第35話 『新生戴冠』
「————ん」
目覚めて最初に感じたのは、違和感だ。
背中を支える柔らかい感触。見覚えのある天井。
勘違いでなければ、ここは——、
「私が借りている部屋・・・・・・宿屋の一室だ」
そう呟きながらユレスは上半身だけ柔らかい感触——ベッドから起き上がり、キョロキョロと室内を見回す。
隣にもう一つあるベッドは、普段ハルマレアがごろごろしているベッドだ。しかし今はハルマレアも誰もいない。
部屋にいるのは自分だけのようだ。
「どこに行ったんだレア・・・・・・」
まだ起き抜けだからか、頭がボーっとする。それに外からガヤガヤとした人の声、物音がひっきりなしに聞こえてくる。
そして、なんとなしに窓から射す日の光を見て、
「あ」
閃光のように、脳裏に浮かび上がる二文字。
それは、仕事、だ。
「まずい!!」
バッ! と急いでベッドから立ち上がり、そのまま部屋の扉まで駆けていく。間違いなく遅刻だろう。まだ働き始めたばかりなのにドハドルに申し訳なさすぎる・・・・・・!
そして、そんな切羽詰まった状況なのに、
「ん、ん?」
扉の取っ手を掴んだまま止まってしまう。
急いで仕事に行かないといけないのだが、何か・・・・・・もっと重要な事を忘れているような気がするのだ。
「なんだろう・・・・・・う~ん・・・・・・」
そうして、しきりに首を捻っている時だった。
ガチャリ、と部屋の扉が勝手に開き始めた。
「っとと」
取っ手を掴んだままなので扉に引っ張られる形になってしまうユレス。たたらを踏む彼の前には、
「お・・・・・・ようやっと目覚めおったか、ユレス」
「レアじゃないか」
呆れたようにユレスを見上げてくる、すっかり長いポニーテールが当然となったハルマレアがいた。彼女は扉の取っ手から小さい手を離しつつ、
「随分長く寝込んだものだ。あれから日も経って今日からシャミノル真月だぞ」
「あれから・・・・・・? 月も変わった・・・・・・?」
ハルマレアの口から飛んでくる情報。
起きた時の違和感。
「————」
——思い、出した。
いや自分は馬鹿か、とユレスも力が抜けたように扉の取っ手から手を落とす。
そうだ。
確か自分はあの白髪の男——シェルスト・ラクムールと戦い、勝利したはいいが魔力が暴走して倒れ、みすみす奴を逃がしてしまったのだ。
「レアっ、私が倒れた後はどうなった!? ドハドルさんは!? 町は!?」
「落ち着けユレス。今から説明してやるからとりあえず、ベッドに座れ」
「ぁ、ああ」
ぐいぐいと部屋に押されつつユレスは室内に戻り、自分のベッドにせわしなく腰を下ろす。もはや仕事どころではない。
対してハルマレアは優雅だ。ユレスとは違い、ゆっくりと自分のベッドに腰を下ろしている。
「さて、まずは町だが、なれが寝込み始めた次の日からこの国に住む全員で復興作業が始まってな。まだ元に戻ったとは言えないが、あと数日でほぼ復興完了するだろうな。ちなみにあてもついさっきまで手伝っていてな」
「そうか・・・・・・で、ドハドルさんは?」
「安心しろ。ドハドルはなれが倒れた後に起きてな。今ではすっかり回復して復興作業に勤しんでおるわ。おぉ、そうだ。なれをここまで運んだのもドハドルなのだ。会ったら礼を言っておけ」
「そ・・・・・・うかぁ・・・・・・良かった・・・・・・」
思い出したと同時に一瞬で膨れ上がった緊張が安堵で塗り替わっていく。
・・・・・・だが。
まだ、気がかりな事はある。それは——彼女達なのだが。
「あとドハドルからなれに伝言を預かっておる。町が落ち着くまでは仕事は休業。復興作業を手伝ってくれとな」
「ぁ、ああ。分かった。じゃあ今から、」
「待て待て。なれが復興作業に参加するのは明日からだ。もう今日はいいのだ」
「?」
今日はいいとはどういうことだろうか。
まだ日は高い。それにガヤガヤとした人の声や物音はまだ続いている。つまり復興作業を皆がやっているのではないのか。
