第49話 『騒血殺合【前】』
「いっ・・・・・・でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええ!!!?!?!!!??」
炸裂するのは、鮮烈な痛みと絶叫。
気付いた時には絶叫を上げる男——ピフスはうずくまり、涙をボロボロと流しながら溢れ出る血を両手で受け止めていた。
激しい痛覚を抑えるため無意識に鼻を触ろうとするが、鼻の感触はなく、ぶにぶにとした気持ち悪い感触だけが伸ばした右手に伝わってくる。
鼻が無いのは当然の話だろう。なぜなら——。
取られたのだ。
えぐられたのだ。
何も使わずに素手で・・・・・・今もなお自分を見下ろすこの女に!
「いでぇ!! いでぇよォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!?!!??!!」
「やかましいですなー。むしろ温情を与えたんですよわうは。その気なら目玉や喉もえぐれたんですから」
痛みに耐えるためだろう、ごろごろと地面を転がりながらわめき続けるピフスを汚物を見るような目で見下ろしつつリフルは、持っていたピフスの鼻をその場で地面に落とし——グシャッ! と右足で踏み潰す。
こんな汚いモノ、いつまでも持ちたくはない。
そして周囲を睥睨すると、にやにやとリフルを見ていた三人の男の表情が戸惑いつつも明らかに警戒している顔つきになっていた。茶髪の男は楽しいのか、口を愉快だと言わんばかりに大きく歪めている。
どちらにしても、この四人は理解したのだ。リフルがただの少女ではない事を。
そして、残る一人は、
「——思い、出した・・・・・・!!」
残る一人——メオグは恐怖に顔を引き攣らせていたのだ。
その彼の言葉を聞いた仲間の一人である男、ラグゼムはメオグの方に顔を向けつつ早口でこう彼に訊いた。
「おいメオグっ、お前あの女知ってんのか!? 知ってんだろ! お前あの女見た時首捻ってたよな!!?」
「あ、ああ! 知ってる! ハッキリと思い出した!! こいつはあのマフィミスの団を一人で全滅させた女だ!!!」
「——ほぉ・・・・・・この女があいつらを・・・・・・」
感心したように呟く茶髪の男、この賊の頭目であるダッグトンはさらに笑みを深めながら目を細めてリフルを見据える。
この女が、マフィミスを・・・・・・。
——マフィミスという男はダッグトンと同じ、プゼムを拠点としているならず者の一人だ。
彼も恐喝、強盗を活動目的とする一団の頭目であり、その団の構成人数はマフィミスを含めての三十八人。その人数は脅威と取れる人数だろう。
その脅威を、この女はたった一人で跳ね返した。
「——スーレゴ。ウルゼア。ラグゼム。お前ら三人で一斉にこの女を殺れ。メオグはピフスをこの場から遠ざけろ」
「「「「りょ、了解ッ」」」」
だからどうした?
それで退く俺らではない、とダッグトンは仲間達に指示を下しつつ、自分も乗っている走巨蜥蜴から下りる。
そうして、
「「「ッ・・・・・・」」」
走巨蜥蜴から下りたスーレゴ、ウルゼア、ラグゼムは自分の武器を持ち直しながら、ジリジリとリフルを囲んで近づいていく。メオグはリフルを気にしながらもわめき続けるピフスの体を持ってダッグトンの後ろへと向かう。
統率は取れている集団のようだ。リフルは特に動かずに、視線だけを左右に走らせている。
「(右に一人、左に一人、後ろに一人。ま、当然の囲み方ですなー)」
「——しゃッ!!」
思案した直後に、後ろから威勢のいい声と槍の穂先がリフルの背中目掛けて飛んできた。
「ほっ」
「!?」
完全に不意を打った一撃だったはずだ。
しかしリフルは分かっていたとでも言いたげに回避し、スーレゴの突き出した槍の左側面に背中を向けると、
「ふんッ!」
今度は左側にいた男——ウルゼアの剣がリフルを袈裟に斬ろうと迫ってきたのだ。
中々の速さだが、リフルからしてみれば欠伸が出そうな程の速さでしかない。
ウルゼアを見据えたままリフルはその場で飛び——突き出されたままのスーレゴの槍に両足を乗せた。すかさずそこからさらに飛び上がり、バク宙の要領で空中で体を回すと、
