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HARUMAREA  作者: 火束 大
第三章 『不義選定』
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第53話 『鬼面恐慌』


「こっちだよ。アタシについてきて」


 女性、リテネティスとのひと悶着がひとまず終わったその後。

 このプゼムに詳しいという彼女に宿屋を案内してもらうため、ユレス達はリテネティスについて行きながら夜のプゼムを歩いていた。


「(うわ、怖い感じの人が結構出て来るようになったなぁ)」


 歩きながら周囲を見回すと、夕刻頃にいた普通の人達はもはや影さえ見えず、厳つい男や派手な女性が大声で笑いながら歩いたり道端で座って会話をしているのだ。まさに一転。朝から夕刻、夜のこの違いでまるで別の街に来たような気分になってしまう。当初の想像通り、荒々しい雰囲気漂う街そのものだ。

 ——プゼムの本当の顔は、夜の時のようだ。


「おうリテネティス。見ねェ面の奴ら連れてんな。もしかして、買ったのか?」


 歩いている時に突如そう声を掛けてきたのは、道端で酒瓶片手にガラの悪い男と会話していた同じガラの悪い男だ。名前を呼んだあたり彼女の知り合いなのだろうか。


「買った、て何よバカ。違うわよ。新しく出来たアタシのダチよ。今宿屋案内してんの」


「へぇ、おめぇにダチ? そりゃすげェ。盗んだ金と物だけがダチのおめぇに人間のダチ公が出来るなんて想像もしなかったぜ。なぁ?」


「ケケケ。確かにな。まだ奴隷って言われた方が説得力があるぜ」


「るっさい! アタシだって人間なんだ。人間のダチぐらい簡単にできらぁ!!」


 憤慨するリテネティスにドッと笑い合う男二人。関係的には知り合い以上友達未満、てところか。

 そして、酒瓶持っている男は笑いながらこちらに向かって、


「おいおめぇら気ィつけろよ? こいつは盗みの達人だからよ。隙あらば身ぐるみ全部持ってかれるぜ」


「し、しないわよそんな事っ。失礼な奴らだねホント・・・・・・!」


 まさに一度盗まれたユレスは、彼女の名誉のために口を閉ざす事にした。


「何言ってるんですかお前は。ユレスちゃんのお金を一度盗ったくせに。あと誰がお友達ですか。不愉快極まりないですなー」


 しかし、そのユレスの気遣いをリフルは見事に台無しにしたのだった。


「ちょっ、あんたァ! ここは言わないのが華でしょ!?」


「華? そんなの知りませんなー。嘘を正す事は当然の行いでしょうが」


「時と場合でしょそれはっ」


「・・・・・・・・・・」


「ひぃ!」


 無言で右拳を上げるリフルにリテネティスは腰を引きながらユレスの後ろに回り込む。そんな彼女に男二人は「やっぱりやりやがったか」「だよなー」と大声で笑い始めた。

 ・・・・・・ある意味リテネティスは、愛されている女性なのかもしれない。


「もう行こっ。こんな奴らに構ってるだけで時間の無駄だから!」


「おいおい、おれらは構ってやってるんだぜ? 孤独のお前のためによォ」


「るっさい! ほらユレス行こ行こ!!」


「え、ええ。行きますからそんな引っ張らないでくださいよ・・・・・・!」


 ぐいぐいと腕を引かれるユレスはたじたじだ。正味な話、こう積極的に押されると弱いユレスなのだ。

 そんな白髪の彼とやけにユレスに懐いているリテネティスを見て、ユルフはこそこそとハルマレアとリフルだけに聞こえるように、


「んー、あのリテネティスさんて方、どう思いますか?」


「強気そうに見えてその実根は臆病、であるな。ただし、いざという時は動ける女だな。盗みの時とかな」


「ハルマレアに同意するのは最悪で嫌ですけど、わうも同じですなー」


「あらら、わうの言い方が悪かったですねぇ。違うんです。わうが聞きたかったのは・・・・・・リテネティスさんがユレスさんに好意を寄せているのでは、という事です。勿論恋の意味で♡」


 それはもう——。

 心底楽しそうにユルフは、にまにまと笑いながらそう言ったのだ。


 恋。


「・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・」


 恋とはなんぞや?


