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HARUMAREA  作者: 火束 大
第三章 『不義選定』
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第54話 『一日目夜①』


 ——奴隷。


 リテネティスに案内してもらい、着いた宿屋の中。店主である初老に近い男の口から飛び出た衝撃の事実。

 しかもただの奴隷ではない。言葉の端に『う』が付く独特な口調の奴隷。

 ユレスは知っている。

 その独特な口調で話す人達が誰なのかを・・・・・・!


「(ま、さか・・・・・・売られているのはファヲの人達か!!?)」


 そう。

 感情が高ぶった時などにその口調になるリフルとユルフの故郷。トェイスとメルヘレオスが今もなお支配している地方。そしてこれから解放させようと目指している土地である——ファヲで暮らす人達で間違いないだろう。


「まず訊きたいのはですなー」


 と、ユレスが硬直している時にそう店主に言って考え始めたのはリフルだ。

 今は落ち着いているが、つい先程までは恐ろしい気配を纏っていた彼女である。その恐ろしさは今もまだ、自分の手が震える程だ。


「こッ、こわっ、あいつホント怖いんですけど!!? あいつ一体なんなのユレス!!?!?」


 立ち上がれないのか、這いずってきたリテネティスはユレスの右足に抱き着き、ブルブルと体を大きく震わせつつ声も震わしてそう訊いてくる。

 よほど怖かったのだろう。見開いた目でリテネティスはリフルから決して視線を外そうとしていない。

 そんな彼女に「怒ると怖いただの女の子ですよ」と言い聞かせると、


「その奴隷商はどこにいるんですか?」


 問いがまとまったのだろう、リフルがついに口を開いた。その彼女に問いを投げられた初老の店主は若干引きつつも座り直し、


「わ、儂が聞いた話だと、そいつはプゼム内で移動を繰り返し、毎回売る場所を変えているらしいな。活動時間は大体夕刻頃から深夜までという話だから、多分今もまだどこかで売買をやっていると思う。つまりすまんが、そいつがどこにいるかは儂には分からない」


「そうですか。では次の問いでもう結構ですなー」


 そう言うとリフルは、目を細めつつ、


「——その奴隷商は()()ですか?」


「・・・・・・? そりゃあ人間だと思うが・・・・・・?」


「・・・・・・分かりました。教えていただきありがとうございますなー。今夜、この宿屋で一泊したいのですけど部屋は空いていますか?」


「あ、ああ。今日は客いねぇからどの部屋も空いてるぞ・・・・・・」


「なるほどですなー。ユレスちゃん、ユルフちゃん。わうはこの宿屋でいいと思いますがどうでしょうか」


 こちらに振り向いてそう言ってきたリフル。彼女の中でどう答えが出たのかは分からないが、誰も借りていないならそこまで警戒せずに一泊出来るだろう。それに正直、これ以上宿屋を探すのも面倒だ。リテネティスにオススメされた手前もあるし。

 そう思案し、ユレスは、


「ああ。私もここでいいと思う。あと私は一人用に部屋を借りるよ。レアだけならともかく、君達異性がいるわけだしね」


「ではわうはリフルちゃんと一緒で。ハルマレアさんもどうですか? ・・・・・・リ、リフルちゃん。そんな嫌そうな顔しないでくださいよぉ」


「案ずるな。あても一人用に借りさせてもらう。それにどうでもいい事だが、リフル貴様、訊く時にあてが抜けてたぞあてが」


「あ、あ、そ、そうだっ。ジュムレット! ここはアタシの顔に免じてこいつらの宿泊代安くしてあげて!!」


「ダメだな。今日は客が一人も来てないから下げる事はしないし、かといって上げるような真似もするつもりはない。つまりいつも通りの宿泊費を貰うぞ」


「はぁ!? そこは『仕方ないのぉ。今日だけじゃぞ?』・・・・・・とか渋みを効かせながら頷くのが華ってもんでしょ!? あと見えないところで儲かってるんじゃないの!!?」


「見栄だと察しろ。それに儂そんな口調じゃないだろ」


「だってあんた儂が一人称のジジイじゃん!!」


「年寄りだからと言って、誰もがそんな口調で話すと思ったら大間違いだぞ」


「ふん。そんな事だろうと思いましたよ。やっぱり役に立たない女ですなーこいつ」


「ちょっとあんたァ! それは言い過ぎで、」


「・・・・・・・・・・」


「ひぃ! 暴力反対! 会話! お互い納得し合える会話をアタシは望みます!!」


「ぴーぴーぴーぴーとやかましいですなーホントに・・・・・・」


 そう鬱陶しい気にため息と共に言葉を出した彼女は、上げていた右腕を下ろしつつこちらに向かって歩き、ユルフの隣に並び立つと、


「部屋はユルフちゃんが決めてくださいなー。あとすみませんが今一人になりたいので、わうはちょっと散歩してきます。どこの部屋にしたかは帰ってきた時に店主に訊くので大丈夫です。それでは」


