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少女人形

 CHAPTER 28「少女人形」


『東京24区』ウエストガーデンの西海岸地区に建つ25階建てのアパート。屋上からは大型クレーンが林立する対岸の大井埠頭が一望できた。

 午後の陽はそろそろ傾きだしていた。

 屋上では乾いた洗濯物を、大きな籠に取り込んでいる少女の姿があった。

 古風なメイド服を着た少女は、12、3歳くらいで見事な赤毛の美少女だった。

 洗濯物は見る見る籠いっぱいになり、さらに渦高く積まれていった。最終的には自分の身長より高くなった洗濯物を、少女は軽々と抱え上げ歩きだした。


「こんにちは、お品物、お届けにあがりました」

 アパートの12階2号室では、スーパーの配達員が、食料品を満載した段ボール箱を抱え、呼び鈴を鳴らしていた。

「いつもありがとうございます」

 ドアが開き、車椅子に乗った老婦人が現れた。

「毎度どうも」

「荷物はその棚の下へお願いね」

 配達員は老婦人の指示した玄関横の棚へ荷物を置いた。

「2500円になります」

 配達員が言うと、老婦人は財布から紙幣と硬貨を取り出した。

「じゃあ、これでちょうどね」

「毎度ありがとうございます」

 代金を受け取った配達員が、廊下へ出ようとした時、巨大な洗濯物の山と鉢合わせしそうになった。

「わっ!」

「失礼しました」

 洗濯物の向こうから、少女が顔をのぞかせた。

「あ、アリスちゃんか、相変わらず力持ちだな」

 配達員が照れ笑いを浮かべながら言った。

「洗濯物、取り込んでくれたの?」

 車椅子の老婦人が声をかけた。

「はい、12階はこれで全部です」

 少女が答えた。

「いつも本当にありがとうね、それ、いつものところに置いてちょうだい、仕分けは自分たちでやるから」

「はい、畏まりました」

 少女は洗濯物の山を抱えながら、廊下の奥へ歩いて行った。

「本当に、人間にしか見えないけどなあ」

 配達員は少女の後ろ姿を見て呟いた。

「吉田さんがあの子を拾ってきた時は、本物の水死体じゃないかって大騒ぎになったのよ。それで、あの子が動き出して、Aドールだって判った時は二度びっくりしたわ」

 老婦人が笑顔で言った。

「AAAのAドールって高いんですよねえ。どこの金持ちが落としたんでしょうか。まさか捨てた訳じゃないでしょうが…… 。登録票とか付いてなかったんですか」

「それが、メモリにエラーがあるとかで、オーナーも製造場所も製造番号も判らないの。日本ロボット工業会とか経済産業省にも問い合わせてみたんだけど、該当なしだったわ」

「変ですね…… あんな精巧なAドールがどこで作られたか判らないなんて」

「でも、あの子、家事Aドールとしては完璧よ」

「ええ、そうですね」


「ねえ、アリスちゃんどこにいるか知らない?」

 突然、後方から女性の声がした。

 ふたりが振り向くと、手提げ袋を持った中年女性が立っていた。

「14号室じゃない? 今、お洗濯物取り込んでくれたの」

「ありがとう、14号室ね。アリスちゃんにお洋服作ってみたの、いつも同じ服じゃかわいそうだから」

 中年女性は手提げ袋の中から水色のワンピースを取り出して見せた。

「あら、かわいい」

 老婦人が微笑んだ。

「いいでしょ。昔を思い出して久しぶりにがんばってみたのよ。14号室ね、それじゃ」

 中年婦人は早足で去って行った。

「有馬さん、昔は一流のお針子さんだったのよ。今は体を壊して寝たきりだったんだけど……」

「ずいぶん元気でしたよね……」

 配達員は中年女性が去って行った廊下を見つめながら言った。

「アリスはまだ屋上かい?」

 気が付くと杖を突いた老人が立っていた。

「今、取り込んで奥の部屋へ運んでもらったところですよ」

 老婦人は答えた。

「そうかい。実は今日、息子夫婦が孫を連れて遊びに来るって言うから、アリスに買い物と料理を手伝ってもらおうと思ってな」

「それなら、7階の粗大ゴミを片付けてもらってから、川島さんの部屋へ行くように言っておくわ。4時頃でいいんでしょう」

「ああ、それでお願いするよ」

 老人は踵を返すとエレベーター・ホールへ戻って行った。

「なんか最近、このアパートの人たち、みんな元気になりましたよね」

 配達員が老人の後ろ姿を見ながら言った。

「そうね、アリスちゃんが来てから、みんな明るくなったわ。ちょっと前までは年寄りばっかりの、辛気くさいアパートだったのにね。それに、あの子がこのアパートで暮らすようになってから、空き巣や強盗なんかも減ったのよ。ありがたいことだわ」

 老婦人は感慨深げに言った。


「キャーッ!」

 アパートに面した路地裏で女性の悲鳴が聞こえた。

 ひったくりだった。

 会社帰りだろうか、30代くらいの女性のハンドバッグを、ミニバイクに乗った若い男が奪ったのだった。

 悲鳴を聞きつけたアリスは、12階のベランダから周囲を窺い、南の方向へ去って行くミニバイクを見つけた。

 ミニバイクは路地を右に曲がった。

 アリスは突然、ベランダから跳躍し、向かいのアパートの非常階段へ飛び移った。そしてそこから上に飛び、15階建てアパートの屋上の手すりに掴まった。

 屋上に降りたアリスは、そのまま屋上を走り反対側の路地を見下ろした。

 ひったくりのバイクがもう一度右折してこちらに向かってきた。

 アリスは躊躇うことなく屋上から飛び降りた。

 落ちながら10階のベランダ、反対車線の道路標識を蹴ってバイクの正面へ降り立った。

「わっ!」

 突然、空から降ってきたメイド姿の美少女に、バイクは急停車した。

 アリスは無言でバイクからひったくり犯を引き倒し、アスファルトの上に組み伏せた。


「よくやった、アリス」

「アリスちゃん、すごい」

「またお手柄だね」

 一部始終を見ていた近所の住民が、ひったくり犯を捕まえたアリスの周りに集まり、賞賛の声を上げていた。

 アリスは抵抗しなくなったひったくり犯から手を離した。


 立ち上がったAドールの少女は、すてきな笑顔でみんなの拍手に答えていた。



 東京湾に浮かぶ東京都24番目の特別区は公式には沖洲区と名付けられている。しかし、人々の多くは『東京24区』または単に『24区』と呼ぶことを好んだ。

                                       終

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