第48話 『とある少女の帰ってきた日常』
窓から射す日の光が、閉じている瞼に差しこんで来る。
「ん・・・・・・」
その日の光は、唯一彼女を目覚めさせる時報だ。
「ん、ん~~~~~~~~」
横になったままベッドで全身を伸ばす彼女——ラゥル・キャミニシ―は欠伸を噛み殺しながら起き上がる。
今日も一日が始まるのだ。
「お腹へったなー」
寝間着から普段の服装に着替え、部屋を出て階段を下りていく。いつも通りの行動だ。今日も今日とて働いている父から逃げてミーゼの所へと向かい、最近ムゼという名前に改名したエマーゼと遊んで(ラゥルが一方的に絡んでいるだけ)楽しい一日を過ごす。
しかし、だ。
「ユレスに感想言わないとねぇ」
そう。
昨日の夕刻に行ってみたのだ。例の武器屋に。
一体どんな武器が売っているのか、と冷やかしに店に入った瞬間に——、
『いらっしゃいませー! ようこそうはうは美少女楽園に!!』
『ッ・・・・・・』
見目麗しい女性達に、迎えられたのだ。
もしかして入る店間違えたかな、と周囲を見回したら四方にはしっかりと様々な武器や防具まで売っていた。
一応は武器屋らしい。しかしなんだうはうは美少女楽園て。絶対に武器屋の名前ではないだろう。
『あらあら、珍しいわね。女の子がここに来るなんて。どんな武器をお探しかしら?』
『い、いやあたしは・・・・・・』
『そうねぇ。年も近いだろうし・・・・・・ユルフさん、リフルさん。このお嬢様をお願い出来るかしら?』
『はい。分かりましたレミエスさん』
『わう達にお任せですなー』
あたふたとしている内に二人の少女がラゥルに近づいて来た。その二人の少女もなんと可愛い事か。しかも顔立ちも似ているし、理由は分からないがどちらも肘まで長い手袋を着けているのも個性的で目が惹かれる。
この二人も含めてここで働いている女性達は全員が綺麗で可愛い。男にとっては夢のような場所かもしれない。
そう思案して、
『(・・・・・・ユレス、まさかここがこういう場所だって知ってて入ったのかな?)』
ユレスも男だ。
こんな綺麗どころに迫られてきっと気分は最高潮だっただろう。
これはからかうしかない、とラゥルがひっそりと笑った時だった。
『おー、お嬢様すごいですなー。お胸がユルフちゃんより大きいです。ユルフちゃんより大きい人を見るのは久しぶりですなー』
『確かにご立派ですね。わうも自信あったのですが・・・・・・完敗ですっ』
『胸の事は言わないでくれる!? と、いうか・・・・・・!?』
この二人、いつの間にか自分の両側にいるのだが。
考え事はしていたが、それでも目を離したつもりはなかったのに・・・・・・。
『さてお嬢様。本日はどんな武器をお探しですか? 見ての通り防具もありますよ』
『女性なら扱い易さで短剣がおすすめですなー。勿論鞭もです』
『リフルちゃんは鞭を薦めるのがお好きですねぇ』
『実際使い易いですし。でも男性はやはり剣とか槍とかがお好きなようですなー』
『そりゃそうでしょ。あたしは女だけど、使うなら剣とか槍の方がいいし』
『ですけど、たった一人、男性でわうのおすすめで鞭を買ってくれたユ、いえお客様がいましてなー(名前も個人情報だぅ。危うく晒す所だったう・・・・・・)』
『へぇ、まぁ中にはいるよね。男性でも鞭使う人』
というか、多分その男性はこの黒い手袋を着けている少女におだてられて購入したのではないだろうか、と推測するラゥル。
実際当たっている。
『ええ。他にも色々と買ってくれまして。お連れの大柄なお客様も同じぐらい買ってくれたんですよ。ね、リフルちゃん』
『はいユルフちゃん。わう達が担当したわけではありませんが、気分よく過ごされたようでしたなー。あのお方も大量に武器や防具を買ってくれましたなー』
