第47話 『久々の蜥蜴車・・・・・・からの』
「うむ! 食った食った! 食い溜め完了であるっ」
自分の腹を小さな左手で叩きつつそう言うハルマレアに、ユレスも満腹感を感じながら息を吐き出す。
そしていつも利用する飯屋から出たユレスは空を見上げ、今日から始まるのだと実感していく。
現在、陽も高々と上った朝。
そう、ファヲ地方奪還が始まる当日だ。
「じゃあ蜥蜴車を扱ってる店に行くか」
「そうさな。もうあの姉妹が待っているかもしれぬな」
他愛無い雑談を交えながらユレスとハルマレアは足並みを揃えて歩き出す。
昨日の夜に行われた話し合いを終え、彼女達の故郷であるファヲ地方を取り戻す手伝いを申し出たユレス。今日からファヲに向かうと異父姉妹と決めて、集合場所はファヲに向かう為に必要な蜥蜴車を扱っている店にしようとユルフが提案したのだ。
彼女達の話によると、ここからファヲまで辿り着くには二日もかかるらしい。
「(行きで二日。帰りも二日使うから・・・・・・つまり三日以内にファヲを取り戻さないとダメって事か)」
そう思考をすると本当に出来るのか、と弱気になってしまうが、ここは男を見せなければならないだろう。
三日以内で終わらせる。それに何事も考え方次第だ。三日もある、と考えよう。その方が前向きだし、何よりやる気の方向性が違うはず。
「(やってやるっ)」
リフルとユルフのためにも、頑張らなくては。
自分を鼓舞するように、強く地を踏みしめながらユレスは目的地へと向かって行った——。
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目的地である蜥蜴車を扱っている店に着いたユレスとハルマレアだが、彼女達はまだいない。どうやらユレス達の方が待つ側になったようだ。
他の人の迷惑にならないよう、入り口から少し離れた所で待つユレスとハルマレア。
——そうして、待った時間は短かったのか、長かったのか。
「お、来たようだぞ」
そんな曖昧な時間の中、ハルマレアの一声でユレスはこちらに歩いてくる二人組を認識する。距離が近づくにつれ、彼女達が着ている見慣れた独特な服装をもハッキリと見え始め・・・・・・、
「お待たせしましたなーユレスちゃん」
「おはようございますユレスさん、ハルマレアさん」
広い袖に両手を入れている異父姉妹——リフルとユルフがユレス達の元まで辿り着いた。
そして、ペコリと頭を下げたユルフは「すみません・・・・・・」と謝罪しつつ、
「結構待たせちゃいましたよね・・・・・・。リフルちゃんがファヲに着いたら満足にご飯も食べれない状況になるだろうと予測しまして。それでご飯を頂いていました。んー、でも食い溜めするって言ってもりもりご飯を食べていたリフルちゃん・・・・・・本当に可愛らしかったです♡ そーれ頬ぷにぷに~♪」
「わうわうわうわうわうわうわうわうわうわう」
「ほぉ、なれも食い溜めしておったのか。あてと同じ思考をしたな」
「わうわうッ!!」
「(そのまま吠えた!?)」
歯軋りしながらハルマレアを威嚇するリフルはまさに獣だ。ただ、ユルフに頬をいじられながら吠えているので全然怖さはないが。むしろ可愛げがあって余計に構いたくなる程である。
彼女が妹によく絡むのも今となっては頷ける。
「やれやれ・・・・・・リフルよ。そろそろ仲良くせんか? あてらはこれから戦いに行く同士なのだぞ。不仲なままではいざという時に・・・・・・」
「そのいざが来たとしてもユルフちゃんがいますから大丈夫ですなー。それに、この際だから訊きますけどハルマレア、お前は戦えるんですか?」
「ふっ・・・・・・見くびるなよリフル。あては魔王ヴァルノートの娘にして元魔王(一日だけ)のハルマレアであるぞ。赤熱魔法も並み以上に強い且つ、なれ程ではないが素手の戦闘もこなせるのだ!」
「なるほど。つまり普通から抜け出せないただの親の七光、という事ですなー」
「ちがーう!! あてだって強いのだー!! ムキャー!!!」
「駄々を捏ねる・・・・・・まさにクソガキですなー」
だんだんッ!! と左足で音大きく地面を踏むハルマレアに冷笑を浴びせるリフルの二人。
腹を割っての話し合いが終わっても、この二人の関係——リフルが一方的にハルマレアを嫌っているのは変わらないままだ。
彼女達が仲良くなる未来は、果たして来るのだろうか。
少なくとも今は無理だろうな、と即断した瞬間、ふとユレスは「そういえば」と前置きし、
「私は七日間店が休業だから大丈夫だが、君達は大丈夫なのかい? うはうはの方は」
「ええ。あくまで次の依頼までの副業でしたし、店長にはちゃんと許可を貰っていますよ。もしテレブール王国に戻る事になればまた働いてくれ、て言われまして・・・・・・なんか、上手く言えないんですけど、わう嬉しくなっちゃって。それで食い気味にはい! て返しちゃいました。たはは・・・・・・」
「そうか・・・・・・」
きっと、必要とされるのが嬉しいのだろう、とユレスはユルフの横顔を見つめる。
自分がいてもいい場所というのは、心が安らぐものだ。人間だろうと『怪魔』だろうと『境魔線人』だろうと同じだろう。
