第40話 『平和流動』
脳裏の中にいる想像のラゥルの蔑みからなんとか立ち直ったユレスは、自分の買った武器防具を彼の家の中に置きつつ、急いで店の前に戻り、ドハドルの買った武器防具も同じように適当に置く。
腕に重さの負荷を感じつつ、大きく息を吐くユレス。
あとは店内に戻るだけだ。
「よし、戻るか」
このまま家の中から店内へ行こう、とユレスは出勤する時と同じように店内の精算場の後ろにある扉へと歩み、取っ手を掴んで開けていく。
そして店内に入ると、
「おうユレス。戻ってきたか」
こちらに気付いて振り返るドハドルと、
「ふむ・・・・・・」
右手で剣の柄を持ち、左手で刀身を撫でているゼアルノスと彼の後ろに佇んでいるシュリームがいる。
まさに今、武器を吟味しているのだろう。
目を細めて武器を横にしたり斜めにしたり、時には振る様子は戦士そのものだ。
彼が気に入る武器があるといいのだが。
「——うん。確かにどれもいいですね。重さ、品質、握り心地・・・・・・噂以上です。本当に良い店だ」
「いやぁ、改めてそう言われっと照れるなぁ。なははっ」
「僕は決まりかな・・・・・・あとはシュリーム。君の武器だね。いつもみたいに短剣でいいかな?」
「はい・・・・・・大丈夫です」
「短剣ならこっちにありますぜ。どうぞ手に取ってください」
案内するドハドルについていくゼアルノスとシュリーム。武器の説明はドハドル一人で十分だ。自分は精算場で、彼らが武器を持ってくるのを待とう。
そして、様々な短剣が置いてある場所に着いた彼らは、
「さあ、見てってください。短剣もいいのが揃ってますよ」
「ありがとうございます。ほら、シュリーム」
「はい・・・・・・」
変わらず消え入りそうな声で返事したシュリームは、左右に移動を繰り返しながら短剣を見つめ続け、右手で一本の短剣を手に取った。
その短剣をジッと見つめた直後、
「(おぉ・・・・・・! 凄いな・・・・・・)」
くるん、と右手を一周するように短剣が回転した後、様々な角度で短剣が右手で踊り始めたのだ。
まるで曲芸の如き短剣の扱いは、弱々しい彼女の様子とは反対に生命力が溢れているようでどこかおかしく、見ただけで短剣の扱いに相当慣れていると分かる。
そうして、しばらく触って気が済んだのか、しっかりと短剣の柄を右手に収めた彼女は頷きつつ、
「とても・・・・・・扱いやすいです。良い短剣ですね・・・・・・この扱いやすさに驚きです・・・・・・」
「お、おう。俺は嬢ちゃんの技量に驚きだがな?」
「ただ短剣を長く使ってるだけです・・・・・・ゼアルノス様、わたしはこの短剣がいいです」
「そうかい。では買っていこうか。ドハドルさん、色々とありがとうございました」
「いやこっちこそ! 精算場はユレスがいる所ですので!」
「ええ。シュリーム、おいで」
頷くシュリームと共にこちらに来るゼアルノスに、ユレスはホッと内心安堵の息を吐き出す。気に入った武器があって良かった。
「ではこちらの剣はイユ銀貨四枚で・・・・・・短剣はフィムルクス金貨三枚です」
値段を読み上げる。
直後、だった。
『マ——で——————れるな』
「?」
こちらの顔を見つめるゼアルノスが何か・・・・・・聞き取れない言葉をポツリと呟いたのだ。
彼は、何て言ったのだろうか。
しかし、訊く暇もなくゼアルノスは人好きする笑顔を浮かべ、
「はい。イユ銀貨四枚にフィムルクス金貨三枚です」
「え、ええ。ちょうどですね。毎度ありがとうございます」
「さて、武器も買った事ですし、僕達はこれで失礼します。今日はお世話になりました」
律儀にユレスとドハドル、それぞれに頭を下げるゼアルノスと彼の後に続いて同じように頭を下げるシュリームにユレスもドハドルも彼らに倣う。本当に礼儀正しい青年だ。
そうして店から出て行く彼らの背中を見送った後、一息ついたユレスにドハドルは、
