第44話 『夢=無』
「やっと帰ってこれた・・・・・・」
ぼすっ! と全体重をかけるように、自分のベッドに腰を下ろしたユレスは大きく息を吐き出す。
疲労感が一気に肩に乗ってくる。ハルマレアと共に外から拠点であるこの宿屋まで警戒を緩めずに来たからだ。
リフルとの対峙といい、今日は本当に疲れた・・・・・・。
だが、まだ休むわけにもいかないのだ。
「ああ我がベッド。ベッド程安らげる物はそうそうな・・・・・・すかー・・・・・・」
「寝るな! まだ話すら始まっていないぞっ」
「冗談だユレス。本当に寝るわけがなかろう? ・・・・・・ふぁ」
声を張り上げなかったら絶対寝てたな、とユレスはため息をつきつつ、
「でだ、レア。あの白い剣は何なんだ?」
言葉を飾らずに訊く。正直形状すら思い出したくない。脳裏にあの剣を想像するだけで軽く吐き気を覚えてしまう程だ。
無論、剣自体に吐き気を覚えているわけではない。あの白い剣だけに、吐き気を覚えているのだ。
「・・・・・・そうさな。アレが出た以上、話さないワケにはいかんな」
「頼む。どうしても知りたいんだ」
「——分かった。心して聞けユレス。あの剣の持ち主はなれにとって、最悪の敵だからな」
「最悪?」
「結論から言おう。あの白い剣の持ち主は————『勇者』だ」
「ゆうしゃ・・・・・・?」
「そうだ。魔王と『怪魔』にとっての最大の害敵。世界を浄化させる存在、それが勇者なのだ。あの白い剣は勇者だけが発現して使える武器って事だ」
「発現? もしかしてあの剣は、魔法なのか?」
「うむ。『黒魔刻魔法』の邪神魔法で槍を出せるだろう? それと同じだ。勇者も勇者しか使えぬ魔法がある。その魔法の名は『勇現白武魔法』。『黒魔刻魔法』と対を為すもう一つの特別な魔法だ」
勇者に勇者専用の魔法。
勇者とは魔王にとって最大の害敵。あの白い剣——勇者の剣だから、吐き気を覚えているのか。
「なるほど。白い剣については理解出来た。だが勇者についてはまだ分からない・・・・・・どういう存在なのか、もっと深く教えてくれないか」
「深く、か・・・・・・実はあてもそんなには知らないのだ。父に覚えとけと言われても興味なかったのでな。うろ覚えだが、それでもいいなら教えよう」
「魔王の娘とは思えんな、ホント」
彼女の父親、魔王ヴァルノートは相当ハルマレアに手を焼いた事だろう。最終的には家出だし。
しかし魔王といえど一人の父。自分の軍にハルマレア捜索を命じているあたり、心配はしていると見える。
少しだけヴァルノートに同情心を持つ中、ハルマレアは口を開いた。
「まず『勇者』には『魔王』の〝位〟と同じく〝印〟というものがあるのだ。〝印〟を持つことで、『勇者』になれる」
「ふむ、という事はレアがやったように一日で権利を放棄出来てしまうのか」
「いや、〝印〟に限ってはそれは出来ない。自分の意思でどうこう出来るモノではないのだ」
「? というと?」
「〝印〟が他者に移動する条件は、その〝印〟を持っている奴が死んだ時か、『魔王』の〝位〟が移動した時だ。つまり〝印〟自身が新たな『勇者』を選定していると言えるな」
「・・・・・・ん? て事は・・・・・・」
腕を組み、魔王側に依存している部分もあるんだな、とユレスは情報を整理し——気付く。
その中に、悲しい者がいる事を・・・・・・。
「レアの父からレアに〝位〟を移動して〝印〟も移動し、新たな勇者が生まれた。その新しい『勇者』は普通ならそこから長い勇者生活が始まる・・・・・・はずだったが、まさかのレアの〝位〟一日放棄。レアから私に〝位〟は移動した。その移動で当然〝印〟も移動するわけだから、レアを倒そうと目指すはずだった新たな『勇者』は——一日で勇者生活が終わったわけか!?」
