エマーゼ編㊤ 『最悪ね・・・・・・』
——テレブール王国、城内、日の光を浴びる事がない地下牢。
ここには軽い罪を犯した者も、大きな罪を犯した者も入り混じっている悪人の巣窟だ。故に見張り番に勤務している衛兵も多い。
捕まっている悪人達は比較的おとなしく罪を清算している。そんな彼らを見張っている衛兵達も当然油断はしてないが、衛兵同士で退屈を紛らわす会話を繰り広げながら見張りに従事している——のだが。
今日に限っては。
衛兵全員が、緊張を孕ませたように黙っているのだった。
当然悪人達はその衛兵達の様子に気付いている。
——悪人の一人は勘づく。そういえば、昨日の夜はいつもより見張り番をしている衛兵の数は少なかった。
それに、切羽詰まったようにこんな会話をしていた・・・・・・。
『明日からこの地下牢に、奴が来るらしいな・・・・・・』
『ああ。しかしレラフール様は何をお考えなのか、奴を死んだ事にしたんだってな。メシュクハーマ様を殺した奴なのに、なぜ死刑にしないのか・・・・・・くそッ』
『俺もムカつく・・・・・・ムカつくけど、一番憤怒しているのは夫であるレラフール様だ。そのレラフール様が決めた以上、俺達は従うのみだろ?』
『そうだな・・・・・・』
メシュクハーマというのはこのテレブール王国の王妃だ。その奴というのはメシュクハーマを、あの『氷双剣のメシュクハーマ』と謳われた王妃を殺せたのか・・・・・・。
ゴクリ、と悪人は唾を飲み下す。なるほど、衛兵達の緊張の理由が分かった。
そんなとびきり危険な奴が、ここに来るのか——。
直後、だった。
ガチャンッ!!
と、向こう、この城一階からこの地下牢を繋いでいる扉が大きな音を立てて、開いた。
「ッ・・・・・・」
ビクッ! と衛兵の一人が大げさに肩を震わせる。他の衛兵はそれ程ではないが、より一層顔を緊張で歪ませている。
カッ、カッ、カッ・・・・・・と複数の靴音がこの地下牢に反響し、やがて、見えてきたのは、
「——さすが地下牢ね。辛気臭くて嫌だわ。この辛気臭さは永遠に変わらなそうよねぇ」
衛兵四人に前、後ろ、右、左、と全方位を囲まれ、両手を鉄の枷で縛られている、やたら気品がある長い青髪の女性だった——。
彼女は、バサッ、と自分の長い青髪を頭で振り、
「で、私の部屋はどこなの?」
「普通は他の者と一緒に牢の中だが、お前は特別だからな・・・・・・他の牢よりも堅牢な部屋へご招待だ」
「あら素敵♡ 私専用の部屋って事よね? 良かったわぁ、こんな臭い人達と一緒に牢生活なんて最悪だもの。もしそんな事になってたら・・・・・・永遠について問いかけたくなるわ・・・・・・」
ゾクッ!! と。
彼女を囲んでいる衛兵四人、彼女と距離が離れている衛兵達、さらには牢の中にいる悪人達、その全員に恐怖という悪寒が走り抜ける。
——鉄の枷など所詮は罪人の証。魔法の前では飾りにすぎない。故に必要なのは衛兵の戦闘力、暴れる罪人を制圧する体術、魔法という弾圧の力だ。
その弾圧の力を磨くために日夜訓練をこなすテレブール王国の衛兵達はそれなりに自分の強さに誇りを持っており、実際に強さの質は選りすぐりである。悪人達が比較的大人しくしてるのもそれが理由の一因だ。
だが。
だが・・・・・・このエマーゼの前では。
そんな誇りは、何一つ機能しないのだ。
「ねぇ」
一人一人顔を覗きこむように衛兵達の顔を窺ったエマーゼは、そう口を開き始めた。
その目は何も写していない。吸い込まれるような闇が広がっているだけだ。
「あなた達は・・・・・・」
じり、と彼女を囲んでいる衛兵四人の足が後ろに下がっていく。
このエマーゼはあのメシュクハーマを殺した女。その強さは尋常ではない。たとえこの場で一斉に彼女に飛び掛かっても勝てるかどうか・・・・・・。
そして、エマーゼは——、
「魔法は、好きかしら?」
『・・・・・・・・・・は?』
——突拍子もない、永遠なんて何も関係ない問いを投げてきた。
当然声を揃えて疑問の声を上げる衛兵四人。声には出さなくとも、彼女の問いを聞いた他の衛兵、悪人達も四人と同じ気持ちだ。
そんな彼らにエマーゼは恥じ入るように顔を赤く染めつつ、
