第39話 『〝 〟の波動』
「それでは改めましてお客様、今日は何をお探しですか? 特にご希望が無いならわうとリフルちゃんがおすすめしますよ♪」
「わうのおすすめは鞭ですなー。鞭なら力が無くとも簡単に振るえて扱いやすいですし。男で鞭はちょっと、と思うかもしれませんけど、鞭だって立派な武器ですから恥ずかしがる事はないかと」
そう言いつつ異父姉妹らしい姉のユルフと妹のリフルが示し合わせたかのように分かれ、ユレスの腕にそれぞれ自分の腕を組んでくる。ちなみに右腕はユルフで、左腕はリフルだ。
ぐいぐいと体を押し付けて来る二人にユレスは、
「(——この、感触は・・・・・・!)」
——両腕に当たっている柔らかい感触。
懐かしい、感触だ。
それは言わずもがな、女性の胸である。以前はラゥルから味わったが、あの時のような癒しの波動がユレスの全身を包み始めていく・・・・・・!
ラゥル程ではないがユルフの大きな胸に、正直ほぼ感触を感じないがそれでもそこはかとなく柔らかさを感じ取れる小さく慎ましいリフルの胸。
どちらも甲乙つけがたい。実につけがたい。
「(ハッ・・・・・・!)」
ユレスは自分の過ちに気付き、唇を噛みしめる。
何が甲乙だ。愚かにも程があるだろう。
そうだ。
本当に、愚かな考え方だった・・・・・・。
「(女性の胸に・・・・・・甲乙などない! 全てに持ち味があって良いのだ。全ての乳に——『スゴ味』があるッ!)」
改名しよう。
癒しの波動ではなく。
——乳の波動、だ——。
「(万歳・・・・・・!)」
「お客様? 涙流しながら仰いでどうしました? 目にゴミでも入りました? でしたらリフルちゃんの出番ですねっ。リフルちゃんは面白い特技があるんですよ!」
「え? 特技?」
「ええ♪ 他人の目の中に入ったゴミを舌で取れちゃうんですっ。ね? リフルちゃん」
「はいユルフちゃん。わうの舌はなんでも取っちゃいます。よくリフルちゃんにもやってあげてますなー。んべ・・・・・・」
そう姉に肯定したリフルは、ユレスに見せつけるように赤い舌を口内から外に伸ばす。
てらてらと唾液で光る舌を見つつ、照れで顔を赤く染めたユレスはリフルから顔をそむけ、
「な、長い舌だね。確かにその舌なら簡単に取ってくれそうだ。けど大丈夫。ただ感動して泣いていただけだから」
「感動、ですかぁ? ・・・・・・あ。わう分かっちゃいましたっ。もうお客様ったら、男の方ですね~。なんならもっと味わいますぅ?」
「わうも頑張りますよ。ユルフちゃんみたいにお胸大きくないですけど、それでも少しならありますから・・・・・・」
甘い誘惑だ。
だが甘すぎるせいか、一周回ってユレスの思考は冷静さを取り戻せた。
自分は、何の為にここに来たのだ?
敵情視察に来たはずだろう!
ドハドルはもう堕ちているが、自分は・・・・・・。
自分は・・・・・・!!
だから、こう言うのだ。
ハッキリと!!!