「ッ!!」
リフルの右側にいた男——ラグゼムの後方へと着地した。
その直後に、ギィン!! という金属音。
「あっ!」
「ば、ばか! 何やってんだッ」
カランッ、と地面に落ちたのはスーレゴの持っていた槍だ。袈裟に振ったウルゼアの剣は止めきれず、スーレゴの槍に当たって落とさせてしまったのだ。
「うらァ!!!」
そして彼女が着地した直後にラグゼムは、振り返りつつ左肘をリフルに突き出す。狙いなどない。考えるより先に体が動いているのだから。
しかし偶然か、その肘は正確にリフルの顔に吸い込まれていく。当たれば確実にひるませられるだろう。
「いい反応の良さですなー」
そう。
当たれば、だ。
「————!!」
パシッ、と左肘が何かに受け止められた感触。否、何かではない。確認するまでもない。
本気で突き出した左肘を、この女は簡単に片手で止めたのだ。
「クソがッ!!」
なら足を踏み潰してやる、とラグゼムは左足を上げてリフルの左足を潰そうとするが、
「遅いです」
「どわッ!?」
ドンッ、と強く背中を押されるラグゼム。踏ん張ろうとするが叶わない。
——女とは思えない力だ。まるで巨大な手に思い切り押されたようなその力にラグゼムは、勢いよくウルゼアへと飛んでいく。
「!!?」
「ぐぉ!!!」
いきなり仲間が飛んで来た驚愕からか、硬直したウルゼアは当然かわせずにラグゼムと共に派手に地面を転がっていく。その際に二人の持っていた剣と短剣は空中に放り出され、地面に次々と落ちていった。
その二人の転がりようをスーレゴは目を丸くしながら見つつも、急いで落ちた自分の槍を持とうと右手を伸ばす——。
「おぉ、いい位置に顔がありますなー」
しかし。
「えっ・・・・・・!?」
気付いた時にはすでに、リフルがかがんだスーレゴの目の前にいたのだ。
瞬間。
ゴッ!!!!! という打撃音が、スーレゴの顎から響いた。
「————?」
顔を上げてリフルの足が見えた瞬間に、突如景色が切り替わりスーレゴの視界が青一色——空になっている。
しかもそれだけではない。
足に確かな感触を感じないのだ。代わりに新しく感じるのは二つ、痛みと浮遊感。
そう。スーレゴは浮いているのだ。
リフルに顎を蹴られ、体が空中に浮く程の衝撃を与えられた——!!
ぐらぐらと揺れる青空。無論空が動いているのではない。スーレゴの視界が揺れているのだ。顎に貰った一撃のせいだろう。これでは受け身が取れない・・・・・・。
だがそう思案するスーレゴを裏切る一撃が、彼の顔にやってきた。
グシャッ!!!!!
と、冗談でも何でもなく自分の一部が潰される音を、スーレゴの耳は確かに聞いた。
「ぉ、ご・・・・・・!!!?!?」
なんと容赦の無さか、無様に地面に体を打ちつける前にスーレゴの顔の中心にリフルの右拳が突き刺さったのだ——!!
言い表せない程の痛みがスーレゴの顔から広がっていく。ごろごろと止まる事なく地面を滑っていくスーレゴは、顎と鼻を潰されたあまりの痛みに意識を繋げる事は出来ずに、
「・・・・・・・・・・」
リフルに殴られた場所から離れた場所、彼らとリフルを中心に囲んでいる走巨蜥蜴の一匹に当たってやっと止まった時にはもう・・・・・・意識を失っていた。
「二撃で終わりですか。殿方ならもうちょっと頑張って欲しいですなー。これではまだまだ体が温まらないです」
「ス、スーレゴ・・・・・・」
「くっそ・・・・・・!!」
退屈そうにスーレゴを殴った右拳を開いたり閉じたりを繰り返すリフルに、起き上がったラグゼムとウルゼアは青ざめつつも睨み、手放してしまった自分の武器を目線で探して見つけるが——遠い。
間違いなく武器を取りに行く前に、リフルに肉薄されるだろう。
「・・・・・・素手でやるしかねぇ」
「みたいだな・・・・・・」
呟くウルゼアに同意したラグゼムはお互いに頷き合い、徒手空拳のままリフルに近づいていく。
反対にリフルは動かないままだ。
「まだ闘志は萎えてないみたいですなー」
「たりめぇだ。むしろ仲間やられて益々燃え上がってるぜ」
