第30話 『愉悦の暴行』
一歩。
「(もう少しで・・・・・・)」
一歩。
「(もう、少し、)」
一歩・・・・・・は踏めず、止まってしまう。
なぜ止まったのか。原因はレラフールではない。彼は立ち竦んだまま、エマーゼと同じように目を見開いて——、
「・・・・・・どうして、私の前に立ち塞がるの? ミーゼ・・・・・・」
「理由が、必要ですか」
——エマーゼとレラフールの間に割り込んで来たミーゼに視線を張り付かせていた。
両腕を左右に広げ、キッ、とエマーゼを睨みつける姿は敵愾心がハッキリと感じ取れる程だ。勿論ここまでの道程でも感じていたが、今が一番、強く感じる。
ため息をつきつつエマーゼは自分の長い青髪を片手で払う。
この妹は、まだ分かっていないのか。
「ねぇミーゼ? あなた、レラフール様のお話ちゃんと聞いてた? 理解していないなら私が分かりやすく説明しましょうか」
「・・・・・・・・・・」
「あのね、レラフール様とメシュクハーマ様はあなたの実の両親ではなく、私達の両親、いえ私達の王国の仇なのよ。それで私はあなたの実の姉。この世で唯一の肉親なの。家族なのよあなたと私は。だからあなたが立っていいのはその男の前ではない。私の隣よ。さ、いい子だからこっちに来なさいミーゼ。私と一緒にその男をやっつけましょう?」
右手をミーゼに差し出す。真実を知った彼女がなぜ仇であるレラフールを庇うような真似をするのか、まったく理解できない。
「ミーゼ・・・・・・お前は逃げろ。俺がエマーゼを足止めする。その間に」
「・・・・・・・・・・」
「ミーゼ」
「ミーゼッ」
「ッ・・・・・・」
前から自分の名前を呼ぶエマーゼ。後ろから急き立てるように自分の名前を呼ぶ父。そして、血だまりに沈んでいる——母。
脳裏に浮かぶ、ここまで見て来たテレブール王国の衛兵と国民の死体。
別れて久しいハルマレア、ユレス。
——ラゥル。
「・・・・・・い」
「ん? ミーゼ?」
「どうしたミーゼッ、早く逃げ、」
「うるっせェんだよ!!!!!!!!!」
「「!!!??!?」」
炸裂。
まさに炸裂だ。ミーゼの怒声は玉座の間に響き渡り、レラフールとエマーゼの鼓膜を激しく震わせる。だが驚愕すべきはミーゼの声量ではない。
彼女らしくない荒々しい口調に、エマーゼとレラフールは心底驚いているのだ。
思わず呆然とエマーゼとレラフールがミーゼを凝視する中、ミーゼは広げていた両腕を下ろしつつ、口を開き始めた。
「もうたくさんだよ・・・・・・今日一日で自分の生い立ちを知って、拉致されて、監禁されて、ハルマレアちゃんを傷つけてしまって、ラゥルとバレハラードさんが傷ついて、国の皆が殺されて、国がめちゃくちゃになって、母様が、殺されて・・・・・・もう、もう・・・・・・!!」
握りしめた左右の拳がぶるぶると震える。
湧き上がってくるのは、まぎれもない——怒りだ。
弱く、何も出来ない自分。ここまで傍観を貫いてしまった自分。
だから決めた。
「戦う」
全てから戦う。
弱い自分の性根とも、父の言葉とも。
エマーゼとも、戦う・・・・・・!!
「もう何も出来ない自分はたくさんだッ。私は戦う!! エマーゼ! 私があなたを止める!!!」
「————」
「ミ、ミーゼ・・・・・・お前・・・・・・」
なんだ、これは。
エマーゼの脳裏に空白が広がっていく。今、自分の前に立っているミーゼは、本当にミーゼなのか?
