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HARUMAREA  作者: 火束 大
第三章 『不義選定』
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第46話 『誓いの日:リフルですなー』


 がじがじと、ユルフが妹の頬を甘噛みし始めてしばらくの間。


「はっ!!!」


 何かに気付いたように目を見開くと、勢いよく妹の頬から口を離し、


「す、すみませんユレスさんハルマレアさん! わうったらつい夢中になってしまって・・・・・・!」


「そうだな、愛情表現もいいが、今は抑えてくれると助かる」


「すみませんすみません!」


 ぺこぺこと頭を何度も下げるユルフ。彼女に噛まれていたリフルは、無表情のまま噛まれていた頬を抱きしめているユレスの枕に直接擦ってユルフの涎を拭っている。

 というか人の枕を布代わりにしないで欲しい。


「では、次はわう達の番ですね。どうぞ聞きたい事をなんなりと」


「ああ。じゃあ何から訊こうかな・・・・・・」


 とりあえずは、あれか。

 そう迷う事も無く決めたユレスは、


「昨日リフルが本職とか言っただろ? その本職について教えてくれ」


「確かに言いましたなー。いいでしょう。今のわう達はうはうは美少女楽園の従業員として働いていますが、実はそれはただの副業なのです。本当のお仕事は戦闘に関わる事はなんであれ受ける、戦闘屋なんですなー」


「前回のお仕事の内容は店長・・・・・・うはうは美少女楽園の店長の用心棒でした。この王国に来る前の街は相当物騒な所でして。そこで店長に依頼されまして道中店長を守りながらこの王国にやってきたのです。本当ならこの王国に来るまでで依頼完了なのですが、店長のご厚意で次の依頼までうはうは美少女楽園で働かせてもらっているのです」


「なるほど・・・・・・」


 ユルフはともかく、リフルの強さなら納得だ。


「本職については分かった。しかしなぜその戦闘屋をやっているんだい?」


「それは日々の食い扶持を稼ぐためであり、強くなるためですなー。わう達には、取り戻さなければならないモノがあるのです。そして、倒さなければならない敵が・・・・・・」


 彼女が抱きしめているユレスの枕が、強く押し潰されていく。

 明らかに感情が高ぶっていると分かる挙動だ。抑えきれないのか、ぶるぶると寒さに耐えるようにリフルの体が震えている。

 少しの間、静観する中。

 ポツリと、ハルマレアは答えるようにこう呟いた。


「トェイスか。倒したい敵というのは」


「・・・・・・ふん。あとメルヘレオスですなー。あいつらだけはこの手で血祭りに上げないと気が済まないのです。この手で、絶対に。わうとユルフちゃんはその目的のために生きていると言っても過言ではないですなー」


「・・・・・・どうして、そこまで憎んでるんだ? 『怪魔(ダクストル)』とはいえ、その二人は君達の父親なんだろう?」


「確かにあの二匹は、血縁上はわうとユルフちゃんの父親です。ですが、父親らしい事などされた事もなく、メルヘレオスからは虐待を日々受けて、トェイスはわうらを無視して・・・・・・村では『怪魔(ダクストル)』の子供だからって迫害を受けて! 挙句の果てにはおかあまで死なせて!! あんな奴ら絶対に父親なんかじゃないぅ!! まぎれもない害悪だぅ!!!」


