第42話 『おぞましき何か』
——怪肆魔将。
魔王に実力を認められ、実質魔王軍を束ねている絶対強者の四匹である。
彼らにはそれぞれ自分が選んだ副将が一匹ついており、独自の派閥も持っているという強さも権力も兼ね備えた存在だ。
「前にも言ったと思うが、もう一度言おう。テルスタ村に来たダラネモアがいただろう。奴は怪肆魔将の一人、レグリオクーロの副将だ」
「そうだったな・・・・・・」
今度は、違う怪肆魔将の派閥が来たという事か。
せっかく安定した生活を手に入れたというのに・・・・・・。
また、どこかに逃げなければいけないのか。
しかしまさか、このリフル、否、ユルフもだろう、この二人が『怪魔』だとは・・・・・・。
——ふと、気付く。
リフルは、爪の色で『怪魔』かどうか判断出来ると言った。
彼女達は勤務中も今も、長い手袋を着けている。
つまり手袋の理由は、自分が『怪魔』だと隠すためか。
「ふふっ」
「?」
何が可笑しいのか、突然リフルが笑ったのだ。
当然、気に入らないとでも言うようにハルマレアは、
「何か、あては愉快な事でも言ったか?」
「ふふッ! ・・・・・・はい! だっておかしいですもんなー! 今一人って言ったでしょう? 『怪魔』を! 人扱い! そこは一匹、でしょう! 匹です! ひ・き!! わう達人間と同列にしないでくださいます? 虫唾が走りますからなー!」
「・・・・・・面倒だからあてはどちらでも構わないが、それを言うなら、なれらも二人ではなく、二匹、という事になるが? 人間ではないだろう、なれらは」
「わうらは人間だぅ!! おめぅと一緒にするなぅ!!!」
「(・・・・・・? ど、どういう事なんだ? この二人はレアを探しに来た『怪魔』じゃないのか? 色々と混乱してきたぞ?)」
「ふむ。では、早速なれから教えてもらった判別法を試そうか。なれら、今すぐその長い手袋を外せ。それで分かるのだろう? まさか見せられないとは言わぬよな?」
状況の整理をしようと思索する中、ハルマレアは左手の人差し指をリフル、ユルフへと向けてそう言った。
そうだ。手袋を着けている時点で察せるが、確定したわけではない。
この目で見るまでは、可能性はあやふやだ。
そうして、リフルは「いいですよ」と荒々しく自分の手袋を外していき、ユルフも目を伏せつつ外していく。
露わになる彼女達の両手。
それを見てハルマレアは眉を寄せつつ、
「——やはり、なれらも『怪魔』ではないか。そもそもトェイスを父と認めておいてなぜ否定するのだ・・・・・・」
リフルの橙色の爪、ユルフの青色の爪を見てため息をつく。
リフル自身が言った判断法が、結果を如実に表している。
彼女は分かっているのだろうか。
自分が、矛盾した事を言っているのを。
「ん、いや待て。なれら異父姉妹と言ったな。リフルの父はトェイスとして、ユルフ。なれの父親は・・・・・・」
「わうの父は・・・・・・メルヘレオス。トェイスの副将である男です」
「メルヘレオス? 知らん名だ・・・・・・あてが知っている奴の副将はジュデングという男だったが、あやつが死んで、新しく副将を任命したのか・・・・・・?」
「ユルフちゃん、そんな事までこいつに教えなくていいです」
「あ、す、すみませんリフルちゃん。つい・・・・・・」
「——確かに、わうらはクソッタレの『怪魔』の血を受け継いでいます。ですが」
姉を諫めたリフルは外した長い手袋をつけ直しつつ、敵意を隠さないまま、むしろ強くしていきながら口を開いていく。
無表情で姉と戯れていた彼女は、もうここにはいない。
「わうらは、人間の血も確かに受け継いでいるのです」
「・・・・・・なるほどな。そういう事か。メルヘレオスという奴は知らんが、トェイスなら納得が出来る。あの女好きが・・・・・・」
「レア、すまんが教えてくれ。つまり彼女達の正体は・・・・・・」
「簡単な事だ。要するにこやつらは、一人の人間の女をそれぞれ孕ませて生まれた——人間と『怪魔』の半人半魔。混血なのだ。珍しいが、混血は前例がある。そこから俗称を借りるなら、こやつらのような半人半魔はこう呼ばれている。——〝境魔線人〟とな」
「——わうらは人間だぅ。たとえ『怪魔』の血が入っていても、わうらは完全な人間だぅ・・・・・・」
「まだ否定するか。ふむ、どうやらよほど『怪魔』が嫌いと見えるな。・・・・・・何があったのだ?」
「これ以上おめぅに話す事など何もないぅ!! もう限界だぅ・・・・・・! おめぅのおとうである魔王さえいなければ! わうらはァ!!!!!!!」
「!!!」
それは、まさに疾風だ。
こういう事態に備えるために、それなりに彼女達と距離を空けたにも関わらず、リフルはたった一歩地を踏みしめただけで——一瞬でハルマレアに肉薄したのだ。
振るわれている右手は先程のハルマレアのように鉤爪状。まさかとは思うが、その右手でハルマレアを引き裂こうとしているのか・・・・・・!?