「ま、今日はこんなもんだろ。ユレス、上がっていいぜ」
「あ、はい。ではお先失礼します」
「おう、お疲れ。また明日な」
これ以上お客は来ないだろ、と判断したのだろう。いつもより少し早めな時間に上がったユレスはドハドルに頭を下げつつ彼の家に入り、自分の買った武器防具を両手に持ってドハドルの家を介して外へと出る。外はまだ日が高い。これからどうしようか。
「とりあえず帰ってこの武器防具を部屋に置いて、レアとご飯でも食べにいくかなぁ」
ずれていく武器防具を持ち直しながら歩き出す。ハルマレアはまだ寝ているだろうか。
そう思案をし、表通りに出たユレスはふと思い立って視線を例の武器屋——うはうは美少女楽園へと飛ばす。さすがに落ち着きを見せたのか、長蛇の列はもう無かった。
「・・・・・・ラゥル、いるのかな」
今日中には行くと死刑宣告が如き宣言をされたのだが、どうだろうか。次会う時が実に怖くて仕方がない。
肩を震わせつつ、帰路に着こうと——した時だった。
「・・・・・・?」
何か、全身を舐められるような・・・・・・嫌な感覚が一瞬、背筋を走り抜けたのだ。
周囲を見回してみるも、表通りは人同士がすれ違う雑踏があるだけだ。歩く人達は特に自分の方には視線を向けていない。
「(気のせいか・・・・・・)」
何も無いのだから、そう思うしかない。
もう一度武器屋であるうはうは美少女楽園を見てから、ユレスは改めて帰路に着く。
ハルマレアが腹を空かして待っている事だろう。
⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨
「むぐむぐ・・・・・・もぐっ、ん。本当にこの王国の飯は美味よな! もぐもぐもぐもぐもぐ」
「私の気のせいかな、最近君はよくご飯を食べてる場面が多いような・・・・・・」
「何を言っておる? 生きてるのだから飯を食う事が多いのは当然であろうが」
「正論だな・・・・・・なんかすまん」
「無意味に謝るでない。謝罪癖が着くと知性体として価値が下がるぞ」
「価値か。まぁ、確かに謝ってばかりはよろしくないな」
パクリ、と赤と黄色が入り混じった謎の焼き魚(謎だが美味)の白身を食べつつ、ガツガツと目の前の食べ物を平らげていくハルマレアにユレスは同意する。
現在、晴天だった青空も黒く染まり、夜。
あれから家に帰り、寝ていたハルマレアを起こし昼の食事をして、二人で町をぶらついてからの夜の食事の今である。
ちなみにハルマレアには例の武器屋の事は教えていない。言ったら絶対行くって言うからだ。
この世には、知らなくてもいい事が多々あるのだ。
「しかしユレスよ。活気が戻って何よりだな」
「ああ。本当にな」
夜の飯屋は朝や昼とは違い一段と喧噪が激しい。酒場とは違いこの店では酒の類は出していないが、それでも人が多ければ騒がしくなるのは当然の摂理だろう。
誰もが笑顔で食事をしながら、会話に花を咲かせている。
「それにしても、あんなに武器や防具を買ってきて驚いたぞ。何もあれ程買わなくても・・・・・・まぁなれの金で買った物だから、好きにするといいがな」
「あれは、そう。他の武器屋ではどんな武器を扱ってるか調べるために買ったんだよ。ほら私は武器屋の店員だろう? だから、ね」
「なるほどな。仕事熱心で良きかな良きかな。よし! ではもう少し食べるとするか!」
「今朝食べ過ぎで苦しんでたのによく食えるなぁ。ちゃんと自分の腹と相談するんだぞ。はは! (なんとか誤魔化せたか・・・・・・)」
ホッと、ユレスが胸を撫で下ろした直後、
「ん」
キィ、と入り口の扉が開いた。
新しいお客が来たようだ。特に気にする事もなく視線を戻そうとする、が、
「お腹減りましたねー。もうぺこぺこですよ。ね、リフルちゃん」
「はいユルフちゃん。わうもぽんぽん減りすぎて胃液が逆流しそうですなー」