 ぶづんッ!!! という音が弾く。


 枕だ。怒りを燃やしたリフルが、抱きしめているユレスの枕を引き裂いたのだ。

 文句など、言えない。

 不躾に訊いた自分が彼女をそうさせたのだ・・・・・・。

 そして、そう反省するユレスの前で息荒く肩を揺らしているリフルに、


「落ち着いてくださいリフルちゃん。ほら、頭なでなで・・・・・・」


 そっと自分の胸元に引き寄せ、優しく右手で妹の頭を撫で始めるユルフ。その姉の慈愛に触れたからか、徐々にリフルの呼吸は落ち着き、


「・・・・・・ありがとうございますユルフちゃん。おかげで落ち着きました」


 ゆっくりと、姉から離れて座り直した。

 そうしてユレスに向かって頭を下げると、彼女は申し訳なさそうにこう言った。


「ごめんなさいユレスちゃん・・・・・・枕を裂いてしまいました。弁償しますね」


「いや、気にしないでくれ。私が無遠慮に訊いたのが悪いんだ。私こそすまなかった」


「いえ、わうが自分の感情を抑えられないのが悪いのですなー。あ、そうですっ。明日枕を買うまでわうがユレスちゃんの枕になります! それでお許しを!」


「リ、リフルが枕に・・・・・・!?」


 脳裏に想像してしまうのは、様々な彼女の姿。

 まず、膝枕。


『どうですユレスちゃん? わうの太ももは固くないですか? あ、ユレスちゃん耳垢溜まってますなー。ダメですよたまには掃除しないと。よし、わうが掃除してあげますなー』


 次に、腹枕。


『もうユレスちゃんっ。ぽんぽんで寝たいだなんて少し変態的では? ・・・・・・ちゃんと寝れますか? わうぽんぽんを鍛えて固いのですけど。んっ、あは! 髪がくすぐったいですなー! え? おへそが好き? あははッ! ユレスちゃんのへんたーい、ですなー♪』


 ・・・・・・最後は。


『え? 仰向けのままで・・・・・・こ、ここに頭を乗せたい、ですか。さすがにそれは・・・・・・いえ、分かりました! このリフル、ユレスちゃんのために頑張りますなー! さ、おいでですなー、ユレスちゃん・・・・・・』


「——ぶはッ!!?」


「ユレス!?」


 ドサッ! と背中からハルマレアのベッドに倒れてしまうユレス。まさに脳天を穿つ衝撃。まさかここまで自分の妄想が駆り立てられるとは。恐るべしリフル・・・・・・!

 そう恐慌するユレスに、当のリフルは首を傾け、


「どうしましたユレスちゃん? 早速わうの出番ですか?」


「ッ・・・・・・」


 断らなければ、とユレスは目を見開く。

 今は大事な話の最中なのだ。真面目になれ。うはうは美少女楽園の時は欲望に負けてしまったが、今回はハルマレアがいるのだ。

 負けてたまるか!!


「リフル・・・・・・」


「はい」



「む、ではなく腹っ、でもなく膝枕で頼む!!」



「分かりました! ではこちらに来てください!」


 一度ならず二度までも、欲望に負けた男がここにいた。




     ⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨




「どうですユレスちゃん? 膝枕をするのは初めてなんですが、上手く出来てますか?」


「あ、ああ。最高だよ」


 頭の後ろを支える柔らかい感触。断言するが、この膝枕で何時間でも眠れる自信がユレスにはある。

 素直になって良かった、とユレスは自分の顔を見下ろすリフルの顔を見つめる。無表情が基本のリフルだが、今のリフルは柔らかく微笑んでいる。

 整った可憐な顔。こうして見つめ合っていると、心音が高くなってしまう。


「(おや? もしかしてこれが・・・・・・恋か?)」


 グレセスにはいずれ現れるだろう、と言われたが、もしやその恋の相手はすでに出会っていたのだろうか。

 この少女が・・・・・・自分の未来の恋人?

 そう、思案した時だ。


「で、ユレスよ」


 不機嫌そうなハルマレアの声が耳朶を打ってきた。

 リフルの顔から自分が先程いたハルマレアのベッドの方へと顔を向ける。そこには、自分と入れ替わって彼女のベッドに腰を下ろしているユルフと、まさに不機嫌に眉を寄せているハルマレアがこちらを見ているのだ。

 ハルマレアはぴくぴくと眉を動かしつつ、


「いつまで横になっているつもりだ? いちいち話が脱線して面倒になってきたぞあては」


「す、すまん。すぐに切り替える」


 予想通りのハルマレアの怒りにユレスは素直に謝罪して起き上がる。後悔はない。リフルの膝枕はそれ程素晴らしいモノだったのだから。

 そう晴れやかな気持ちを抱きつつリフルの隣に座り直すユレス。

 そして、まだ少し照れを残しているユレスはリフルを横目で見ながら口を開いた。


「とりあえず、君達がトェイスとメルヘレオスが憎いのは理解した。あと訊きたいのはこれで最後だ。・・・・・・そのトェイスとメルヘレオスがどこにいるのかは分かっているのかい?」


