第24話 『永遠はあると思いますか?』
今視ている世界は、夢ではないのだろうか?
「ねぇどんな気持ち? どんな気持ちか教えて? これから死ぬのよあなたは? ねぇ、ねぇねぇねぇ」
「えぶ・・・・・・も、もう・・・ゆるじて・・・・・・」
ザクッ、ザクッ、と肉を突き刺す音。
周囲には、果敢にもエマーゼに挑んだテレブール王国の民達の死体。その数は四。
まだ生きている最後の五人目は現在両手の手のひらを鋭い氷柱によって地面に縫い付けられ、馬乗りのエマーゼに彼らの一人が持っていた短剣で腹を何度も何度も刺されている。
ザクザク。ザクザク。
もはや聞き慣れた音だ。
「こ、恋人が・・・・・・恋人がいるんだ・・・・・・だのむぅ、もうやめでぐれぇ!」
本当か、嘘か。瀕死の男は苦し紛れの命乞いを呟く。そんな言葉でエマーゼが止まるはずがない。
と、思われたが。
「恋人? あらそうなの」
ピタリと、意外にもエマーゼの短剣を振り下ろす右手が止まったのだ。その彼女の予想外の行動に、あやふやな意識のミーゼの目がそっと動いた。
「愛してるの?」
「げほっ・・・・・・あ、ああ! お互い結婚を約束してるんだッ。だからまだ死ぬわけにはいかないんだよ!」
「結婚・・・・・・お互い永遠を誓い合って行われる儀式・・・・・・」
確認するようにそう搔き消えそうな声で呟いた彼女は、カクリと顔を俯かせる。にへら、と短剣の攻撃が止んだ事に男の血に染まっている口が緩む。
そして、
「ねぇ」
少しの間を置いて、静かに顔を上げたエマーゼが口を開いた。
まるで親しい者に訊くような声色だ。実際顔を露わにしたエマーゼの表情は穏やかである。
だが。
近距離で彼女の顔を見上げている男の顔は——恐怖で歪んでいた。
「な、なんだ・・・・・・?」
「あなた、永遠はあると思うかしら?」
「えぁ? あ・・・・・・ある! 永遠はある!」
「そう」
似たような問いをされた事をミーゼは思い起こす。彼女がその問いを投げる時は・・・・・・。
狂気に、触れている証。
「——ないわよ・・・・・・ない。ないないないないないないないないないないないないないないないないないないない!! 永遠なんてないのよぉ!!!」
「うぶッッ!!?!?」
ズブゥッ!!! と、胸元に引き寄せていた短剣を彼女は高く上げ、男の腹に深く突き刺した。
涙を流しながら彼女はすぐに短剣を引き抜き、
「永遠なんてないの! 私もね! 昔は信じてたの永遠を! けれど知ったのよ! 知ってしまったのよ!! ずっと続く事なんてない! ねぇあなたの恋人どこにいるか教えて!? その人にも教えてあげないと! 永遠なんてないって! 殺してあげないと! 教えて殺さないと! 教えて殺さないと! 教えて殺さないとその人が可哀想だわ! 世界のあるべき姿! 壊れて! 壊して! 壊れて! 壊して! コワレテ! コワシテ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァ!!!!!」
ザク! ズブ! ザク! ザク! ザク! ズブゥ!! ザク! ザク!
