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HARUMAREA  作者: 火束 大
第三章 『不義選定』
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第52話 『たわけ者ォ!』


 本当に、驚異的な回復力だ。


 改めて蜥蜴車に乗り込み、再びプゼムまで揺られる道程でユレスはリフルを見てそう感心する。

 少し切れた耳はもう完治し、右腕はまだ完治とは言えないがそれでもほぼ治りかけだ。この分なら、今日が終わる頃にはもう完治している事だろう。

 明らかに彼女は、人間としての領域を超えている。

 ・・・・・・なんて皮肉で悲しい事か。

 強く渇望する程に人間らしく生きたい彼女だが、やる事為す事全てが人間から遠ざかっているのだから。


「・・・・・・・・・・」


「ん? なんですユレスちゃん? わうを見て・・・・・・あ、もしかしてまた膝枕したいとかですかなー?」


「お願いします」


 勿論違うと答える。本音を言うならもう一度頼みたいところだが。


「ではこちらにどうぞ。ユルフちゃんと席を交代でわうの隣に来てくださいなー」


「・・・・・・ん? おや? なぁレア。私違うと言ったよな?」


「ハッキリお願いしますとなれは申したぞ。このたわけ者が」


「そ、そうか」


 ハルマレアに不機嫌にそう返されたユレスは、冷や汗をかきつつ「すまん、やっぱりやめておく」とリフルに断りを入れて窓の外に視線を移す。

 賊の連中に襲われた地点から大分進み、空はもう夕刻だ。プゼムはまだだろうか。


「あ。皆さん、そろそろ着きそうですよ!」


 と、思っていたが。

 ユルフのその言葉でユレスが窓を開けて顔を外に出すと、先の方を見て確かに街らしき場所を視認出来た。

 ようやくか、と安堵の息を吐き出すユレス。また道中賊が来たらどうしようと不安がっていたが、とりあえずはプゼムに到着で一安心である。

 だがあくまで一安心だ。何と言ったってプゼムこそが治安の悪さの本拠地なのだから。


「(頼むからこれ以上厄介事は起こらないでくれ・・・・・・)」


 これから一つの地方を解放させようという大事が待っているのだ。その前に力尽きてしまったら——絶対に笑えない。




     ⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨




「・・・・・・ここがプゼムか」


 入り口の所で止まり、中を軽く一瞥する。見た感じは・・・・・・普通だ。普通の人々の雑踏や喧噪がそこかしこに溢れているだけで特にガラが悪い奴もいないし、争っているような様子もない。


「ふむ、治安が悪いと言うから荒んだ街を想像していたが、別に普通ではないか」


 ユレスの右側に並んで中を一瞥したハルマレアもユレスと同じ感想を持ったようだ。だが普通で結構。歓迎すべき事だろう。厄介事は可能な限り回避せねば。

 ——しかし、だ。

 ユレスの左側に立っているリフルは腕を組みつつ失望したように、


「甘いですなー。そんな認識ではこの街に食われますよ?」


「食われる? どういう事だい?」


「それは——」


「みなさーん! お待たせ致しましたー!」


 リフルが答えようとするが、パタパタとこちらに走ってきたユルフの叫び声に遮られる形になってしまった。

 彼女の方に振り向くと、ここまで蜥蜴車を運転していた業者の男がペコペコと頭を幾度も下げている。着いた時もそうだったが、彼は自分達、特にリフルに対して何度も謝罪をしたのだ。本当なら自分が戦わなくてはならなかったのにと。