「おうよ。その通りよ。この程度で降参するなんてつまんねぇ事言うワケがねぇ」
「ふむ、訂正しましょう。あなた達は、ちゃんと殿方ですなー」
「——ぜぁッ!!」
距離を詰めた二人の内の一人、ウルゼアは左拳を素早くリフルの顔に繰り出す。当然のように顔を傾けただけでその左拳を避けたリフルに次の攻撃がやってきた。
蹴りだ。リフルの左脇腹を狙ったラグゼムの右足の蹴りが迫ってくる——。
「んっ」
その蹴りをリフルが左腕で防御した直後に、
「はッ!!!」
今度は右、ウルゼアの開手した右手がリフルの首を掴もうとしてきた。
「?」
——さすがにそろそろ疑問を覚えてしまう。
手の平を向けているからてっきり魔法を使ってくるかと思ったが、そのままリフルの首を絞める気のようだ。
それにそもそも、ここに至るまでこの連中は魔法を一切使っていない。
それは自分もだが、と魔法が苦手なリフルは右手を素早く伸ばし、彼の右手が自分の首に辿り着く前に、
「かッ!!?」
ズンッ! と親指だけを突き出した右手でウルゼアの首、ちょうど喉仏の下に右の親指を深く突き刺す。
動きを止めたウルゼアは目を見開いたままぶるぶると震え出し、そして、
「ぁ・・・・・・ぅ・・・・・・」
白目を見せると同時に・・・・・・力無く背中側から倒れ始めた。
「こ、この野郎ォ!!!!」
「性別をしっかりと認識してくださいな。わうはどこからどう見たって可憐なわうわう女子ですなー」
右の蹴り足を慌てて地面に戻すと同時にラグゼムの体が回転——左後ろ回し蹴りがリフルの顔に襲いかかるが、拗ねた表情を崩さないままリフルは左手で彼の左足首を受け止めつつ掴み、
「そーっれ! ですなー!」
「!!?!?」
そのまま後ろを向いたと思ったら、ラグゼムの左足首を掴んだまま投げ始めたのだ——!
片足だけの状態で抵抗出来るはずもなく、ぶわッ、と風を切りながら一気に空中に持ってかれるラグゼム。
信じられない力。否、力なんて可愛いものではない。怪力だ。こんな年若い女が決して出してはいけない、出せるはずが無い怪力。
人間とは思えない、明らかに人間を超えている圧倒的怪力——!!
——そして、
「せいッ!! ですなー!!!」
ドゴォッッ!!!! と地面に炸裂するラグゼム。
相当な威力なのか、打ち付けたラグゼムを中心に地面が少しだが——沈んでいる。
下手したら死にかねない一撃にピクピクと痙攣しているラグゼムだが、彼はまだやる気なのか、起き上がろうと震えつつ四つん這いになっていくが。
ぐいっ、と持ち上げられる顔。
「ふぁ?」
掴まれているのは、髪。
と思いきや、次は後頭部に手の感触だ。
そして、
「————」
ゴッ!!!!!
と激突したのは、ラグゼムの顔と打ち付けた衝撃で少し沈んだ地面。
地面が迫っている? 違う。迫っているのは、自分——。
それが、ラグゼムが最後に思案出来た事だった。
「ふぅ」
もはやピクリとも動く事が無くなったラグゼムの後頭部から右手を離しながら、リフルは細く息を吐く。
これであとは、二人だけだ。
中腰から姿勢を正し、リフルは振り向きつつ、
「さて、次はあなたですなー」
「・・・・・・・・・・」
「ひっ、ひぃ・・・・・・!!」
持っていた剣を地面に突き刺し、腕を組んで黙っているダッグトンとすっかり怯えて情けない声を漏らしているメオグと向き合う。
わめいていたピフスは気絶したのか、メオグの横で静かに地面に横たわっている。
「ふっ、強いな。強い強い。お前が一人でマフィミス達を潰せたのも納得出来たぜ。ああ、本当に強いなァお前。感動しちまう程だよ。まったくよ。俺もやられちまうかもな」
「その割には、随分と顔がにやけてますなー」
「いやいや、確かににやけてるかもしれねぇけど、これだけは一つ言っとくわ。・・・・・・俺以上にお前、すっげー楽し気な顔してるぜ?」
「は? わうが? あなた目がおかしいですなー。今のわうの気持ちは、早くこの戦闘を終わらせたい、です。全然楽しくなんかありません」
「そうかい? ラグゼムの頭を地面に打ち付けた時なんか特に楽しそうだったけどなぁ」
「適当言わないでくださいなー。その時わうはあなたに背中を向けていたんですが」
