第41話 『かみかみはぐはぐ』
「これは、やるしかないぅ」
リフルの口から出た、いつもとは違う口調。
ゆらりと、リフルの体が前に傾いていく。
「(——まずい)」
そう、傾いただけだ。ただ、前に。
しかし、彼女の眼光、歪んだ口。何より・・・・・・威圧感。
「(このままではまずい!!)」
何が起こるかは、まだ分からない。
だが、このまま何もしなければ——非常にまずい事態が起こるという事だけは分かるのだ。
一気に椅子から立ち上がり、ユルフに手を伸ばそうとする。服でも腕でもなんでもいい。掴みさえすれば状況を変えられるはずだ。
——そして。
直後、だった。
「やめるぅリフルちゃん! ここではダメう!!」
「——ユルフちゃん」
「(・・・・・・止まった?)」
「???」
傾いていたリフルの体が、姉の一声でピタリと止まる。
ゆっくりと、姿勢を直したリフルは熱を逃がすように、ため息にも聞こえる息を吐きつつ、
「けう、こいぅは・・・・・・」
「場所を考えぅ。人目がたくさんあるぅ忘れうか?」
「・・・・・・そぅだったうね。ごめんぅさい・・・・・・」
「いいんぅ。リフルちゃんの気持ち、わうも分かるぅから。今は、落ち着くぅよ」
「うんぅ・・・・・・」
「(とりあえず大丈夫そうだが・・・・・・一体どうしたんだ?)」
独特な口調で話しているせいで理解しづらいが、まずい事態は避けられたと見ていいだろう。
ハルマレアは怪訝な表情でキンキン、と両手に持つフォークを鳴らしているだけだ。というかなぜ二本持ってきた?
「(しかし、リフルのあの動き・・・・・・多分・・・・・・いや間違いなく、リフルはレアに攻、)」
「ごめんぅさ、あ、んん゛! ・・・・・・失礼しました。申し訳ございませんユレスさん。・・・・・・ハルマレアさんも。嫌な空気にしちゃいましたね」
「・・・・・・ごめんなさい、です」
思索をしている最中に、ユルフとリフルの二人が同時に頭をユレスに下げてくる。口調を戻してくれたのは実に助かるが、気がかりを覚えてしまうのは否めない。
恐らくは、彼女達の故郷限定の口調なのだろう。聞いた事が無い口調だったが、一体どこの場所の口調だろうか。
気にはなるが、今向き合うのはそれではないだろう。
頭を下げたままの二人にユレスは座り直しつつ、
「頭を上げてくれ二人共。それに謝らなくてもいい。何が起こったわけでもなし。無意味に謝ると知性体として価値が下がるらしいからな。そうだろ? レア」
「うむ。偉いぞユレス。あての言葉を覚えていたか」
場を和ますように、砕けた風に会話するユレスとハルマレアに「ありがとうございます」とユルフは頭を上げ、妹のリフルも続いて無言で頭を上げていく。
ひとまず落ち着いたようだが、彼女達の視線、特にリフルは刺すような視線をハルマレアに送り続けている。
敵意すら覚えるリフルの視線にユレスは、座ったばかりの椅子からまた立ち、
「・・・・・・場所を変えて話そうか? 君達もその方がいいだろ?」
「・・・・・・ええ。そうですね。このままではお互い据わりが悪いままですし」
「ふむ。せっかくフォークを二本借りてきたのだが、借り損になってしまったか。まぁ仕方あるまい。もう食事する雰囲気でもないようだしな」
「・・・・・・・・・・」
カランカラン、とハルマレアが二本のフォークを食べ終えた皿に置く。その挙動すら、リフルは警戒するようにジッと見つめている。
その警戒度はまさに異常だ。なぜ彼女達の態度が変わったのか。分かる事は、ハルマレアが自分の名前を名乗った時が起点だという事だけだ。
そこから考察するなら、この二人はハルマレアの姿は知らなかったが、ハルマレアの名前は知っていたという事。しかも彼女達の様子を見る限り、ハルマレアに良い感情は持っていないと判断していいだろう。
「(・・・・・・まさか、な)」
良い感情を持っていない。
敵意。
・・・・・・ハルマレアの、正体。
導き出される結論は——、
「・・・・・・じゃあ、お金を清算してくるから先に外に行っててくれ」
「分かりました。行きましょうリフルちゃん」
「・・・・・・はい。ユルフちゃん」
「あても外で待つとしよう」
三人が店から出て行くのを見送った後、ユレスは精算場へと向かい始める。先程出た結論が脳裏を占めているせいか、これから彼女達と話し合う事に嫌な予感しか感じないのだ。
せっかく日常に帰れたと安心したのに、また一波乱か。
——ハルマレアと出会う前の平和だった日々がもはや遠く感じる。無論、ハルマレアと出会えた事に後悔などないが。
「とにかく、何が起きても対処出来るように心構えだけはしておくべきだな・・・・・・」
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「・・・・・・ここなら、人目にはつかないでしょう。夜も遅いですし」
「そうだな」
先頭を歩いていたユルフが振り返りつつ止まり、彼女の隣にいるリフルもこちらに振り返って止まる。必然的にユレスもハルマレアも立ち止まる・・・・・・彼女達とは距離を空けて、だ。
——精算を済ませたユレスが外で待っていた彼女達と合流し、どこにしようかと話し合った所、ユルフは王国の外にしよう、と提案してきたのだ。
夜とはいえ、王国内にはまだ人の喧噪は絶えていない。それ故の外らしい。
ユレス達がいるのは、王国の明かりが僅かに届く場所だ。ここなら彼女達の姿も暗闇に隠れる事はない。
何か起こったとしても、対処出来る。
「さて、じゃあ聞かせてもらおうかな。君達はレアの名前を聞いた時から様子が変わったよね。それはなんでかな・・・・・・?」
「それは・・・・・・」
チラリ、とユルフはハルマレアを横目で見てから、
「説明するならまず、あなたに確認したい事があります。ユレスさん」
「何かな?」
「あなたは、ハルマレアさんがどういう生き物なのか理解しているんですか?」
「————」
——このユルフは、否、リフルもだろう。この二人は間違いなく気付いている。
ハルマレアの、正体を。
ハルマレアの事を人、ではなく、生き物と言ったのだ。
つまり彼女が人間ではなく、『怪魔』と見抜いている・・・・・・!