「ッ! 『吸黒魔雲』!!」
魔力を練り、黒い雲、『吸黒魔雲』を発現させる。『吸黒魔雲』は魔法や生物の死体を取り込んで使える後手の魔法だ。つまり、素手で来ているリフル相手に出しても意味は無い。
ではなぜ発現したのか、その理由は、
「わぷっ!? なんぅかこれは!!?」
——目くらましに決まっている。
こんな使い方はどうなんだ? と危惧したが、事実『吸黒魔雲』に覆われたリフルは動揺し、動きを止めた。
何事も使い方次第だ。ただし、この目くらましは二度は通用しないだろうが。
「一旦距離を置くぞレア!」
「ユレスもおせっかいよな。あの程度、余裕でかわせていたわ」
「いや完全に硬直してたよな!? 認識追いついてなかっただろっ」
なぜか強者発言をするハルマレアの手を引っ張りつつ、再び距離を置いてユレスは止まる。横目でユルフの方を見てみると、彼女はどうすべきか迷っているのか、長い手袋をつけ直しつつ不安げな顔でリフルの方に視線を送っている。
そして、リフルは、
「ぷはっ。まったく、なんなぅかこれ・・・・・・。魔法、なのかぅ? 見た事がないぅ。体は・・・・・・特に何の変化もないぅね」
右手で自分の体をパンパン、とはたきつつ、『吸黒魔雲』から脱出している。
これ以上出していても仕方ない。そうユレスが思案した直後に、ぽんっ、と『吸黒魔雲』は消え去った。
「今の黒い雲は、ユレスちゃんが出したぅか?」
「・・・・・・そうだが?」
「・・・・・・わうが殺したいのはあくまでハルマレアだけだぅ。だからユレスちゃん、おめぅはもう戻るぅ。わうは、おめぅの事は嫌いじゃないぅ」
「私も君の事は嫌いじゃない。だが好き嫌いだけでここを離れる理由にはならないな」
「ハルマレアを庇う、て言うかぅ? それはわうと戦う、という意味でわうは受け取るぅが、いいぅか?」
「勿論戦いたくなんかない。しかし君がレアに手を出すなら、私は全力でそれを阻むだけさ」
「ッ・・・・・・なんで人間なのに『怪魔』に手を貸してるぅか? しかもそいつはただの『怪魔』じゃないぅ。今現在の魔王であるヴァルノートの娘なんぅよ!? 真っ先に始末すべき害悪なんうよ!! それぅのになぜ!!?」
「(・・・・・・そうか。やはりまだ、レアの父親が『魔王』だと思われてるんだな)」
それは間違ってないだろう。
実際今も『怪魔』の頂点に立っているのはハルマレアの父——ヴァルノートという名前らしい——なはずだから。
しかし、だ。
真実の『魔王』は、ヴァルノートからハルマレアになり、そして。
一日魔王だったハルマレアから〝位〟を受け継いだ、自分が本当の現在の『魔王』なのだ——。
確かに自分は人間だが、真っ先に始末されるべき害悪はハルマレアではなく・・・・・・。
〝位〟を受け継いだ、自分だろう。
勿論そんな事言うつもりも無いし、害悪だからといって自決するつもりも毛頭ない。
願う事は、ただ一つ。
ただ平和に、最後に残った家族と呼べる存在、ハルマレアと共に過ごしてこの命を全うしたい。
それだけなのだ。
「・・・・・・なぜかって? そんなの決まっている」
だから、リフルにはこう答える。
彼女にとっては、バカバカしく聞こえるかもしれないけれど。
他に、理由は考えつかないから——。
「人間だろうと『怪魔』だろうと魔王の娘だろうと関係ない。家族だからだ。それ以外に理由はない。家族だから、レアを守るんだ」