再び両腕を左右に広げるミーゼを観察するように、ジッと見つめる。
視線だけで人を殺せそうな程の、凄まじい顔つき。
「ッ・・・・・・ぁ」
違う。
こんなミーゼ、自分は知らない。
無意識に左足が一歩、後ろに下がる。
「ミーゼ、私の可愛い妹・・・・・・ミーゼ・・・・・・」
かつて赤子だったミーゼが自分に向けてくれた天使のような笑顔。
両親が自分に向ける笑顔の類とは圧倒的に質が違う無垢な笑顔は何の打算も無く、本当に世界に生まれた事を祝福してるような笑顔だ。
凄く嬉しかったのを今でも鮮明に覚えている。こんな可愛い子が自分の妹なのかと。
「・・・・・・やめ、て」
さらに右足が一歩後ろに下がる中、エマーゼは子供のように顔を左右に振りながら、
「そんな顔をしないで・・・・・・! 私の知っているミーゼはそんな顔を私に向けたりしない!!」
「あなたの知っている私がどんな私かなんて知らない。私はミーゼ・テレブール。最初から最後まで、ずっとテレブール家の人間なんだ」
「違う! あなたはミーゼ・シュノレースよっ。シュノレース王国第二王女ミーゼ・シュノレース!! 第一王女である私と双璧をなすシュノレース王国の姫君なの!! 決してこんな国の人間では、」
「知らないって言ってんでしょうがッ!!! もういい加減にして!! あなたの理想を私に押し付けないでッ!!!!!」
「————」
・・・・・・遠のく。
自分の視えている世界が遠のくのを、エマーゼは恐怖と共に感じていた。
貧血を起こしたように視界が暗くなる一方、エマーゼは駄々をこねるように、
「なんで・・・・・・なんで分かってくれないの!? 私はあなたの姉なのよ! 家族でしょう私達はッ」
「私の家族は父レラフールに母メシュクハーマの二人ッ。あなたのような狂人なんて家族なんかじゃない!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ぁぁ」
そうか。
やはり、そうか、とエマーゼは納得しつつ顔を俯かせる。
理解していた事なのに。
理解していた、事なのに・・・・・・。
「・・・・・・血の繋がった姉妹と言えども」
改めて認識を深める。深めざるを得ない。
顔を正面に戻しつつ、エマーゼは口にする。涙が流れるままに、こう言ったのだ。
「分かり合えない時もある・・・・・・家族の絆なんて無い。やっぱり、永遠なんてこの世にないんだわ・・・・・・」
後ろに下がっていた足を止め——前へと動かしていく。
「ッ」
ズンズンと早足で向かってくるエマーゼ。ミーゼは一切視線を逸らさずに、父の前から退かない。
退いてたまるか。
「ミーゼ!」
「父様は黙ってて!」
「ッ! ・・・・・・・・・・」
振り返らぬまま後ろの父にそう鋭く言う。反抗的な言葉を言うのは初めてだが、戦うと決めた以上躊躇は決してしない。
・・・・・・否、振り返らぬままではなく、振り返れない、て言った方が正しいだろう。冷や汗が頬を伝う中、ミーゼの脳裏にここまでのエマーゼの蛮行が再生されていく。
そうして、エマーゼが目の前で立ち止まった。
「・・・・・・・・・・」
エマーゼは無言で、ミーゼの顔に視線を注いでいる。そして少しの間が経った直後、
「分からないなら、仕方ないわよね? ミーゼ、いい事を教えてあげるわ」
「?」
ニコッ、と笑顔を作った彼女は、こう言った。
「人に何かを分からせたい時は、暴力が一番なのよ」
瞬間だった。
パァンッ! と渇いた音が鳴った。
「づッ!?」
「ミーゼ!?」
「ふふ・・・・・・」
ミーゼの顔に苦悶が浮かぶ。その左頬は赤い。
叩いたのだ。エマーゼがミーゼに暴力を振るったのだ。
「エマーゼ貴様ァ!!」
まさか妹にまで手を上げるとは、とミーゼに手を出す真似はしないと思い込んでいたレラフールがミーゼを下がらせようと、彼女の肩に手を伸ばそうとした時、
「父様は動かないで!!」
「ッ・・・・・・なぜだ、ミーゼ・・・・・・!」