その人もおだてられて買ったんだろうな、と推測するラゥル。
まさか、それが自分の父親だとは露程にも思わない。
『それでお客様。どのような武器や防具をお求めで?』
『ん、いやぁごめんなんだけど、特に欲しい物はないの。新しいもの見たさで来たんだ』
『そうですか。でも見に来てくれるだけでも嬉しいものです。ね、リフルちゃん』
『はいユルフちゃん。あまりの嬉しさに口がにやけて仕方ないですなー』
『んー、そう言って全然無表情にしか見えないリフルちゃん・・・・・・大変に可愛さ限界突破です!! もう可愛い可愛い! ほーら喉仏さすさすー♡』
『わうわうわうわうわうわうわうわうわうわう』
『(なんなのこの二人)』
そうしてどこか変わった少女達に案内されつつ、うはうは美少女楽園がどんな店かを確認したラゥルは決めたのだ。
絶対にユレスに感想を訊こう、どの子が好みだったの、と。
「さて、と」
昨日の事を思い出し終えたラゥルは、今下りた居間から店側へと入れる扉の前に立つ。よくユレスが使っている扉だ。
取っ手を右手で掴み、躊躇なく開けていく。
そして、
「あれ?」
「ん? おうラゥル。おはようさん」
店内にいたのは父であるドハドルと、何事かを話し合っている中年の男性達だった。
肝心のユレスはどこにもいない。今日も仕事のはずだが、彼はどこにいったのだろうか。
「おお! その子ラゥルちゃんか! でっかくなったなァ体もあそこもよォ」
「おいデンスてめェ、うちの娘に欲出してんじゃねえよ」
「バカやろうドハドルおめぇ、おいらはラゥルちゃんが小さい時から見てんだぜ? 情欲なんか湧かねぇよ。ただ成長を感じたのさ。もはや感動すら覚えてるね。なァみんな!」
「おう、ガキはいねぇけどよ。父親の気分だぜ今のおれは!」
「僕は叔父の気分だなぁ」
「なんでだ!?」
ガハハハハハハ!!! と笑い合う大人たちにラゥルは面を食らいつつ、自分の父に視線を送る。
不機嫌そうに「まったくこいつらはよぉ」と呟く彼だが、その顔はまんざらでも無さそうに楽し気だ。
彼らには悪いが、ラゥルは彼らの事はまったく覚えていない。ラゥルからしたら完全に他人だ——が。
全員が良い人間だっていうのは、父を見ればよく分かる。
そして、口元を綻ばせつつラゥルは、
「ねぇお父さん。ユレスは?」
目的である白髪の彼の所在を訊く。そのラゥルの問いにドハドルは合点がいったように、
「そういやお前知らなかったか。今日から七日間、こいつらと店内改装をするんだよ。それで店は一時休業。ユレスには七日間暇を出したんだ」
「ふーん、じゃあユレス今、自分の宿屋にいんの?」
「そこまでは分からん。まぁ七日間休みなんだ。どこかハルマレアと遠い所にでも旅行に出かけたかもしれねえな」
「てか、なんで急に改装してんの?」
「それはお前、向こうのうはうはに対抗するために決まってるだろがっ。このままじゃ客を取られ続けられっからよ」
「確かに、あそこのお店可愛い女の子がいっぱいいたし。ウチじゃまず勝てないね」
「何!? お前あの店に行ったのか? 武器とか買わされなかったか? あそこの嬢ちゃん達は人を乗せるのがうめぇんだよな・・・・・・」
「いや、何も買ってないけど。・・・・・・ん? というかその口ぶり、まさかお父さんも行ったの?」
少しの間、思考が溶けたように顔から感情を失くしたドハドルは直後——ぶわ! と冷や汗をかきつつ後ずさる。
失言をしたと気づいた時にはもう遅い。なんとか打開せねばとドハドルは口を開きかけるが、彼が口を開くよりも先にラゥルは左手で顎に触りつつこう言い始めたのだ。
「いや待って。そういえばウチに見慣れない武器防具があったよね。しかもその武器防具と似た武器防具をユレスも持ってた。・・・・・・もしかしてお父さん、ユレスと一緒にあのうはうはに行ったんじゃないの?」
