第33話 『ワガママ良愛魔法譚』
「ッ!!!」
吹き荒れる暴風に目を細めながらエマーゼは練りに練った魔力を変換し、青氷水魔法を発現する。ピキキッ!! と空気が凍る音と同時に一瞬で氷柱がエマーゼの左右に出現した瞬間、ラゥルに向かって飛んでいく。
「————?」
当然そんな氷柱二本をラゥルは緑風魔法で切り飛ばす。だが疑問だ。通用しないと分かっているはずなのに。
そして切り飛ばした氷柱の半分が、ラゥルの足元にコロコロと転がった直後だった。
「クス・・・・・・!」
含み笑いをしたエマーゼがこちらに駆けて来た。
「(近づいて来た? さっきといい、緑風魔法を使うあたしに接近戦を仕掛けるなんてよっぽど自信があるみたいだね)」
肉薄してくるエマーゼに向かって左手を空中で振り下ろす。その左手の軌跡に従って風の刃はエマーゼを襲う・・・・・・!
しかし、風の刃は突如ピキィ!! と出現した四角い氷を切るだけに終わり、エマーゼを傷つけられなかった。防がれたのだ。
「!!」
さらに風の刃を振りかざそうと——した時だった。
ビュンッ! と足元近くにある、先程切った氷柱の半分から鋭利な氷の棒が伸びて来た。
その数、四本。
「(〝有〟から〝有〟!)」
だがそれも無駄、とラゥルは四方に風の刃を発現し、四本全てを叩き切る。
だが、
「ッ!!」
また半分になった氷の棒からさらに、氷の棒が伸びて来たのだ。
「(ダメだ! やっぱり粉々にしないと!!)」
先程の氷塊のように切り刻まないとこの〝有〟から〝有〟は終わらない。
もう一度緑風魔法の風の刃で再度伸びて来た氷の棒を切る。今度は形すら残さない。
スパパパパ!! と切り刻まれた氷の棒はキラキラと霜として床に落ちていく。これでもう発現できまい。
——しかしラゥルは忘れている。
一つの事に集中しすぎた結果、肝心の彼女への対処を忘れていたのだ。
「魔法は強くなったけれど、戦闘に関してはまだまだね——!」
「!」
顔を正面に戻すのと同時だった。
ゴッ!!! と頭、額の上の部分から鈍痛が炸裂した。
「~~~~~~~!!!?!?」
無理やり頭が下がる途中で視界に入ったのは、エマーゼの右手に握られている鈍器——氷の槌だ。
「ぅ、ぐ・・・・・・!!」
ぐらり、とふらつく上に殴られた箇所から血が垂れて目に入る。最悪だ。閉じたくなくても反射的に目を閉じてしまう。
一旦離れるべきだ、と目を閉じたまま左側に移動しようとするが、
「(!? 動けない!!?)」
足が言う事を聞いてくれない。否、違う。ジンジンとした痛みと一緒に伝わる、両足からの冷えた感覚。
凍らしたのだ。ラゥルが逃げられないようにエマーゼがラゥルの両足と床を氷で固定したに違いない。
最初から動けなくすればいいと思うが、ここまでやってこなかった事を推察すると一定以上の距離に近づかなければ使えなかったと見るべきか。
血に濡れた目を急いで開く。
開いた瞬間に、槌だった氷の鈍器は短剣へと変化しており、ラゥルの首を貫こうと迫っていた。
「ぅわッ!!!?」
青ざめながら首をなんとか左側に傾ける。ぶんッ! とラゥルの首の右側に短刀を持つエマーゼの右腕が通過していく。
事無きを得た直後に、パンッ、と腕を交差したエマーゼの左腕——左手がラゥルの右頬と密着してきた。
平手打ち、ではない。
これは——、
「ッッ!!!」
予感に突き動かされるまま、ラゥルは右手でエマーゼの左手首を下から掌打の形で上に跳ね上げる。
瞬間。
ピキッッ!!! とエマーゼの左の手の平から切っ先が鋭い氷柱が生えた。
「(氷の棒を刺した時といい・・・・・・そして今。戦闘は下手だけれど勘はいいみたいね)」
チッ、と舌打ちするエマーゼ。あのまま発現出来ていれば、左頬から右頬を串刺しに出来たのに。
「————!!!!!」
血に濡れる目を見開くと同時に緑風魔法を発現。腕を振るう事でその軌跡に沿うようにより正確に風の刃を使えるが、今はそんな事を言っていられない。
ゴゥ!! とエマーゼの胸元に向けて飛ぶ風の刃。しかしまた、四角い氷の盾が出現し防がれる結果に終わってしまう。
「(攻めるなら今しかない!!!)」
ここが、勝負所だ。
バッ、と一瞬で右側に首を振り返り、エマーゼの右手を狙って風の刃を発現する。
直後、スパッ!! とエマーゼの右手の甲に赤い線が走る。
「づぅ・・・・・・!!」
手の甲が狙われるとは思わなかったのか、氷の盾に邪魔されずに済んだ。そして突如の痛みにだろう。持っていた氷の短剣をエマーゼは離した。
さらにラゥルは風の刃で床に落ちていく氷の短剣を形も残さずに切り刻み、自分の両足に纏わりつく氷も切り刻む。厄介な〝有〟から〝有〟を封じるためだ。