「是非、お願いします!!」
「かしこまり~☆ えいえ~い♡」
「えいえ~い」
「お、ぉお・・・・・・!!」
「ちなみにぃ、あそこにある武器を買ってくれたらもっとしてあげますが・・・・・・いかがです?」
「買います!」
「んしょ、んしょ・・・・・・えっほ、えっほ。むぅ、やはりユルフちゃんには負けますなー」
「負けてません! 決して負けていません!!」
「あ、そーれそーれ♡ おっと、あそこにある盾を買ってくれたらもっと違う動きをやっちゃいますかも?」
「買いまぁす!!!」
堕ちないわけがないですよね、ホント。
⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨
『ありがとうございましたー♡』
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
来た時のように、ユルフ、リフル含めた女性店員達に見送られるユレスとドハドル。
手ぶらだったはずが、今は両手に剣、盾、鞭などの武器防具をたくさん持っている状態だ。ドハドルも同じ、否、ユレス以上に持っている。
視線を横に流せば、まだ絶えない列。並んでいる人は全員男だ。
武器、防具屋に女性が来るのはおかしい事ではない。だからこの店に入る前に女性がいない事が軽く気になっていたのだが、その理由も今では完全に理解した。
「・・・・・・店に戻るか、ユレス」
「・・・・・・はい」
お互い、言う事は何も無い。否、何も言えない。
そして武器防具の重みを後悔と一緒に背負いつつ戻っていくと、
「ん?」
営業準備中の看板の前に困ったように立ち往生をしている、背が高く赤いマントを羽織っている黒髪の男性と、中背で長い薄紅色の髪の少女がいる。
「ドハドルさん、あのお二人お客様では?」
「ああ。多分店閉めてっから入りたくても入れない、てところだな。ちと急ぐぜ」
普通の歩みから早歩きに切り替えつつ、声が届くだろう距離まで近づいたドハドルは、
「すんません、もしかして開店待ちですか?」
「ん・・・・・・ええ。武器を探しているのですが、この街の人達が言うにはこのお店は優れたお店だと聞いたので————・・・・・・」
「?」
それは、突然だった。
ドハドルと話していた彼がこちらを見た瞬間、目を見開きつつ凝視し始めたのだ。
思わず面食らってしまったユレスだが、すぐにその凝視する理由を思いつく。
それは、
「(あぁ・・・・・・この髪か)」
そう、彼が凝視しているのはこの白髪。まだ若い見た目なのに老人のような白髪のおかしさに固まっているのだろう。
遠慮なくジッと見てくるのは失礼だと感じるが、その奇異の視線は慣れたものだし、納得も出来る。最近は受け入れられているような感じだったからか、自分のおかしさを忘れていたのだ。
そして、ユレスはおどけるように小さく笑いつつ、こう嘯いた。
「ははっ。驚いたでしょう? 私生まれた時からこの髪色なんですよ。ですからお年寄りではないですよ?」
「え? お年寄り? ・・・・・・ああ! そうなんですね! いやぁジッと見てしまっていて失礼しました。・・・・・・うん。僕は素敵だと思います。白はいい色ですよね。うん」
最初は呆気に取られたような彼は、そう言って笑顔で頷きつつ、
「話の途中で申し訳ございませんでした。それであなた達は・・・・・・?」
「俺はこの武器屋の店主のドハドルです。こっちの若いのは従業員のユレスです」
「自己紹介ありがとうございます。僕はゼアルノス・ファゴスミットです。こちらの少女は僕の付き人・・・・・・そう、付き人のシュリームという子です。シュリーム、この方達にご挨拶を」
「は、はい・・・・・・シュリームです・・・・・・どうかよろしくお願いいたします・・・・・・」
か細い声でそう挨拶をし、ユレスとドハドルに深く頭を下げるシュリーム。頭を深く下げたせいか、後頭部の薄紅色の髪が彼女の顔を隠すようにしてしまった。
しかし、
「・・・・・・?」
——隠れていた耳は、露わになった。
何か変だ、とユレスは目を細めつつシュリームの左耳を注視し——気付く。
「(これは・・・・・・噛み跡、か?)」
そう、噛み跡。
彼女の左耳のいたる所に、何かに噛まれたような跡がたくさんあるのだ。
右耳も見てみると、左耳と同じような噛み跡が・・・・・・。
「(気になるが、さすがに訊けないな。人には触れられたくない部分がある。彼女にとっては、それがこの噛み跡かもしれない)」
彼女から言うなら別の話だが、とユレスはゼアルノスの方に視線を向ける。ドハドルはすでにゼアルノスに顔を向けていた。
「ま、こんなところで立ち話もなんですし、今から店開けるんで入ってくださいよ」
「そうですね。ではよろしくお願いします」
綺麗に頭を下げるゼアルノス。礼儀正しい振る舞いだ。育ちの良さが窺える所作である。