「ッ・・・・・・リフルちゃん・・・・・・」


 そう言って外に向かい始めるリフルをユルフは目線を落としながら見送っていく。追いかけたいが、一人にしてくれと言われた手前追いかけられないと言ったところか。

 バタン、と開けた扉を外に出たリフルが閉めて少しの間が経った後、ユレスは目を伏せたままのユルフにこう口を開いた。


「散歩って言ってたが、あれ絶対嘘だよな? 間違いなく奴隷商を探しに行っただろ、リフル」


「・・・・・・ええ。ですから追いかけたいのは山々なんですけれど、一人にして欲しいと言ったリフルちゃんは本当に一人になりたいので、わうでも追いかけたらもの凄く不機嫌になっちゃうんです。以前やってしまって一日も口をきいてくれなかった事があるんです・・・・・・うぅ・・・・・・」


 当時を想起したのか、潤む目でユルフは肩を落とす。妹を溺愛しているユルフだ。たった一日でもそれは相当の苦痛だったのだろう。

 ・・・・・・だったら。


「店主さん。部屋はどこでも空いているんですよね?」


「ああ。そうだが?」


「でしたら私はあそこでいいです。おいくらですか?」


 そう言いながらユレスは受付台に近づき、適当に前方の真ん前にある部屋の扉を指さす。誰もいないのだから問題ないはずだ。

 そのユレスにジュムレットは簡素に「イユ銀貨二枚」と告げて、懐から金の入った革袋を出したユレスは素早くイユ銀貨二枚を彼の目の前に置くと、彼女達の方に振り返り、


「じゃあ急だが、私も出掛けてくるよ。夜のプゼムは結構風が気持ちいいから私も散歩したくなった」


「! ユレスさん、行ってくれるんですか・・・・・・?」


「行ってくれる? 私も散歩したいだけさ。それじゃ」


「かっこつけおって」


「えー? ユレス出掛けるの?」


「ええ。ほらレア、お金は君が持っていてくれ」


 戻りつつ、ぽいっ、と革袋をハルマレアに投げたユレスは早速外に向かって歩いていく。まずはリフルを見つけなくては。

 もし奴隷商を彼女が見つけたならば、間違いなく彼女は奴隷商に手を出すだろう。

 下手すれば・・・・・・殺してしまうかもしれない。

 たとえ相手が人間だとしても、あの恐ろしい気配を纏ったリフルならばやりかねないのだ。そうなる前にまた彼女を止めなくては。


 もし人を殺したら、きっと何か——大切なものが壊れてしまうから。


 扉の取っ手を掴んで開き、夜の外気を全身で浴びる。深い闇は、全てを飲み込むような危うさを孕んでいるようだ。

 そして外に出たユレスは扉を閉めていく。その過程で、こんな声が聞こえてきた。


「・・・・・・今のリフルちゃんは怖いから、気をつけてください」


「・・・・・・・・・・」


 何も言わずにユレスは、そっと扉を閉めた。




     ⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨




「どこにいるんだ・・・・・・リフル・・・・・・」


 周囲を隈なく見回しながら夜のプゼムを歩き続けるユレス。彼女が宿屋を出て行ってからそう時間も経たずに自分も出たはずだが、リフルの姿は皆無だ。あてがあるわけでも無いだろうにどこに向かったのやら。

 そう困りながらリフルの影を追っている時だった。


「お~い!! ユレスーーー!!!」


「?」


 後ろから自分の名を大声で呼ばれ、振り向くと、


「良かったー。ユレス見っけー」


「リテネティスさん」


 そう。こちらに走ってきたのは宿屋を案内してくれたリテネティスだ。なぜ自分の元に来たのか、その理由が分からずに首を捻るユレスにリテネティスは息を整えつつ、こう言ったのだ。


「ふぅ。ユレスさぁ、あの女ならともかく一人の散歩は夜のプゼムではやめた方がいいよ? さっきはアタシがいたから大丈夫だったけど、一人だと変な奴らに絡まれちゃうから」


「・・・・・・あ」


 そうだ。リフルを早く追いかけなくては、とすっかり頭から抜けていた。

 夜のプゼムは危険が蔓延る街。この街の住人ではない自分は格好の獲物だろう。特に一人だと襲ってくれ、と言うようなものだ。

 ここまで何も起こらなかったのは、まさに運が良かっただけ。

 『黒魔刻魔法』があるとしても、素手だけでこられたらほぼ役に立たなくなってしまうし、仮に死体を吸収した状態で邪神魔法を使えてもさすがに普通の人間相手には使いたくない。