 だが当然謝罪する必要などない。あの彼に責任はまったくないのだから。

 それで運賃は払わなくていい、と言う彼にユルフはいや払いますと対抗し、お互い譲らない平和な勝負が繰り広げられたのだが、どうやらやっと終わったようだ。


「で、結果は?」


 こちらに着いたユルフにユレスがそう訊くと、ユルフは笑顔で右手の二本指を立てて、


「わうの勝利です♪ しっかりとここまでの運賃を払わせていただきました」


「あてだったら払わなかったな。払わなくていいと言っているのだからな」


「さすが『怪魔(ダクストル)』。思いやる心が欠けているようですなー」


「合理的な思考だ」


「時には非合理的だとしても実行する。それが人間というものですなー」


「なれ、ああ言えばこう言う女よな」


「その言葉、そっくりそのまま返しますなー」


 ユレスを挟んでまた言い合う二人に、ユレスはそれぞれ手をかざし、


「ほら二人共、いちいち突っかかるなよ。それこそまさに非合理的だぞ」


「ふぅ・・・・・・そうさな。その通りだまったく」


「わうは人間だからいいのですなー」


 やれやれ、とため息をつくユレスは切り替え、リフルに口を開く。


「で、改めて訊き直すが、食われるってのはどういう事だい」


「それは・・・・・・そうですなー・・・・・・」


 そう言いつつリフルは上を見上げ、プゼムの中へと一歩、二歩、三歩と歩いて行き、くるりとこちらに振り返ってこう言ったのだった。


「聞くよりも、体験した方が早いです。ほら、もうすぐで——夜がやってきますから」


 そう言った彼女は自分の服の内側に左手を差しこみ、スルリと黒く長い手袋を二つ出して両腕に着けていく。どうやら替えがあったようだ。

 そして空を見上げると確かに、空が陰っていた。

 ——一日目の夜が来ようとしている・・・・・・。




     ⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨




 そうして、夕刻も沈み夜。

 現在ユレス達が何をしているかと言うと勿論——、


「まさか、わうとリフルちゃんが使っていた宿屋が潰れているとは予想外でしたね。困りました・・・・・・ね、リフルちゃん」


「はいユルフちゃん。困り過ぎて欠伸が止まりませんなー。ふぁ・・・・・・」


「んー、全然困ってなさそうに退屈で仕方ないとばかりに欠伸を繰り返し、可愛いタレ目がさらにタレてもはや目を閉じているとしか思えないリフルちゃん・・・・・・逆にパッチリとこちらの目が冴える程の可愛さ三段突破ですぅ!! ほーらまつ毛さわさわ~♡」