「まぁ、そうなるな。そして、その一日勇者からまた新たな『勇者』が生まれた事になる。仮名を名付けるなら打倒ユレス勇者だな。その打倒ユレス勇者が、あの雑木林にいたのだ」
「それなら、一日勇者の仮名は打倒レア勇者だな。打倒レア勇者可哀想だな・・・・・・せっかく『勇者』になれたのに、一日で終わってしまうなんて・・・・・・」
「ふん、知った事ではないな。ちなみに〝位〟の移動する条件は〝印〟と同じく死んだ時か、自分の意思で受け継がせるかだな。大体我ら『怪魔』は基本百年で〝位〟を受け継がせる。うむ、そう考えるとあての一日放棄は『怪魔』の歴史で初な上に異例中の異例だろうよ」
「だろうね」
間違いなく、打倒レア勇者は驚愕した事だろう。
その日に『勇者』になって、その日に『勇者』卒業なのだから。
本当に不憫だ、と憐れみつつユレスは、
「とりあえず、大体分かったよ。勇者の存在、勇者と魔王の関係。複雑そうに見えて単純な話だ。勇者と魔王は殺し合う関係。それ以上でもそれ以下でもない。・・・・・・しかし不思議だな。勇者——打倒私勇者が来ているのは分かった。けどなぜ、私がこの王国にいる事が分かったんだ? それになぜリフルから私を助けた? 後者なんて特に疑問だ。私が『勇者』の立場だったら絶対に手出ししなかったぞ」
「それはあても疑問だ。〝位〟や〝印〟は、受け継いだ瞬間に自分が『勇者』や『魔王』だと理解出来るが、当然相手のいる場所など分からない。情報を集め、地道に探していくしかないというのに、打倒ユレス勇者はユレスが〝位〟を受け継いでから今日までのたった二つの月と数日でユレスの居場所を特定した事になる・・・・・・ハッキリ言うがありえない。前の前の『勇者』、あての父であるヴァルノートを倒す事を目的とした打倒ヴァルノート勇者は父が〝位〟を持っていた百年間、ついぞ父の前に来れなかったのだからな。来なかっただけの可能性もあるが」
つまり、魔王探しはそれ程難事な事だというのに今の打倒ユレス勇者は簡単にその魔王探しを突破した。
一体どうやって探し当てたのか・・・・・・。
「なれを助けた事はもっと難解だ。正直まったく考え着かぬ。まさにお手上げよ」
「う~ん・・・・・・」
ユレスもハルマレアと同じくお手上げだ。いくら考えても答えに辿り着けない。
何か、重要な見落としでもしているのだろうか。
その見落としすら本当にあるのかどうか不明なワケだが。
「ふぁ・・・・・・もうこの辺でいいだろう。これ以上頭を捻っても解は出まい。また明日考えようぞ」
「・・・・・・そうだな。明日も仕事あるし、もう寝なきゃな。その前にお祈りを・・・・・・」
「マメな男よな。寝る時は必ずそうやって祈るのだから」
「ずっと続けている習慣だからな。レアもたまにはどうだ? 『怪魔』だからって関係はない。祈りは万人に、」
「くかー・・・・・・」
「うん。分かってた。ハッキリと話してたが首は完全にガックンガックンと首が心配になる程上下に動いてたから」
肩をすくめつつ、ユレスは両手を組んで祈りを開始する。思う事は昔から変わらない。ソムロスの教え通り、今日一日の感謝を世界を見守ってくれているだろう神様に捧げる。
神様・・・・・・神様って誰だろうか。
この世界の神とは誰だろう、と問えば誰もがフグマハットと言うだろう。
この宿屋の主であるグレセスとフグマハットについて話した事を思い出す。彼女は、フグマハットを一目惚れしてしまう程素敵な男性だと想像豊かな事を言ったが・・・・・・。
「あんなハッキリと言われたからかな・・・・・・なんか、照れるな」
自分はフグマハットではないのに、とユレスは祈りを終えてから寝間着に着替え、ベッドに潜り込む。
雑木林にいた打倒ユレス勇者も今頃は、この王国のどこかの宿屋で寝ているのだろうか。