誰だって心はあるのだ。
目を閉じ、脳裏にテルスタ村、ドハドルの武器屋の情景を想起したユレスは、
「——リフル、ユルフ。そろそろ行こうか。君達の故郷・・・・・・ファヲに」
目を開けつつそう言うユレスに、ユルフとハルマレアといがみ合うのを止めたリフルは力強く白髪の彼を見返しつつ、意思の強さを感じさせる返事をしたのだった。
「「——はい!!」」
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——ガタン、ガタン・・・・・・。
「うむ・・・・・・」
ガタンッ! ガタン、ガタン・・・・・・。
「おぉ! 今跳ねたな? ははッ! 跳ねた跳ねた!!」
「・・・・・・ユレスちゃん、こいつはいつもこんな感じなんですか?」
「ま、まぁそうだな。子供のような純真部分があるんだよレアには・・・・・・」
「子供のような・・・・・・そういえば訊いてなかったですなー。尊大な口調なのは魔王の娘だからと思っているんですが、実際こいつは何歳なんです? 見た目通りの年ではないでしょう? 『怪魔』ですし」
「あー・・・・・・私の口から言うのはちょっと・・・・・・」
「仕方ないですなー。おいハルマレア。お前何歳ですか?」
「ん、あてか? 百歳だぞ」
「「————」」
ハルマレアから年齢を聞いた異父姉妹が絶句するのを見て、ユレスは深く頷く。
自分も最初は驚愕したものだ。見た目通りの年ではないと言ったリフルだが、まさか三桁いっているとは思っていなかったのだろう。
いつの日か、ハルマレアに『怪魔』の寿命を訊いた事があるのだが、彼女はこう説明していた。
『ん? 寿命? まぁ短いのか長いのかはその個体それぞれで違うだろうが、そうさな・・・・・・あてが知っている中で一番長く生きた『怪魔』は7800年だな』
『7800!!?』
『うむ。あてを見れば分かる通り、『怪魔』というのはほぼ不老に近い存在だ。細胞が極端に劣化しづらいのだ。その7800年生きた奴が死んだのは殺されてだから、実際はもっと生きていたかもしれんな』
『凄いな・・・・・・じゃあ人間からしたらレアは長生きだが、『怪魔』から見ればまだまだ子供みたいなものか?』
『まあ百歳で成人という扱いであるから、子供ではないな。あての外見が子供のようなのは認めるがな』
『・・・・・・じゃあレアは、私が年老いてもその姿のままで、私が寿命で死ぬときもその姿のままってワケか』
『・・・・・・いや、そうとも限らんぞ』
『?』
『なれは『黒魔刻魔法』・・・・・・魔王の魔力をその身に宿したのだ。人間が『魔王』になった前例はないから確証は無いが、もしかしたら細胞が『怪魔』に変化して不老に近い存在になったかもしれんぞ』
『そう、なのか・・・・・・』
『あくまで一説だ。あてが言っておいてなんだが本気には捉えない方がいい。なれは人間だ。それを忘れるな』
『ああ・・・・・・』
——もし、その説が真実ならば。
自分はこの先、何年、何十年、何千年とこの先の人生を生きていくのか。
「・・・・・・・・・・」
「百歳とはたまげましたね・・・・・・ね、リフルちゃん」
「はいユルフちゃん。百年も生きているというのに子供のような振る舞いを見せるハルマレアに心底たまげましたなー」
「んー、毒舌を止める事ないリフルちゃん・・・・・・お姉ちゃん的にはありと言いたいですけど、もう少し仲良くして欲しいかなーって思っちゃいますねぇ」
「無理です。たとえユルフちゃん相手でもこれだけは譲れません」
「頑固な女よな」
「ふんっ」
回想から現実に意識が帰ると、リフルがそっぽを向いて窓の方を見始めていた。
彼女に倣ってユレスも窓の外の景色に視線を固定する。現在、蜥蜴車に乗ってファヲへと移動中。蜥蜴車の荷車はちょうど四人分乗れる広さであり、座席は右がユレスで左はハルマレア。そしてユレスの対面にはユルフでハルマレアの対面はリフルだ。
無論この蜥蜴車を運転しているのは業者の人間である。
「大分テレブール王国から離れたか?」
「ええ。それとすみません。伝え忘れてたのですが、ファヲに行くには一度中継地点であるプゼムに寄ってそこから新しい蜥蜴車を乗り換えなくてはならないんです」
「プゼム? どんな街なんだ?」
「わうとユルフちゃんがうはうは美少女楽園の店長に依頼された所・・・・・・治安がすこぶる悪い街ですなー」
「すこぶる・・・・・・」
そんなに悪いのか、そのプゼムは。
否、間違いなく悪いのだろう。なにせそのうはうは美少女楽園の店長が戦闘屋であるこの異父姉妹に用心棒を頼む程なのだ。
街についた瞬間に絡まれるかも・・・・・・。
「ん・・・・・・?」
そうユレスが戦々恐々としている時だった。
窓にへばりついて外の景色を見ているハルマレアは目を細めながら、
「何か・・・・・・こちらに来ていないか?」
その彼女の言葉で全員が、ハルマレアの指さす方に顔を向けていく。
・・・・・・確かに彼女の言う通り何か——距離が縮まってきて見えるようになった走巨蜥蜴だ。目視で六匹の走巨蜥蜴がこちらの蜥蜴車に向かって来ているのだ。
——武器を持った人間を乗せて。