「わうわうわうわうわうわうわうわうわうわうわうわうわうわう」


「いや本当にまずいだろ! どうするんだ宿屋っ、まったく見つからないぞ!?」


 そう。

 この危険な街で一泊するための宿屋探しである。

 本来なら宿屋探しに苦労する事は無かったのだ。なぜならここにいたこの異父姉妹が使っていた一番安全な宿屋があるというから、そこで決まりだと安心していたのに。

 実際行ってみたら、廃屋と化していたのだ。


「本当に困りましたね・・・・・・あそこが一番良かったのに。なんで潰れたのでしょう? 結構繁盛してましたよね?」


「はいユルフちゃん。人は入ってました。しかし繁盛してるからこそ、無法者どもに狙われて根こそぎお金を奪われたのかもしれませんなー」


「なるほど。さすがリフルちゃん。聡明ですね♪」


「とりあえず他の宿屋を探すしかあるまいて。このままだと街の中にいるのに外で夜を明かす事になるぞ」


「そうだな・・・・・・どこか探さないと。というか、また宿屋探しに苦労するとは・・・・・・」


 と、その時だった。

 ドンッ、とすれ違った女性と肩がぶつかってしまった。


「あ・・・・・・すみません! 大丈夫ですか?」


「え、ええ。こちらもすみませんでした。あなたの方はどこか・・・・・・」


「アタシも大丈夫です。では本当にすみませんでした」


 ペコペコとこちらが恐縮するぐらいに頭を下げた女性は、改めて行こうとした方向へと歩いて行く。

 良かった、と一安心。てっきり怖い感じの人にぶつかったのではないか、と危惧したが優しそうな女性だった。このプゼムでもああいう人はいるものだ。


「さて、それじゃあ宿屋探しを、」



「今ぶつかったそこの女。止まりやがれですなー」



「ッ・・・・・・」


 改めてユレスが宿屋探しを切り出そうとした直後だった。

 細めた目でリフルは、今しがたユレスとぶつかった女性を睨みながらそう彼女に声を掛けたのだ。

 ピタリと止まった女性は硬直すると、こちらにゆっくりと振り向き、


「はい? なんでしょうか?」


「中々素早いですなー。それに慣れていると見ました。普通の人ならまず気付かないでしょうが、わうには通じませんよ」


「え? すみません・・・・・・アタシには何を言っているのか・・・・・・」


「所作も完璧ですなー。男なら特に騙されそうです。・・・・・・とぼけるのもそこまでにしといてはどうです? お前、ユレスちゃんとぶつかった瞬間にユレスちゃんのお金盗ったでしょう?」


「は!?」


 そう言われて上着を早速調べると・・・・・・確かに無い! 入れておいたはずの金の入った革袋がどこにも無い!!


「チッ・・・・・・!」


 もう誤魔化し切れないと判断したのか、女性は先程まで見せていた笑顔が嘘のように荒んだ顔を見せると、舌打ちして走りだした。

 もう間違いない。リフルの言う通り、あの女性が自分の金を奪ったのだ・・・・・・!


「これですよ、ユレスちゃん」


 追いかけなくては、と走ろうとした時に、冷静そのものなリフルの声が耳に届く。

 彼女は走り去っていく女性を見据えながら、こう口を継いだ。


「人畜無害そうに見える人程その中は邪悪の塊。この街では騙し騙されが当然の理なんです。気を抜いてたらお金どころか命すら食われますよ。究極的に言えば世の中そうですが、この街は顕著なのですなー」


