第25話 『世界に嫌われた一族』
「ユレス・・・・・・お前・・・・・・」
首だけを振り返り、こちらを見るドハドルの顔は驚愕一色だ。ユレスは視線を上下に動かし、強面の彼の全身を確認していく。
顔、上半身、下半身・・・・・・全部に負傷あり。さらにふらふらと揺れているおまけ付き。まさに満身創痍という言葉が相応しいだろう。
ユレスは彼の肩から手を下ろし、
「状況は・・・・・・大体理解しています。今は、休んでください」
「いやダメだ! 俺はあの野郎をっ」
「・・・・・・ドハドルさん。お言葉ですが、無茶と無謀は同じなようで違うんです」
「? ユレスお前、何が言いてェんだ・・・・・・?」
「無茶を通せば道を開く事も出来ましょう。ですが無謀は、決して道を開く事はありません」
「・・・・・・俺の知恵が足りねぇ脳みそで考えてみたが、つまり今の俺は無謀だって言いたいワケか、お前は」
「はい、その通りです」
断言だった。
呆気に取られるドハドル。それはそうだろう。ユレスの言葉は侮辱以外の何物でもないのだから。
だが、正論なのだ。
ぎりり・・・・・・と音が聞こえる程ドハドルは歯軋りをして、こう言った。
「だがなユレス。ここで引き下がっちまったら、俺はこの先何も守れねぇんだよ・・・・・・! だから、」
「自分自身を守れていない人が! 誰かを守ろうなどとおこがましいの極みですよ!!!」
「お、おこがましいの極み・・・・・・」
「そうです。ですから・・・・・・あとは私に任せてくれませんか? 従業員に頼るのも、たまにはいいと思いますよ。店長?」
「・・・・・・・・・・」
首を戻し、ドハドルは顔を俯かせる。その彼の後ろに、ただ黙って待つユレス。そんな二人を見つめるのは、ニタニタと笑う白髪の男に顔を上げたハルマレアだ。
——やがて、顔を上げたドハドルは疲れたように長い・・・・・・長い息を吐き出すと、再び顔をこちらに向けてくる。
その顔は、困ったように、しかし照れたような——笑顔だった。
そして、一言。
「ラゥルを・・・・・・頼んだ」
ふらりと、そう言ったドハドルは背中から倒れ始めた。その彼の背をすぐさまユレスは受け止め、ゆっくりと仰向けに地面に寝かす。
ドハドルの目は閉じられている。限界だった意識をついに手放したのだ。
少しの間、ジッとユレスはドハドルの顔を見つめる。正確には、彼の顔を通してシュノレース王国に置いてきたラゥルの顔を脳裏で見ている。
ごめんなさい、とユレスは心中でドハドルに謝罪を呟く。
彼の頼みは聞けない。ラゥルの言動に激情を駆られた自分は彼女を罵り、決別してしまったのだから。
そうラゥルの事を考えていた時だった。
「お~い。まさかそのままちゅーでもする気なのかよ? オッサン趣味の同性好き君よォ」
「・・・・・・・・・・」
耳障りな言葉を聞きつつ、ユレスは立ち上がり、あちら側——白髪の男とハルマレアを視認する。
ハルマレアの顔に外傷は無い。ミーゼの聖光魔法で受けてしまった傷は完治したようだ。その事にホッとしつつ、ユレスは改めて白髪の男を見据え始める。
ユレスと視線を合わせている白髪の男は、
「おーおー、怖いねぇ・・・・・・。今にも殺してやりたい、てェ目をしてるぜ? ま、何はともあれ・・・・・・また会ったな同族君。必ずまた出会うと思っていたぜ」
「理由・・・・・・」
「ん?」
ポツリとユレスは呟き、聞き返す白髪の男にハッキリと言い直す。
「約束しましたよね。もしまた会えたら、なぜ私が魔法を使えない事を知っているのかの理由について教えてくれると」
「あぁ・・・・・・そういやそうだったな。よし、では教えてやろう」
頷いた白髪の男は、もったいぶったように間を置いて——。
こう、言ってのけたのだ。
「ウストリーア族だからさ」
「・・・・・・? ウストリーア族?」
「そうだ。歴史に埋もれた一族。この世界に嫌われた民族・・・・・・それが俺やお前さん、生誕してから魔法を持てない人間、ウストリーア族だ」
それを聞いて最初に思ったのは、この男も、自分と同じ魔法が使えない人生を歩んで来たのか、であった。
魔法が使えて当然の世界。共感したいワケではないが、この男も自分と同じかそれ以上の孤独感を味わってきたのだろうか・・・・・・。
ふと、ユレスの脳裏に疑問がよぎった。
魔法が使えない、というのは分かった。では。
シュノレース王国からここまでの道まで暴れていたあの死体達は一体何なのだ?