「・・・・・・ん? もしかしてリテネティスさん。私を心配してここまで来てくれたんですか?」


「うん。そうだよ。それに暇だし、アタシもユレスの散歩に付き合いたいんだけど、いいかな?」


「ええ、勿論。あなたがいてくれたら心強いです」


「あははっ。そんな事言われたの初めてだな~。なんかにやけちゃう」


 お世辞ではなく本当だ。彼女がいてくれれば危険度は相当下がるから。

 そして足並みを揃えてリテネティスと歩きつつ、改めて周囲を隈なく見ていくが・・・・・・やはりいない。


「はぁ・・・・・・本当にどこに行ったんだ・・・・・・」


「? 何ユレス? もしかしてあの女探してるの?」


「え、ええまあ。というかリテネティスさん、本当に私がただ散歩したくて歩いていると思っていたんですか?」


「そうじゃないの?」


「(じゅ、純粋な人だなぁ・・・・・・!)」


 驚きだ。こんな人が盗みをやるんだからさらに驚きだ。

 どんな人生を歩んできたのだろうか、この人は・・・・・・。


「あいつがどこに行ったかは分からないんだよね?」


「あ、はい。ただ目的としてる所は分かるんですが」


「それって奴隷のやつ?」


「はい。店主さんは売買する場所が固定されてないって言ってたでしょう? ですからどこで開かれているのか皆目見当も、」


 と、そんな時だった。


「お? おうおう。リテネティスじゃねえか。まさかの今日二回目の出会いかよ」


 現在ユレス達がいるまばらに人が歩いている通り、その少し先からそう声を掛けてきたのは、宿屋に移動中にリテネティスをからかった酒瓶を持った男だった。ちなみに今も同じ酒瓶を持っている。よほど酒が好きなのだろう。


「げっ。またこいつと会うなんて・・・・・・」


「げっ、はねえだろおめぇ。そこの白髪のあんちゃんも二回目だな。なんだ? この女と二人で歩いてよ。女として気に入ったのか?」


「それは・・・・・・答えたら色々とこじれそうなので、言えませんね」


「ははッ。賢明な言い方だな。んぐっ」


 笑って持っている酒瓶を口につけた彼は、美味そうに余韻の息を吐くと、


「うぃ~・・・・・・そういやさっきよ。偶然例のやつ見つけたんで行ってみたんだよ」


「何よ、例のやつって」



「んなの決まってるだろが。奴隷市場だよ。ど・れ・い」



「「————ッ!!」」


 彼のその言葉にユレスとリテネティスはお互いの顔を見合わせる。

 やってきたこの幸運、逃すわけにはいかない。


「どこでやってましたか?」


「お? やっぱ興味あるのか。分かるぜ。噂通り良い女が揃ってたからなァ。俺も金があったなら買ってるとこだぜ。畜生」


「いいから教えなさいよ!」


「うるせぇなぁ。あそこだよあそこ。この先行ったとこを右に曲がると路地裏あんだろ? その路地裏に目立たないが入れる道があって、その奥でやってるぜ」


「あんた、本当に偶然に見つけたの?」


「いやぁ、ちと酒に酔っててよ。ふらふらと適当に歩いてたら見つけちまったのよ。酒の力は偉大だよなァ。んぐんぐ!」


「どうしようもない野郎だけど、役に立つ時もあるんだね。行こユレス。こいつが言った場所、アタシなら分かるから」


「え、ええ。あの、ありがとうございました。本当に助かりました」


「おお、礼を言われんのは生まれて初めてだなぁ。ひっくッ! いい女買えたら俺も混ぜてくれよぉ~。じゃあなぁ~」


 混ぜろとはよく分からないが、とにもかくにもこの彼のおかげでやっと先に進める。頭を下げつつ、ふらふらと酩酊状態で去っていく彼の背中を見送りユレスは、


「では行きましょうリテネティスさん。走りますが、いけますか」


「当然。あの女がおかしいだけで、アタシの足は速いんだからね? ユレスこそちゃんとついてきてよねっ」


 そう言って走り出したリテネティスは確かに速い。金を盗まれた時リフルがいなかったら確実にそのまま持っていかれた事だろう。

 その彼女の背中に追随し始めるユレスの脳裏には、今目指している場所で暴れ狂うリフルの姿が一つ。

 その展開を想像したユレスは口を固く結びつつ、足を加速させていく。

 まだいないでくれ。


「(リフル・・・・・・!)」




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