「答えてくださいユレスさん」
「ッ・・・・・・」
「ユルフちゃん。もういいです。今のユレスちゃんを見て確信しました。ユレスちゃんは知っています。ハルマレアが、『怪魔』だという事を。そうですよね? ユレスちゃん」
「い、いや・・・・・・私は!」
「よせユレス。下手な言い訳は自分を追い詰めるだけだ」
このまま押し切られてはいけない、と何の策もなく言葉を重ねようとするが、ハルマレアがそれを止めてきた。
魔王の娘である彼女は、大幅に一歩ユレスより前に出て口を開こうとする。
何を言うつもりか分からないが、ここはハルマレアに任せた方が良さそうだ。
そして、ハルマレアは、
「そうだ。あてはこう見えて『怪魔』で、ユレスも勿論知っている! よく見破ったな、褒めてやろう!!」
そう、尊大に腕を組みつつ正直に言ったのだ。
「・・・・・・レアさん、ちょっとレアさん? 今の状況分かってるかい? そこは誤魔化す何かを言うべきだろ・・・・・・!」
「言ったろう。下手な言い訳は自分を追い詰めるだけだと。それにどう誤魔化してもこやつらは確信しておる。これ以上何を言っても無駄だ。そうだろう?」
「そうですなー。証拠もありますしなー」
「証拠・・・・・・?」
「爪、ですなー」
ユレスの疑問に答えるように、リフルが指さすのは・・・・・・ハルマレアの両手だ。
小さな両手を鉤爪状にして、自分の胸の前に持ち上げるハルマレア。彼女の爪色は確かに普通の色とは違い紫色である。
まさか、これが証拠なのだろうか。
「人の爪なんてそんなに気にしないでしょう。しかし、見過ごしてしまうそれが、何よりの証となってしまうのですなー。ほとんどの人は気付いてませんが、それで『怪魔』かどうかが分かるのです」
「・・・・・・なるほどな。これからは気を付けよう」
両手を下げながら頷くハルマレアは、ジッと、リフルの顔を見つめ始める。
その視線が、徐々に険しくなっていく。
真向から彼女の視線を受け止めているリフルはそれが愉快なのか、再び口の端を歪めつつ——こう言ったのだ。
「ですが、わう達はあなたの爪を見て『怪魔』だと判断したわけではありません。あくまで爪は確証。わう達は、あなたの名前を聞いて確信したのです。ハルマレアなんて名前、そうそう無いでしょうし。それに・・・・・・何度も聞いた名前ですからなー・・・・・・」
「何度も? 何度もってどういう・・・・・・」
「そうか」
ずっと、知っているような影が見え隠れしていた。
ハルマレアは、ハッキリと睨むようにリフルを視線で刺す。ようやく、思い出せたのだ。
リフルから感じる懐かしさ。そして、何度も名前を聞いたという言葉。
自分の名前を知っている奴らなど、あいつらしかいないだろう、とハルマレアはため息をつく。
ついに、奴らがここまで来てしまったのか。
「・・・・・・本当に懐かしいな。あやつは厳格な奴であったな。『怪魔』のくせに真面目だが好色家であり、その実力は一級品。あての事をよく注意してたわ。もっと真面目に生きろだの、魔王の娘としてしっかりしろだとかな。そんなあやつにあてはよくこう言い返したものだ。だったらまずは自分の女好きを直せと」
「レア・・・・・・? それって・・・・・・」
「まだ色々疑問はあるが、理解した事も多々ある。リフルよ。なれは——『怪魔』であり、そして」
「・・・・・・・・・・」
「——父親は、怪肆魔将の一人であるトェイス。そうだな?」
「・・・・・・確かに、その通りですなー」
肯定したとは裏腹に、リフルは心底嫌そうな顔を浮かべたのだった——。
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「なーんか、空気が変わってきたなぁ。はむ・・・・・・むぐむぐ」
「ッ! ぅ・・・・・・。はっ・・・・・・」
「ぷはっ・・・・・・あれはボクちゃんのモノ決定だから、傷とかつけられるのは勘弁願いたいんだよね。君もそう思うよね? はぐっ!」
「いっ! は、はひ。まさしくぅ・・・・・・」
「とりあえず、まだ様子見かな。いざとなったら横やりしよう。そ・れ・ま・で・は、いつも通り君のこれで我慢しようっと。声はちゃんと抑えてね?」
「わかっ、分かりました・・・・・・ぅぐぅ・・・・・・!!」
「(早く堪能したいなぁ・・・・・・あれ)」




