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終章

 CHAPTER 27「終章」


「やはり見つからないようだな……」

 TKが携帯端末のブラウザを閉じた。

「人間じゃないからな…… 、遺失物捜索にそんなに時間をかけてもいられないだろ。しかも未登録のAドールなんてうさんくさい物を……」

 俺は答えながら部屋を見渡した。

 ウエストガーデンの雑居ビル、俺の事務所だ。

 部屋が広く見えるのはキャビネットやスチール棚など、余分な家具を処分したからだ。

 ヘリのパイロットは常識的な感覚の持ち主だった。

 俺がヘリのスキッドに取り付いた時、ヘリが大きく揺れたのは、俺とほぼ同時に反対側のスキッドに飛びついたアリスを見て動揺したからだった。

 パイロットは着地しようとしたのだが、タケルに脅されそのまま飛び続けることになった。しかし、万一のことを考え、あまり高度を上げなかった。

 それが幸いし、ヘリから落ちたタケルは大きな怪我もなく無事救助された。

 しかし、同時に落ちたアリスは、渦に飲まれたのだろうか、水上警察の捜索では見つけることはできなかった。

 機能停止していたベティアンは気がつくと消えていた。

 ゴールドバーグの関係者が密かに回収したのだろう。


「あれからいろいろ調べてみたんだが…… やはり小室一樹は見つからなかった」

 TKはソファの背に腕を回し、天井を仰いだ。

「日本から失踪した小室は、その後各国を転々とし最終的にマサチュ(M)ーセッツ(I)工科大学(T)に流れ着いた。記録が残ってないのはその都度、偽名を使っていたんだな。そのマサチュ(M)ーセッツ(I)工科大学(T)で新世代Aドールの開発を担当していたゴールドバーグの関係者にスカウトされたらしいんだ」

「でも小室のAIは……」

「ゴールドバーグの誤算は、小室の作りたかったAドールが、連中の要求よりさらに高度なものだったということだ」

「より人間に近いAドールか…… で、持て余したゴールドバーグはとりあえず1号機をガーディアンズに押し付けた、と」

「アリスが何で逃げ出したかは不明だがな…… おおかた想像はつくが」

「ダッチワイフの代わりにしようと思ったら拒否して逃げたか……」

「そんなところだろうな」TKは笑った。「で、ゴールドバーグは2号機のベティアンを作った」

「2号機か……」

「ベティアンのAIは既存のプログラムを改造した物だったからアリスと違ってきちんと命令を守る。気をよくしたゴールドバーグはベティアンを町中に放ってデータ集めを始めた」

「データ集めって、まさか……」

「そうだ、通り魔の正体はベティアンだ」

 TKが続けた。

「そんな……」

 晶がうめいた。

「ベティアンをハッキングしたとき、GPSデータのログなどもコピーしたん

だ。事件があった場所や日時がベティアンのGPSログと一致していた」

「殺人のデータ集めかよ……  ひでえことするな……」

「さすがに堅気の一般人を殺したらいくら『24区』でも日本政府が黙ってない。だからギャングやチンピラばかり、死んでも社会的に影響が無いような奴らを狙ったのさ」

「それにしても酷い話だ……」

 例えクズのような人間でもデータ集めのために殺されても良いわけがない。

 

「マコちゃんには怒られるかもしれないが…… 、アリスはあのまま消えてしまった方が世の中のためかもしれないな。もったいないけど。やっぱり、怪物だよ」

 TKが言った。

「どうかな。アリスが守護神と怪物、どちらになるかは、実は人間次第なのかもしれない」

 俺は窓に視線を移し、夕焼けに染まりつつあるウエストガーデンの風景を眺めた。

 

 鏡、人の心は鏡。


 アリスは俺たちの心を映す鏡だったのかもしれない。


「最後は自分を犠牲にしてまでマコちゃんや直人さんを守ったんだ。どんな思考ルーチンなのか…… 開発者に訊いてみたかったんだが、小室一樹はどこへ行ってしまったんだろう」

 TKは上を向いたまま目を瞑った。

「TKさん、ブラックでよかったかしら」

 晶がコーヒーを運んできた。

 あの日以来、晶は俺の部屋に戻り、一緒に暮らしている。

「どうも……」

 TKはソファに腰掛け直すと、コーヒーカップを受け取った。

 晶は残りのカップをテーブルに置くと、俺の隣に腰を下ろした。

「マコちゃんと言えば、証拠の品があんなところにあったとはな」

 TKはコーヒーを一口飲んでから続けた。

「まさか、あんな物だとは、全く考えもつかなかった……」

 マコの持っていた証拠品は8ミリフィルムだった。

 証拠はムービーデータらしいということは、なんとなく推察できた。しかし、それが現代ではほとんど使われることがなくなった8ミリフィルムだったとは、全くの予想外だった。

 しかも彼女は、フィルムを輪にして布を巻き、それをカチューシャとして身に付けていたのだ。

「さすがにあれは予想外だった……」

 TKは感慨深げに言った。

 撮影場所は彼女の自宅、つまり円城寺家で行われた。

 その日、自分の家で不正献金の受け渡しが行われると知ったマコは、会合場所である居間に8ミリカメラをセットしたのだ。

 カメラのセットは簡単だった。

 彼女の父、円城寺信夫氏は古いカメラを集めるのが趣味で、自慢の品を居間のサイドボードに陳列していた。その中にあった、フジカZC1000という古い8ミリカメラにフィルムを仕込んでおいたのだ。

