第31話 『双璧の姫君』
コワレテ——ミーゼとの絆が壊れて。
「はぁッ! はぁッ!」
コワシテ——ミーゼを、壊す・・・・・・。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
ミーゼに手を出してから、どれぐらい経っただろう。
殴って、蹴って、人間が苦しむだろう部分を重点的に攻めて。
もう何発も殴ったせいで拳も真っ赤だ。足も疲れる程蹴りを放った。
だと言うのに・・・・・・。
「ど、どうしました・・・・・・? 私はまだまだ余裕なんですが?」
溢れ出る鼻血、唇が切れて出た血を片手で雑に拭いながら言うミーゼは全然倒れないのだ。
そんな彼女を息切れしながら見つめるエマーゼの顔が怪訝に歪む。
どうして、立っていられる?
「・・・・・・あ、あはは! 強がりはもうやめなさいミーゼ。私には分かってるわよ? もう限界でしょ。降参した方が楽になるわよ・・・・・・」
「それはあなたでは? 今のあなたの振るっている攻撃、始まった時よりも全然痛くありませんよ」
「ッ! ァア!!」
ゴッ!! とミーゼの頬を殴る。
「(コワレテ!)」
殴る。蹴る。殴る殴る殴る。
「(コワシテ!)」
蹴る蹴る蹴る蹴る殴る蹴る殴る蹴る殴る。
「(コワレテ! コワシテ! コワレテ! コワシテ! コワレテ! コワシテ! コワレテ! コワシテ! コワレテ! コワシテェェェェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!)」
殴る殴る殴る蹴る殴る蹴る殴る蹴る殴る蹴る蹴殴殴蹴殴蹴殴蹴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧欧!!!!!!!!!!
「(コワ、レ・・・・・・)」
振るう拳が、止まる。
蹴る気力が、もう無い。
「あれぇ・・・・・・私の気のせいかな? エマーゼ。今のあなた、全然笑ってないですねぇ・・・・・・」
「————」
唖然とエマーゼは、ミーゼを凝視する。
こんなの、ありえないだろう。
どれだけ殴ったと思っているのだ。どれだけ蹴ったと思っているのだ。
並の人間なら死んでもおかしくない量の攻撃をミーゼに浴びせたのに。
なぜミーゼは泣きながら降参もせず、立ったままでいられるのだ・・・・・・!?
「(壊れない?)」
エマーゼの歯がカチカチと寒気に耐えるように上下に嚙み鳴らす。
自分の常識が破壊されるのを肌で感じながら、エマーゼは満身創痍の妹に恐怖を覚えていく。
ゾクリ、と全身に這いまわるような感触を覚えながら、エマーゼはこう思案をしていた。
「(ありえない!! 壊れないモノが、目の前に・・・・・・!!)」
それも自分のかけがえのない妹だ。簡単に根を上げると思案していたはずの弱いミーゼがここまで強靭だとは。
否、とエマーゼは自分を鼓舞しつつ拳を握る。
壊れないモノなどこの世にないのだ。
絶対にないのだ!
バッ、と右拳を振り上げ、腫れあがっているミーゼの顔に打とうと試みる。
「ッ」
だが、
「(——打て、ない?)」
躊躇。
エマーゼの中に、いつの間にか躊躇が生まれていた——。
「(なんで!? これだけミーゼを傷つけておいてなぜ抵抗感が!!?)」
ミーゼに恐怖を感じたからだろうか?
