追跡者
CHAPTER 23「追跡者」
「とにかく、ここから出ないと…… 話はそれからだ」
俺は周りを見回した。
「直人さん、あそこ」
マコが小声で上の方を指さした。
頭上の高い場所にキャットウォークがあり、反対側の壁に小さな扉が見えた。
「第2航路海底トンネルの方向だな。もしかしたらゆりかもめかもしれない」
TKが言った。
「ゆりかもめ?」
「ゆりかもめも『24区』まで延長する計画があったんだ。トンネルが完成していてもおかしくない」
「あ、あそこから登れます」
マコが背後の梯子を指さした。
「よし、急ごう」
俺は周囲を見回し、誰もいないことを確かめてから梯子に向かった。
「あ、あの……」
梯子の下でマコが急にもじもじしだした。
「どうした、早く登るんだ」
俺はマコを急かした。とにかく急いでここから脱出しなければならない。
「私は、最後でいいですから……」
マコはまだ躊躇していた。
「どうして……」
あ、スカートか。
短いスカートを穿いているマコは下から覗かれることを心配していたのだ。
「じゃあ、岡本さんから登ってください。アリスは一番後に」
岡本夫人はスラックスだ。
岡本夫人、TK、俺、マコ、アリスの順で梯子を登った。
「TK、先に行ってくれ。みんな急いで!」
全員がキャットウォークに登ると、俺はみんなを扉の方向へ促した。
鉄のドアの向こうは細い通路だった。
大人がようやく立って歩けるくらいの狭い通路だ。
何かの点検坑だろうか。
点検坑と思われる通路は、ときおり非常灯が点いているものの、通路はほとんど暗闇だった。
アリスが先頭となり、俺たちは手探りで、黙々と進んでいた。
「ここ、もしかしたら」
しばらく進んだところでTKが立ち止まった。
足下には鉄製のハッチがあった。
「どうした?」
「この下が海底トンネルの起点になっている」TKは手にしたディスプレイを見ながら言った。「ここで、作ったものを運ぶ、トラックか何かないかなと思って……」
「そうだな」
この通路をこのまま進んでも外に出られるとは限らない。それよりも広い場所に出た方が選択肢が広がる可能性が高い。
「よし」
TKがハッチに手をかけた。
しかし、ビクともしなかった。
「う、錆び付いてるか……、アリス、できるか?」
「はい」
アリスは取っ手を片手で掴むと、一気に引っ張った。
ハッチは大きな悲鳴を上げながら開いた。
錆びた鉄の臭いが辺りに充満した。
「俺が先に行く、下に誰かいるかもしれないからな。俺はまだガーディアンズの協力者ということになってるから」
そう言うとTKは梯子を下りて行った。
「大丈夫だ、誰もいない。早く降りて来い」
下からTKの声がした。
「判った」
「岡本さん、足下気をつけてください」
「はい、ありがとうございます」
マコ、アリス、岡本夫人、俺の順番に梯子を下りて行った。
「TKさん、見ないでくださいね。…… だから、上見ないで!」
マコはまだスカートを気にしていた。
降りた場所は海底トンネルの終点だった。
旧第2航路海底トンネルの上り線だろうか。
数台の大型トラックが停まっていた。
奥にはシャッターが見えた。地下工場から荷物を運び出すための搬入口だろうか。
幸い、今は全てのシャッターが閉じていた。
道路の照明も点いている。
予想通り、ここを輸送路に使っているようだ。
「こいつで出られるぞ」
TKは一台のトラックに乗り込んでいた。
「始動できるか?」
俺はTKに声をかけた。
「何とかなりそうだ」
運転席を覗き込むと、TKがアーミーナイフを使ってダッシュボードの下から配線を引っ張り出していた。
「よし、行ける」
運転台の制御パネルが光った。
「俺が運転する、岡本さんとマコは前に乗って。TK、すまんがアリスと荷台に載ってくれ」
「判った」
TKは運転席から飛び降りた。
俺も一旦道路に降りた。
トラックの後輪に挟んである車止めを外すためだ。
「直人さん!」
マコが叫んだ。
「!」
近くにあった通用口が開き、突撃銃を持った完全武装の男たちが4人姿を現した。
銃口は俺たちに向けられている。
やはり尾行けられていたか。
SSOの制服、こいつらがSSOの傭兵部隊か?
