エマーゼ編㊦ 『やっぱり最悪よ!』
「ふぅ・・・・・・」
一人きりの牢内。牢の中は簡素なベッドが一つと、雑な作りの便所。投獄される人間の思いやりが何もない部屋だ。否、ベッドがあるだけマシだろうか。
そのベッドに横になりながら、エマーゼは何をするでもなく暗い天井を眺めていた。というか他にする事がない。牢の中でもつけられてる両手の鉄の枷は慣れたが、この退屈だけはまだ慣れそうにない。
「眠れないわね・・・・・・」
眠れない原因は両手の鉄の枷ではない。
理由はただ一つ。それは明日——ミーゼの戴冠式が開かれるからだ。
きっと、素敵な格好なんでしょうね、とエマーゼは想像でミーゼの格好を脳裏に浮かばせる。女王にふさわしい豪華な服装・・・・・・ミーゼに似合うとするならば、やはり青いドレスだろう。
「あぁ! 見たい!! すごく見たいわぁ!!!」
興奮が抑えきれずベッドの上ではねるエマーゼ。妹の晴れ姿が見たくてたまらない!
「こら! おとなしく寝ていろ!!」
ガチャンッ!! と衛兵に鉄格子を蹴られつつ怒られてしまう。普段なら不愉快でキレる所だが、今のエマーゼには届かないようだ。
エマーゼは目をキラキラとさせながらも次第に・・・・・・表情を暗くしていく。
それは無論、ミーゼの戴冠式が見れないからに決まっている。
「・・・・・・これ以上考えても、虚しいだけね。もう寝ましょ。はぁ・・・・・・」
ため息をつきつつ、改めて天井に顔を向ける。
明日はミーゼの戴冠式。さすがのラゥルも来ないだろう、と思案してから——エマーゼは目をそっと閉じていく。
未練がましく、ミーゼの晴れ姿を脳裏に残しながら・・・・・・。
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——ガチャンッ!! ガチャンガチャン!!
「起きろエマーゼ・シュノレース!! お前に面会したいと仰っているお方が来ているっ。早く起きろ! 何度も鉄格子を蹴らせるな! 地味に痛いし疲れるんだよ!!」
「・・・・・・うるさいわね。どうせラゥル・キャミニシ―でしょ? ん? というか来たのあいつ? 今日って・・・・・・」
確か戴冠式のはず、とエマーゼはベッドから起き上がっていく。
そして、寝ぼけまなこのまま鉄格子の方を見やると——、
「収監されてから大分経ったが、牢生活は慣れたか? エマーゼよ」
「——これは驚いたわ。まさか王様自らこんな地下牢に足を運ぶなんてね」
左右に衛兵を付き添わせて立っている、このテレブール王国の王、レラフール・テレブールがいたのだ。
寝ぼけた意識が一気に覚醒する。一体何のためにここに来たのか、考えられるとしたら、今の自分の無様な姿を笑いに来た、て所か。
ベッドから離れ、鉄格子に近づいていく。それだけで警戒心が高まったのだろう。左右に付き添っている衛兵二人がレラフールを守るように前に出て来る。
「よい。お前達は下がれ」
しかしレラフールはそれを良しとしなかったようだ。むしろ自分から危険に近づくように、こちらに近づいて来た。
「あら、勇敢ですこと。こんな鉄の枷如きで、自分に危害は加えられないだろうと勘違いしているのかしら?」
じゃら・・・・・・と両手を持ち上げ、鉄の枷をレラフールに見せつける。
そのエマーゼの挑発にレラフールは吹きだすように笑い、
「まさか。鉄の枷、鉄格子。それらの障害はお前にとっては障害ですらないだろう。この場で向かい合っている俺とお前に差なんてない。・・・・・・いや、こちらが弱い分、お前の方が上か」
「ふん、分かっていて近づくと」
「ああ。お前がいまだに大人しくしている事。それがお前に近づける理由だ」
「・・・・・・・・・・」
ただ単に、暴れる気力が湧かないだけよ、とエマーゼはそっぽを向きつつ心中でそう呟く。
そう、テレブール王国を襲撃して、メシュクハーマと戦い、ミーゼを袋叩きにして、ラゥルと魔法戦をして・・・・・・。
もう一生分暴れただろう、と今は休んでいるだけ。
それだけだ。
「・・・・・・で? 私に何の用なの? もしかしてラゥル・キャミニシ―のように私と友達になりたいから話をしよう、とか言うんじゃないでしょうねぇ?」
「安心しろ。お前と友好を深めようとは微塵も思っていないし、この先も思う事はない。お前はメシュクハーマを殺した張本人だからな」
「クスクス・・・・・・私も同じ気持ちだわ♡ 相思相愛じゃない私達! どうする? 結婚でもする?」
「お前が死んだらいいぞ」
「あらやだ。死体と結婚なんてすごい趣味ねぇ・・・・・・うふふふふふ!!!」
「・・・・・・くだらない話はここまでだ。俺がここに来た理由は、今日の事だ」
どうしたらいいか分からず、うろたえている衛兵達を後ろに控えさせたままレラフールは佇まいを正す。
本題を話す気になったレラフールにやっとか、とエマーゼは頭を振り、バサッ、と長い青髪をはためかせる。
そして、レラフールは、
「今日がミーゼの戴冠式というのは、知っているか?」
「ええ。ラゥル・キャミニシ―がうるさく言うから勿論」
「うむ。結論から言おう。私の今から言う条件を飲んだら——ミーゼの戴冠式を見れる権利をお前にやろう。どうだ? 見たいだろう、自分の妹の戴冠式を」
「————」
——この男、何を考えている・・・・・・?
