第37話 『乙女です☆』
——戴冠式を終え、ミーゼが新女王になってから数日。
テレブール王国の復興作業にユレスも加わり、テレブール王国に暮らす民達の努力の甲斐もあってついに——復興が完了した。
その日の夜はまさにどんちゃん騒ぎだ。復興記念でミーゼから城で働いている料理人を呼び、あらゆる料理が外に一時的に作ったテーブルに並べられ、誰もが笑顔で話しながらその料理に手をつけていく。
ミーゼの女王としての初仕事は、まさに素晴らしいモノであった。
「はぐっ! んぐ! うまうま~!!」
「もっと落ち着いて食べろよ・・・・・・子供じゃないんだから」
勿論ユレスもハルマレアも、この宴に参加している。
貰った皿にたくさんの料理を乗せて食べているハルマレアをたしなめつつ、ユレスも常識的に料理を食していく。確かに美味だ。さすが城に属している料理人。全ての料理が絶品である。
「ふぉ、ふぉいえあ」
「うん。飲みこんでから話そうね」
「ごくっ。・・・・・・そういえば、ラゥルはどうしたのだ? あやつも参加してるはずよな」
「多分な。特に約束とかもしてないから、ドハドルさんと来ているか、ミーゼさんの所にいるんじゃないか?」
「何か冷たいなぁ。なれとラゥルは仲睦まじいと思っていたのだが?」
「・・・・・・どういう意味だ?」
「どういう意味も何も、言葉通りの意味だ。なれらとても仲が良いではないか」
「そう、か・・・・・・」
てっきり、恋人に見えるとかそういう意味かと思ったが、どうやら違うようだ。
ただ・・・・・・ハルマレアの横顔は、感情が読み取れない無表情だが。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
会話が続かなくなり、もそもそとユレスとハルマレアは食事を口に運ぶ作業を繰り返す。
ラゥルの所在を話題に上げただけなのに、なぜ空気が重くなった?
心中でそう首を捻りつつ、何か違う話題を探そうとした時だった。
「おうユレス、ハルマレア。お前らも来てたか。ちょうど良かったぜ」
ぽん、と右肩に大きな手が置かれる。声の時点でもう誰かは丸わかりだ。
振り返りつつユレスは、
「ドハドルさん、お疲れ様です」
「飯食ってるだけだがな。まぁ、お前もお疲れ」
そう笑いながら、ユレスの右肩に置いた右手を上げるドハドルにユレスは軽く頭を下げる。
かしこまった態度をするのは仕方がない。ドハドルは自分を雇ってくれている店長なのだ。たとえ勤務外でもそれなりの礼節は弁えなくては。
「うむ。飯を食うだけでも疲れる時はある。故にお疲れは正しい挨拶とも言えるだろう」
「なるほど・・・・・・確かにそうかもしれねェな」
「・・・・・・・・・・」
仮に勤務していても、ハルマレアは態度を変える事はないだろうな、とユレスは静かに思った。
「そういえばドハドルさん。ちょうど良いと先程言っていましたが、一体?」
「おうそうだ。宴の中わりぃが、明日からの仕事について伝えておきたくてな」
「復興作業も終わりましたしね。ではいつものように?」
「ああ。お待ちかねの営業開始だ。前みたいに朝から頼めるか?」
「勿論ですとも!」
安定した収入源が帰ってくる——!!