「・・・・・・私が病み上がりのようなものだからか? だとしたら心配はいらない。体調は良好だぞ」
「それは重畳で何より。なれの体調が整って嬉しいが、なれの体調が理由ではないのだ」
「じゃあ一体・・・・・・」
「うむ・・・・・・そろそろ刻限も近いな。あてについてこいユレス」
さらに訊こうとするユレスに答えず、ハルマレアはベッドから立ち上がり扉の方へと歩んでいく。
ユレスも立ち上がりつつ小さな彼女を目線で追いながら、
「おいレア。もったいぶらないで教えてくれ。何で今日はもういいんだ?」
「理由は」
部屋の扉の取っ手を小さな右手で掴み、顔だけをこちらに向けた彼女は、
「——国を挙げての式があるからだ」
そう言って、ユレスを導くように扉を開けたのだった。
⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨
「・・・・・・ついに、この日が来たか」
テレブール王国、城内の絢爛な私室に一人の男の声が広がる。
町を見下ろせる窓の前に立つ男——レラフール・テレブールはジッと、何をするのでもなく外の景色を眺めていた。
崩壊しかけた城下町は民達のおかげで復興しつつある。このままいけば、元の日常に帰れるだろう。
「・・・・・・・・・・」
しかし。
帰ってこない・・・・・・人もいるのが現実だ。
レラフールは首だけを振り返り、視界を自分の後ろの空間に切り替える。
そこには、いつも寄り添ってくれていた彼女はもう、いない。
「・・・・・・女々しいな俺は。もうお前がいないと分かっているのに、つい後ろを見てしまうよ・・・・・・メシュクハーマ」
——エマーゼと決着が着いた日からもう幾ばくも日が過ぎたのに、未練がましくメシュクハーマがいるのではないか、と彼女を求めてしまう。
もう葬儀も済ませたのに。
「国も一時崩壊、民や我が兵の死、そしてメシュクハーマ・・・・・・失ったモノが多い。まったく、嫌になる。・・・・・・だが」
レラフールの独白が続く。
見えない誰かに語るように、彼は口を開いていく。
「決して、嫌な事ばかりではない。メシュクハーマ、お前にも見せたかった。俺とお前の娘、ミーゼの、」
その時だった。
コンコン、と扉を叩く音がレラフールの耳朶を打ったのだ。
「レラフール様、ミーゼ様の準備が終わりました」
侍女の声だ。窓から離れつつレラフールは「ご苦労」と扉側に声をかけてから、ゆっくりと扉を開けていく。
城内の廊下にいたのは当然声をかけてきた若い侍女一人と——、
「————」
——言葉を失ってしまう。
この感情を、どう例えたらいいか・・・・・・。
頬を伝う涙。
言葉とは違い、涙だけは雄弁だ。
「——お待たせ、父様」
「・・・・・・ああ」
「似合ってる、かな?」
「とてもな」
本当に、綺麗だ。
メシュクハーマにも見て欲しかった。その悔しさに、少しだけ唇を噛む。
「一緒に来てくれるよね?」
「勿論。レミーア、ここまでありがとう。ここからは、俺と娘の二人で行かせて欲しい」
「かしこまりました。では下がらせてもらいます」
侍女——レミーアはそう言って頭を下げた後、階段に向かって歩き始める。
彼女も民達と一緒に、これから始まる式に参加するのだろう。
「じゃあ父様」
レミーアを見送った彼女がこちらに顔を向けてくる。
——彼女は、自分とメシュクハーマの実の娘ではない。
あの王国で連れた、他人の子だ。
連れた理由は当然、彼女の両親、王国を滅ぼした責任もあるが、一番の理由はそれではないのだ。
本当の理由は——子に恵まれなかった自分達の勝手な都合のためである。
あの王国を滅ぼした事は勿論後悔はない。
だが、どんな理由にせよ、自分達は彼女の実の両親から彼女を奪ったのだ。
その事に罪悪感が無いとは、言えない。
「ミーゼよ」
「ん?」
だから訊く。訊いてしまう。
彼女——ミーゼがどう思っているのか。