全員、ヘルメットとゴーグルで人相は判らない。
「女だけ捕らえる。男は殺す」
リーダーらしき男がそう言うと、四つの銃口が同時に俺に向いた。
万事休す、か……
絶体絶命とはこのことだ。
海底トンネルに四発の銃声がほぼ同時に轟いた。
え?
「アリス!」
マコの叫び声が響きわたった。
アリス?
見ると、アリスが俺の前に立っていた。
そして、ゆっくりと崩れるようにその場に倒れ込んだ。
「アリス……」
マコが駆け寄り、アリスを抱き起こした。
アリスが俺を庇い、銃弾を受け止めたのか?
いくら高性能のAドールでもライフルで撃たれれば無事ではすまないだろう。
アリスは目を閉じ、動きを完全に止めていた。
腹部を撃たれたらしく、オレンジ色をした人工筋肉の保護液がまるで血のように流れ出していた。
「う…… 、アリス」
マコは泣きながらアリスを抱きしめた。
身を挺して人間を守る。
そんなプログラムがアリスに?
「イレギュラー発生。プログラムシフトBからC」
予想外の事態だったのだろう。4人の傭兵もしばらくその場で立ち尽くしていた。
「アリス?」
マコが顔を上げた。
『自己診断プログラム起動しました……』
アリスが目を開けた。
まだ機能停止していなかったようだ。
しかし、普段のような人工声帯から発せられる声とは違う合成音声が内部のスピーカーから聞こえてきた。
『中央制御システム、自立運動システム、基礎演算システム、異常なし。人工筋肉制御システム損傷率20パーセント。制御系の物理的損傷により運動機能35パーセント低下。自己修復プログラム起動します。機能回復まで有機代謝システムの80パーセント、エネルギー変換システムの50パーセントを使用します』
「自己修復だと?」
TKが驚きの声を上げた。
自己修復機能を持ったAドールなどまだ実験段階だと思っていた。
しかし、現実にアリスは立ち上がった。
『人命保護を優先。脅威を排除します』
アリスはいきなりダッシュし、四人の中で一番手前にいた傭兵に体当たり…… 、いや、右腕を首に巻き付け、ダッシュの勢いで相手を引き倒した。
「!」
アリスは素早く立ち上がると倒した男から銃を奪い、構えた。
「だめ!」
マコが叫んだ。
「アリス! 殺すな!」
俺も思わず叫んだ。
アリスは躊躇わず残りの三人に向かって続けざまに引き金を引いた。
「!」
防弾衣を着た傭兵に対し、正確な3点射で銃弾を浴びせた。
まず脚を撃ち、姿勢を崩し、前かがみになったところで首の付け根、防弾衣の隙間に銃弾を撃ち込んだ。
3人の傭兵はその場に倒れた。
アリスは続いて初めに倒した男に対しても、銃撃してとどめを刺した。
『機能停止確認』
え?