「(普段では考えられないような推理力を一番発揮されたくない場面で発揮しやがった・・・・・・!!?)」
視線をそらし、黙り込む父にラゥルはため息をつく。
その沈黙が、答えを示している。
「所詮お父さんも男か・・・・・・。お母さんかわいそ」
「ち、違うんだラゥル!! 違うんだミレイィィィィィィィィィィ!!! 俺はお前一筋なんだよォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」
『ドハドル!!?』
突然頭を両手で抱え、叫び出す彼に駆け寄るドハドルの友人達。しかし心配する必要はない。単に娘の自分と母に気まずくなってるだけなのだから。
放っておけば勝手に持ち直す。
「ま、お父さんはどうでもいいとして」
パタン、と扉を閉じつつ、閉めた扉に背中を預けながらラゥルはここにいない白髪の彼を脳裏に浮かばせる。
せっかくからかってやろうと思ったのに。いないんじゃつまらないではないか。
「旅行か・・・・・・。本当だとしたらあたしにも声掛けて欲しいもんだよ。う~ん、ちょっとユレスとハルマレアちゃんの部屋に行こっかなー」
いなかったとしたら確定だ。そしたら会った時にさらにからかってやろう。
エマーゼやミーゼと遊ぶのも勿論楽しいが、たまにはユレスとハルマレアとも遊びたいのだ。
よし、行こう、とラゥルは扉の向こう側から聞こえる父の絶叫を無視しながら外へと向かっていく。ユレスは今、何をしているのだろうか。
「楽しい事やってんのかなぁ。もうッ、あたしも混ぜろってのに。会った時覚悟しなよ~ユレス~!」
⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨
「——なんだあいつらは!!?」
ファヲに向かうためにまず中継地点であるプゼムへと蜥蜴車で向かっている時だった。
何の前触れもなく、武器を持った人間が走巨蜥蜴六匹に乗ってこちらに近づいて来ているのだ・・・・・・!
「あれは・・・・・・どう見たって賊ですなー。恐らく、というか間違いなくプゼムを根城にしている集団でしょうな」
「しかし予想外ですね。襲ってくるのはもう少し先かと思いましたが」
「ふむ、賊か。あの迷いのない動き、奴ら襲撃に慣れていると見えるな」
狼狽えるユレスと違って異父姉妹とハルマレアは冷静だ。異父姉妹は元々プゼムにいたから分かるが、まさかハルマレアも落ち着いているとは。
さすがは魔王の娘か。だが、そんな彼女も勇者の剣が出た時は硬直していたが。
と、その時だった。
ガラッ! と勢いよく窓を開けたリフルは顔を外に出し、
「運転手さん!! 止めてください!! わうが迎え撃ちますので!!」
「い、いや! 戦うなら私がやります!! お客様の安全を守るのも仕事です!!!」
「わうの方が早く片付けられますなー!! いいから止めてください!!!」
「くっ!!」
直後。
「ギギィア!!!」
走巨蜥蜴の嘶きと共に急制止する蜥蜴車。反動で体が揺れ、元々座っていた長椅子の方に尻を打ってしまう。
「痛ぅ・・・・・・」
「さて・・・・・・では始めますかなー」
「リフルちゃん、殺すのはダメですよ?」
「分かってますなー。『怪魔』ならともかく、相手はただの人間ですし」
そう言いつつ、荷車から出ようとするリフルにユレスは慌てて駆け寄り、
「ちょっと待てっ。やるなら私がやる。トェイスとメルヘレオス以外は私とレアがやると言ったからな。君もここに残るんだ」
「ユレスちゃんが言ったのは『怪魔』だけ、ですけどね・・・・・・ふふッ。そもそも、さすがに全部任せるわけにもいかないでしょう? それにあの二匹と闘う前に準備運動もしたいですしなー。ちょうどいいです。つまりユレスちゃん達は手出し無用ですからここで見ていてください。では行ってきますなー」
