北条孝夫
CHAPTER 25「北条孝夫」
扉を開けると、光が溢れだしていた。
頭上には青空が広がっていた。
「まぶしー」
マコが目を細めた、ずっと暗い場所にいたので、明るさに目が慣れるまでしばらく時間がかかった。
「青海埠頭か」
TKが言った。
目の前に積み上がった無数のコンテナ。
周囲には倉庫が建ち並び、遠くにフジテレビの社屋が見える。
「脱出成功か」
「やったー」
マコが大きく伸びをしながら言った。
岡本夫人が疲れた顔で近くのコンクリートブロックに腰を下ろした。
「大丈夫ですか」
「ええ、ちょっと疲れましたが」
夫人はそれでも笑顔で答えた。
「直人さん、あれ……」
マコが空を指さした。
『24区』、俺たちが逃げてきた方角だ。
ヘリコプターだった。
『24区』の高層ビル群を背景に、中型のヘリが、俺たちの方向へぐんぐん近づいてきた。
やがて、上空でホバリングすると、俺たちの目の前に砂塵を巻き起こしながら着陸した。
「連中、まだ諦めてなかったか」
TKが苦い表情で言った。
ヘリのドアが開いた。
中から四人の人影が現れた。
「アキラ……」
アキラとタケル、そして完全武装のふたりの兵士。
「みなさんお揃いですね。ずいぶんと手間をかけさせましたが、これで終わりです。もう逃げられませんよ」
タケルが余裕の笑みで言った。
ふたりの兵士は銃口をこちらに向けている。
Aドール兵か?
俺とTKは観念し、銃を地面に降ろした。アリスも俺たちの動作を見て、銃を降ろした。
「ここは『24区』じゃないぞ!」
俺はヘリの爆音に負けないように怒鳴った。
「でも、我が社の敷地内だ」
我が社?
そうか、奴は初めからその目的でゴールドバーグから送り込まれたのか。
「まさか、ここまでやってくれるとは…… 、大損害ですよ、キング、おかげで今期はマイナス査定です」
タケルが傍らの兵士から銃を受け取り、俺に銃口を向けた。
「!」
突然、隣のアキラがタケルに覆い被さるように持っている銃を押さえた。
「何を……」
アキラとタケルはそのまま揉み合いになり、ふたりとも地面に倒れ込んだ。
銃声が一発轟いた。
「アキラ!」
俺は思わず駆け寄ろうとして足を止めた。
タケルが立ち上がり、銃を向けた。
しかし、次の瞬間、タケルの銃は何かに弾き飛ばされた。
アリスだった。
アリスが素早く銃を拾い、タケルの銃を撃ったのだ。
アリスは続いて両脇に立っている兵士に向かって銃弾を放った。
「ひーっ!」
兵士は脚を撃たれ、大げさにのたうち回った。
Aドールではなく人間のようだ。
俺はすかさずタケルに組み付き、顔面にパンチを放った。
「約束だったよな」
タケルの顔が苦痛に歪み、地面に崩れ落ちた。
「アキラ、大丈夫か」
俺は地面にうずくまっているアキラに声をかけた。
「大丈夫、かすっただけだ……」
アキラは立ち上がり、マントの下から右腕を出した。
ちょうど、二の腕の辺りが破け、血が滲んでいた。
「アキラ、さん、それ……」
マコがアキラの胸元に注目していた。
アキラの胸元には、太陽をモチーフにしたアンティークなペンダントが下がっていた。
「岡本さん。このペンダント……」
マコは岡本夫人を呼んだ。
「これは……」
夫人はアキラのペンダントを見て目を見開いた。
「おまえ、まだ持ってたのか……」
俺がアキラに言う。
「そうだよ、これがたったひとつの思い出なんだから」
そう言うと、アキラはヘルメットを脱いだ。
「え?」
「!」
中から現れたのは、若い女性であった。
褐色の肌に彫りの深い整った顔立ち、軽くウェーブがかかった黒髪。
日本人の母と、イラン人の父を持つ女性、結城晶がガーディアンズのボス、アキラの正体だ。
ガーディアンズを纏め上げるため、妙ちくりんなヘルメットとマント、ボイス・チェンジャーを使って女であることを隠していたのだ。
「そのペンダントはどうして……」
岡本夫人が晶に迫るように訊いた。
「これは、直人からもらった物だけど……」
「え、えーー?」
マコが素っ頓狂な声を上げた。
「騙すつもりはなかったんです…… 。自分自身、現実を受け入れるのを躊躇っていたのかもしれません…… 。言い訳にもなりませんが……」
そうだ、俺の本名は北条孝夫。
霧野直人は俺が『24区』に流れ着いた時、過去と決別するつもりで名乗った偽名だ。
俺は岡本夫人、いや実の母親に頭を下げた。
「でも、直人さん、34歳だって……」
マコが俺と夫人を交互に見て言った。
「本当は26歳だよ。俺みたいな商売はあんまり若いと嘗められるからな」
「孝夫……」
夫人が感極まって俺に抱きついてきた。
懐かしい感触だった。
「ごめんなさい。恨んでいたんでしょう……」
母は泣いていた。
「恨んだことなんて、一度もありませんよ…… 、前にも言ったでしょ、意外と本人はサバサバしてるかも、って……」
「……孝夫……」
「貧乏探偵が財閥の忘れ形見だと?」
TKが冷やかすように言った。
実は俺自身もあまり実感がない。
マコはもらい泣きをしていた。
「近いうちに、一度、ちゃんと挨拶に行きますよ」
俺は母の肩を抱いて言った。
「探偵、辞めるのか?」
TKが訊いた。
「こいつとか……」俺は晶に視線を移した。「ガーディアンズとか、いろいろ後始末しなきゃならないことがたくさんあるからな、どうするかは、それから考えるさ」
「きゃっ!」
マコの悲鳴が聞こえた。
タケルがマコを背後から抱き抱え、喉元に大型のナイフをあてがっていた。
「!」
しまった、油断した。
「よくも邪魔しやがって……」
血走った目で俺たちを睨むと、後方のヘリに合図した。
ヘリコプターはエンジンを始動し、ローターが回り始めた。
「いや!」
抵抗するマコをタケルは強引に引きずった。
「よせ! タケル!」
「こいつだけはもらってくぜ。ベティアン! 後を頼む。全員殺せ!」
ヘリのドアが開き、もうひとりの人物が現れた。




