第22話 『崩壊まであと・・・・・・』
「よーし、ここから二手に別れるぞー」
テレブール王国までもう少しという距離で止まり、白髪の男がそう言いながら右手を真上に高く上げた。それだけの動作で後ろにいる大人数の歩みがピタリと止まる。
一番先頭にいるから察しはついていたが、やはりこの男がこの集団を指揮しているようだ。
白髪の男はくるりと集団の方に全身を振り向くと、
「おいエマーゼッ!!」
「分かってるわよッ!! あなたはあの穴から! 私は正面からでしょう!!?」
「その通りだ!! じゃあ俺達は行くぜ!!! 存分に暴れろやッ!!」
「言われなくても!!!!!!」
そう列の中間程にいるエマーゼと叫び合った彼は、
「それじゃ、行こうぜ。えっと、確かエマーゼから聞いたんだよな・・・・・・そう、ハルマレアだ。ハルマレア♪」
「・・・・・・気安く呼ぶでないわ。うつけ者が」
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「さぁて・・・・・・いよいよ始まるわね」
一番先頭にいた白髪の男がハルマレアと自分達の前にいる集団を引き連れ、テレブール王国を回り込むように横へと移動していく。
彼らが向かっている方向を見て、ミーゼの脳裏に先程のエマーゼの言葉がよぎってきた。その言葉とは、あの穴、だ。
まさか、と思いつつミーゼは彼女にこう訊いた。
「あの人達が向かった場所って・・・・・・城壁に一人分通れる穴の所ですか・・・・・・?」
「あら? よく分かったわね。あの穴はね、数年前に私が頑張って開けたやつなのよ。苦労したわぁ。夜にコツコツと孤独に氷でねぇ・・・・・・うぅ!」
「・・・・・・・・・・・」
両手で顔を覆い、嘘泣きをしているエマーゼを放置し、知りたくなかった事実にミーゼは眉をしかめる。
自分とラゥルは、この女の作った穴を見つけて喜んだのか。
そして気が済んだのか、エマーゼは顔を上げて自分の長い青髪を片手で払うと、
「——さて、そろそろ行かないとね。人数は城に置いてきたせいで少し減ってしまったけれど、まぁ十分でしょう。ミーゼ、私から離れないでね? もし私の見えない所に行ったら、私、あなたに何するか分からないから」
「ッ・・・・・・」
ゾクリ、と背筋に寒気が走る。
まともそうに見えるが、このエマーゼは狂人だ。最初に会った時の事は、絶対忘れない。
そうして、彼女は、
「——ミーゼ。見てて頂戴ね。私の・・・・・・破壊を」
そう言って、前方、テレブール王国へと歩き出した。
彼女の歩みに合わせてミーゼも恐る恐る足を動かし、後ろにいる集団も規則正しく歩き出す。
破壊。脳裏に思い起こされる、彼女の壊し、壊されという言葉。
倒れるラゥルの姿。
「(何が・・・・・・何が始まるの・・・・・・?)」
鼓動がドクンドクンとやかましくなる中、歩みは進んで行き——やがて入り口である門が視界に入ってくる。
門の左右には、欠伸を噛み殺す衛兵とそれを見て笑っている衛兵の二人がいる。
「暇そうな二人ね。その暇が何を犠牲にして享受出来るモノなのか、思い出させてあげましょうか」
ピキンッ、と空気が割れるような音が耳朶を打った。
隣、エマーゼの方を見やると、彼女は歩いたまま両手を左右に広げ、その両手の手のひらの真上には——鋭利な氷柱が浮かんでいた。その氷柱は次第に大きく、鋭くなっていく。
そして、門の元へと辿り着き、衛兵二人がこちらに気付いて、
「え・・・・・・ひめさ、」
一人が呆然と呟き終える前に、
「さようなら」
エマーゼが発現している氷柱が、音も無く発射された。
二つの氷柱は正確に左右の衛兵に向かっていき——、
「「ッッ!!?!?」」
ズブッ!!! と首を貫いた。
「————」
「クスクスクスクス・・・・・・」
衛兵の二人は槍を手放しつつ前のめりに倒れていく。両手を自分の首、氷柱に触れながら涙と血を口と首から垂れ流す姿が、ミーゼの見開いている両目に焼き付けられる。
そしてそう間も経たない内に、衛兵のもがく動きが・・・・・・止まった。
死んだのだ。
今日も平和に終わるはずだった日常。そんな約束された日々を噛みしめる暇もなく、彼らは命を奪われたのだ。
ミーゼの頭の中は真っ白だ。聞こえるのは、エマーゼのタノシクテシカタナイワライゴエ。
コロサレタ。
血が。
コロサレタ。
狂笑が。
コロサレタ。
空白が。
コロサレタ。
脳裏に。
コロサレタ。
広がっていく・・・・・・。
「——あなた達、侵攻を開始しなさい。手当たり次第にこの王国に住む民を殺し尽くすのよ♡」