「・・・・・・ユルフよ。ユレスとリテネティスは会ったばかりなのだぞ? そんな短い時間で惚れただのなんだのとはならないのではないか?」


「それにあの女はユレスちゃんのお金を一度盗んだ前科がありますなー。あんなベタベタとくっついているのはユレスちゃんを油断させるためでは?」


「わうの勘ですけれど、多分リテネティスさんは好きになってますよ。ユレスさんの事。顔を見れば分かります。同じ女ですもの」


 自分は女だが、まったく分からない、とハルマレアとリフルは同じ思案をしつつ当の二人を見つめる。

 積極的に話すリテネティスに、困ったような態度をとっているがまんざらでもなさそうなユレス。

 再び二人は同じく、こう思案した。


 気に入らない、と。


 言語化するのはひどく難しいが、とにかく気に入らないのだ。


 言語化出来ない自分に腹が立つ・・・・・・。


「・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・」


「あ! ユレスさん達が行ってしまいますっ。わう達も早く行きましょう!」


 慌てて追いかけ始めるユルフとは反対にハルマレアとリフルは棒立ちのまま佇み、少し間を置いて示し合わせたようにお互いの顔を見合わすと、


「何見てんですか」


「なれこそ」


 ぷいっと、顔を背け合ったのだった。




     ⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨




 夜のプゼムをリテネティスに案内されながら歩き続けるユレス達。歩く度にガラの悪い住人に見られるが、たまに話しかけられるだけで特に絡まれる事もない。

 恐らくリテネティスのおかげだろう。もしユレス達だけで歩いていたら厄介事が度々起こっていたかもしれない。リテネティスに道案内を頼んだのは正解だった。

 そして、


「着いたよ。ここがアタシおすすめの宿屋だよ」


「ここが・・・・・・」


 遂に辿り着いた建物——宿屋の前に止まったリテネティスに続いてユレス達も止まり、見上げていく。

 外観は多少劣化が見られるが、判断すべき材料は中だ。いかに過ごしやすいか、安全か、それらが重要である。


「ここの宿主はアタシの知り合いだからさ。ユレス達が安く泊められるよう言ってあげるよ」


「それは助かりますね。では入りましょうか」


 鼻歌をしつつ宿屋に入っていくリテネティスに続いてユレス達も入ると、中も外観と同様にところどころ劣化が見られる箇所が多い。しかも受付台だろうにいる初老に近い男は客が来たというのに無視したまま欠伸をしているという見るからにやる気の無さ。

 ・・・・・・本当に大丈夫か? この店。

 そう思案したのはきっとユレスだけではないはず。現にハルマレアも異父姉妹もなんとも言えない顔で中を見回しているのだから。

 そして、リテネティスは受付台に近づくと、


「相変わらず愛想ないねジュムレット。そんなんで儲かってんの? 愛想ぐらい作ったらどう?」


「おめぇさんの見えない所で儲かっとるわ。それにこんなジジィの愛想なんざここの住人にはいらんだろが。で、久しぶりに顔出したリテネよ。一体何の用だ? 得意の盗みが上手くいかねぇんでウチで働きたいってか?」


