第29話 『夢=夢』
「母様・・・・・・」
穏やかな姿しか、見た事がなかった。
エマーゼから離れ、二人の戦闘に巻き込まれない程度の距離を取ったミーゼは呆然と、母の動きを目で追っていた。
舞のように美しくありながら、躊躇なく相手の命を奪おうとする容赦の無さ。
あれこそが、母の本当の姿だったのか。
彼女が剣を持って戦うなどと想像すらしなかった。王妃という身分だが、自分にとっての母はただの母だ。自分の成長を優しく見守ってくれている・・・・・・世界に一人だけの母。
「・・・・・・・・・・」
そんな母と戦っているエマーゼも、自分にとっては唯一の姉。しかも血が繋がっている肉親。
彼女が姉というのは本当なのだろう。
決して認めたくないが。
「・・・・・・あ」
ふと気付く。
自分を監視していたエマーゼは今、母との戦闘に夢中だ。つまり自由に動ける。
かと言って、当然ここから出て行くわけにはいかない。自分なりに母の役に立てるように動かねば。
「父様っ」
母の懸念は父の守護だろう。
いざと言う時は自分が・・・・・・。
そう思案したミーゼは視線を父に移してから——彼の元へと駆け出し、辿り着くと、
「来てくれたか、ミーゼ」
「ご、ごめんなさい。母様に驚いてボーっとしちゃった」
「無理もない。メシュクハーマがあのように戦えるなどとこれまで教えなかったのだからな」
「うん・・・・・・」
本当に驚愕だ。父の傍に佇み、改めて視線を母の戦いぶりに向けても・・・・・・信じられない。
だがエマーゼを押している姿はまぎれもない母なのだ。
母なら、きっとエマーゼを倒してくれる。
虚無だったミーゼの瞳が、徐々に晴れていく。
王国は散々な状態になってしまったが、エマーゼを倒して決着が着けば——また始められる。
平凡だが、かけがえのない日常を——。
「頑張って・・・・・・!! 母様っ」
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袈裟切りに振るう氷の剣。無論防御、回避されるのを見越しての攻撃だ。ここからエマーゼの手を潰していき、隙を捉えて確実な一撃を入れるための初動。
しかし。
大層な口を叩いたエマーゼは——笑みを浮かべながら防御も、避けようともしないのだ。
「(何を考えているのです・・・・・・?)」
それともただの強がりか。どちらにしても、振るう剣は止められないし、止める気もない。
そして。
氷の剣がエマーゼの体に触れる——直前だった。
ピキィ!!! と。
凍らせたエマーゼの右手を包んでいる氷から、線が細い氷が高速で伸びてきた。
「————」
氷から氷。しかもメシュクハーマの氷から——。
予想外中の予想外。魔法は基本、〝無〟から〝有〟へと発現する現象だ。
〝有〟から〝有〟なんて・・・・・・。
「くっ!?」
顔に向かって伸びてくる、先端が尖っている氷の棒をかろうじて、袈裟に振ろうとした右の一振りで受け流す。
ギギギ!! と氷同士の擦れる音が耳に障る中、左の一振りでエマーゼの中心、心臓部分を突き刺そうとする、が。
「流石・・・・・・ではないわねぇ。そ・れ・は♡」
直後。
右の一振りの刀身から再び細い氷の棒が伸びてきた。
その向かう先は、メシュクハーマの胸——肺。
「!!?」
体の動きが追い付かない——。
メシュクハーマには、目で追うのが精一杯だった。
そうして。
ズブッ!! と細い氷の棒がメシュクハーマの右胸に突き刺さり——背中まで貫通して、止まった。
「さようなら。メシュクハーマ様・・・・・・」
「エ、マー・・・・・・ゼェ・・・・・・!!」
肺が傷ついた所為か、呼吸がしづらく、呪うように吐いた言葉と共に赤い血が口から垂れていく。
瞬間、だった。
ピキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ!!!!!!!
と、メシュクハーマの全身、ありとあらゆる場所から、内側から食い破るように氷の氷柱が飛び出した——!!