「あ、愛してるとかそういうのよ! どうなの!?」
「いや・・・・・・魔法に対してそんな愛してるだのなんだのとは思った事ないな」
「生まれた時から使えるしな。呼吸が好きかどうかみたいな感じだよな、その問い」
「まぁ、強いて言うなら好き、だな。色々便利だし」
「う、うん。便利便利」
最初は呆然としていた彼らだが、あまりの突拍子の無さのせいか、毒気が抜かれたように一人ずつ答えていく。
一体なぜそんな問いを? と四人は言葉には出さず、視線をエマーゼに集中させる。
エマーゼは、顔を赤くさせたままぷるぷると体を震わし、
「いえ、私が悪かったわ。今の問いは忘れて。お願いだから忘れて頂戴・・・・・・これが普通の反応よね・・・・・・あの小娘がやっぱりおかしいのよね・・・・・・」
ぶつぶつと呟くエマーゼに誰もが懐疑的だ。彼女は何を思案してそんな問いを言ったのだろうか。
まるで普通の女性のようなエマーゼの様子に悪人達は首を傾げる。本当にこいつがメシュクハーマを殺したのか、と。
確かな事は、衛兵達も悪人達もそんな彼女にいつの間にか、恐怖を抱かなくなっている事だろう。
——テレブール王国襲撃から明けて収監の翌日。
僅かな変化を見せ始めたエマーゼ・シュノレースの牢生活が、ここに始まった。
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「やっほー。今日も来たよエマーゼ♪」
「・・・・・・・・・・」
「ちょっと相談したい事あんだけどさ。いいかな? いいよね暇人なんだし。で、相談っていうのは、」
「・・・・・・くね」
「え? 何?」
「~~~~~~~ッ!! 最悪ね! て言ったのよ!! 毎日毎日毎日毎日ッ! あなたこそ暇人じゃないの!?」
「だって言ったじゃん。毎日来るってさ」
「だからって本当に毎日来る!? 私がうんざりしてるのが分からないの!!?」
「ずっと一人でいる方がうんざりしない? やっぱり人間なんだから、人恋しくなるものでしょ」
「あなただけは勘弁願いたいわねぇ! ラゥル・キャミニシ―!!」
本当に、うんざりして仕方がない。
牢越しにあぐらで腰を下ろしている小娘——ラゥルを睨みながらエマーゼは辟易だと頭を振り乱す。もう精神崩壊を起こしそうだ。
牢生活が始まって次の日から今日で四日目。この小娘は自分が罵詈雑言を並べ立てても懲りもせず毎日来るのだ。きっと頭がおかしいに違いない。
「でさ、相談なんだけど」
「というかあなた! 前から言いたかったけれどまず品がなってないのよっ。何よそのあぐらは! それにこんな汚い地下牢に直接座ってるんじゃないわよ! 同じ女性として恥ずかしくて仕方ないわ!!」
「うるっさいなぁ。立ってんの疲れるじゃん」
「はぁ・・・・・・もういいわ。まったくミーゼが可哀想だわ、こんな粗暴な女と友達なんて」
「エマーゼも友達だけどね」
「やめて! ホントやめて!」
「でさ、相談なんだけど」
「相談が押し付けがましすぎるっ。というかちょっと! そこの衛兵! そもそもなんで一般人をこんな所に通してるのよ!!」
「キャミニシーさんは直接レラフール様から許可を貰った身だからだ。故にこうしてお前と面会が出来るのだ。レラフール様の温情に感謝する事だな」
「あの男ぉ・・・・・・!! やはり殺しておかなければダメかしらねぇ・・・・・・!!!」
「あたしが絶対にさせないけどねー」
「ちっ・・・・・・」
「それで相談というのは、今も眠り続けてるユレスの事なんだけどさ」
「もはや勝手に言い始めたわね」
神妙な様子を取るラゥルにまたか、とエマーゼは大きくため息をつく。
この女の話題は大体がミーゼかユレスという男だ。たまに父親への愚痴も入っているが。
「あんたと決着を着けて、帰ってみたら父さんもボロボロで、父さんに怒られて絞られたけど、よく生きていてくれたって頭撫でられて。それでやっと帰ってきた日常を過ごせる・・・・・・とは、まだ言えないんだよね。まだ、済んでない問題がある」
「それがユレスっていうあの白髪の坊やでしょ。もう何回も聞いたわよ」