復興作業はあくまで慈善事業なので、悲しいがお金は出なかったのだ。月が変わったので家賃も払い、生活費、食費と懐がどんどん寂しくなっていくのを震えながら見守る事しか出来なかった。
正味な話、お金が欲しい。
「んじゃ、明日からまたよろしくな」
「はい!」
「よし。仕事の話は終わりだ。あとは満足するまで飯を食おうぜ!」
「あても付き合おう! なんならどちらが多く食えるか勝負するか?」
「いいぜェ! 後悔すんなよっ」
瞬間、ダッ!! と同時に駆け出すハルマレアとドハドル。妙に仲が良い二人である。
一息つきつつ、そんな彼らに追いつこうと歩き始めるユレスは目を伏せ、
「ようやく、元通りか」
日常が帰って来るのを、実感するのだった。
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「ま、まだくえ、いや食えない・・・・・・いや食える? 食え、ない。やはり食えるぅ・・・・・・いや食えない・・・・・・げふっ」
「自問自答が凄いな」
しかも寝言でだ。
——宴を明けての翌日の朝。
スッキリと目覚めたユレスは、ハルマレアの苦し気な寝言を聞きながら寝間着から着替えていく。勿論ハルマレアが苦し気なのは食べ過ぎが原因である。ちなみに大食い勝負はドハドルの勝ちだ。
「さて、と・・・・・・じゃ、行ってくる」
着替え終え、聞こえてないだろうがハルマレアにそう言ってから部屋を出て行く。
二階から一階へと階段を下りていくと、この宿の主である老婆のグレセスがいつも通り店内清掃をやっていた。
「おはようございますグレセスさん」
「あらあらバレハラードさん。お早いですね~。もしかして今日から?」
「ええ。武器屋の仕事です。ではすみませんがここで」
「あ、すみません。少しだけお話したい事が・・・・・・」
「?」
今から仕事に行く。つまり時間に余裕が無いと分かっているはずだが、グレセスはそれでも自分を呼び止めた。
何か重要な事か? と判断したユレスは「どうしました?」と返しつつグレセスの方に振り返る。
まさか家賃の値上がりだろうか。だとしたら勘弁して欲しいのだが・・・・・・!
——そして、
「ごめんなさい。ちょっとした確認です。・・・・・・今って何年でしたっけ?」
「え・・・・・・年、ですか?」
「ええ。年を取っているせいか、最近物忘れがひどくて・・・・・・」
「そ、そうですか。今はフグマハット歴1219年ですよ」
値上がりでなくて心底良かった、とユレスは安心してそう答える。しかし今が何年か忘れるなんて、失礼だが確かに物忘れがひどい。
「1219年・・・・・・バレハラードさんのお年はおいくつですか?」
「19ですけど・・・・・・」
「なるほどですねぇ」
直後、グレセスはぐっとユレスに顔を近づけると、
「わたくし、ちょっとした特技があるんですけどね。その人の年齢で生誕した日が分かるのですよ。バレハラードさんは——ずばり、新たな年が始まるゴノル真月の始まりの日でしょう!」
「!!?」
——なんて事だろうか。
彼女の言う通り、自分の生誕した日はゴノル真月の始まりの日だ。正確には実の両親であろうソムロスに自分を押し付けた夫婦は物心が生まれる前にいなかったので確証はないのだが、ソムロスから聞いたその日を生誕の日にしているのだ。
しかし特技なんてかわいい事を言っているが・・・・・・正直恐れすら抱く推理力である。
そんなユレスが面白いのか、グレセスはニコニコと微笑んでいる。
「なんで分かったんですか・・・・・・!?」
「あっはっは! 正解って事ですね♪ まぁ伊達に長生きしていないって事ですよ」
そういうものなのだろうか。
自分も長生きすれば、彼女のように他人の生誕の日が分かるのか・・・・・・?