「おぶ・・・・・・!!!??」
まさに逆流という言葉が相応しいだろう。口から一筋だけ垂れた程度の血流が今度はドバッ! と口から大量に吐き出され、ビチャビチャと床に血だまりを作ったのだから。
もう立っているのも無理だ。両足から力が抜けたメシュクハーマは自分が作った血だまりに両膝を落とし、持っていた氷の剣も二振り落とす。
呼吸が出来ず、ヒュー、ヒュー、と通常ではありえない呼吸音を耳にしながらメシュクハーマはひたすら、
「(何が・・・・・起きた・・・・・・?)」
一連に起きた現象を噛み砕こうと、思考を繰り返していた。
まず自分が凍らせたエマーゼの右手から・・・・・・と、その時、
「どうかしらメシュクハーマ様。私の氷の花は? やはり私が手向ける結果になったわね」
頭上から嘲る声が降って来て、メシュクハーマは首を上げ——歪んだ笑みを浮かべているエマーゼを見上げる。
口を開こうにも、喉からも氷柱が生えている所為で言葉が出せない。
「クスクス・・・・・・いい眺めねェ・・・・・・あのメシュクハーマ様が無様に膝を着いてこの私を見上げているなんて・・・・・・やだ、興奮してきちゃうじゃない! クスクスクスクス!!」
「ッ・・・・・・ッ!・・・・・・」
「悔しそうね。なんで負けたか知りたい? いいわよぉ。今すっごい気分がいいから教えてあげる」
「メシュクハーマァ!!!!!」
「ま、待って父様!」
事態を見越したレラフールが玉座から転がるように立ち上がり、真っすぐエマーゼとメシュクハーマに向かって駆け出し始める。
傍にいたミーゼが慌てて片手を伸ばすも、レラフールには届かない。
「・・・・・・!! ・・・・・・ッ・・・・・・ッ!」
「あぁ」
その彼の姿を横目で捉えたエマーゼは左手をゆるりと上げ、
「やっぱり、教えてあーげない♡」
そう言うと同時——ゴンッ!! と、一瞬で発現した大きな氷塊を、メシュクハーマの頭頂部に叩きつけた。
べちゃっ、と血だまりに頭を突っ込んだメシュクハーマ。
彼女は、ピクリとも動かない。
「クスクスクスクスクスクスクスクスクスクス・・・・・・!!」
そんな彼女を見下ろすエマーゼの右手を包んでいた氷が——まるで高熱に当てられたように一瞬にして水へと変化し、床を濡らす。彼女の右手だけに限らず、メシュクハーマの全身から生えた氷柱、血染めの二振りの氷の剣も全て水へと変化した。
エマーゼが使用した魔法を解除したのもあるが、中には当然メシュクハーマの使用した魔法もある。
メシュクハーマの魔法が勝手に解除した理由、それは言わずもがな。
彼女が死んだからに、他ならない。
「————」
駆け出した足を止め、呆然と血だまりに伏したメシュクハーマを見つめるのはレラフールだ。
ゆらりと、エマーゼはメシュクハーマの返り血を浴びた顔を彼に向けつつ、
「次はあなたよ・・・・・・レラフール様。街は崩壊、メシュクハーマ様も死んだ。あとはあなたを殺せば、私の復讐は完了する・・・・・・。そして、ミーゼと・・・・・・」
ミーゼと共に、これからの人生を。
一歩、佇むレラフールの方へと歩む。
一歩。
一歩。
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『——!? 風が吹いている方向に来てみたら誰か木にぶらさがってる・・・・・・!!? ・・・・・・ねぇ、木なんかにへばりついて、何してるの?』
『木の枝ごっこ』
『・・・・・・楽しい?』
『お父さんのお仕事を手伝うよりかは楽しい』
『へえ~、お父さんは何のお仕事をしてるの?』
『武器を売ったり買い取ったりするお仕事。ホントばかみたい。魔法があればなんでも出来るのに』
『魔法かぁ。あ、もしかしてずっと風出してたのあなた? ていうか・・・・・・そろそろ木にへばりつくの止めない?』
