。
そうだ、それでいい。こうしていれば、ぼくのたましいはこのひとの乗り移るだろう――
おたがい目をとじたまま、唇をかさねて、その場に座り込んで……
――どれくらい、経ったか。
すうっ、と……
彼女の唇が、ぼくの唇を吸った。