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「ひぎゃァァァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!??」
「な、なんだこいつら——ぶごッ!?」
「ッ!? ッ・・・・・・ッ!!!!??」
「いやぁッ!? 嫌ァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!?」
——絶叫。
「だずっ、だずけ、」
「つめ・・・・・・たい・・・・・・よぉ・・・・・・」
「さむい・・・・・・さむい・・・・・・」
「か・・・・・・ぁ・・・・・・ぅ・・・・・・」
——息絶える人々。
「クスクスクスクス。クスクスクスクスクスクスクスクスクスクス!!!」
ドォン!! と建物を破壊する粉砕音。
その全てが愛おしく、心地よい。
ようやく、ここまで来れた。
本当に、長かった。
「ひっ!」
横から湧いて出て来た男。恐怖を隠さない男はすぐに背を向けて出て来た道を引き返していく。
その背に左手をかざし、青氷水魔法——貫通さを特化させた鋭利な氷柱を発現する。完成すると同時に発射し、氷柱は寸分違わず男の心臓部分に刺さり、
「ぐぼ・・・・・・!!?」
血反吐をまき散らしながら、男は地面に沈んだ。透き通るような氷の色に、じわじわと赤色が付着していく。
また一つ、命を奪えた。
チラリと横目で隣の人物——ミーゼを見やる。
門で衛兵二人を殺してから彼女はずっと能面だ。虚ろな瞳で、目の前の現実を見据えている。
醜悪な集団に殺されるテレブール王国の民。
破壊される建物。
崩壊する秩序。
「うふ、うふふ・・・・・・!」
壊し、壊され。
この現実を、ミーゼに見て欲しかったのだ。
彼女が奪われたあの日から・・・・・・。
「・・・・・・ここまでは順調ね。そろそろ本命に行こうかしら」
そう呟いて見やるエマーゼの視線の先は——テレブール王国を象徴するような高く聳える城だ。
シュノレース王国が亡国となってしまった原因。
自分がこうなってしまった原因。
ミーゼと自分が決別してしまった原因。
その原因を作った、〝悪性〟があの城にいる。
「——病原菌退治の始まり始まり~ってところね。さ、お城に行くわよ、ミーゼ」
「・・・・・・・・・・」
「ふふッ♪」
能面無口無反応だが、しっかりと自分の隣を歩く彼女にエマーゼは微笑みつつ、前方へと進んで行く。
嬉しいのだ。
彼女が自分の隣にいる。それだけで・・・・・・。
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——夕暮れに染まる城下町。
食欲をそそられる匂いは今や、集団の醜悪な臭いに書き換わり、楽し気な話し声は悲鳴へと変わった。
ドロドロとした不快な予感が、現実に追いついてしまったのだ。
「おーおー、いい眺めだぜまったく。お前さんもそう思わん? ハルマレア」
「ひたすらに不快でしかないわ・・・・・・やめろと言っても、聞かないであろう?」
「当然。ここでやめたらエマーゼが俺を殺しにくるかもなぁ。それはそれで面白い展開だが」
ひひっ、と笑う白髪の男と共にハルマレアは無表情で壊れていく街を歩いているが、内心はもう限界に近づきつつあった。
好機を待ち続けている間にミーゼと離れてしまい、あげくには街と人が滅茶苦茶になっていく。
同じだ。
過程や実行している人種は違うが、今目の前に繰り広げられている現実はテルスタ村の時と同じだ。
テルスタ村の悲劇。そしてテレブール王国の崩壊。
自分が来てから発生しているその二つ。因果関係は皆無だが、自分のせいで引き起こされたのではないか、と被害妄想じみた想像がハルマレアの脳裏にじわじわと入り込んで来る。
不吉を呼ぶ悪魔。
怪魔の自分だから尚更だ。
そう思案した時だった。
「うらァ!! なめてんじゃねえぞこの汚物どもがッ!」
前方から、威勢のいい声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声だ。急ぎ顔を声がした方に向けると——、
「ドハドル・・・・・・!」
この王国に侵攻した集団の内、四人に囲まれて戦っているのはラゥルの父であるドハドル・キャミニシ―だった。強面の彼は右手に剣——自分の店から調達したヤツだろう——を振り回しつつ、時に左手で炎、赤熱魔法を発現して奮戦している。
一歩も引かずに戦う姿はまさに鬼気迫るという言葉がふさわしい。容赦の無さも完璧だ。躊躇する素振りすら無く、四人それぞれを斬ったり、赤熱魔法を当てている、が。