「んー、ぽんぽんという可愛い表現をしてからの嫌な例えで台無しにする・・・・・・もう! リフルちゃんはホントに可愛いですねぇ! そーれ頭なでなでからのほっぺすりすりー!」
「わうわうわうわうわうわうわうわう」
入店してから間を置く事なく、少女が人目も憚らずに抱き着いて自分の頬をもう一人の少女の頬に擦り付けるのを見て、ユレスは硬直してしまう。
ユレス以外も少女二人を見て固まっている人は多い。その理由は人前で抱き着き合っているのもあるだろうが、何より、見目麗しい二人だからだろう。
しかし、ユレスが硬直している理由はそれではないのだ。
「(まずい・・・・・・!)」
そっと、目立たないように頭を下げる。
「どうしたのだユレス? 急に隠れるように頭を下げおって」
「(まさしくそうなんだよ!)」
首を捻るハルマレアは入り口側に背中を向けて座っているため、何が起きているかを分かっていないのだろう。だがそれでいい。
そのままこちらに顔を固定していてくれ、とユレスはハルマレアを壁にしつつ少女二人——異父姉妹のユルフとリフルを盗み見る。
服装は武器屋の時とは違い、二人共袖口が大きい独特な服装だ。変わっていないのは、あの長い手袋だけである。
「(せっかく誤魔化したばかりなのに! なぜここに・・・・・・!?)」
否、理由は明白だ。飯屋に来たのだから食事に決まっている。
しかし、よりにもよってここに来るとは・・・・・・。
「(大丈夫だ。空気と一体化するように静かにし、縮こまっていれば、)」
「あ」
カラン! と突如、食事を続行しようとしたハルマレアが床にフォークを落とした。
「しまった・・・・・・とりあえず拾って、変えてもらうか」
「いやレア、ちょっとま、」
声を掛けようとするも、すでにハルマレアはテーブル下に潜り込みフォークを拾う状態になっている。
なぜ、ここで落とすのか。
フォークを落とした時の音、ハルマレアという壁が消えて丸裸のユレス。
結果、
「ん、あれま? リフルちゃん。あの人は確か・・・・・・」
「はいユルフちゃん。あの方は今日、お店に来てくれた方ですなー。あの白い髪は間違いありません」
「(ですよねぇ!!)」
——詰んだ。
ユレスに気付いたユルフは笑顔を浮かべながら、リフルは特に表情を変える事なくこちらに近づいてくる。挨拶や世間話でもしに来るつもりなのだろう。
このままでは今日の話が展開して、ハルマレアにあらぬ誤解を与える事になってしまう。想像のラゥルだけでも落ち込んだのにハルマレアにまで軽蔑されたらもう、立ち直れる自信がない。
冷や汗が、頬を伝う・・・・・・。
「っと。ユレス、少しあては席を外すぞ。フォークを変えてもらいに行ってくる」
「ぁ、ああ! 行ってこい! 時間をかけて念入りに良いフォークを選んでくるといい!!」
「フォークはどれも同じだと思うが・・・・・・まぁよい。では行ってくる」
連鎖する不幸の中の一筋の幸運か。
ハルマレアは後ろを向く事なく、長いポニーテールを翻しながらそのまま立ち上がって厨房の方へと歩いていく。
ひとまずは、助かった。
「こんばんは! お昼ぶりですねお客様っ」
「こんばんはです」
「こ、こんばんは。今日はいい夜ですね。ははッ」
こちらに辿り着いた二人にユレスは笑いつつ挨拶を返す。早く話を終わらせてどこかに行ってもらわねば。
「ええ本当に。この王国から見上げる夜空は綺麗ですよねぇ・・・・・・わう達二日前にこのテレブール王国に来たのですが、驚きましたもの。ね、リフルちゃん」
「はいユルフちゃん。あまりの綺麗さにずっと首を上げていたら、上げ過ぎて背中から倒れちゃいましたなー」
「んー、そこから起き上がらずに仰向けに倒れたまま夜空を見上げ続けたリフルちゃん可愛い過ぎでしたよぉ! 可愛すぎてしばらくそのまま見てました♡」
「月並みな突っこみ言っていいかい? そこは起こしてあげなよ」