「雰囲気で分かるつってんだよ。お前も好きなんだろ? ——暴力を振るうのがさ。俺も暴力好きなんだよ。他人を無慈悲に殴ったり蹴ったり痛みを与えるのがよ。好きで好きでたまらねぇ・・・・・・ククッ。俺とお前は同じさ。同じ、他人をいたぶるのが大好きなクソッタレよ」
「・・・・・・あー、立ち眩み。どこぞのクソ野郎の言葉のせいで頭がふらつきますなー。これは原因を取り除かないといけませんなー。速やかに、早急に」
「ほぉ、そりゃ大変だ。なら俺が優しい言葉を囁いてやろうか? これでも女に人気なんだぜ、俺の声。あま~い声でお前の耳を溶かしてやるよ」
ザッ。
ザッ。
ザッ。
と、歩く。敵対すべき相手に近づきながら彼らはそれぞれ口から吐き出していく。
一人は吐き気をこらえるように、怒りを。
「それにわうは暴力は大嫌いです。あのクソどもを思い出しますからなー」
一人は親愛を伝えるように、友情を。
「分かりやすい嘘つきやがる。じゃあお前がこいつらにかましたのは何だ? どこからどうみてもその大嫌いな暴力だろが。理不尽に全てを解決出来る素晴らしい暴力以外の何物でもねェ。自分を偽るんじゃねえよ」
「わうが振るっているのは暴力ではなく、肉体言語ですなー。頭の出来が残念な方にも絶対に分かってくれるわう流の会話術です」
「物は言いようだな? ホント笑わしてくれるわお前」
——そして、
「あと・・・・・・いいんですか? それとも物忘れが激しい方なんですかなー。あなた、武器を地面に突き刺したままここまで来てますけど。待ってあげますから、取りに戻っていいですよ。あ、ここで戻るのは恥ずかしいから無理ですかね?」
「うるせぇ。そこまで頭緩くなってねェから心配すんな。お前相手に武器は邪魔なだけだと判断したから持ってこなかったんだよ。あと一つ訊いていいか? お前、あいつらとやり合ってる時に一度も魔法を使わなかったけど、なんでだい」
「答える必要はないですなー。それにこいつらも魔法を使わなかったじゃないですか」
「そりゃ魔法が上手く使えねぇからな。こいつらはいくら鍛錬を重ねてもしょぼい魔法しか出せねぇ。だから魔法が当然のこの世界はこいつらにとって息苦しくて仕方ないのさ。そんな息苦しさから少しでも脱したいから、俺達はこうして自由に暴れてんだ」
「息苦しい、ですか」
「ああ、生まれる世界を間違えたっていつもぼやいてるぜ」
「・・・・・・・・・・」
自分も魔法は苦手だが、そんな事は思わない。思うはずがない。
生まれは最悪で、子供の頃も最悪を超える最悪の環境だったが、それでも自分には最愛の姉——ユルフがいる。
大好きな姉がいるおかげで、自分はここまで生きてこれたのだ。
その姉がいない世界に生まれたらと思うと・・・・・・考えるだけでそれこそ、息苦し過ぎて窒息死してしまいそうだ。
「・・・・・・あなたも、息苦しくてたまらないと」
「ああ。ただし・・・・・・こいつらとは違う意味でだがな」
「?」
「おいおい、まさかお前、俺も魔法が使えないからとか思ってんのか? だとしたら勘違いだ。俺はあくまで、こいつら、と言ってたんだぜ。俺が魔法を使えないわけじゃねェ」
「そうですか」
「お? なんだ訊かないのか? じゃあなんで魔法をちゃんと使えるくせに息苦しいんだってよ。気にならないかい?」
「はい。聞いたところでわうの得になる事でもないですし、あとこれが一番の理由なんですけど・・・・・・」
「ほう・・・・・・言ってみな」
「——早くお前を倒して、わう達を獲物にした事を後悔させてやりたいと血が騒いで仕方ないからですなー・・・・・・!!」
そう言って、彼女が目を見開いた直後。
五指を折り曲げ、鉤爪状にしたリフルの右手がダッグトンの顔に音も無く振るわれていく——。
しかしダッグトンの目線は彼女の右手ではなく、ジッとリフルの顔に向いたままだ。
見えているのか、見えていないのか。
悟らせないまま、鷹揚に笑みを作ってダッグトンはこう言ったのだった。
「クク・・・・・・! 今のお前の笑顔————惚れちまいそうな程最高に輝いてるぜ?」