そして、うーん・・・・・・と唸るユレスにグレセスは突如、
「バレハラードさんは、フグマハットの事をどう思っていますか?」
「え? 思うってどういう事ですか?」
いきなり話題を変えてきたグレセスに面食らいつつ、ユレスは答えの出ない思考を切り替える。というか冷静に考えれば出来るはずがない。他人の生誕の日が分かるのは間違いなく彼女だけだろう。
「どんな人だったのかとか、そういうのですよ。どうですか?」
「どんな人だったか、ですか・・・・・・まぁ暦に名前がついているぐらいですから、神様のような人だったんじゃないですか? 賢神とも呼ばれていますし」
「神様のような人ですか。確かにそうかもしれませんねぇ・・・・・・」
「グレセスさんはどう思っているんですか?」
「わたくしは・・・・・・」
考え込むように顔を俯かせたグレセスは、少し間を置いてこう口を開いた。
「きっと、素敵な男性だったと思います。それこそ一目惚れしてしまう程の男性かと。あくまで想像ですけどね」
「ほ、ほう。乙女ですね・・・・・・」
「でしょう? うふふ♪」
もう年も高齢化だろうに、まるで少女のようだ。
そう思案してそれを体現しているヤツがいるな、と脳裏に浮かんだのは、グレセスよりも年老いているくせに少女のような容姿をしているハルマレアであった。
お兄ちゃん☆ と妹を演じているハルマレアが脳裏で笑っている・・・・・・。
「バ、バレハラードさん? わたくしが引き止めておいてなんですが、時間は大丈夫ですか?」
「あ」
言われて思い出す。そうだ、仕事に行くところだったのだ!
「すいません! では私はこれでっ」
「あ、バレハラードさん! 最後に訊いていいですか!」
「はい!? なんでしょうか!?」
急いでいるせいで急かすように聞き返してしまう。ついでに足踏みもしてしまうおまけ付きだ。
そのユレスとは反対に、おっとりとしたグレセスは自分の頭の後ろで結っている白髪を揺らしつつ、こう言った。
「この前は大変な事がありましたけど、この王国はお好きですか? 毎日、楽しいですか?」
「・・・・・・・・・・」
——足踏みを止め、ユレスは微笑む。
ドハドルがいて、ラゥルがいて、新たにミーゼが統治するテレブール王国。
考えるまでもない。だからハッキリと、思うがままにユレスは彼女に言った。
恐らく、この王国が嫌いになってしまったのではと不安を覚えてしまったグレセスに。
「勿論ですよ! この王国に来れて私とレアは幸せです!」
「——それを聞いて安心しました。では、いってらっしゃい」
そう言って、たおやかに微笑むグレセスに頷いてからユレスは、扉を開けて宿の外へと出て行く。
本当に優しい人だ。自分の白髪の事も何も言わないし。
それに陽だまりのような雰囲気に当てられているのか、グレセスと会う度に心が安らぐ自分がいるのだ。
「きっと若い頃はたくさんの男に言い寄られていたに違いない。んー・・・・・・グレセスさんの若い頃の姿が見たいなぁ」
どんな容姿だったのだろう、とグレセスの若い姿を想像しながら、ユレスは日常に戻ったテレブール王国の朝の中を走っていく。
今日も、青空輝く晴天だ。
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「お邪魔しまーす・・・・・・」
ガチャリ、と武器屋——ドハドルの家の裏門を開けて彼の家に入る。懐かしい空気だ。この家に入るのは、シュノレース王国に四人で行った以来か。
キョロキョロと家の中を無遠慮に見回しつつ、ラゥルの部屋がある二階に繋がっている階段に視線を固定する。
ラゥルは、まだ寝ているだろうか。
「寝てるな、間違いなく」
即断である。彼女もテレブール王国襲撃の一件で成長しているだろうが、元々の性格はそうそう変えられないし、変わらないだろう。
階段から顔をそむけ、店内に繋がる扉へと歩いていく。もうドハドルは開店準備をしているはずだ。早く行って手伝わなくては。
扉の取っ手を握り、開けていく。
キィ・・・・・・と音を出しながら広がっていく店内の景色。そこには当然ドハドルがいる——のだが。
「————」
「?」
なぜか、ドハドルは呆然と、ある一点に視線を張り付かせて固まっているのだ。しかも口を開けて、だ。
「(まさか盗難・・・・・・!!? 大量に武器を盗まれたとかか!?)」
悠長に扉を開けている場合ではない。
バン! とユレスは、一気に扉を開けてから急ぎつつ店内へと入る。一体どれ程盗られたのだ!?
そして、
「——バ、カな・・・・・・!?」
ドハドルの視線の先を見たユレスは、それしか言えなかった。