と、エマーゼは狂言を口にしながら短剣を幾度も振り下ろし、顔と手を男の血で汚していく。涙と血に濡れている顔は笑顔一色だ。
もう男は最初の深く突き刺した時点で絶命している。だがエマーゼは気付かない。気付くはずもない。
彼女の中ではまだ、男は生きているのだ。
「・・・・・・・・・・」
やはり、エマーゼはエマーゼであった。
無感情に見ていたミーゼの目が再びそっと動き、エマーゼから視線を外す。
分かっている。
これは夢ではない。
確固たる、まごう事無く——現実なのだ。
「はぁッ! はぁッ! はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・この人、結局恋人の事言わないまま死んじゃった・・・・・・残念ね。せっかく救ってあげようとしたのに。まぁいいけれどっ」
ぽいっ、と短剣を適当に投げ捨てたエマーゼは気を取り直すように立ち上がると、
「待たせてごめんなさいねミーゼ。もう城はすぐそこよ。行きましょ」
「・・・・・・ええ」
億劫そうにそう返事したミーゼはスタスタと歩き出し、ゆっくりと歩く彼女の背を追いかけていく。
進む傍ら転がっている死体の傍を通るが、特に目を向ける事も、感情を露わにする事も無い。
コロサレタ。
ただそれだけの事だ。
「~~~~~♪」
機嫌良さげなエマーゼの隣に並び立ち、歩き続けて。
そうして、ついに——。
「着ーいた♪」
城・・・・・・自宅へと帰ってきた。大きな門に城壁。見慣れているはずなのに、なぜかひどく懐かしいのはどうしてだろうか。
そして、無感情に城を見上げるミーゼが顔を正面に戻した時だった。
「んー・・・・・・???」
不思議そうに、エマーゼが首を傾げていた。
「・・・・・・どうしたんですか」
「いえね。ちょっと」
そうですか、とミーゼはそれきり口を閉じる。分かりやすく首を傾げているから訊いて欲しいのかと思って訊いただけだ。答えなど期待していない。
不思議がるエマーゼ。彼女はこう思案していた。
「(なんで兵士が門にいないのかしら? これ程の異常事態が起きたらまず城の防備を固めると思うのだけど)」
無論鬱陶しい兵士がいないならそれに越した事はないのだが、それでも変だ。
何か裏があるのか、それとも異常事態に混乱して指揮系統が崩壊しているのか。後者だとしたら拍子抜けも甚だしい。
「・・・・・・まぁ、何が来たとしても関係ないわね。全て排除してやるわ」
自信満々にそう言ったエマーゼが進みだし、ミーゼも彼女と共に門を抜けて城内へと入っていく。
城内は綺麗だ。当然だが、シュノレース王国の城とは雲泥の差である。
開けた門をエマーゼが閉めて、ゴゥン、と重々しい音を立てて外との境界を完全に断つ。
「ミーゼ。玉座の間まで案内してくれるかしら?」
門から振り返った彼女にそう訊かれたミーゼは逡巡し——コクリと頷く。
恐らく自分の両親である王と王妃の二人は兵士に連れられどこかへと隠れたはずだ。案内しても問題ないだろう。きっと玉座の間はもぬけの殻のはず。
「・・・・・・こっちです」
並んで歩くのを止め、先頭をミーゼ、後ろをエマーゼがついていく形になる。玉座の間は左側の通路に入って階段を上がり、またさらに階段を上がって右だ。
無音の城内をカツカツと靴音を立てながら歩いていく。そう、無音だ。
ここで、ミーゼもさすがに気付く。
無音。この異常事態で城内が無音は——さすがにおかしいのでは、と。
平時の城内でも衛兵とはよくすれ違うのだ。
「・・・・・・・・・・」
先程まで機嫌良さげなエマーゼも無言だ。彼女も自分と同じ——否、首を傾げていたのはそういう事か。
納得し、二階、三階へと誰ともすれ違わずに進んで行く。
そうして目的地——玉座の間の扉の前まで辿り着いた。
「ここまでありがとう。私が開けるから、ミーゼは後ろにいて」
そう言った彼女は前へと移動し、ミーゼは言われるがままにエマーゼの後ろへと回る。どうせ誰もいないが、エマーゼにいちいち言う程の義理はない。というか、言いたくないのが本音だ。
ガチャ、と取っ手を引っ張りエマーゼが扉を開け始める。
玉座の間。その内側。
中央に二つある玉座。
「あら」
そこには、
「・・・・・・なん、で・・・・・・?」
来訪者を迎え入れるように——父であるレラフール、母であるメシュクハーマが泰然と、玉座に腰を下ろしていた・・・・・・。
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「うらァ!!!」
防御し続けた両腕は地へと下がり、がら空きになったドハドルの顔に白髪の男の右拳が迫ってくる。
「(頭突きで・・・・・・)」
膝蹴りに対してやったように、奴の右拳に頭突きを食らわしてやると思案するが、体勢の所為か、上手く頭が持ち上がらない。
「(畜生が・・・・・・!)」
そして、
「————!」
ガンッ!!!!! と、白髪の男の右拳が鈍い音を立てて、当たった。