「お前は、真実を知った。その上で訊くんだが・・・・・・お前は幸せだったか? 俺達の娘で・・・・・・」
「それ、本気で言ってる?」
逆に訊き返された。
俯きがちだったレラフールは、真っすぐにミーゼを見つめ返す。
ミーゼは、怒っているような顔だった。
「そうだな・・・・・・すまん」
どうやら自分は、愚門を娘に投げてしまったようだ。
「じゃあはい! もう暗い感じは終わり! せっかくの舞台なんだよ? もっと晴れやかに行こうよ。ね?」
「まったくもってその通りだな。では——」
「うん」
——確かにミーゼは実の娘ではなく他人だ。
だが、それでも、とレラフールは強く思う。
ミーゼはまぎれもなく、自分とメシュクハーマの娘なのだ——。
「皆が、待ってる」
⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨
ハルマレアに言われるがままについていった先は、数え切れない程の人が集まっている、城の入り口に隣接している広場だった。
ざわざわとした喧噪が途絶えない。誰もが様々な表情を浮かべながら話し合っているせいで会話の内容も分からない。分かる事といえば、入り口だけは開けるように左右に人が分かれてるぐらいか。
そんな人の波に近づきつつ、少し前を歩くハルマレアにユレスは、
「レア、式があると言ったが、一体なんの式なんだ?」
「まぁまぁ、すぐに分かるから待っていろ」
「もったいぶるなぁ」
これ以上訊いても教えてくれないか、とユレスは黙ってハルマレアの後ろを追随する。
そして近づくにつれ、人の波の中で目立つように一際背の高い、筋骨隆々の人間をユレスは捉えた。
思わず一瞬、息を止めてしまう。間違いない、あの橙色の短い頭髪は——、
「レ、レア! あ、あれ!」
「なんだ? 幼児化してしまったのか?」
「驚いているせいだっ、ほら高い高い!」
「わーい♪ たかいたかい~♪」
小さいハルマレアでは人の背で見えないだろうと思案し、彼女の両脇を両手で持ち上げるユレス。というか幼児化しているのはどっちだ。
そして、
「おぉ、あの体格が良いのはドハドルではないか。やはり来ていたか」
「ドハドルさんの所に行こう、レア」
「そうさな。ではこのまま肩車に移行して、」
「年を考えろ年を!」
「何気に傷ついたぞユレス・・・・・・」
ぶつぶつと文句を呟くハルマレアを下ろし、ユレスは人をかいくぐりつつドハドルへと近づいて行く。そう遠くない場所に彼はいる。
・・・・・・一人で。
「ドハドルさん!」
「ん、おうユレス! やっと起きたのか!」
密集した人の圧に揉まれながら彼の元まで辿り着いたユレスは、喜色を交えつつ声を上げる。ハルマレアの言う通り元気な姿だ。シェルストにやられたであろう傷もすっかり完治している。
そして、自分の元まで来たユレスの頭にポン、と無骨な右手を置いたドハドルは、
「良かったぜ。死んでるように眠ってたからよ。あのまま目覚めねぇんじゃねえかと不安だったんだよ」
「ご心配御掛けしました。あ、私を運んでくれたんですよね。ありがとうございました」
「借りを返したようなもんだから気にすんな。あの白髪野郎をぶちのめしてくれたんだろ? ハルマレアから聞いたぜ」
「うむ。こう、ユレスと共にがつんと拳をかましてやったわ!」
そう言って左手を拳にしたハルマレアはぶんっ、と下に向かって打ち出す。よほど爽快だったのか、高揚したように彼女は笑顔だ。
「俺も気絶しなきゃ一緒にかましてたんだがな。残念だぜ」
「はは・・・・・・」
——ドハドルは、以前のように自分に接してくれている。
こうして再会出来て喜ばしい・・・・・・のだが。
「・・・・・・・・・・」
やはり、どうしても避けられない問題があるのだ。
それは起きてから、目を背け続けている彼女——。
ドハドルの娘、ラゥル・キャミニシ―の事である。
当然ミーゼも気になっているが、一番と言われたらミーゼには申し訳ないがやはりラゥルだろう。