「なわけないだろ。お客を連れてきてやったんだ。感謝しなよ」


「客だぁ?」


 そう面倒そうに言った初老の男、ジュムレットはギロリと睨むようにこちらを見てきた。言わずもがな、お客に向ける視線ではない。

 そうして、ジロジロと品定めするようにユレス達を見たジュムレットは興味を無くしたようにリテネティスに視線を戻し、


「あいつら、おめぇさんの奴隷か?」


「違うっつーの! なんでアンタまでそんな事言うかなぁ!? 連れだよ連れ!」


「そりゃおめぇさん、今まで一人だっただろ。そんなおめぇさんが連れなんてそうそう信じれねぇわな。まだ奴隷商から買った奴隷って言われた方が納得できらぁな」


「奴隷なんて買った事ないわっ。大体この辺奴隷商なんていないだろ!」


「ん? 何だ、おめぇさん知らねぇのか。最近ある場所で奴隷の売買が行われているんだぜ。しかも見た目が良い男と女ばっかりだから結構人気らしい。ただ——」


 物騒な会話だ。奴隷商とかもいるのか、この街は。

 そう嫌気を差すユレスだったが。


 ジュムレットの次の一言で、その嫌気もぶっ飛ぶ事になる。


「——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なんだったかな、確か『う』だったかな」


『————』


 空気が————。


 今、世界が凍り付いて止まったような、そんな錯覚をユレスは激しく覚えた。

 ゾクリ! と続いてやってきたのは、後ろから漂う禍々しい気配だ。

 ・・・・・・怖い。

 振り向きたくない。カタカタと連続した何かの音が聞こえる。歯だ。自分の口が意思に沿わず忙しなく上下に動き、歯を噛み鳴らしているのだ。

 あぁ、振り向きたくない。

 そう思案を繰り返すも、顔は恐る恐る禍々しい気配の方へと振り向いていく。なんで振り返るのだろうか。

 否、分かっている。答えは分かり切っている。


 だって。


 振り返らないと——いつまでもこの気配を感じる事になるのだから。


「ッ・・・・・・ッ・・・・・・ッ・・・・・・」


 振り返ると、



「—————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————」



 認識を拒む程の恐ろしい形相を浮かべたリフルが、そこにいた。


「(ぅ・・・・・・お・・・・・・!!?!?)」


 ゾクゾク!! と背中を走る悪寒が止まない。本物。そう、本物だ。

 今まで感じた敵意、殺意が嘘だと絶叫する程の——本物の敵意と殺意!!!


「リ、リフルちゃん・・・・・・」


「むぅ・・・・・・!」


「ひっ、ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!」


「ぁ・・・・・・う・・・・・・!!!」


 伝わるのは恐怖。広がるのは怯えの声。

 胸元に両手を引き寄せ、震えるのを止めたいが、それでも微妙に体を震わす彼女の姉に、ジリジリと足を後退させている『怪魔(ダクストル)』の姫。そして分かりやすく尻餅をつき、涙目のリテネティスに頬杖でだらしなく座っていた状態から立ち上がりつつ膝をガクガクと大きく震わせる宿屋の店主。

 誰もが一点に、リフルに対して視線を注ぐ。否、注がざるを得ないのだ。


「(こ、こんな表情が、人間に出来るのか・・・・・・)」


 つくづく、思ってしまう。


 やはりリフルは——『怪魔(ダクストル)』寄りの『境魔線人(パルバレイズ)』。

 その身、精神は人の皮を被——、


「(いや! 私は何を思おうとしているんだ!? やめろ! もう考えるな・・・・・・!)」


「・・・・・・はぁ」


 その時だった。

 顔を俯かせたリフルはそのままジッとすると、熱い吐息を出し、


「・・・・・・店主さん。その話、詳しく聞かせてもらってもよろしいですかなー?」


 顔を上げてそう言いながら、受付台に近づいて行ったのだ。

 ホッとする。彼女の顔がいつも通りの無表情に戻っていたから。


 ・・・・・・ユレスの気のせいかもしれないが。


 こうして彼女と行動を共にし始めてから、彼女がだんだんと『怪魔(ダクストル)』としての意思に蝕まれているような・・・・・・そんな気がするのだ。


 きっと気のせいだろう。


 気のせいで、あって欲しい。




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