地下工場
CHAPTER 22「地下工場」
目の前に暗く巨大な空間が広がっていた。
「工場?」
マコが言った。
目が慣れてくるにつれ辺りの状況が判ってきた。
ホテルの下には巨大な地下工場があった。
地下の空間に多数の工作機械が並べられている。
機械油の匂いが充満していた。
「これは何をしているんだ」
俺は呟いた。
「地下にこんな施設が……」
TK周囲を見回し、当惑していた。
この地下空間は何だ?
ホテルの地下にりんかい線の地下ホームになる予定の空間があるのは知っていた。しかし、ここは俺の記憶にある空洞よりはるかに広い。まさか、あれからさらに地下を掘って広げた訳ではるまい。
「銃を作っているのか!」
積み上げられたコンテナの中に銃のフレームらしき形状をした部品があった。
ここは武器の密造工場だった。
しかし、同時にいくつもの疑問が俺の頭に浮かんだ。
これだけの機材を、いったいどうやって運び込んだのだろうか?
そして、できあがった銃をどうやって運び出すのだろうか?
最大の疑問は、日本で作った密造銃なんて誰が買うのか、だ。見たところ、ここで作られているのは米軍など先進国の特殊部隊で使われている最新モデルだ。品質はともかく、コストを考えれば途上国で作られるカラシニコフ系の自動小銃に値段でかなわないはずだ。
これだけの設備を揃えるのはかなりの資金力が必要だ。
ガーディアンズみたいなゴロツキ集団では絶対無理だろう……
「こんなところで銃の密造なんて、何のメリットがあるんだ……」
TKも俺と同じことを考えているらしい。
「最近、24区内の不法滞在の外国人が減ったと言われていたが、何のことはない、ここで働いていたんだ」
TKは外国語で書かれた注意書きやスローガンのポスターを指さした。
「とにかくここを出よう」
俺は出口を探すため周囲を見回した。
「そうか、ここはジャンクションか」
突然、TKが声を上げた。
「この上の臨海通りは昔、臨海トンネルと第2航路海底トンネルが合流し、今のゲートブリッジと繋がって東京港臨海道路になっていただろ。実はその臨海道路を拡張して、『24区』の地下に、浦安まで首都高第2湾岸線を作る計画があったんだ」
「第2湾岸線……」
確かに、中央防波堤埋め立て地には、西に大田区に繋がる臨海トンネルと、北に13号埋め立て地の青海地区と繋がる第2航路海底トンネルがあり、『24区』の完成後も主要な交通路として使われていた。しかし数年前、特に理由もなく、突然封鎖されてしまったのだ。
「ここはジャンクションとして掘られた坑道だ」
「こんなところがホテルの地下から入れるって、俺は知らなかったぞ」
「りんかい線と第2湾岸線は同時に工事が行われていて、コンクリートの壁一枚で隔てられていたのさ、あんたがガーディアンズを去ってから、誰かが壁に穴を開けてホテルの地下と繋いだんだ」
「しかし、どこでそんな情報を…… 、俺がガーディアンズを立ち上げた時、周囲の地理情報をくまなく調べあげたんだが、そんな第2湾岸線とかジャンクションとか、どこにも情報はなかったぞ」
「これだからネット社会は怖いんだ」
TKはニヤリと笑った。
「?」
「一度、インターネットからの情報収集に慣れてしまうと、今度はネットに上がっていない情報は、それ自体存在しないものとして認識されてしまうんだ」
「……」
「おそらく、何か政治的な力学が働いているんだと思うが、第2湾岸線の情報は、地下トンネルが閉鎖された時期と前後して、公式非公式に関わらず、全て、きれいさっぱり削除されているんだ」
「政治か……」
「地下工場に傭兵か……」TKは独り言のように呟いた。「噂だけど…… 、SSOの幹部が海外に派遣されていると聞いた。もしかすると傭兵部隊に関係あるのかもしれない……」
TKが思い出したように言った。
「ヘッジファンドが武器の密造、傭兵部隊……何を考えているんだか……今更、武器ビジネスなんて、儲からないだろ」
「いや、そうとも限らないな」TKが答えた。「メイドインジャパン神話って、銃の世界でも有効なんだぜ。日本人は知らないかもしれないけど、世界最高級の猟銃と言えば日本製なんだから」
「そうなんだ……」
マコが感心したように頷いた。
メイドインジャパンの銃……
あれ? どこかで聞いたことが……
そうか!