違う、とエマーゼは断じる。恐怖は感じても、自分には恐怖を打破する精神力があるのだ。それだけは自信を持って言える。
「(・・・・・・いや)」
脳裏に違和感。
そう、違和感だ。
振り上げたままの拳を力無く下げていく。そのエマーゼの行動にミーゼの眉がひそめられる。なぜ攻撃を止めたのかが疑問だからだろう。
そんな彼女を凝視する中、エマーゼは解を得た。
違和感の答えを。
「(傷つけておいて、だわ。まるで後悔するような言葉。私は後悔しているというの? ミーゼを傷つけた事を・・・・・・!?)」
楽しいはずだった。
血を分けた身内を傷つけるのは凄く楽しくて仕方なかったはずだ。
しかし、気付いた時には・・・・・・。
『あれぇ・・・・・・私の気のせいかな? エマーゼ。今のあなた、全然笑ってないですねぇ・・・・・・』
「・・・・・・・・・・」
「どうしました? まだ私は屈服していませんよ?」
「・・・・・・降参しなさい、ミーゼ」
「絶対嫌です」
「これ以上やったら、死ぬわよ」
「それはないですね。あなた如きに殺される私ではありませんから」
「ッ・・・・・・なぜそこまで気丈でいられるの!? 痛いのは嫌でしょ!? おかしいわよミーゼっ」
「おかしいですか、私が」
「だってそうじゃない! 今日まで普通に過ごしてきたんでしょ!? 平和に! 心休まる日々を! 安心な日常を!! そんなあなたがこんなにボロボロになっても立ち塞がるなんて・・・・・・ありえないわ!!!」
「おかしいのは、あなたですよ」
「は、はぁ? なんで私が・・・・・・」
いつの間にか、立場が逆転していた。
攻めていたはずのエマーゼは愕然とした表情で狼狽しつつ後ずさり、耐えるだけだったミーゼは満身創痍ながらも眼光だけは揺るがずに、エマーゼに詰め寄っていく。
そんな二人を見つめるレラフールは、目を見開きながらこう思案していた。
あのミーゼは、自分の知っている普通で可愛い娘のミーゼではない。
一国を背負う力を持っている、完全無欠な女王だ、と。
「私の何がおかしいのよ!? 答えなさいミーゼェ!!!」
「・・・・・・本当に分からないんですね。なんて可哀想な人・・・・・・」
長く息を吐き出す。
そして、睥睨するようにエマーゼを見やり、ミーゼはこう口を継いだのだった。
「その〝普通〟を取り戻したいから、こうして必死に立ち続けているんでしょうが!!!」
「ッ!?」
「もうこれ以上何も奪わせない。何も・・・・・・!!」
「・・・・・・そう」
短くポツリと呟いたエマーゼは確信する。
ミーゼは、絶対に折れない。
そして——もう自分は、ミーゼを傷つけたくない、傷つけられない事を。
「・・・・・・永遠」
「・・・・・・?」
「永遠は、あるって信じてもいいのかしら・・・・・・」
「またワケの分からない事を・・・・・・」
「クス・・・・・・よく分かったわミーゼ。やはりあなたは私の素敵な妹。もしシュノレース王国が健在だったら・・・・・・きっと・・・・・・」
「なんですか」
「きっと、私ではなくあなたが女王になってたわ。むしろ私が辞退してあなたを担ぎ上げるわね。確実に。それが現実になってたらこう讃えられたはずよ。私とあなたで——双璧の姫君と」
「興味ありませんね」
「ふふっ、それは残念ね・・・・・・さてミーゼ。今、重大な問題が発生してるわ」
左手を腰に、右手の人差し指を立てたエマーゼは破顔一笑だ。問題と言ったのに笑顔という矛盾にミーゼの眉がひそめられる。
そして、彼女は、
「もう私はあなたを攻撃出来ない。攻撃出来たとしてもあなたは絶対に折れない。つまり、この勝負はあなたの勝ちよ」
「・・・・・・・・・・」
「けれど」
立てた人差し指をそのまま下ろしつつ伸ばし・・・・・・指先を向けた方向に対し、彼女はこう続けた。
「あなたの前に現れない、て約束は守ってあげるけど、レラフール様だけは生かしておけないわ。悪い姉様でごめんなさいね、ミーゼ」
「・・・・・・ッッッ」
こうなるだろうとは、予想していた。
故に動くのは早い。押し倒し、父に逃げるように——、
「少しの間冷えるだろうけど、我慢して」
「!!?」
瞬間だった。
気付いた時には、床に固定するように両足が凍らされていたのだ。しかも次第に凍り付き、太ももの部分まで凍結し始める・・・・・・!