「おいリフルっ。ユルフもいいのか!? リフルを行かせて!」
「ええ。あの程度の人達でしたらリフルちゃん一人でちょちょいのちょいですので」
即答だった。
確かにリフルが強いのは知っているが、相手は六人だ。多勢に無勢ではないだろうか。
まさか街に入る前に絡まれるとは、と荷車から出て行ったリフルの背中を窓越しに見つめるユレスにユルフは、こう口を継いだ。
「まあ見ていてくださいよ。わうの妹であるリフルちゃんがどれ程強いのか、まだしっかりと見ていないでしょう?」
「うむ。お手並み拝見だな」
ユルフとハルマレアはすっかり観戦待機をしている。ユルフの言う通り、まだユレスとハルマレアはリフルの実力を完全に測っていない。姉の彼女がそう言うのであれば、ここは自分も見るしかないか。
そう思案したユレスは不安を抱えつつも、賊を乗せた走巨蜥蜴六匹に囲まれ始めたリフルに視線を固定していった——。
⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨
見覚えがあるような気がする、と一人の男は首を捻った。
「こりゃあ随分と可愛い女が来たな。なぁメオグ?」
「あ・・・・・・ああ! そうだな!」
「(ホント、ここらの賊は頭の悪そうな奴らばかりですなー。しかしこういう事は慣れているからすぐに環境を作れる、と)」
歩いていく内にこちらに向かって来ていた賊六人は、一番先頭を走っていた茶色の髪を雑に後ろに流している男が左腕を横に伸ばした瞬間に離れ始め、近づいて来たリフルを逃がさないように円陣で囲んだのだ。
あの茶髪がこの集団の頭か、とリフルは茶髪の男を視線で刺しつつ、
「あなたが頭目ですなー? どうせわうの想像通りの答えが返ってきそうですけど一応訊きますなー。わう達に何のご用でしょう?」
「ククッ。じゃあ期待に沿って分かり切った答えを出してやる。金と金になる物を全部寄越せ。そうすればてめぇら、見逃してやるぜ?」
「はいはい。仮に出さなくとも身ぐるみ剝いでくんでしょう? 眠たくなる展開ですなー、まったくもって」
「そうかい。眠たいなら起こしてやるよ。俺らなりの刺激的な方法でなァ。おうピフス。このガキ捕らえろ。攫って好き放題やろうぜ」
「りょうか~い。よっと」
頭目である茶髪の男の右隣りのピフスと呼ばれた男が自分の乗っている走巨蜥蜴から下り、右手に剣を持ったまま大股でこちらに歩んで来る。
そして、リフルの前に立ったピフスは無遠慮に顔をリフルの顔に近づけると、
「いいねぇキミ。胸の方は残念だけど、他はすげーそそられるわ・・・・・・特に鼻の形な? おれ鼻の形が綺麗な女好きなのよ」
「耳の奥まで腐りそうな性的嗜好を聞かせてもらってありがとうございますなー。そのお礼にえぐる部分を予告してあげます。あなたは、その汚い鼻をえぐってあげますなー」
「へぇ~~~~~~・・・・・・面白い事言うねぇ!!」
ぶぢッ!!!!!!
と、聞くだけで鳥肌が立つような音が——ピフスの耳朶を打った。
「・・・・・・んぁ?」
左手を伸ばし、少女の金髪を掴もうとした時にはもう少女はいなかった。
視界の端に、少女の結んでいる金髪の長い一房が風で入ってくる。
左側に顔を向けると、彼女は眉をひそめながら何かを黒い手袋に覆われた右手の親指と人差し指に挟んでジッと観察していたのだ。
そうして、ポツリと、吐き気をこらえるようにこう言った。
「汚いですなー。それに不細工。自分がこんなだから、他人の羨んで好きなんですかなー?」
それは。
それは。
それ、は・・・・・・。
「俺の、鼻・・・・・・?」
そう理解した直後だった。
ピフスの足元にびちゃぁッ!!! と、真っ赤な液体が勢いよく降りかかった——。