「TK、東ヨーロッパでメイドインジャパンの刻印が入った銃が見つかって言ってたな」
「ああ、…… そうか! ここで作ってたのか」
「おそらくな、今時武器ビジネスなんて儲からないって思ってたんだが、儲ける方法がひとつだけあるぞ」
「東ヨーロッパ…… ハゲタカファンドか!」
TKがいきなり大声を上げたので、マコがびっくりして周囲を見回した。
薄暗い工場には我々の他に誰もいなかった。
「ハゲタカファンドが銃?」
マコが不思議そうに訊ねた。
「今から20年ほど前、ヘッジファンドが猛威を振るっていた時代があったんだ。連中の儲けの手口は、どこか経済が伸びてきた中進国辺りで経済バブルを膨らませ、膨らみきったところで崩壊直前に売り逃げ、ってのが常道パターンだった」
俺の言葉をTKが続けた。
「でも、今じゃそのやり方は通用しなくなった。世界中で法規制が厳しくなったからな」
ヘッジファンドに翻弄され、何度かの恐慌を経験した国々は、空売りなど、バブル崩壊を誘発しかねない金融取り引きに一定の規制を設けるようになった。そのため、ヘッジファンドは人為的にバブルを崩壊させるのが難しくなったのだ。
「規制で利益が薄くなったヘッジファンドは、新しいバブル潰しを考え出したんだ」
「それで武器を与えるんだな」
TKが頷いた。
「そうだ。新興国でバブルが発生すると、真っ先に問題になるのは貧富の格差だろ。そこで貧困層を焚きつけて反政府運動を起こさせるんだ」
「カントリーリスクでバブルを潰すのか…… 強引だが確実だな」
TKが感心した表情で言った。
「そのための密造武器と傭兵部隊だ。本当の目的は金融で儲けることだから、密造銃はいくらでも安く売ることができる」
これがアキラの言っていた大きな仕事なのか……
「それじゃ、江川議員の闇献金は……」
マコが表情を変えた。
「そう、『24区』内での武器の密造と密輸に便宜を図ってもらうためだろうな」
「密輸もか?」
とTK。
「当然だろ、作った武器は運ばなけりゃならないんだから」
「それでこの地下道の情報がネットから削除されたのか……」
「それまで『本土』と『24区』を繋いでいた臨海トンネルと第2航路海底トンネルを、密輸品の運搬路にしたんだな。第2航路海底トンネルは青海コンテナ埠頭へ直接繋げ、臨海トンネルは羽田空港の貨物ターミナルへ繋がっているんだろう。もちろん、税関を通さずに積み込める場所へだ」
「連中、そこまでやっていたのか……」
「それにもうひとつ。岡本さん」俺は岡本夫人に向き直った。「谷崎財閥の本業は海運でしたね」
「え、ええ。そうです」いきなり話を振られた婦人は、動揺しながらも続けた。「江戸時代からの廻船問屋で、開国してからはいち早く蒸気船を購入し、海外貿易で財を成したと聞いています」
「やはりそうでしたか」
これで確信を得た。
全て繋がっていたのだ。
「え、それじゃ……」
「全部繋がっていたのさ。谷崎家の後継者がいないってことは、経済界では有名な事実だった。しかし、駆け落ちした息子に子供がいることを知ったゴールドバーグ・ホールディングスは、そいつがこの『24区』に住んでいるという噂を流したんだろう」
「偽者をでっち上げ、息子として谷崎家に送り込もうとしていたのか」
「この国の海運業を握り、計画をより強固にするためにな…… 、もちろん、谷崎家の莫大な財産も手に入れられる」
「でも、何で『24区』なんだ?」
「DNA鑑定とか、いろいろな証拠をでっち上げなきゃならないからな。日本で唯一それが可能なのはこの街だ。それに……」