「この・・・・・・!」
「もう後手に回るのは止めさせてもらうから——!!」
右腕を引いていくエマーゼにそう宣言しつつラゥルは全力で魔力を練っていく。
決めるならここしかない——!
そのラゥルの気概を感じ取ったのか、エマーゼも全力で残存の魔力を練り始める・・・・・・。
そして——。
至近距離の激しい魔法戦が、始まった。
「「!!!!!!!!!!!!!!!!!」」
スパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!!!!!!!!!
ピキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ!!!!!!!!!!
と、連続で繰り出される風の刃。その風の刃を全て氷の盾で防ぐ息つく暇も無い攻防。
まさに一点突破だ。一方は風の刃を浴びせる以外全てをかなぐり捨てて、もう一方は攻撃に転じる事が出来ずに氷の盾を繰り出し続ける。
「ァァァァァァァアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
——咆哮を上げるラゥル。
「ッ、ッ! ァ、アアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
——負けじと、咆哮を返すエマーゼ。
スパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!!!!!
ピキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ!!!!!
——止まらない。
否、止まる訳にはいかないのだ。
ラゥルも、エマーゼも理解している。
その二人の勝負を見守るミーゼとレラフールも理解している。
放出し続ける緑風魔法と青氷水魔法。その原点、魔力。
ミーゼは緊張で口に溜まる唾を飲みつつ、ぶつかり合う魔法の旋律を聞きながら、全員が理解している事を心中で、
「(ラゥルかエマーゼ、どちらかの魔力が尽きて上回った方が——)」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
「ァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
「(————この勝負の、勝者)」
そう、断言したのだった。
⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨
——スパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!!!!
パキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ!!!!!
「(ッ・・・・・・)」
スパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!!!!!
パキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ!!!
「(ま、ずい・・・・・・!)」
スパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!!!!!
パキキキキキキキキキキキキキ!!!
だんだんと、追い詰められている。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
目の前で獣のように叫び続ける、平和ボケしているはずの小娘。
彼女の繰り出し続ける風の刃は、自分の青氷水魔法とは違い消耗し衰えていく事は無く、威力も鋭さも増していくばかりだ。
「(このままでは・・・・・・)」
メシュクハーマ戦、ミーゼを痛め続けてのしかかっている疲労感。
その過程があっても、小娘如きに負けるはずがない。
そう、思っていたのに。
「(私が・・・・・・負けるの? ずっと、十数年、魔法を磨いてきたこの私が・・・・・・)」
この日のために強くなった。
誰にも負けないという自負心を持てた。
あのメシュクハーマにも勝った。
そんな自分が——戦闘など無縁そうな、平和に日常を謳歌していただろう小娘、しかも自分の前で二回も敗北を味わった女に押されている・・・・・・。
「————」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
スパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!!!