なにせ、自分は彼女を言葉で傷つけ、あの亡国に置き去りにしたのだから。
そう、故にドハドルに再会出来て喜ばしいのは本当だが、同時に彼が怖いのだ。
ラゥルを頼むと託された彼の願いを、最初から自分は全う出来なかった。
一体ラゥルはどうなったのか、自分は何も分からない。
ドハドルがラゥルについてどのように思案しているのか、見当もつかない。
「? どうしたユレス? 冴えない顔してよ」
「いえ・・・・・・」
訊いてみるか、ラゥルの事を。
否、訊けない。訊けるはずがない。
不安だけが、募っていく。
「にしてもよぉ、ホント集まってるよな。まぁ当然ちゃ当然だがよ」
そんなユレスの暗い雰囲気を感じ取ったのか、明るくドハドルは周囲を見回しながら話題を切り替えてきた。
ハルマレアはその彼の言葉に乗り、
「そうさな。このままでは迷子になってしまいそうだ・・・・・・おにいちゃん、手握っていい?」
「久しぶりだな・・・・・・その偽妹・・・・・・」
「しかし立派になられたものだよなぁ」
腕を組みつつ、ドハドルは城を見上げ、
「あのミーゼ様が、女王になるってんだからよ」
ずっと思案していたラゥルの事が、頭から吹っ飛んだ。
「ミーゼさんが、女王・・・・・・!!?」
「あ? なんだユレス、知らないでここに来たのか? てかハルマレア、教えてなかったのかよ?」
「驚かそうと思ってな。ミーゼが出て来るまで隠したかったが、まぁ十分驚いているようで何よりだな」
「ど、どういう事ですか!? ミーゼさんが女王って一体!!??」
「・・・・・・お前は知らんだろうが、メシュクハーマ様っていうこの王国の王妃が攻めてきた賊の一人に殺されてしまったんだよ。今でも信じられないぜ・・・・・・あのメシュクハーマ様が。だがレラフール様によると、その賊の一人とは相討ちだったようでな。その賊も死んだらしい」
「賊・・・・・・」
心当たりが、一人。
あの長い青髪の女性の事だろうか。
死んだのか、彼女は。
「テレブール王国は一時崩壊、王妃の死。これ以上ないってぐらい最悪な日だったが、人間いつまでもくよくよしてられねぇってな。メシュクハーマ様の死を乗り越えるためにも、王様は世代交代を決断なさったわけだ。町が新生するのなら、頂点に立つ者も新生せねばってよ」
「そうですか・・・・・・では式というのは」
「ああ。これから始まるのは——ミーゼ様の戴冠式だ」
戴冠式・・・・・・つまりミーゼは無事だという事。
良かった、とホッとするユレス。
瞬間、
『———————————————————————————!!!!!!!!!!』
「!?」
民衆の声が声高く重なり、耳が振動する程の声量がユレスの耳に叩きつけられた。
驚きつつ周囲を見回してみると、誰もが歓喜の表情を浮かべながらある一点の方向に視線を集中させている。それは閉じられていた城の入り口である扉、開かれた扉だ。
だがそこにいるのは衛兵の二人。これから来るミーゼのために、先に扉を開けたのだろう。
「そろそろか。そうだハルマレア。お前見えないだろ? 俺が肩車してやろうか?」
「魅力的な提案だが、せっかくだからユレスにやってもらおうか。おいユレス・・・・・・ユレス?」
「————」
誰もが扉に視線を向けている中。
ユレスだけは、違う一点を見つめていた。
「(間違いない・・・・・・あれは・・・・・・)」
周囲を見回している時に視界に入った——人の波を進む彼女の姿。
恐らく親友の晴れ姿を最前列で見るためだろう。彼女は止まる事なく前に進んでいく。
——彼女はいたのだ。このテレブール王国に。
「ユレス訊いておるのか? あてを、」
「すまんハルマレア! 君はここでドハドルさんといてくれ!」
「おいユレス!?」
こうしてはいられない。喧噪が激しくなっていく人の中へとユレスは急いで入っていく。
「(さすがに進みづらいな・・・・・・)」
密集した人の壁は厚い。早く行かなくては・・・・・・!