そう思索をしつつ、エマーゼの目が細められる。
降って湧いて来た、ミーゼの戴冠式を見れる権利。見たいのは山々だが、こうも都合よく好機がくると喜びよりも疑念が上回るのは人間として当然だ。
気になるのは無論条件だが・・・・・・。
「条件ねぇ。ラゥル・キャミニシ―といいあなたといい、人に条件を与えるのが流行ってるの?」
「ふっ。そうかもな。——条件というのは簡単だ・・・・・・これから女王になるミーゼにはこの先、敵が多く来るだろう。お前みたいな奴がな。だから、守れ。ミーゼとミーゼの周囲を」
誰もが——。
彼の言葉を聞いたエマーゼも衛兵達も、息を呑んだ。
目を見開いているエマーゼが口を開こうとするが、
「お待ちを! お言葉ですが正気ですかレラフール様!!?」
衛兵の一人が食って掛かるのは当然だろう。分かった上で、レラフールは頷き、
「無論だ。このためにエマーゼを死んだ扱いにしたのだ。さあどうする? エマーゼ、いや、名無しの亡人よ。この国を襲撃し、メシュクハーマを殺したエマーゼ・シュノレースはもう死んでいる。ここにいるお前は、この先どう生きたいのだ?」
「・・・・・・あなたは、それでいいの? 小娘の約束を律儀に守ると言うの?」
「まぁ、こんなのは屁理屈に過ぎない。それに俺はラゥル・キャミニシ―の約束を守っているわけではない。娘が、ミーゼがこれ以上の死を見たくないと言うから、こうしてお前を生かしているのだ。もっと分かりやすく言おうか? お前はずっと牢暮らしをしたいか、それともミーゼを守護したいか。どっちだ?」
「私が逃げだす、それかまたこの国を襲うかもしれない、とは考えないの?」
「逆に訊こう。ミーゼと離れたいのか? 新たな女王であるミーゼが統べる王国をお前は壊したいのか?」
「・・・・・・ちっ・・・・・・まず、確認したい事があるわ」
「言ってみろ」
「ミーゼは納得してるのかしら。私がミーゼの傍にいる事を」
「でなければ、守護だと言わない」
「そう・・・・・・嫌われていると思っていたのだけれど」
「嫌いだろうが、お前の強さを認めているのだろう。それにミーゼ自身も理解しているのだ。女王の立場ってヤツをな」
「あなたの場合は、守護の役目がメシュクハーマ様だったって事ね」
「・・・・・・否定はしない」
「・・・・・・そうね。いい加減牢生活も飽きてきたし、ミーゼの傍にいられるなら是非もないわ」
バサッ! と頭を振って髪をはためかせたエマーゼは、
「——新女王の守護の任、喜んでお受けいたしますわ」
膝を折り、跪いたエマーゼは慇懃無礼に頭を下げたのだった。
嫌味な女だ、と吐き捨てたレラフールは、
「これからは、自分からエマーゼ・シュノレースという名を名乗るのは禁ずる。なにせ死人の名だからな。新たな名を、ここに名乗れ」
「新たな名・・・・・・そうね。じゃあ——」
立ち上がった彼女は、微笑んでこう名乗った。
「ムゼ、でどうかしら?」
「ムゼ・・・・・・」
「呼びやすいでしょ?」
「・・・・・・良かろう。今からお前はムゼだ。新女王を守護する側近、ムゼ——今この時を持って、地下牢を出る事をこの俺が許可する」
そう言ったレラフールは後ろへと振り返り、片手を上げてエマーゼ——ムゼの牢へと振る。
その合図を受け取った衛兵の一人は面食らいつつも——頷いて、懐から鍵の束を取り出した。
こちらに近づいて来る、鍵の束を持った衛兵。その彼の顔は納得いっていないような顔だ。
やがて——ガチャリ、という開錠の音。
「出て来い」
「言われずとも」
衛兵にそう答えながら、堅牢な牢から出て行く。
「両手を出せ」
「はいはい」
言われるがまま両手を突き出すムゼに、衛兵は再び鍵の束から牢を開けた鍵とは違う鍵を持ち——ムゼの鉄の枷を開錠する。