あの死体達を操っているのは十中八九この男だ。しかし彼は魔法を使えないと言う。
魔法ではないなら、一体・・・・・・。
「そういや、さっきも思ったけどよ。この王国随分静かになったよな・・・・・・もしかして、お前さんが何か関係してるのかい?」
「・・・・・・・・・・」
——シュノレース王国から飛び出てテレブール王国に着くまでの道中の事だ。
走りながらユレスはひたすら、襲ってきた死体達について思索を重ねていた。
まず、あの死体をどう倒せるか。いくら斬っても心臓を貫いても、奴らは物ともせず立ち上がってくる。元々死んでいる者達に対してこの言葉を使うのは変だが、『不死』という言葉が一番しっくりくるだろう。
だが、その『不死』はもう破られた。
ラゥルを救うために発現した『黒魔刻魔法』、その内の邪神魔法の一つである『鐘死天槍』。
漆黒の槍はテルスタ村の時と同じように数多く現れ、死体達に襲っていった。あの時はハルマレアにも漆黒の槍は襲ったが、今回は幾分冷静なおかげか、ラゥルには何もしなかったのだ。
そして、ここが重要——。
漆黒の槍は即死させるであろう首や心臓ではなく、奴らの腹、ちょうどへそがある部分に突き刺さったのだ。
当然心中ではなぜそこに? と疑問を持ったが、答えが出る前に・・・・・・死体達は倒れた。
倒れたあともピクリとも動かない。何度も平気で立ち上がったのが嘘のような光景だ。
あの時はラゥルを助けねば、と思考が狭まっていたから深く思考が出来なかったが、今は違う。
邪神魔法。その内の一つ、『鐘死天槍』。
狙う先は、相手を確実に殺せるだろう部分。
つまり、どういう風に出来ているかは知らないが、あの死体達の動力源——弱点部分は、へそなのだ。
倒し方は理解した。しかし・・・・・・。
一人、二人ならまだしも、あの死体達は数が多すぎる。
シュノレース王国での城内、階段を下りていった死体の数は三十、四十では効かないだろう。
邪神魔法は使ってしまった。もう一度使うには——。
そう思考し、気付く。
死体全部を片付けられる方法に気付いたのだ。
邪神魔法を使った後に再び使えるようになる黒い雲、『吸黒魔雲』。
この黒い雲は魔法を吸収し、吸収した魔法を強くして吐き出すという反撃専用の魔法だが、真実の使い方は死体を吸収して邪神魔法を蓄える事にある。
そう、死体だ。
死体達は生きているように動いているが、あくまで死体なのだ。
ならば。
『吸黒魔雲』で吸収出来ない道理は無いはず——!
『————!!』
その結論に至ったユレスはテレブール王国に着いた直後、悲鳴や破壊音が交錯する王国を見て白髪の男達がすでに来ていると確信し、白髪の男を探しながら王国内を走り回りつつ、王国に暮らしている民を襲う死体達を発見し早速『吸黒魔雲』を発現。
結果は・・・・・・、
『(やはり吸収出来た・・・・・・!!)』
思惑通り、黒い雲は抵抗する死体達を意にする事無く、完璧に飲み込んでいった。
突然現れた黒い雲に目を白黒させる民達を目に留めながら、ユレスは魔力を練りに練り、『吸黒魔雲』を可能な限り発現していき、黒い雲が四方八方に飛んでいくのを確認しながら再び走り回り・・・・・・。
そうして。
ふらふらと立ち上がる、頼もしい背中を見つけた——。
「・・・・・・そうだ、と言ったらどうします?」
ここまでの回想を終えたユレスは、白髪の男の問いにそうおどけたように答えた。
ほう、と感心したように白髪の男は目を丸くしつつ、
「本当だとしたらやるじゃねえか。あの数を全部処理したとなると、五体だけではまず無理だ。という事はお前さん——『異無創』が使えるのか?」
「は・・・・・・? イムソウ・・・・・・?」
「っと・・・・・・ウストリーア族の事も知らないんだったな。『異無創』も知るはずがねえか」
またワケの分からない言葉が出て来た。
ウストリーア族、イムソウ。
いい加減にして欲しい、とユレスは眉をしかめる。自分の出自の謎が深まるばかりでもううんざりだ。
この男は何者で、自分は——何者なのだ?