「勿論ですなー。きっと奴らはまだ、あそこにいますなー」


「あそこ・・・・・・?」


「わう達の故郷・・・・・・ファヲ地方です。おかあ・・・・・・母から聞いた話によると、突然『怪魔(ダクストル)』の集団を引き連れてトェイスが襲撃に来たそうなんです。最初はファヲ地方にある幾つかの村が結託して抵抗したのですが、最終的には負けてしまいファヲ地方に住む人達は奴隷にされ、トェイス達にファヲ地方は完全に支配されたのです」


「ファヲ・・・・・・。そういえば二十数年前にトェイスが機嫌良く他の怪肆魔将の奴らに自慢しておったな。変な口調がたまに傷だが、見た目が麗しい女がたくさんいる場所を見つけただのなんだのと。それがファヲって事か」


 変な口調というと、ユルフとリフルが口にする語尾や言葉につける〝ぅ〟や〝う〟のやつの事だろう。

 ファヲ地方独特の口調だったってワケか。

 とにもかくにも、ここまでの話合いでお互いの事情は理解し合えた。


「・・・・・・奴らが来てから、もう二十数年も経ったのですなー」


 そう呟いて、そっと天井を見上げるリフル。その胸中には様々な感情が宿っているのだろう。その中でも一番強いのはやはり怒りか。

 目を閉じ、考え込むようにジッとするリフルは少しの間を置いて、



「——そろそろ、頃合いかもですなー」



 ゆっくりと目を開いて、そう言った。


「! リフルちゃん、それはつまり・・・・・・」


「誓ったあの日から、鍛えて鍛えて実戦も何度も経験してきました。それに、あれから十年も経ちましたしなー。もうこれ以上、引き伸ばすのはよろしくないです。反撃の狼煙を上げる時がもう来たのだとわうは思うんですよ、ユルフちゃん。ちょうど依頼も無いですし」


「・・・・・・本当に、やるんですね?」


「はいユルフちゃん。いい加減誓いを果たしましょう。今のわう達なら、奴らを始末出来るはずですなー」


「ちょ、ちょっと待て。まさか君達は・・・・・・」


 分かっている事を、あえて訊いてしまう。

 そうして、リフルは頷き——ハッキリとユレスの予想通りにこう言ったのだ。


「はい。明日——この王国を発ち、ファヲ地方に向かって奴らを・・・・・・トェイスとメルヘレオスを狩りに行きます。そしてファヲ地方を奴らから取り戻すのですなー。ユルフちゃんとわうの手で」