「それ程悩んでるのっ。父さんにユレスの事聞いて眠ってるとか言うからさ。謝ろうと思って行ってみたはいいけど、全然起きないし・・・・・・。ハルマレアちゃんはまだ目覚めるには時間がかかるだろう、て言ってたな」
「ふん・・・・・・それで時間ばかり過ぎて謝れないから余計気まずくなっていると」
「どう謝ればいいのか・・・・・・分からなくなってくるの」
答える義理など無い。というか答えたくない、というのがエマーゼの心情だ。
別にこの小娘が悩んでようがどうでもいいし。
・・・・・・しかし。
その悩みのせいで、ミーゼの話題が少なくなっているのはいただけない。どうせ聞くならユレスなんて男よりも妹であるミーゼの話が聞きたいのだ。
眉を寄せつつ、ミーゼはぶんっ、と長い青髪を揺らす。両手が使えれば、思い切り髪を払えるのに。これが牢生活で一番の嫌な部分だ。
「そんなの直情的に行けばいいじゃない。ごめんなさい、て。下手に練ると口が動かなくなるわよ。だから素直になる事ね。それが和解への一番の道なんじゃないかしら」
「素直に・・・・・・」
俯いていた顔を上げたラゥルは、呆気に取られたように目を見開き、
「あんたが言うと、すごい違和感を感じるのはなんでだろう・・・・・・???」
「ッ!! 失礼な小娘ねぇホント!! もう言わないからね私。あとはあなたが決めなさいよ。まったく・・・・・・」
「ごめんごめん、ちょっとからかっただけだよ。うん、素直・・・・・・素直か。ありがとねエマーゼ。あんたのおかげでハチャメチャに謝れるような気がしてきた!」
「そうですか、それはどうも。気が済んだならさっさと帰って頂戴」
「あ。そういえば気になってた事あんだけど。せっかくだから素直に訊いてみようかな・・・・・・あんた、随分とミーゼを気にかけてるけどさ、結局あの子とどんな関係なの?」
「は? 知らなかったの? ・・・・・・いえ、当然の話かしら。私、あの子に好かれてないし」
「?」
「いいわ。私も素直に言ってあげる。私はミーゼの姉よ。姉が妹を気に掛けるのは普通でしょ?」
「姉・・・・・・!? でも、」
「詳しい話はミーゼかレラフール様に聞きなさい。私は嫌よ。面倒だもの」
これ以上話す事はない、とエマーゼはラゥルに背を向ける。嫌いな相手との会話は精神が非常に疲れるのだ。
「・・・・・・似てるなぁとは思ってたけど、そっか。姉妹だったんだ、あんたら」
「・・・・・・信じるの? 私がデタラメを言っているかもしれないのに」
今日はもう口を開かないと決めていたのに、ラゥルの素直な態度につい振り向いてしまう。
彼女は、「よいしょ」とあぐらから立ち上がり、笑顔でこう言った。
「だって友達だもん。信じないでどうするのさ」
「・・・・・・馬鹿ね。それは思考の放棄よ」
「かもね。だとしてもあたしは、あんたを信じるよ」
「最悪・・・・・・」
反吐が出そうだ。
「そうだ。ミーゼと言えば」
ぽん、とラゥルは両手を合わし、
「あと三日でデミハル真月からシャミノル真月に変わるでしょ? そのシャミノル真月の始まりの日に、ミーゼの戴冠式をやるんだって。凄いよね、あのミーゼが女王様になるなんてさ」
「え・・・・・・!!? ミーゼの、戴冠式、ですって・・・・・・!!?!?」
驚愕なんてものではない。
だが、納得してるのも事実だ。自分に傷つけられながらも倒れなかった、精神力だけで自分を圧倒した今の彼女なら女王になる資質があると、エマーゼ自身が確信したのだ。
ただ違うのは、彼女はシュノレース王国の女王ではなく、テレブール王国の女王という違いだけである。
「(見に行きたいけれど・・・・・・まぁ、無理よね・・・・・・)」
自分は、罪人だ。
それも大罪人中の大罪人だろう。なにせ国を攻めて、王妃を殺したのだ。普通なら死刑確定のところを、この小娘の戯言が通って自分はこうしてまだ生きている。
勿論、感謝などしていないが。
「じゃああたし行くね。また明日来るからね~」
「最悪ね・・・・・・」
・・・・・・そう、最悪だが。
認めたくはないが、ラゥルのおかげでこうしてミーゼの近況も知れるのだから、決して最悪というわけでは・・・・・・ない。
手を振って去って行くラゥルを見つめながら、エマーゼは心中でそう零すのだった。