「これでやっと、手で髪が払えるわね」
そう言うやいなや、バサッ、と右手でムゼは自分の長い青髪を払う。やはり頭で振るのとは違う。これでこそだ。
「では詳しい話を・・・・・・といきたい所だが、それは戴冠式が終わってから話そう。俺はミーゼの準備が整うまで部屋にいなくてはならないのでな。早く戻らなくてはならぬ」
「ちょっと。戻るのはいいけどその前に、私の戴冠式を見れる権利はどうすればいいのよ」
「あぁそうだな。外に集まっている民に混ざるのもアレだしな・・・・・・よし、城の二階にバルコニーがある。そこで見るがいい。無論衛兵付きでな」
「・・・・・・ま、戴冠式が見れるなら我慢も出来るわね。それじゃそこの衛兵二人、案内して頂戴」
そう言ってムゼが指差したのはレラフールの左右に控えていた二人だ。彼らはムゼに答えず、レラフールの方に顔を向ける。
この女に従っていいのか、と問いたいのだろう。
「構わぬ。俺の部屋まで共にし、その後は言う通りにしてやれ」
「「・・・・・・ハッ! かしこまりました」」
「あーら。綺麗に重なったわねぇ。そういうのも訓練してるのかしら」
「「・・・・・・・・・・」」
「からかうなムゼ。では行くぞ。時間が押している」
「はーい」
衛兵二人の睨むような視線を受け流しながら、ムゼは歩き出したレラフールの背中についていく。
・・・・・・ふと、その背中を見てムゼは思う。
今なら、不意をついて殺せそうね、と。
だがそれを実行したら、もうミーゼとは二度と会えなくなるだろう。
「(もう、ミーゼを奪われるような真似は・・・・・・いえ、もうミーゼとは離れたくないわ)」
彼女の傍にいたい。
それは地下牢に投獄される前から、決して変わらない真実だ。
レラフールから視線を外しつつ、ムゼは殺意を吐き出すように吐息をしたのだった。
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鳴り響く大歓声。見下ろす景色には人、人、人。人間だらけだ。
そんな人間達で作られた道には、一人の銀色のマントを羽織った男と——青いドレスに身を包んだ、この世の人間とは思えない美しき姫君が祝福されながら歩いていた。
「————」
その美しき姫君——ミーゼを城の二階、バルコニーから見ているムゼは言葉を失っていた。ムゼの後方には二人の衛兵が油断なくムゼを監視しているが、そんな彼らの存在はムゼの脳裏から消えている。
ムゼの脳裏を占めているのは、ミーゼだけなのだ。
「(あの子が・・・・・・私の妹なのね・・・・・・)」
つい確認するように思案してしまう。あんな小さかったミーゼが、今ではあれ程に・・・・・・。
「(最高に素敵よ。ミーゼ・・・・・・!!)」
——永遠はあったのだ。
あの美しさだけは、永久に失われないだろうという確信。
自分の唯一の妹が、永遠を見せてくれた。
「(姉孝行極まりね・・・・・・ん?)」
優雅に歩いていたミーゼが止まり、何事かレラフールと話してまた歩き出した。レラフールは止まったままだ。
一体何だ、と視線でミーゼを追いかけると、
「ッ! ラゥル・キャミニシー!」
あの橙色の髪色は間違いない。それに隣にいる男は白髪だ。遠目だと老人だと思いがちになるが、恐らく違う。
きっとユレスという男だ。若いのに白髪というシェルストと同じ変な人間。ラゥルと仲良く戴冠式を見に来たのだろうか。
ミーゼは、ラゥルとユレスとしばらく向かい合った後、レラフールの元に戻っていく。
そして、
「!?」
バッ! とムゼはその場でしゃがみ、落下防止の塀に姿を隠す。
なぜこんな事をしたのか、そんなの決まっている。
ラゥルがこちらに顔を向けたからだ。偶然だろうが、あの女は勘が鋭い。自分の視線に気付いた可能性もある。