「『異無創』も教えてやっていいが、さすがにそろそろ話すのも飽きてきたな・・・・・・ハルマレアも待ちくたびれるだろうし。俺はこの辺で失礼・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「て、ワケにはいかねぇよなやっぱり。お前さん、やる気満々な目してるもんなァ」
瞬間。
「おぉッ!?」
ドゥン!!! と横に移動した白髪の男、彼の元いた位置に火球が炸裂した。
無論火球、赤熱魔法を使ったのはハルマレアだ。チッ、と舌打ちした彼女は、
「・・・・・・ユレスよ! 積る話は山ほどあるだろうが今は——!」
「——ああ! 今は・・・・・・こいつを倒す! 締め上げて隠している事を全て白状させてやる!!」
短いやり取り。彼女の言う通り話す事は山ほどあるが、今は白髪の男を・・・・・・。
ドハドルがやられた分の倍は殴ってやらないと気が済まない!!!
「威勢がいいねぇ。同族君、お前さんも俺がハルマレアと一緒になるための障害ってワケだな? だったらやるしかねぇなァ!!」
ドンッ!! と地を強く踏みしめ、獣のような速度でユレスの元まで駆けて来る白髪の男。ユレスは一切視線をそらさず右手を上げ、発現させる。
大分使い慣れて来た。ある程度ならもう操れる。
ラゥルだって傷つけなかったのだ。今の自分ならば、もうハルマレアが傷つくような真似はさせない。
「邪神魔法——『鐘死天槍』」
必ず、この男を・・・・・・!
「・・・・・・へぇ」
「ユレス・・・・・・!」
駆けるのを止めた、否、止まらざるを得ない白髪の男は、笑みを零しつつユレスの右手に突然現れた——一本の漆黒の槍に目を向ける。
その槍の中央部分をユレスが握った瞬間、リィン、と涼やかな音が鳴った。
「(あれが奴の『異無創』か? 随分とまァ、邪悪な槍だぜ)」
「ッ!! ~~~~~!!!」
湧き上がる魔力が、闘争心をじわじわと高めていく。
殺せ、暴れろ、と訴えかけられているようだ。暗い感情がユレスの中に浸透していく。
その感情を押し殺しつつ、ユレスは左手も漆黒の槍に沿えて構える。恰好だけは立派だ。
「——ァアアッッ!!!!!」
心中に溢れ出る闘争心を声に変換し、ユレスは白髪の男との距離を詰め漆黒の槍を突き出した——。
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「・・・・・・誰も、いない・・・・・・」
呟く言葉は、誰にも届かない。
シュノレース王国、城内の二階から一階へと下りる階段の途中で膝を抱えて座り込んでいる少女、ラゥル・キャミニシ―は何をするでもなく、ジッと視界に入る空間を見つめていた。
ユレスが去って行ってしばらくあの死体達が転がる空間にいたが、さすがに臭いに耐えられなくて比較的風通しがいいこの階段に来たのだ。
「・・・・・・・・・・」
本当は、こんな事をしている場合ではない。すぐにもミーゼとハルマレアを助けなくてはいけないのに。
一緒には行きたくない、というユレスの拒否の言葉が、ラゥルの足を重くしているのだ。
一歩すら進めない程の重さを。
・・・・・・否、それもあるにはあるが、実際ラゥルの足が動けないのは間違いなく——。
自分では、もう無理と悟っているからだ。
「ふふ・・・・・・あたしも弱気になったもんだね」
渇いた笑いが口から漏れる。
もう死んでしまいたい。かと云って、死ぬ勇気も無い。
中途半端。
「・・・・・・・・・・」
閉じている両膝に顔をうずめる。
のしかかる疲労感。思考するのも億劫だ。
顔をうずめて、さらに目を閉じる事によって生まれる暗闇の意識。
この暗闇が、今のラゥルを癒す唯一の空間だった。