「————」


 ——この腹を割っての話合いで、彼女の決意を強めてしまったのか。


 リフルの顔は本気だ。ユルフも覚悟を固めるように拳を握っている。

 明日、彼女達はこの王国から去るという事実。もしかしたら、もう二度と会えない可能性もあるのだ。


「・・・・・・・・・・」


 考え込む。

 早計な考えかもしれないが、リフルは自分の未来の恋の相手かもしれないのだ。ここで見送るのは、何か違うのではないだろうか。

 グレセスは二十歳から恋をすべきだと言ったが、彼女には悪いがそれはあくまでグレセスの主観だ。自分の事は自分で決めるべきだろう。


「(ちょうど、明日から七日間休日貰ったしな)」


 もはや天啓に近い。行くべきだと誰かに背中を押されているようだ。

 それにリフルは自信があるようだが、相手は怪肆魔将の一匹だ。そう易々と倒せる相手ではないだろう。

 さらに理由を付け足すなら、一旦自分はこの王国を離れるべきだとユレスは新たに思考を挟む。


 なぜなら、この王国にはいまだ存在を隠している勇者がいるのだ。


 自分がこのテレブール王国を離れれば、高い確率で勇者もついてくるはず。

 その道中で勇者をあぶり出せる隙があるかもしれない。勇者が一体誰なのか、ユレスには知る必要がある。

 身を守るためにも。今後の安定した生活のためにも、だ。


 ——決めた。


「リフル、ユルフ」


「「はい?」」


 同時に声を揃えて返事をした彼女達に、ユレスは、



「私も君達について行っていいだろうか。君達の戦いを手伝いたいんだ」



「「————!!」」


 これもまた、同時に驚愕の視線をこちらに向けてくる異父姉妹。まさかユレスがそんな事を言ってくるとは露程も思っていなかったのだろう。

 そして、当然のようにリフルは眉をひそめてユレスにこう言ってきた。


「ユレスちゃん・・・・・・気持ちはありがたいですが、これはわうとユルフちゃんの戦いです。他者が介入していい問題ではないですなー」


「そうだな。トェイスとメルヘレオスは君達が討つべき敵なのは十分承知している。だが、他の『怪魔(ダクストル)』達はどうする? トェイスに支配されている土地なら間違いなくたくさんいるだろう。トェイスとメルヘレオスに辿り着く前にきっと君達を襲うだろうし、トェイスとメルヘレオスを倒してもファヲを取り戻すなら残存している『怪魔(ダクストル)』を全員片付けなければならない。想像してみて欲しい。君達が思っている以上に、これから始めようとしている戦いが過酷なものだという事を」


「・・・・・・確かにユレスさんの言う通りかもしれません。トェイスとメルヘレオスの前に『怪魔(ダクストル)』との戦闘で体力が削られ、こちらが不利な状態で戦闘が始まってしまう恐れもありますし、仮に万全の状態でトェイスとメルヘレオスを倒しても、戦闘が終わった後は当然疲労もありますし、もしかしたら五体無事とは限らない可能性もあります。その状態で何体いるか把握出来ていない残りの『怪魔(ダクストル)』を片付けるというのは・・・・・・相当厳しいですね。下手したら返り討ちにあってファヲを取り戻せないままかも・・・・・・」


「うむ。それにメルヘレオスという奴は知らんが、副将というならばそこらの『怪魔(ダクストル)』よりも当然強い上に、トェイスは怪肆魔将の一人だ。奴は己の実力だけでただの『怪魔(ダクストル)』から副将となり、怪肆魔将まで昇りつめた男。あやつの味方をするわけではないが、あやつの強さは底が見えぬ程ぞ。簡単に且つ、無傷で倒せる相手では決してない」


「・・・・・・・・・・」


 口を固く結び、思案にふけるリフル。様々な展開を考えているに違いない。

 怪肆魔将か、とユレスはテルスタ村を襲撃したダラネモアを脳裏に想起する。まともに戦闘はしなかったが、ダラネモアは〝吸黒魔雲〟で強化した最大火力と言ってもいい赤熱魔法を受けても立ち上がって戦闘を続行してきた。

 もしソムロスがいなかったら、確実に自分はあそこで死んでいただろう。

 まだ怪肆魔将や副将の実力を測りかねてはいるが、副将のダラネモアで死にかけたのだ。侮っていい相手ではないのは確かな事である。

 たとえ『魔王』のみが使える特別な魔法——『黒魔刻魔法』を持っているとしても。


「・・・・・・私が手伝うのは、他の『怪魔(ダクストル)』退治だけ。トェイスとメルヘレオスを倒すのは最初から最後まで君達の役目だ。どうだい、これなら君達の邪魔ではないし、トェイスとメルヘレオスだけに集中出来る。それに正直に言うが、一旦この王国を出たいんだよ。勇者の対抗策としてね」


「ちなみにあても行くぞ。ユレスが心配故な。(・・・・・・心配なのも本当だが、実際はユレスがいなければあては餓死確定だからな)」


「・・・・・・・・・・ふー・・・・・・」


 そうして。

 大きく息を吐いたリフルは諦めたように、


「——分かりました。筋は通っていますしなー。・・・・・・ユレスちゃん、まぁあとはハルマレアも。どうか、わう達に力を貸してください」


「お願いします。ユレスさん、ハルマレアさん」


 膝を揃え、ユレスに向かって頭を下げる異父姉妹に「ああ」と返事をし、ハルマレアは腕を組んで鷹揚に頷く。

 怪肆魔将と副将、土地を取り戻す戦い。

 そして・・・・・・勇者。

 規模が膨れ上がる戦いの予感に身震いするユレスだが、避けては通れない道なのだ。ここで退くという選択は無い。


「(テルスタ村の時のような『怪魔(ダクストル)』で引き起こされる悲劇はもうごめんだ。絶対に・・・・・・!!)」




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