「・・・・・・・・・・」
「ドハ、ドル・・・・・・」
沈黙が場を支配する。拳をドハドルの顔の正面に当てたまま白髪の男はジッとし、そのまま動かないドハドルをもう戦えないと判断したのか、そっとドハドルの顔から右拳を剥がしていく。
さらに左手を開き、持っていたドハドルの右足首を離す。ドサッ、と地に落ちたドハドルの右足も動かないままだ。
「・・・・・・ふー・・・・・・いや、正直ここまでやるとは思わなかったわ。侮って悪かったな、オッサン」
そう言い残し、白髪の男はドハドルに背を向けてハルマレアを見据える。
勝負は、終わった。
「さあ、ハルマレア。邪魔者はいなくなったぜ。俺と一緒にこの王国の崩壊を見届けよう」
誘うように白髪の男は右手をハルマレアに伸ばし始める。あくまでハルマレアの意思を尊重しているつもりだろうか。
唇を噛みしめつつハルマレアは思案する。こうなったら、次は自分が相手をしてやる、と。
ドハドルの言葉を飲んだのが間違いだったのだ。やはり援護をすれば、この結果にはならなかったかもしれないのに。
「(すまなかった、ドハドル・・・・・・。だが、次はあてが戦う。これでもあては魔王の娘にして元魔王だ)」
そう自分を鼓舞するが、脳裏の冷静な自分が勝敗の結果をすでに弾き出している。
お前では勝てないと。
しかし、このままおめおめと退き下がれるものか。
手を伸ばし続ける白髪の男に向かって、歩き出す。
戦う為に。
「————」
ピタリと、ハルマレアの歩みが止まった。
呆然とした表情を浮かべる彼女に訝しんだ白髪の男は、一瞬眉をしかめて——まさかと振り返る。
振り返った先には、
「・・・・・・こら。まだ終わってねぇだろが・・・・・・」
ふらふらと体を揺らす、ドハドルが立っていた。
「・・・・・・オッサン」
勝負はまだ、終わっていなかったのだ。
辟易とした表情を浮かべた白髪の男はため息をつくと、
「さすがに殺すのは勘弁してやるかって慈悲をかけてやったのによ。まだやる気なのか?」
「ハ・・・・・・そう言ってお前、人を殺すのが怖いんだろ?」
「はぁ? それ本気で言ってんのか? この惨状を引き起こした当事者の一人だぞ俺は。殺すのを躊躇うような男に見えるのかよ」
「自分の手で殺すのと・・・・・・他人に命令して殺すのは・・・・・・全然違うぜ・・・・・・」
「あーあー! 分かったよ。分かった・・・・・・。あんた、よっぽど死にたいんだな?」
「馬鹿野郎・・・・・・そんなワケねえだろ・・・・・・」
「そうかよ。立って挑発までかますのは立派だが、もうあんた、まともに動けないだろ。立つだけで精一杯ってのがよーく分かるぜ?」
「分かんねぇぞ・・・・・・そういう振りをしてるだけって可能性もある・・・・・・」
「はぁ・・・・・・もう面倒くせぇな」
スタスタとドハドルの元に近づいて行く白髪の男。そんなに死にたいならとどめをさしてやる。
ふと、気付く。
「・・・・・・?」
戦っている時は夢中で気付かなかったのだろうか。いつの間にか、人の悲鳴や建物の破壊音が聞こえなくなったのだ。
「(もう制圧したのか。あの死体ども、そんな強かったんだな)」
ほぼ不死の軍団だ。あの弱点に気付けなければ、勝ち目はないだろう。
そう結論付け、白髪の男はドハドルの前に立つ。直後、ぷるぷるとドハドルは左拳を形成し、ゆっくりと、白髪の男に向かって振りかぶっていく。
致命的に遅すぎる、と白髪の男はドハドルに失笑を浮かべる。だが仕方ない。これが限界なのだ。立っただけでも大したものである。
そして、拳が自分の顔に到達する前に、白髪の男は右拳でドハドルを殴った。
簡単に地に沈み、力無く転がるドハドル。
だが、
「ッ・・・・・・まだ、だぁ・・・・・・!」
ふらふらとしながらも、赤子のように両手を地面に当て、立ってくる。
闘志が、まったく萎えない。
「ホント・・・・・・しつっこいオッサンだな・・・・・・」
確信する。
この男は、死ぬまで自分に向かってくる。
これ程の男を殺すのはもったいないが、割り切るしかない。
目を細めた白髪の男は再びドハドルへと近づいて行く。
一歩。
一歩。
噛み締めるように、彼の強さを心に刻み付けながら歩んでいく。
そして。
その影は、現れた。
トン、と優しく、ドハドルの左肩に乗る影の右手。
首だけ振り返った強面の彼に影は、そのままこう言った。
「ドハドルさん。ここまで・・・・・・お疲れ様でした」
「「「————」」」
その影を視認して、三人の感情が大きく揺れ動く。
ドハドルは、驚愕を。
白髪の男は、運命を。
ハルマレアは——言葉では表現出来ない、陽だまりのような温かさを。
それぞれの思惑を、その影に抱いていた。
苦笑しつつ、ハルマレアは顔を俯かせてポツリと呟く。
「遅いにも程があろうが・・・・・・」
やっと邂逅した彼に、喜色を隠しながら——。
「————ユレス」