パキキキキ!!!
——目を見張る。
スパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!!!!
パキキ、キキ。
魔法を愛してる、自分と友達になるなどと戯言をほざいた小娘。その小娘が魅せる風の乱舞。
切り刻まれる氷の盾が霜と化し、キラキラと、彼女の緑風魔法を輝かせる。
「(——綺麗、ね・・・・・・)」
ミーゼの言う通りだ。
彼女の魔法は美しく、綺麗だ。
「(魔法なんて道具。使えるか、使えないかでしかない、と決めつけてたのに)」
スパパパパパパパパパパパ!!!
パキ、キ。
「(お笑いね。そんな私が、魔法に対して綺麗なんて思える感情があるなんて——)」
——そして。
その時は、訪れた。
「ァアッ!!!」
「ッ」
枯渇した魔力で作り出した、最後の氷の盾。
その一枚が——破られた。
「!!」
「・・・・・・・・・・」
確信したようなラゥルの視線とエマーゼの視線が絡み合う。
バッ、と振るわれるラゥルの右腕。正確にエマーゼに風の刃を繰り出すためか。
そうして、
「————」
振るわれたのは風の刃——ではなく、ただの、強い風だった。
ブォ!!! とその風は痛みもなく、エマーゼの長い青髪を躍らせて通り過ぎる・・・・・・。
「・・・・・・言っとくけど」
呆気に取られたエマーゼに振るった右腕を突きつけたまま、ラゥルは口を開いていく。
分からせるように、はっきりと。
「あたしはまだ緑風魔法を使えるよ。嘘だと思うなら、かかってくるといいよ」
「・・・・・・・・・・」
「まぁ、もう魔法が使えないあんたじゃ勝ち目はないけど、ね」
「・・・・・・・・・・」
「どうする? 続ける?」
「・・・・・・ふぅ」
ラゥルの問いには答えず、エマーゼは静かに腰を下ろしていき膝を崩してそのまま座る。
そしてもう一度「ふー・・・・・・」と疲労が強い息を吐きつつ、
「もう、魔法を行使する魔力は無いわ」
「知ってる」
「体もこれ以上動かしたく無い程疲れたわ」
「見れば分かるね」
「あなた、小娘のくせに私より胸が大きいわね」
「それ今関係ある!?」
無いわよ、とエマーゼは肩をすくめる。ただの嫌味だ。
もうエマーゼに出来るのは、それだけだから。
「まったく・・・・・・で、何度も訊いてるけどさ」
「何よ」
「認める? あんたの負けで、あたしの勝ちを」
「・・・・・・それこそ、見れば分かるでしょう?」
「あんたの口から聞かないと、この最後の勝負は終わらないままだよ」
だから訊く。
エマーゼの口からハッキリと聞きたいのだ。
この勝負の、決着を。
「ワガママな子ね・・・・・・」
「そうだよ。あたしはワガママなラゥル。どんなワガママも貫き通すラゥル・キャミニシ―だもん。どんな相手だろうとハチャメチャなワガママを言うんだから」
「なんて迷惑な子かしら。これまでのミーゼに同情を禁じ得ないわね」
三度目の息、大きなため息をついたエマーゼはラゥルをゆっくりと見上げていく。
その彼女を見つめるラゥルの顔は笑顔だ。
そして、拗ねたように口を曲げながらエマーゼは、
「私の————負けよ」
その彼女の言葉に、ラゥルは笑顔のまま鷹揚に頷く。
呆然と、二人に視線を張り付かせるレラフール。
そして、
「あ・・・・・・」
パキッ! とミーゼの下半身を覆っていた氷に亀裂が走り、間を置く事なくパキパキと亀裂は広がっていき——バリィンッ!! と派手に割れた。
——ラゥルとエマーゼの最後の勝負、その勝負の決着が着いた瞬間だった。