無理やり人と人の間に入り、怒られて謝りながら進み——前に、前に、前に!
「!!」
——そうして、
「いた・・・・・・!!」
最前列で立ち止まっている、こちら側に背を向けた——彼女の姿。
見間違いではない。
喧噪で届くかも思案しないまま、ユレスはいつもの声で口にする。
「——あの」
果たして、その声は。
喧噪でかき消されてもおかしくない声は。
「・・・・・・ユレス・・・・・・!」
こちらに振り返って驚愕の表情を浮かべた彼女——ラゥルに、届いたようだ。
⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
会話もないまま、時間だけが過ぎていく。
ユレスとラゥルは並び立ち、ひたすら先に見える開け放たれた城の入り口を見ているだけだ。
そして、立っていた衛兵二人が——跪いた。
わぁ!! と歓声がより一層高まる。この最前列なら、もう見える。
入り口から外に出て来た二人が晴天の光に照らされ、その姿を完全に見せる——。
「・・・・・・綺麗」
熱い吐息と共に呟かれるラゥルの感嘆とした声。
思わず口に出してしまったのだろう。しかし無理もない。
それ程に——現れたミーゼは美しいのだから。
『————————————————————————!!!!!!!!!!!!!』
耳が痛くなる歓声は止まない。
ユレスは、言葉を忘れたかのようにミーゼに見惚れている。
空の青よりも群青な煌びやかなドレス。装飾品で飾られた青い髪。優雅に歩むその動きは気品に溢れている。
今更ながらに実感だ。
本当に彼女は——王女で、女王になるのだ。
彼女は、左右に分かれた人と人で作られた道を進み、こちらに向かって来ている。そのミーゼの後ろには全身を銀色に輝くマントで包んでいる王——レラフール・テレブールがついて来ている。
「・・・・・・ユレス」
そんな美しき姫君を見つめながら、ラゥルは口を開いていく。
「あたし、思い出せたよ。魔法の大切さ、寄り添ってくれた今までの事を」
「・・・・・・そうか」
「馬鹿だったよねあたし、魔法をいらないだの、使えなければ良かっただの・・・・・・本当に、馬鹿だった」
「・・・・・・・・・・」
「だから・・・・・・」
体をユレスに向けたラゥルは——バッ! と頭を下げると、
「ごめん! そしてありがとう・・・・・・!! ユレスのおかげであたしは、大切な親友を守れた・・・・・・!!!」
「————」
「それで、ユレスは嫌かもしれないけど、あたし・・・・・・またユレスと仲良くなりたい。もう一度、ユレスと友達になりたいの!」
頭を下げたまま、懇願するように言うラゥル。
一瞬呆気に取られるも、ユレスは微笑む。
ラゥルは間違った事をしているのだ。正してやらないと。
・・・・・・なぜか少し恥ずかしいけど、こちらも間違ったところは直さなければ。
「ラゥル、それは違うよ」
「——君、じゃなくて・・・・・・あたしの名前・・・・・・!」
顔を上げたラゥルは、目を見開きつつこちらに視線を合わせてくる。
やはり照れるな、とユレスは自業自得を味わいつつ、
「頭を下げて頼む事じゃないだろ? 友達ってのは、その、ほとんど経験が無い私が言うのもなんだが、笑顔で行動を共にする内になってるものじゃないか? それに・・・・・・」
「それに?」
「私の方こそ・・・・・・すまなかった! 私の事情も知らないはずのラゥルを八つ当たりのように傷つけてしまって・・・・・・本当に、すまなかった」