「————か、ぞく・・・・・・?」
呆然と、まるで初めて聞いた言葉のようにたどたどしく呟くリフル。彼女の視線が、自分の姉へと泳ぐ。
「・・・・・・実の家族ではないぅよね?」
「ああ。だが、家族だ」
「・・・・・・・・・・」
眉を寄せる彼女は、何を考えているのだろうか。
戯言だとせせら笑っているのか。
それとも・・・・・・。
「・・・・・・わうも、家族を、ユルフちゃんを守りたいぅ」
両の拳を強く、力強く握りしめながらリフルは口を開く。
「——だかぅこそ!!」
ガンッ!!! とそう言うと同時に、数多く生えている大木の一本をリフルは感情を叩きつけるように右の拳で殴った。その動きはただ、腕を伸ばしたような動きだ。
直後——バキバキバキバキ!!! と彼女の殴った個所から木が傾いていき、やがて・・・・・・、
「「————」」
ズゥゥゥゥウン・・・・・・と。他の木も巻き込みつつ、完全に折れて倒れたのだ。
怪力。彼女が今やった事は、普通の人間、もとい女性が出来る事ではない。
『怪魔』の血が為せる力だろうか・・・・・・。
「だかぅこそ、ユルフちゃんを守るためにも——今! ハルマレアを殺す事が必要なんぅ!! それを邪魔するならユレスちゃんもわうの敵だぅ!」
再び地を蹴り、こちらに一直線に走って向かってくるリフル。もう『吸黒魔雲』は通用しないだろう。たとえ出しても彼女はそのまま突き抜けて来る。
ならばどうする。死体を取り込んでいないから邪神魔法は使えない。必然、漆黒の槍も出せない。
魔王だけが使える事を許される『黒魔刻魔法』。その弱みが露呈してしまった。
邪神魔法を使えない状態で出せる『吸黒魔雲』。魔法に対しては滅法強いが、素手や武器などの近接戦で来る者にはほぼ役に立たなくなる・・・・・・!!
「(どうする!? 私も素手でいくか? いやバカかッ、あの怪力に身体能力、魔法を使わないのは素手の戦闘に圧倒的な自信があるからだ!)」
戦闘の経験はしたが、所詮は素人。
リフルはどう見たって熟練した動き。
まず勝てないと判断すべきだ。
「(くそッ! せっかく・・・・・・せっかく! 平和な日常に帰れたのに! なんでこうなる!?)」
やはりダメなのか。
魔王の〝位〟を受け継いだ以上、平和に過ごす事など——ありえないのか。
「(せめて・・・・・・体を張ってレアを守るぐらいなら!)」
そう思案し、ハルマレアの前に移動するユレス。なんとか押し倒して時間を稼ぎ、ハルマレアを逃がしてみせる。
もうそれぐらいしか思いつかない。
リフルの視線が鋭くなっていく。間違いなく彼女は、邪魔をするユレスを始末するだろう。お互いの距離が詰まるまでもう時間もかからない。
「ユレス!」
「私が時間を稼ぐ・・・・・・だからレア! 君は早く逃げろっ」
「逃がすわけないぅ! そんなに死にたいならユレスちゃんから——!」
肉薄したリフルが、ユレスの喉に向かって右手を振るっていく——。
が。
「!!?」
突然リフルは雑木林である右側に顔を向けた直後、その場で後退するようにバク転をしたのだ。
その直後。
ザンッ!! と、剣——真っ白な剣が、リフルのいた位置に突き刺さった。
「今度はなんぅか・・・・・・!? 白い剣・・・・・・?」
「————」
——なぜだろう。
初めて見る剣。刀身も持ち手も全てが真っ白だ。
それだけで、ただの剣だろうに、なぜなのだ?