「そういう事かい・・・・・・」


「では体験していただいたところで、取り戻すとしますかなー」


 簡潔にそうリフルが言った瞬間。


 リフルが一直線に、もう背中が見え隠れしている女性の元へと駆け出した。


「・・・・・・ッ!!?」


 こちらに振り向いた女性が硬直するのが分かった。無理もない。なにせリフルは速い上に時には壁を走り、一瞬で歩いている人の肩に乗って移動を繰り返しているのだ。

 肩を踏まれた人は首を傾げながらも自分の踏まれた肩を見るが、当然もうリフルはそこにはいないため何が起きたか分からずにそのまま素通りだ。

 グングンと女性との距離が縮まっていく。女性は必死に走るが、もはや時間の問題だろう。

 そうして——、


「さすがリフルちゃん。もうあの人の前に回り込みましたね」


 最後に女性の頭上を飛び越えたリフルは空中で体の向きを変えつつ、女性の前に着地し、仁王立ちで止まった。

 ここから見ても女性が狼狽えているのが分かる。自分が女性の立場でも間違いなく狼狽えるだろう。


「あてらも行くぞ」


「ああ」


 止めてくれたリフルに感謝しつつ、人の波を避けながらユレス達も走っていく。

 やがて着くと・・・・・・、


「いだぁ!! いだだだだだだだだ!!! クソッ! 離しなさいよこのクソアマァ!!! あんたホントに女かよ!? 男みてェな力してんぞっ」


「失礼で口が悪い女ですなー。さっきのおしとやかさはどこにいきましたか?」


 片腕を捕り、もう片方の手で女性の肩を掴んでいるリフルがそこにいた。

 こんな往来の場でこんな事していたら目立ちそうだが、


「誰も関心持っていないな・・・・・・」


 行き交う人全員がこちらに目もくれない。無視。素通りである。

 面倒そうだから関わりたくないのか、それか、このプゼムでは日常茶飯事だからか。

 恐らくは、後者だろう。


「どうやらあての認識は間違いだったようだ。確かに荒んだ街だな」


「これがプゼムですから・・・・・・」


 そう二人が会話する中、リフルは女性の肩を掴んでいた片手を自由にすると、


「ほらユレスちゃん、あなたのお金ですなー」


 ぽいっ、と見覚えのある革袋を投げてきた。見覚えがあるのは当然だ。自分の物なのだから。

 両手で受け止めるとじゃらりと硬貨が擦れ合う音が耳朶を打つ。確かな重み。取り戻せて良かった。


「ね、ねぇ、もう取り戻せたんだから解放してよ。謝るからさ。ホントにごめんっ。アタシが悪かったよ!」


「まだですなー。言ったはずです。わうには通じないと。お前のこことここ。あとここにも走りながら隠したでしょう。大した女ですなーホントに」


 そう言ってリフルが指さしたのは、胸の谷間、結んでいる髪の付け根。そして右足だ。

 女性の顔は口を固く結んで苦し気である。きっと図星なのだろう。まさかまだ盗まれていたとは。


「はぁ・・・・・・うっざ。何で分かんのよ。もう、分かったわよ。返します。全部返しますー。たくっ」


 観念した女性はため息をつきつつ、腕を解放したリフルの前で指摘された箇所に手を入れてフィムルクス金貨三枚を取り出し、


「ほらそこの白髪。さっさと受け取りなさいよ」


 ぞんざいに投げてきたフィムルクス金貨三枚をユレスは慌てて受け止める。

 直後、


「コラ」


 ゴンッ! と鈍い打撃音。


「いだァ!? ちょっとあんたァ! 何すんのよ!!」


 そう、殴ったのだ。リフルが容赦無く、女性の頭を拳骨で。

 涙目でリフルに振り返った女性は続けて怒鳴ろうとするが、無表情でスッと右拳を出された女性は「ゔぅ・・・・・・」と呻きながら後退りだ。

 もはや力関係が確定した瞬間であった。


「ご、ごめんなさいでしたぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・!!!」


 深く。それはもう深くユレスに頭を下げた女性。その謝罪ぶりはこちらが引く程だ。

 泣きながらしているせいでむしろこちらの方が罪悪感が強い。


「いや、もういいですよ。お金も戻ってきましたし。リフルも拳下げて。な?」


「仕方ないですなー」


「や、優しい・・・・・・金を盗んだのにアタシを庇うような事まで・・・・・・アタシ、こんなに優しくされたの初めて・・・・・・!!」


 キラキラとした目でユレスを見る彼女は本気の目だ。女性はずいっとユレスに近づくと、


「アタシ、リテネティス! あんたの名前聞かせて欲しいな・・・・・・?」


「ユレス・バレハラードですが・・・・・・」


「ねぇユレス? 何か困ってる事ない? アタシこの街なら詳しいからなんでも聞いてよ! ねぇ! ねぇねぇねぇ!」


 ぐいぐい来る女性だな、と逆にユレスが後退りかけるが、


「あ、そうだ。それなら一ついいですか?」


「何? 言って言ってっ」


「宿屋を探してるんです。どこか安心して且つ空いてる宿屋で一泊出来る所はないですか?」


「いえお馬鹿ですかユレスちゃんっ。こいつにお金盗られたんですよ? そんな奴信用出来るわけないでしょうが!」


「確かにそうだけどさ。でもこんなに反省してるし、それにやっぱり街の住人から聞いた方が一番いいんじゃないか? 頼みの綱だった宿屋も無かったし」


「また騙されるかもしれない、という考えは無いのですかあなたは・・・・・・」


「失礼だねこの黒手袋女。アタシはこのユレスに男気を見たんだ。そんな男を騙すような真似はもうしないよ。バーカッ!」


「・・・・・・・・・・」


「ひぃ・・・・・・!」


 無言で右拳を上げたリフルに息を呑んだ女性——リテネティスはユレスの後ろに回り、盾にされる。

 この分なら、さすがにもう騙そうとはしないのではないだろうか。


「(とりあえずこの人に案内してもらって、中を自分の目で見て判断すればいいだろう。夜も更けてきたし、さっさと宿屋に入りたい・・・・・・)」




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