ラゥルと同じようにバッ! とユレスは頭を下げる。しかもラゥルを置き去りにしたのだ。悪いのは完全にこちらだろう。
「——そっか。確かにユレスの言う通りだね・・・・・・」
そっと、顔を上げるユレス。
直後、
「えいっ」
コッ、とラゥルは自分の額を、ユレスの額にくっつけて来たのだ。
「は・・・・・・!? ラゥル?」
意味が、分からない。
というか考えられないのが正直な気持ちだ。なにせ顔が至近距離にも程がある。目を開いたままの彼女の長い睫毛、柔らかい橙色の髪の気がくすぐってくる上に彼女の匂いが・・・・・・。
まさに混乱の極みだ。離れる事も出来ず、何も行動出来ない。
そしてポツリと、額同士をくっつけたままラゥルはこう言った。
「あたしなりの仲直りの儀式、だよ。まぁやったのはこれが初めてだけどね。ミーゼと喧嘩した事なかったし。父さん相手はなんか嫌だし。ユレスが、初めての相手」
「は、初めての相手か。それは光栄だなー・・・・・・」
混乱しているせいで自分でも何を言っているのか分からない。分かるのは、彼女から来る体温、匂い、感触だけだ。
「でしょ? 誇っていいよー。あたし、これから先もっと美人になるからさ」
スッと離れていくラゥルに残念なような、ホッとしたような。
息を吐きつつ、ユレスは姿勢を戻し、
「ラゥルは、ホント自尊心が高いな?」
「前に言ったでしょ? 自分に自信を持ってる女は魅力的だってさ」
二カッ! と破顔するラゥルにユレスも笑って頷く。
確かに魅力的だ。
そして、
「——じゃあ私も、バレハラードさんともっと仲良くなるために額をくっつけちゃおうかなぁ」
「「!!?!?」」
ババッ!! とユレスとラゥルは同時に声がした方に顔を向ける。
そこにはいつからいたのか、いつの間にか——ニマニマと笑みを浮かべているミーゼがいたのだ。
「ちょ、ミ!? い!!?」
「ちょっとミーゼ、いつからいたの? だって? それは勿論ラゥルがバレハラードさんに〝仲直り〟をした時だけど」
「今のラゥルの言葉が分かったのか・・・・・・さすが親友だな」
直後、「おめでとうございますミーゼ様!」「ドレス素敵過ぎです!」「女王ばんざーい!!」「ミーゼ様最高に綺麗です!!」「あまりの美しさに倒、」「おいこいつ気絶したぞ!!」「ミーゼ様こっち向いてー!!!」
などという歓声が全方向から耳朶を激しく打って来た。あと人が一人倒れたんで誰か運んであげてください。
そしてラゥルは顔を赤く上気させつつ、周囲の人に手を振っているミーゼに、
「ミーゼ、戴冠おめでとう。これからは女王様って呼んだ方がいいかな?」
「絶対嫌。ラゥルには今まで通りに接して欲しいの。勿論バレハラードさんもですよ?」
「ぁ、ああ。・・・・・・なんか変わったな? ミーゼさん。女王になるからかい?」
「それもありますけど、一番の理由は——強くなってやるって決意したからですね。うん」
「? そう、か・・・・・・」
よく分からないが、今回のテレブール王国襲撃の一件で特別な経験をしたからか。
もう以前のおどおどとしたミーゼではない。
「ミーゼ! そろそろ来い! 始めるぞ!!」
「あ、はーい!! ・・・・・・じゃあ、私行くね。また後で!」
「うん。いってらっしゃいミーゼ。ここで見てるからね」
レラフールに呼ばれたミーゼは頷いた後、こちらに背を向けて離れていく。
その時だった。
「あ」
ふいに顔を城の方に上げたラゥルが声を上げた。
「どうした?」
「いや・・・・・・レラフール様、優しいなってね」
「???」