否、いるはずだ。野営など目立つ真似をするとは思えない。そんな真似をしたら一応『魔王』である自分に発見される危惧が高まるからだ。勇者が金を持っていないとは考えられないし。絶対とは言わないけれども。
それを踏まえて可笑しな話だ、とユレスはつい苦笑する。
なにせ、『勇者』と『魔王』が同じ王国内で寝ているのだ。
どこか笑えるのは否めないだろう。
そう最後に思案して、ユレスはだんだんと訪れる睡魔に身を委ねていったのだった。
⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨
——笑っている子供がいる。
その笑顔に曇りはなく、心底から楽しいと言わんばかりに草原を駆けている。
本当に、楽しそうだ。
その老人のように真っ白な髪をしている子供を見守る、偉丈夫な男が一人。
「(あぁ・・・・・・)」
俯瞰する意識——ユレスは気付く。
これは、ソムロスと自分の夢。ハッキリとこうして夢だと気付くのはこれで二度目だ。一度目は、テルスタ村からハルマレアと旅立つ日だったか。この夢を見るまでは一度目の事はサッパリと忘れていたが、同じような夢を見ているおかげで思い出せたのだ。
一度目の夢の時は、自分は泣いていた。
偉丈夫の男は俯瞰するこちらの意識に背中を向けて立っている。きっと子供の自分が目の届かない所に行かないかどうか心配しているのだろう。
「(はは・・・・・・すみませんソムロス様。苦労をかけてしまって)」
そうして。
偉丈夫な男がゆっくりとこちらに振り返って来る。これは夢だ。顔を見せて欲しいと思案した自分に反応したのかもしれない。
口元を緩めながら彼を待つ。
そして、振り返った彼は——、
「(・・・・・・・・・・・え?)」
まったく見覚えがない、金髪の中年男性だった。
「(・・・・・・あれ?)」
先程までは、ソムロスだと思っていたのに。
まったく知らない金髪中年男性は子供の自分の方に顔を戻すと、大声で何かを言う。その大声を聞いた子供の自分は嬉しそうに金髪中年男性の元へと走っていく。
意味不明だ。
これは、本当に自分の夢なのか?
夢だから支離滅裂なのは当然と言えるが、それでもこれは滅茶苦茶ではないだろうか。
「(ッ・・・・・・)」
ぐにゃり、と意識と景色が歪む。これは夢が終わる前兆だ。もうじきで、目が覚める。
最後まで意味不明なまま、この夢が終わっていく。
起きた時にはきっと忘れているから、疑問に思う事すらないだろう。
「(誰なんだろう・・・・・・あの人は・・・・・・)」
⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨
「・・・・・・・・・・」
目を開けてしばらくは、横になったまま天井を見つめていた。
おかしな事に——。
先程まで見ていた夢に加えて、一度目の夢の事までハッキリと脳裏に刻まれているのだ。
忘れるだろうと思案した事まで・・・・・・。
夢の内容を覚えている、というのは別に変な話ではないが、それでも一度目の夢まで覚えているなんて・・・・・・少し変ではないだろうか。
そういう事もあると言われればおしまいな話だが。
仕事に行かなければ、とユレスはベッドから起床し、いつもの服装に着替えて出かける準備を始める。チラリと隣のベッドの方に視線を投げると、ハルマレアは案の定眠ったままだ。
どこかおかしな夢。ハルマレアに相談してみるか、と思案しかけたが、今日はリフル、ユルフとの腹を割っての話し合いがある。これ以上問題を増やすのは得策ではないだろう。
所詮は夢だ。大して気にする事でもない、とユレスは部屋を出て行く。
しかし、白髪の彼の脳裏にはこびりついたようにおかしな夢が想起されている。
忘れてはならないと、訴えかけるように。
「まったく・・・・・・変な夢だったな、本当に・・・・・・」