自分の両手で両頬を挟みつつくねくねと悶えているユルフに、そんな姉を無表情で見つめるリフル。率直に言えば変な姉妹だ。昔から、この二人はこうなのだろうか。
そう思案して、ユレスは視線を横、厨房のある方へと流す。
すぐに戻ってくるかと思ったが、ハルマレアは従業員と対面しながら両手にフォークを持って見比べている。信じられないがハルマレアは本当にユレスの言う通り念入りにフォークを選んでいるらしい。焦って適当言ったのだが、おかげで時間稼ぎが出来たようだ。何事も言ってみるものである。
「それでお客様——お客様と呼び続けるのも何かおかしいですね。今は勤務中ではありませんし。良ければお名前、教えてもらってもよろしいですか?」
ユルフのその声に視線を戻しつつ、確かに、とユレスは頷く。まだハルマレアは来ないだろう。しばらくは大丈夫だ。
「私はユレス・バレハラード。好きなように呼んでいい」
「わうはユルフです! こちらのリフルちゃんもわうもお好きなように! それで呼び名はうーんと、そうですねぇ・・・・・・失礼ですがご年齢は?」
「十九だね」
「そうですか! ではユレスさんで! わうは十六ですっ。ちなみにリフルちゃんは十四ですよ♡」
「ではわうは、ユレスちゃんと呼びます。ちゃんの方が言いやすいですからなー」
「ちゃ、ちゃん・・・・・・」
「んー、年上の方だと分かったのにそれでもちゃん付けを特攻するその精神・・・・・・さすがリフルちゃんです! 可愛い可愛い!! 耳たぶぷにぷに~♡」
「わうわうわうわうわうわうわうわう」
見た目通り年下だった二人はまた戯れ合い始める。というか姉は妹に構いすぎでは?
少し待ってみても、リフルは特に何も言わない。どうやらちゃん付けは免れないようだ。
「(〝くん〟ならともかく〝ちゃん〟か・・・・・・まぁ、いいか。好きなように呼ぶといい、と言ったのは私だしな)」
「それでユレスちゃん。本日買ってくださった武器防具はいかがでしょうか? 不備などありましたら遠慮なく言ってください」
「・・・・・・うん、大丈夫だよ」
やはり何か恥ずかしいな、とユレスは数刻前の自分を殴りたくなったのであった。
「ふぅ・・・・・・で、君達、」
「なんだユレス。こやつらは知り合いか?」
「————」
ゆっくりと、顔を声がした方に向けていく。
そこには、ユルフとリフルとテーブルを挟んで対面するように——両手に持ったフォーク同士をぶつけてキンキン、と金属音を鳴らすハルマレアがいつの間にかいたのだ。
「い、いつからいたんだい?」
「今だが」
「(話に夢中で気付かなかった!)」
最悪の状況だ。
もはやこれまでか、とユレスは頭を下げてうなだれる。
脳裏には、想像のラゥルの隣に想像のハルマレアが現れ、二人同時に自分を蔑んでいる・・・・・・。
「お連れ様ですね。わうはユルフです。こちらの激可愛い子はわうの妹のリフルちゃんですっ」
「そうか・・・・・・ん?」
自己紹介するユルフからリフルに視線を移したハルマレアは、眉をひそめつつ、
「・・・・・・リフル、だったな。なれ、あてと初対面よな?」
「? はい。わうは今初めて、ここであなたと会いましたけど」
「そうよな。うむ、いやすまぬな。なぜかなれから懐かしさを感じてしまってな。忘れてくれ・・・・・・あてはハルマレアだ」
——それは、急激な変化だった。
「「————」」
「(なん、だ・・・・・・?)」」
笑顔を絶やさなかったユルフの顔が、信じられないような物でも見た様に無表情で固まり、
「? どうしたのだ?」
「ハルマレア・・・・・・なるほどですなー」
基本無表情なリフルは、ハルマレアの体——小さな両手を見て鷹揚に頷きつつ、獰猛に、口の端を歪め始めたのだ。
明らかに空気が変わり始める中。
ポツリと、その声がユレスの耳朶を打った——。
「これは、やるしかないぅ」