「こいつら、Aドールだ」
TKは倒れた傭兵のひとりに近づき、ヘルメットのバイザーを上げ、言った。
「何だと……」俺も近くに倒れている傭兵の顔を覗いてみた。「これは……」
「A+(エープラス)か……」
TKが言った。
「A+(エープラス)?」
傭兵はAドールだった。
ただし、アリスのように人間と見まがう顔ではなく、よくできたマネキン人形のような造りの旧型Aドールだった。
TKが語り出した。
「3年前だったかな、国連の安保理で人間型ロボット、つまりAドールの軍事利用が禁止されたんだ。表向きの理由は、戦場での救護体制が混乱すると…… つまり、怪我人と紛らわしい物体がその辺に転がっていると、本来救出すべき人間の救護が遅れる、ということなんだが、本当の理由は、おそらく、ロボット技術で他国を圧倒している日本に対する明らかな足枷だな。そのためAAクラス以降のAドールには、AIのプログラムに暗号をかけ、目的外で使用できないようになっている」
TKが続ける。
「そこでSSO、いやもっと上、ゴールドバーグ・ホールディングスの軍事部門だろう、暗号化されていない旧型のAクラスを改造し、軍用Aドールに仕立てた。それがA+(エープラス)だ。表には全く出てないが裏の軍事通には以前から噂があったものだ」
「連中、そんな物騒な物まで持ち込んでいたのか」
俺が呟く。
「それでアリスだ」
TKが言った。
「アリスが、何なんですか」
マコが訊いた。
「連中はとりあえずAクラスのAドールを軍用に改造した。しかし、将来的に、より高度な軍用Aドールを独自の規格で開発する必要があったんだ。アリスは、軍用Aドールに転用できる次世代Aドールのプロトタイプとして開発されたんだ」
TKがアリスの髪を撫でながら言った。
「でも、何で女の子なんですか? 兵隊を作るんだったら男のほうが……」
マコは釈然としない表情で訊いた。
「例えば、暗殺者として、一番疑われない人物像って、どんな姿になるかな」
TKが言うとマコは目を見開いた。
「そんな……」マコはアリスを抱きしめた。「違うよね…… アリス。アリスは優しい子だよね…… 軍用Aドールなんかじゃないよね」
確かに、マコの言う通りアリスを軍用Aドールとして見ると違和感がある。カモフラージュにしても戦闘用としては余計な機能が多すぎる。
TKの分析通りなら、そもそもアリスのAIは一般のAドールとは全く異なったコンセプトで開発されている。
「アリスは失敗作なんだ」
TKが呟いた。
「失敗作って……」
「勘違いしないでくれ。失敗作って言うのは純粋な軍用Aドールとして失敗したと言う意味だ」
「小室一樹か」
大体事情が判ってきた。
「そういうことだ。ゴールドバーグ・ホールディングスはかつてAIの研究で一世を風靡した小室一樹を探し出し、次世代Aドールの開発を委ねた。ところが小室はゴールドバーグの意向を無視し、自分が理想とするAドールを作ってしまったんだ」
「理想のAドール…… そうだったんですか。アリスが……」
マコがアリスの髪を撫でた。
「それでアリスを持て余したゴールドバーグは、とりあえずガーディアンズに預けたということさ」
「でもおまえ、何でそんなこと知ってるんだ」
俺はTKに訊いた。
「タケルだよ。俺がガーディアンズに取り入ったのも、アリスについて調べたいことがあったからだ。アリスみたいな高度なAドールを、当局に知られずに開発できる場所って、世界中探してもここ『24区』以外考えられなかったからさ。資金だってゴールドバーグ・ホールディングスがバックについていれば余裕だろ」
確かに、『24区』の中なら人知れずアリスのような違法Aドールを作ることは可能だろう。
「でも、Aドールを作っているメーカーは『24区』からは全て撤退しているはずだ」
「表向きはな。ただ一社だけAドールの開発製造を行っている、東洋サイバネティック工業というベンチャー企業が、この『24区』に研究室を残しているんだ。当然、筆頭株主はゴールドバーグ・ホールディングスだ」
「量産しないプロトタイプなら小規模の研究室でも生産できるという訳か」
「そうだ、それからもう一社、医療用ナノマシンの開発を行っている信濃マイクロ社も、この『24区』にまだオフィスを持っている」
「ナノマシンか。アリスの代謝システムや自己修復システムで使われているんだな」
「その通り」
「そしてこのアリスAIを開発した小室一樹もこの『24区』にいるんだな」
「いや。アリスが失敗作と処断されたことで小室は姿を消した。未だに行方不明だ」
TKは答えた。
「……」