この剣を見ていると、心が、魔力がざわざわと怒りで震えるのだ。
思わず蹴り飛ばしたくなる程に、この剣が気に食わなくて仕方ない・・・・・・。
「——真っ白な剣。これは・・・・・・」
「レア・・・・・・?」
振り返ると、ハルマレアは驚愕な表情を真っ白な剣に向けている。彼女は知っているのだろうか。
この、感情を逆撫でして仕方ない剣を。
「まだ仲間がいたぅか。面倒ぅね・・・・・・今剣を投げた奴!! 隠れてないで出て来いぅ!! まとめて相手してやるぅよ!!!」
剣が出て来た雑木林の方向に向かって吠えるリフル。
しかし、返ってくるのは無音だけだ。
「・・・・・・どうしても出て来ないつもりぅか。まぅいいぅ。伏兵が一番面倒ぅから、先にそっちから始末するぅか。ハルマレア、そしてユレスちゃん。別に逃げてもいいうが、もし逃げたらあっちにいる仲間が死ぬ事になるぅけうど、構わないぅか?」
「いや、というより・・・・・・」
そもそも仲間ですらなく、知らない奴なんだが、とユレスは雑木林の方に顔を向ける。
剣を投げて来たのは明らかにリフルから自分を助けるためだろう。それは分かるが、なぜ助けたのか。それが問題だ。
まさか、ドハドルか。それともラゥル?
否、どちらも考え難い。ドハドルに関しては武器を投げるなどありえない。彼はそんなぞんざいに武器を扱う人間ではない。
ラゥルだとしたら、彼女なら魔法を使うだろう。それに隠れるなんて彼女らしくない。
ミーゼはもっとありえないだろう。
では、一体誰なのだ?
「じゃあ、狩りの始まりぅ」
興奮しているように熱い吐息を出しつつ、雑木林の方へとリフルは歩いて行く。
直後、
「————!!?」
悪寒が・・・・・・。
あの全身を舐められるような悪寒が——雑木林の方から感じる!?
——まずい。
暗闇に支配され、先がほとんど見えない雑木林に入って行くリフル。
——まずい。
彼女はこちらの命を狙っている敵だ。心配などお門違いなのに。
——まずい。
行かせてはならないという確信。もしこのまま雑木林の奥まで入っていったら間違いなくリフルは——。
——間違いなく。
二度と、帰ってこない。
「——待てリフル!」
「? なんぅか? 先に殺して欲しいぅか?」
「違う! そっちには行くな!」
「は? あぁ、なるぅ。それ程伏兵の仲間が大切ぅか。けう残念。もう真っ先に始末するって決めぅから。それじゃ、すぐに済むぅから覚悟して待ってぅ事ね」
「だ、だからそもそもっ」
ダメだ。
自分の言葉では届かない。このままでは彼女は・・・・・・!
助け船を期待してハルマレアを見るも、彼女は真っ白な剣に視線を固定したまま硬直してしまっている。その様子は、怯えているようにも見える程だ。
焦る思考の中、先程も思案した事が再び脳裏に浮かぶ。
——もういっそこのまま、彼女を見殺しにするか?
「(・・・・・・彼女の本性は知った。ハルマレアを、『怪魔』が憎いのも分かった。このまま見殺しにするのが賢明だというのも理解出来る。・・・・・・だが、それでも)」
無防備に姉と戯れていたリフル。
無表情だったが、どこか楽し気に見えたのは——絶対に気のせいではない。
まだ、話し足りない。
もっと会話を重ねれば、和解出来るはずだ。
「(引き止めなくては・・・・・・何としても!!)」