『そう、緑風魔法。今は木の表面に少し切れ味を残すぐらいしか出来ないけど、いずれは剣にも負けない切れ味の風を出してみせるっ。あたしはやるぞー!』
『へばりつきながら両手を突き上げるなんて器用だね』
『まぁね~。で、キミは何の魔法使えるの?』
『わたし? わたしは聖光魔法だけど・・・・・・』
『聖光魔法!? え、嘘!? 使える人始めて見たっ。見せて見せて!!』
『見せるのはいいんだけど、その前にこっちに下りて来てよ。それでさ・・・・・・その・・・・・・わたしと友達に、なってくれないかな・・・・・・わたし外に出るの今日が初めてで・・・・・・』
『外に出るのが初めて? 変わってるねぇキミ・・・・・・いいよ! じゃあ今日からあたしとキミは友達ねっ。わーい! 初めての遊び相手だぁ!!』
『あなたも友達いなかったの!?』
『木の枝ごっこをしてる時点でお察しでしょ』
『冷静に言われても』
『まぁまぁ。それじゃそっちに下りるねぇ・・・・・・っとぉ!』
『嬉しいな、嬉しいなっ。・・・・・・魔法のおかげで友達が出来た・・・・・・!!』
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「・・・・・・・・・・」
懐かしい、夢を見た。
しかも今の夢の出来事は彼女——ミーゼと出会った日だ。ミーゼから話しかけてくれて、その日から自分とミーゼは・・・・・・。
交差した両腕から顔を上げる。いつの間にか眠っていたらしい。目覚めて見る景色は相いも変わらず朽ちた城内だ。
黙って見つめる中、脳裏に再生されるのは——先程夢の最後で見たミーゼの言葉と、笑顔。
魔法が繋いでくれた、ミーゼとの関係。
「・・・・・・あたし、は・・・・・・」
価値がない・・・・・・ではない。
「そっかぁ・・・・・・」
階段から、静かに立ち上がるラゥル。
生まれた時から魔法が使えなければ良かった?
魔法なんていらない?
「——信じられない馬鹿か、あたしはッ!!」
パァンッ!!! と渇いた音があたりに響く。
自らの両手でラゥルが全力で自分の頬を叩いたのだ。
ヒリヒリとした痛みの中、ラゥルは理解する、否、思い出した。
ずっと寄り添ってきてくれた魔法のおかげで、自分はミーゼと友達になれたのではないか。
魔法が今までの自分を支えてくれたのではないか。
「それをたったの・・・・・・たったの二度。ミーゼをたったの二度救えないだけで切り捨てるような真似をするなんて・・・・・・あたしは何様だ、ホント・・・・・・」
まだ完全には理解してないけれど、ユレスの怒りが分かった気がする。
彼が本当に魔法を使えなかったのならば、この世界でどれほどの孤独を味わったのだろうか。
もし自分も魔法が無かったら、ミーゼと出会う事が無かった可能性もあるのだ。そう思案すると酷くゾッとする。
「行かなきゃ」
遮るモノなど、全て突破しろ。
何度失敗しても、立ち上がれ。
絶望など——吹き飛ばせ!
「行かなきゃ!!」
ダンッ! と階段を飛び降りつつラゥルは下っていく。いつまでもこんな所でぐずってはいられない。
ミーゼと自分を繋いでくれた魔法と共に——彼女の元へ!!
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『あたしはラゥル! 偉大な〝三臨界〟のフィムルクス様とイユ様とナタドール様のようにお金に自分の名前を刻むのが夢のラゥル・キャミニシ―!! キミはなんて名前?』
『わたしは・・・・・・ミーゼ』
『ミーゼかぁ。あれ、なんか聞いた事があるような・・・・・・』
『・・・・・・ふふっ。とりあえず今は名前だけ。じゃあ魔法も見せた事だし、早速遊ぼうよ——ラゥルちゃん!』