「なんで気付くのよっ。あの小娘ッ!」
「おいどうした?」
「何でもないわよ!」
声を掛けて来た衛兵の一人にそう返しつつ、そっと、ムゼは頭だけを塀の外に出す。注意深くラゥルがいる場所に目を向けると、彼女はもう顔をこちらに向けていなかった。ユレスも同じだ。二人とも、向かい合っているミーゼとレラフールに視線を張り付かせている。
ホッと、ムゼは安堵の息を出しながら再び佇まいを直し、戴冠式を見届け始める。
そうして。
見届け始めて間もなく、レラフールは羽織っている銀色のマントを一気に外した。
「あれ、絶対に俺カッコイイ、て自分に酔ってるわね」
銀色のマントを外した彼は、ミーゼに何かを話し始めていく。話しているのは分かるがさすがに距離が遠いからか、何を言っているのかは分からない。
しかし、
「——はい!」
と、ミーゼの威勢のいい返事は、ちゃんとこちらに届いたようだ。
そして、レラフールは持っていた銀色のマントを——ミーゼに羽織らせ、こちらまで響く声でこう言った。
「——ここにいるのは新たな女王!!! これからのテレブール王国を導く我らが女王のミーゼ・テレブールだ!!!!! 皆、祝福を!!!!!!!」
『ミーゼ様!!!!!!!!! 我らが女王!!!!!! 戴冠おめでとうございます!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
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「やかましいわねぇ。耳が遠くなりそうよ、まったく」
だが、そう言う彼女の拍手が一番やかましい。
手が痛くなっても、ムゼは拍手を止めないまま、
「あぁ・・・・・・癪だけれど、ラゥル・キャミニシーには感謝ね。もし死刑になっていたら、この素晴らしい戴冠式を見れないままだったもの」
この戴冠式が終わってから、ミーゼの守護が始まるのだ。
ミーゼを守り抜く日常。求めていたわけではなかったが、理想の〝これから〟である。
最高の日々が、自分を待っているのだ!
「生きてみるものね。人生というモノは・・・・・・万象変化。何が起こるか未知で、楽しいのだもの」
クスクス、と本当に楽し気に笑うムゼ。ほんの少しだけだが、ラゥルに対しての好感度が上がったかなと微笑む。
「あ、そうだ。伝え忘れていたんだが」
「?」
そんな彼女の背中に衛兵の一人が声を掛けてきた。機嫌が良いムゼは「なぁに?」と甘い声を出しつつ後ろに振り返る。
そして、
「今日、お前が寝ている間に実はキャミニシーさんが来ていてな。彼女から伝言を預かっている」
「は・・・・・・? でん、ごん?」
「そうだ。で・ん・ご・ん。では言うぞ。んんッ・・・・・・『レラフール様から聞いたよ! 間違いなくミーゼを守護する方を選ぶだろうから牢から出る事になるだろうってね。だからこれで堂々と遊べるね♡ 毎日遊ぼうねエマーゼ!!』・・・・・・これで伝言は終わりだ」
「あなた凄いわね・・・・・・ラゥル・キャミニシーの声そのものだったわよ」
「人の声を模写するの、結構得意なんだよ」
どこにでもいそうな衛兵の癖に何気に凄い特技を見せた衛兵の彼から、ムゼは青空へと顔を向ける。
「・・・・・・・・・・」
毎日ー、毎日ー、毎日ー、毎日ー・・・・・・。
と、ムゼの脳裏に木霊するラゥルの絶望の言葉。
「クス・・・・・・」
こらえきれないとばかりに、思わず吹き出すムゼ。
そして、青空へと咆哮を上げるように——こう叫んだのだった。
「やっぱり最悪よあの小娘!! ラゥル・キャミニシーィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!」