「父様は黙って見てて。・・・・・・エマーゼ、一つ約束して」
「姉様と呼びなさい。で、何? 聞いてあげるわよ。だって私はあなたのお姉さまだもの」
「・・・・・・今からあなたの暴力を無抵抗で受ける。それで私があなたに屈服しなかったら、もう復讐は諦めて私達の前に二度と現れないで。もし私が屈服したら、あなたの事姉様とも呼んであげるし、一生あなたの傍にいる事を誓ってあげる」
「ミーゼ!!?」
「・・・・・・へぇ」
信じられないミーゼの発言にレラフールの目が剥く。そんな事許すはずがない。
王としても、親としても。
「ふざけるなミーゼッ。そんな事ゆる、」
「ね、父様」
「なんだ!? こればかりは黙ってられないぞ! 娘が傷つくのを見ていられるかッ。それにメシュクハーマをこいつはッ!!!」
「お願い。私に戦わせて」
「————ッ」
レラフールに振り返り、そう言ったミーゼと視線を合わせた彼は、ミーゼの表情に息を呑む。
鬼気迫る、否、それ以上だ。その顔はまるで——戦闘に入る時のメシュクハーマのようで・・・・・・。
「・・・・・・・・・・」
視線をミーゼから、血だまりに伏しているメシュクハーマへと移す。
「ッ・・・・・・」
ギリリ、と強く歯軋りした彼は、
「・・・・・・分かった。だが、お前の命が危ういと感じたら俺は・・・・・・もうお前の言葉を聞かないぞ」
「ありがとう・・・・・・父様」
再び玉座へと戻っていくレラフールに笑いかけたミーゼは、改めてエマーゼと向き合う。
エマーゼはうずうずとしているように小刻みに体を動かしている。その姿はまさに玩具を買い与えられる子供だ。そんなに楽しみなのだろうか。妹に暴行を加えるのが。
「ね、ねぇ? もういいの? もうやってもいいの?」
「ええ、どうぞ」
「約束は守ってね? 姉様との約束を違えてはダメよ?」
「それはこちらの言葉。さあ——おいで」
「あはァッ!!」
ゴッ!! と、彼女の笑い声が聞こえると同時、頬に痛みと衝撃が走り抜ける。拳での殴打。先程の平手打ちではなく、拳だ。
その威力は平手打ちの比ではない。本気の攻撃。
始まったのだ。本気のエマーゼとの勝負が。
「~~~~~ッ!!」
——すごく痛い・・・・・・。
無意識にじわりと両目が潤む。だが決して声には出さない。平然と構えるのだ。こんなの痛くも痒くもないと、エマーゼに余裕を見せつけてやるのだ。
顔を正面に戻し、ミーゼはクスッ、と小さく笑いつつ、
「その程度ですか? だとしたら大した事ありませんね」
「勿論まだまだよ——!」
ぐいっ、と強く襟元を引っ張られたかと思案した直後。
ドズッ!! とエマーゼの右膝がミーゼの腹にめり込んだ。
「ぅ、ぐ・・・・・・!!」
「ほらほら! 早く降参した方がいいわよミーゼェ!!」
腹の痛みに唸る暇もなく、頭にエマーゼの右肘が突き刺さる。容赦のない連撃だが、魔法を使わない所を見ると素手だけで痛めつけるつもりらしい。
あくまでこの勝負は、どちらが屈服するかの勝負だからか。
「アハハハハハハハハハハハハハハハ!! すごく楽しい! 自分と同じ血が通ってる人を攻撃するのすっごく楽しい!!! こんな事なら最初からやれば良かった! 私気付くの遅すぎィ! アハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
「楽しそうで・・・・・・何よりですねぇ・・・・・・!」
痛みが増していく中、ミーゼは次に迫る攻撃に備えて覚悟を固めていく。
自分には戦闘なんて真似は出来ない。魔法も聖光魔法なのだ。戦う術など微塵も無いのが自分の現状。
だからこそ、自分が取れる手段はこれだけ。
耐えて、耐えて、耐えて。
ひたすらに、耐える。
耐えた先に待っているのは、死か、それとも——。
「もっと! もっと殴らせてェ! アヒッ! アヒハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!」