「最初からこうすれば良かった・・・・・・とは思わないわ。だってあなたの真価が見れたのですもの。本当に見事だったわミーゼ。あなたのような妹がいて私、すごく誇らしい・・・・・・」
「エマーゼ・・・・・・!!」
手を伸ばせない距離まで離れたエマーゼが悠々とミーゼの右側を横切っていく。
彼女の長い青い髪が、ふわりと動きつつ浮き上がる。
「え・・・・・・」
「さぁて、もう体を動かす気力も湧かないから、魔法で終わらせましょうか」
「ミーゼ・・・・・・ここまで来たらもう俺は動くぞ」
玉座から立ち上がるレラフール。さすがにこの状況で黙っているなど出来るはずが無い。
レラフールの魔法は赤熱魔法だ。青氷水魔法を使うエマーゼとは相性がいいだろう。
「ふふ・・・・・・」
無論。
レラフールが赤熱魔法の使い手だと、エマーゼは知っている。
確かに相性は悪い。だが、それは魔法だけの話だ。レラフールも多少は戦えるようだが、所詮は多少。メシュクハーマの足元にも及ばない。
敗北する道理が無いのだ。
疲労感は強いが、それでもレラフール如きに遅れなどとるものか。
ふわりと、エマーゼの長い青髪がはためく。
「・・・・・・・・・・」
レラフールとエマーゼと戦おうとする中、ミーゼの視線は二人——ではなく、扉の方に張り付いていた。エマーゼが横切った時からずっとだ。
閉まっている扉。特に目を惹く物など何も無い。なのになぜこうも扉を見つめているのか。
「・・・・・・・・・・風」
ふわ・・・・・・とミーゼの前髪が独りでに浮き上がる。
そう、風だ。
室内なのに、風が扉の方から吹いてきているのだ。
かすかな扉の隙間を通り抜けるように。
「この、風は・・・・・・」
風は風だ。種類など無い。
だが。
ミーゼの脳裏には——昔、とある少女が出していた風に惹かれた記憶が鮮明に思い浮かべられているのだ。
ぶわッ、とミーゼの青髪が強く浮き上がる。次第に強くなる風にさすがに気付いたのか、バタバタと荒れる長い青髪を片手で抑えつつ、エマーゼも怪訝な表情で扉の方に振り向く。
直後、だった。
バァンッ!!!!! と壊れそうな程大きな音を響かせ、扉が勢いよく開いた——。
開いた扉から風が強く吹き荒れる。まるで閉め切っていた玉座の間を蹂躙するように、強く、強く・・・・・・。
「ッ・・・・・・」
「なんなのよこの風・・・・・・!!?」
「くっ・・・・・・!」
あまりの風の強さに両手を顔の前にかざし、目を閉じてしまうミーゼ。しかしなぜだろうか。
この吹き荒れる風に、まったく不愉快さを感じないのだ。
・・・・・・否。
もう、分かっている。確信に近い予感がミーゼにはあるのだ。
「生きて・・・・・・いてくれた・・・・・・」
吹き荒れていた風が、止む。
下半身を覆っている氷の冷たさなどもう感じない。その冷たさを上回る暖かさが自分の中に広がっているからだ。
「生きて、いて・・・・・・!!」
両手を下ろしつつ、ミーゼは閉じていた瞼をゆっくりと開けていく。見逃さないように、大きく開いていく。
一滴の水滴が下半身を覆う氷に落ちた瞬間、聞こえてきたのは、
「——いい加減、あたしの親友を返してもらうよ。永遠が知りたい氷女さん」
何度も聞いて、これから何度も聞きたい声だった——。