「何だ?」
「送り込んだ男を正式に谷崎家の息子として認定されたら、おそらく、連中は岡本さんを殺すつもりだ」
婦人がぴくりと反応した。
「……その可能性は、十分あるな……」
TKが低い声で言った。
「いくら20年以上離れていたとは言え、どこかで必ずボロが出てくる。そうなる前に、唯一、本当の息子を知っている夫人を亡きものにするつもりなんだろう」
「そうだな、連中ならそこまでやりかねん」
TKは頷いた。
「ここなら殺しが行われても真犯人を捕まえるどころか、背後関係を探ることも難しい」
「この計画には相当数の政治家や企業が関わっているはずだ。陰謀は、規模が大きいほど発覚しにくいからな……」
「てことは、マコちゃんの持っているという情報は、単なる一政治家の政治生命以上に重要なものになるのか」
TKの言葉に、今度はマコが反応した。
「今、江川が失脚すれば、たとえ陰謀が明るみに出なくても、ゴールドバーグ・ホールディングスの屋台骨を揺るがすことになる」
「あ、それからマコちゃん」TKが思い出したように言った。「円城寺弘明、お兄さんのことだけど、もう死んでるんだろ」
「!」
TKの言葉に、マコがぴくりと反応した。
「何だって!」
「いや、勘違いしないでくれ。お兄さんは今から十年以上前、小学校四年生の時に病死してるんだ。生まれつき病弱だったらしい」
「え?」
俺は視線をTKからマコに移した。
「さすがTKさん、もうばれちゃったんだ」
マコは悪びれる様子もなく、まるでいたずらがばれた子供のようにぺろりと舌を出した。
「しかしどうやって……」
「兄が通っていた学校は幼稚園から大学までの一貫校だったんです。それで、在校生のハッカーに頼んで名簿を改竄してもらったんです。兄がまだ生きて学校に通っているように」
「お兄さんが亡くなったのは何年も前だから、今の同学年の生徒に直接訊いても判らないだろうし、名簿上では存在することになっているから探す方とすれば混乱するだろうな……」
TKが感心したように言った。
「追求の矛先を存在しない兄に向けたのか…… 、全く、大した子だな」
俺はマコを改めて見た。
聡明で行動力もある。
とても女子高生とは思えない。
「えへ、直人さん、私を助手にしてくれますか?」
いや、それとこれとは別だから……
「君はこんな街にいるべきじゃない」
TKが言った。
「……」マコは納得いかない様子でTKを見ていた。「ひょっとして、直人さんとTKさんて……」
お、おい……
「ちょっと待て、何でそうなるんだ。俺はノーマルだぞ」
俺は慌てて否定した。
「お、俺も…… 、少なくともおやじ趣味じゃない」
TKも否定したが、おやじ趣味は余計だ。
「ふーん、そうなんですか」
マコはまだ疑惑の視線を俺たちに向けていた。
岡本夫人だけが優しい目で俺たちを見ていた。
「しかしTK、何でマコのお兄さんがもう亡くなっているって判ったんだ?」
俺は話題を逸らす目的もあって、先刻からの疑問をTKに訊いた。
「円城寺弘明に関する情報があまりにも少ないことに不審に思って、学校じゃなくて円城寺家の近所で聞き込みをしてもらったのさ。それで円城寺家の長男はもう何年も前に亡くなった、って判ったんだ」
「でも、私の家は2年前に引っ越したばかりですよ。兄が亡くなったことを知っている人はほとんどいないはずです」
マコが言った。
「そう、だから引っ越す前の、高津でね。昔の円城寺家の様子をまだ覚えている人がいたんだ」
「……」
マコは感心した目でTKを見ていた。