 しかも、オプションのインターバル・タイマーを使い、シャッター間隔を1秒とすることで長時間撮影を行い、シャッター音を相殺するために近くに置時計を置くという方法に俺たちは舌を巻いた。

「でも、その証拠品も江川の引退で無意味な物になっちまったがな……」

 事件の数日後、円城寺信夫の雇い主である江川議員が突然、政界からの引退を表明したのだ。それによって、江川議員の不正献金問題は一旦、政争の問題とは切り離された。

 マコの持っていた証拠品はその価値を失ったのだ。

「江川が何で政界を引退したのか、知りたいか?」

 TKがニヤリと笑った。

「何? おまえ、また何かやったのか」

 TKがこういう笑い方をする時は、大抵ろくなことをしていない。

「これさ」

 TKは胸ポケットから何葉かの写真プリントを取り出した。

「う、これは……」

「え? 何これ」

 隣から覗き込んだ晶も絶句していた。

 それはどこかのホテルだろうか、裸でベッドに横たわる江川議員に寄り添っている下着姿のアリスの写真だった。

「おれもマコちゃんを見習って、フィルムで撮影したんだ」

 TKは得意げに話し出した。

「やっぱり、こういうのは根本から解決しなくちゃと思ってね。爺さんのコネを使って江川に接触したんだ。アリスを連れてね」

 爺さん?

 そうだ、思い出した。

 TKは与党の参議院議員、国府津慎一郎の孫だ。

 あの時、アリスを連れだしたのはこれのためだったのか。

「おまえ、まさか……」

 アリスは人間の女性と全く同じ体を持っている。

 男性との行為も可能だ。

「説得するのが大変だったんだ」

「説得?」

「初めは嫌がってたんだけど、これはマコちゃんのためだからって説得したんだ。それでも下着姿がやっとだったけど」

「嫌がってたって……」

「江川がいつも女の子と飲んでいる赤坂のクラブへアリスを連れて行ったんだ。それで、いつものように女の子をひとり選んでホテルへ行こうとしたんだけど、案の定アリスを選んでくれた」

「ロリコンかよ」

「そういう情報も事前に知ってたんでな。で、ベッドに入る前に、奴の飲み物に睡眠薬を入れて、そのまま眠りこけたところをアリスが下着姿になって写真に収めた」

「睡眠薬が失敗してたらどうなってたんだ?」

「アリスに絞め殺されてたかもな」

 TKは笑いながら答えた。

「なんて奴だ……」

「それにしても、貞操観念までプログラミングされてるとはな…… 、どういう人工知能なんだ。やっぱり海に沈んだのはもったいなかったな」

「プログラムねえ……」

 本当にプログラムなのだろうか……

 

「それから、マコちゃんの引っ越先も決まったみたいだな」

「ああ、それは聞いている、福岡だそうだ」

 マコの父、円城寺氏は江川の引退をきっかけに政治の世界から足を洗い、氏の実家のある福岡へ帰ることになった。

「転校先は共学だって喜んでたけど、博多弁が全然解らないって」

 俺は昨日来たマコからのメールを思い出しながら言った。

「失恋からも立ち直ったようだしな」

 TKが俺を見て笑いながら言った。

「失恋? 彼氏がいたのか。まあ、あれだけの美人なら彼氏のひとりやふたりいてもおかしくないが……」

 そう言えば、マコとはあまりそっちの話はしたことなかったな…… 

「あんた……」

 TKは口をぽかんと開けていた。

「何だ?」

「あんた、もしかして探偵の才能、ないんじゃないのか?」

 何だって?

「おい、それは失礼だろ」

「そう思いませんか、晶さん」

「ふふ……」

 晶は肯定も否定もせず、ただ笑っているだけだった。



「で、いつ出て行くんだ?」

 2杯目のコーヒーを注ぎながらTKが訪ねた。

「いろいろ事後処理があるからな、早くて今月末かな」

 俺は晶と共にこの『24区』を出て、新しい生活を始めようと思っている。

「谷崎の会社に入るのか?」

「いや、それは断った」

「そうか…… 、でももったいなくないか? 誰もがうらやむ大財閥だぜ」

「血が繋がってると言っても、部外者に変わりないよ。それに、まだ自由でいたいし」

 俺は立ち上がり、暮れゆく街を見下ろした。


『24区』はいつもと変わらなかった。

 結局、事件は全て明るみに出ることはなかった。

 地下トンネルへの浸水は、老朽化によるものと発表され、即座に埋め立て工事が行われた。

 地下工場や武器密輸などはそのまま闇に葬り去られたのだ。

 今回の事件の事実上の主犯であるゴールドバーグ・ホールディングスは、全ての責任をタケルひとりに負わせ、自らはまるで被害者のごとく振る舞っていた。


 希望の兆しがあるとすれば、『24区』特にウエストガーデン地区の再開発が発表されたことだろう。

 ウエストガーデンの治安悪化を無視できなくなった東京都がゴールドバーグ・ホールディングスに対しようやく重い腰を上げたようだった。

 アキラとタケルが抜けたガーディアンズは事実上解散した。しかし、メンバーの中の志のある者たちは、再開発事業の関連会社で働くことが決まったと言う。

 これはTKの祖父である参議院議員、国府津慎一郎の尽力によるものだ。


 俺がこの街でやるべきことはもうなかった。

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