そしてドハドルは持っていた武器防具を地面に置き、看板をひっくり返して〝営業中〟に変えてから扉を開け、
「どうぞお二人方。噂に恥じない武器が揃っていると保証しますよ。あっちにある新しく開店した武器屋には負けてませんぜっ」
「そういえばあちらにもありましたね。・・・・・・ん、もしかしてあなた達が持っているこの武器防具は・・・・・・」
「こ、これは・・・・・・そう! あれだ! どんな武器防具なのか質を確認するために買ったんですよ! な!? ユレスっ」
「は・・・・・・はい! まさしくその通りです!」
まさか従業員である女性達にちやほやされて買ったとは言えるワケもない。
何度も頷きながらドハドルに同意するユレスを見やったゼアルノスは「なるほど」と呟き、
「同じ武器屋ですしね。競う事になるだろう相手は気になりますよね」
「そうそうそう。さあ、早く入ってくだせぇ」
「それではお邪魔します。行くよ、シュリーム」
「はい・・・・・・」
消え入りそうな声で同意したシュリームと共にゼアルノスがドハドルの武器屋へと入っていく。ようやくのお客だ。ここで一気に流れを掴まなくては。
「ドハドルさん、ドハドルさんの買った武器防具は私が運びます。どこに置いておきますか?」
「おう助かるぜユレス! 適当に家の中に置いてくれ。俺は接客に行くからよ」
「はい!」
店の中に入っていくドハドルの背を見送ったユレスは急ぎ足で裏門へと向かう。
まずは、自分の買った武器防具を置きに行ってからドハドルの物に取り掛かるか、と思案しつつ裏門に近づき、扉を開けるために自分の持っている武器防具を一旦地面に置こうとする——が。
「ん」
その前に、扉が独りでに開いたのだ。
あちらから扉が開くという事はつまり、彼女が開けたのだろう。
「あれ? ユレスじゃん。どしたのその武器防具? うちから持ってきたやつ? いやでも、うちは防具は取り扱ってなかったよね」
「ああ。これは他店のやつさ。あとすまないが、扉は開けたままにしてくれるか? まだ運ばないといけない武器防具があるから」
出て来たのは予想を外す事なく、朝言ったとおり、本当に今までふて寝をしていたであろうラゥルだ。どこに行くのかは知らないが、今出て来てくれたのは助かる。武器防具を置いてまた持ち直す手間が消えたのだから。
そうして、武器防具の重みにふらふらと横にそれるユレスと入れ違いに立ち位置を変えつつラゥルは、
「中々高そうな武器防具だね。どこで買ったの?」
「新しく出来た店だよ。近くの、」
ピタリ、とユレスの口が開いたまま止まる。
——迂闊、だった。
気付いた時にはもう遅い。もしラゥルが今自分が言った武器屋に興味を示し、行ったとしたら・・・・・・。
次会った時、どんな反応されるか——想像するまでもないだろう。
軌道修正したいが、言った事は覆せないのが現実だ。
だから過ぎた事はとっとと捨て、ここからなんとか、ラゥルの興味の方向を変えなくてはならない。
自分なら、出来るはずだ。
「そういえばラゥル、今からどこに行くんだ? ミーゼさんの所かい? だとしたら程々にな。もう彼女は女王で忙しい身だろうからね」
「分かってるよ。それに会いに行くのはミーゼだけじゃないんだ。もう一人の友達にも、ね」
「へえ。新しく出来た友達かい?」
「うん。ユレスも会った事がある人だよ。ふふッ」
「私も・・・・・・?」
一体誰だろうか。
ミーゼ以外というと、ハルマレアしか思いつかないが。
「レアか?」
「違うね~。勿論ハルマレアちゃんも友達だけどね」
違うらしい。もうこの時点でお手上げだ。
嘆息しつつユレスは、
「分かった。私の負けだ。教えてくれないか?」
「ん~・・・・・・面白いから言わなーい♡」
「意地悪するねぇ」
「ごめんね。もうしばらく時間が経ったら言うかもだから。じゃああたし行くねっ。またね~」
そう言って左手をひらひらと振りながら去っていくラゥル。結局その友達が誰なのかは分からずじまいだ。
やれやれ、とユレスは開いたままの裏門を抜け、ドハドルの家の中に入っていく。何はともあれ、ラゥルが楽しそうで重畳だろう。
「ふっ・・・・・・」
そして、小さく笑った時だった。
「あ、そうだ。ユレス!」
去ろうとした足を止め、もう一度こちらにラゥルがやって来た。
何だ、とユレスもドハドルの家から再び外へと出て行く。何か言い忘れた事があるのだろうか。
そうしてラゥルは、ユレスの前に戻って来ると——こう言ったのだ。
「近くに新しく出来たんだよね? 武器屋。あたしも今日中に行ってみるね♪ 行ったら感想伝えるから! それだけっ。じゃあ今度こそまたね~」
ぴゅー! と彼女自身が使う緑風魔法の風のように、この場を素早く去っていくラゥル。口を開く暇すらない。
後に残ったのは、絶句する自分だけだ。
「・・・・・・ふっ」
今度は諦めの笑みを浮かべつつ、実現するだろう未来を脳裏に浮かべたユレスは——静かに、その場に崩れ落ちたのだった。