気になり、ユレスもラゥルと同じ方向——城の二階、バルコニーに目を向ける。
そこには、誰もいない。
ただ・・・・・・落下防止になっている塀の上に一瞬、長い青髪が見えたが。
そして、直後、
「ではこれより、戴冠式を始める!!」
『————————————————————————————!!!!!!』
レラフールの宣言により、意識がバルコニーから前方、ミーゼに切り替わる。
人々に囲まれる中、レラフールとミーゼは静かに対峙し合っている。
「・・・・・・すまんなミーゼ。本当なら玉座の間でやるべきなんだろうが、あそこはまだ・・・・・・」
「んーん。私、ここがいい。皆に囲まれて、皆の笑顔が見れるここがいい」
「そうか・・・・・・」
苦笑しつつレラフールはマントの中から右腕を出し——バサッ!! と一気にマントを脱ぎ、
「このマントは、初代王から受け継がれてきた歴史あるマントだ。たとえ朽ちようとも、その歴史だけは朽ちない」
「はい」
「俺も歴史の一つとなり、これからお前も歴史に刻まれる。それを努々心に留めておけ」
「——はい!」
銀色のマント。所々痛んでいたり、修繕した後が数多く見られるマントだ。
しかし、その銀色の輝きだけは色褪せていない。
この先も、決して色褪せないだろう。
ミーゼに近づいたレラフールはマントを広げ、ミーゼを包むように彼女に着せる。
頷くミーゼ。
頷き返すレラフールはそっと彼女から離れ——息を吸う。
そして、ここに集まっている人々全員に届かせるように、こう叫んだのだ。
「——ここにいるのは新たな女王!!! これからのテレブール王国を導く我らが女王のミーゼ・テレブールだ!!!!! 皆、祝福を!!!!!!!」
『ミーゼ様!!!!!!!!! 我らが女王!!!!!! 戴冠おめでとうございます!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!!!!!!!!!!!!!!!!
と、爆発音にも似た拍手喝采が炸裂する。
ユレスも、勿論ラゥルも拍手喝采だ。
——本当に、誇らしい。
あの美しい女王が、自分の友達なのだ。
ふと、ラゥルとミーゼの視線が合う。
たおやかに微笑むミーゼに、ラゥルも歯を見せて笑う。
「ねえ、ユレス」
「ん?」
拍手を続けたまま、ラゥルはユレスに顔を向け、
「あたし————魔法を持って本当に良かった! やっぱり魔法大好き!!」
「——ああ」
最高の笑顔を見せるラゥルに、ユレスは鷹揚に頷く。
自分の持っている魔法は普通とは違う。しかも魔王が使う悪逆な魔法だ。
だが、それでも魔法を使うのはその自分自身。
たとえ魔王の魔法だろうと、自分はドハドルを、ハルマレアを守れたのだ。
ハルマレアから受け継いだ『黒魔刻魔法』。怖い部分も多々あるが、それでも——。
受け継いだ事には、決して後悔はない。
これから先も、後悔などしない。
「私も、魔法大好きだ!」
——フグマハット歴1219年、月も一つ進んだシャミノル真月。透き通るような青空、晴れやかな晴天の日。
ここに、誰もが祝福する女王が誕生した————。
——ここまでお読みくださりありがとうございます。
この話にて第二章は完結です。よし次は第三章に行くぞ! ・・・・・・と言いたいのですが、後日談というか、番外編の形で『彼女』のその後を書こうと思っていますので、次に投稿する話は第三章ではなく、番外編になります。勿論番外編の次は第三章です。
では長くなりましたが、これにて失礼致します。これからもお読みくだされば幸いでございます。
ではでは。