四人はいくら斬られても、燃やされても、倒れても、平気で立ち上がってくるのだ。
「チッ・・・・・・どうなってやがる。こいつら、人間じゃねえのか・・・・・・?」
「いや、人間だぜ。頭から足のつま先まで完璧な人間の素材で出来ている、な」
「あ?」
イライラと独り言ちるドハドルにそう答えた白髪の男は、強面の彼に近づきつつ、
「お前ら、他の所行け」
無造作にひらひらと片手を振りながら言う白髪の男。間を置く事なく、ドハドルを襲っていた四人は一顧だにしない態度で素早くこの場から去って行った。
そうして、ドハドルが改めてこちらに向き直った直後——彼の目が驚愕で見開き、ハルマレアを凝視し始めた。
ドハドルの反応は当然の反応だろう。今戦っていた奴らを指揮した男の隣に悠然と(内心は悠然ではない)佇んでいるのだから。
「ハルマレア・・・・・・お前・・・・・・」
「お? なんだオッサン。ハルマレアと知り合いなのか」
「・・・・・・どういう事なんだ、ハルマレア。今王国に起こっている事は、お前が関係しているのか?」
「・・・・・・なれがそう思うのも無理はない・・・・・・。なにせこんなうつけ者と並び合っているのだからな。だが」
そして、ハルマレアはこう断言した。
一切の曇りなく。
「こいつは、あての敵だ」
「・・・・・・そうか」
静かにそう呟いた強面の彼が、下げていた左手をゆらりと上げていき——こちら側に向けてくる。
その目は、しかと〝敵〟を見据えている。
ボゥッ! と彼の左手に赤い炎、火球が発現し、
「——なら、俺の敵もそいつだな」
直後。
ブァッッ!! と一塊の火球が真っすぐに——白髪の男へと放たれていく。
「(来た・・・・・・! やっと訪れた好機ッ!!)」
ここで行動を起こしても別行動中のミーゼに危害はいかない。そしてドハドルの赤熱魔法。
白髪の男と離れられる好機中の好機だ。ドハドルが自分を信じてくれた事に感謝の念が堪えない。
火球が白髪の男に迫る直前で、ハルマレアは行動を起こした。転がるように白髪の男の元から離脱する。
「あ! ハルマレア・・・・・・チッ!」
片手を伸ばしかける白髪の男だが、迫る火球は避けざるを得ない。
咄嗟にハルマレアが離脱した方向へと軽く飛び、すぐにハルマレアの所在を視線で追う。
瞬間、少し距離を置いてハルマレアもドハドル同様片手を白髪の男へと向け、
「喰らえッ!」
ボゥ!!! と再びの赤熱魔法、火球が白髪の男へと放たれる。
反撃の時は来たのだ。今までの鬱憤を晴らすつもりで発現した赤熱魔法は立ち止まる白髪の男へと当たる——、
「ほっ」
——はずだったが、白髪の男は一気に背をそらし難なく回避に成功した。そして身軽にもそのままバク転まで決める。
「ッ・・・・・・」
多少驚いたが、それだけだ。早足でドハドルの元まで走り、彼の隣に並び立つ。
「おう、おかえり」
「うむ、ただいまだ」
たおやかにそう言ったハルマレアは、照れくさそうにこう口を継いだ。
「・・・・・・ドハドルよ。あてを信じてくれて、その、ありが、」
「礼なんていらねえさ。最初は疑っちまったしな」
「それでもなれは、あてを信じてくれた。だから言わせてくれ・・・・・・ありがとう」
「・・・・・・ハ。どういたしまして。これでいいか?」
「うむ」
「——オイよぉ、良さげな雰囲気出して羨ましいじゃねえか。俺にもそれぐらいデレて欲しいぜ。たくよぉ」
ドハドルとの会話に入り込んで来るのは、頭をガリガリと片手で掻く不機嫌全開の白髪の男だ。
ハルマレアは若干腰を引きつつ、左手を口元に当て、
「なんて男だ・・・・・・貴様、男色の気もあるのか!? ドハドルにデレて欲しいなどと・・・・・・!!」
「なんで自分だと思わないのかなぁ! お前さんに決まってるだろうがっ」
「お、俺はそんな趣味ねえぞ」
「オッサンもつまんねぇボケかましてんじゃねえ! 俺はハルマレアが好きなの!」
はぁ、と大きくため息をついた白髪の男は一度顔を俯けて、もう一度顔を上げる。
「よぉ、オッサン」
その顔は憤慨していた俯く前の顔と違い、冷徹な、無機質な顔だ。
「一応、忠告しとくぜ。死にたくなきゃハルマレアをこっちに渡しな。俺は——強いぜ?」
「・・・・・・そう言う奴程、弱いと決まっているのが現実だ。それにお前素手だが、魔法に自信があるのか? うちのバカ娘もそうだが、魔法だけで勝負が成立すると思うなよ」
「いやぁ、生憎だけどその忠告は貰えねェわ。なにせ——魔法なんざ生来使えないからよ」
「何・・・・・・?」
どういう事だ、とハルマレアは睨むように白髪の男を凝視する。
集団を操っているチカラは魔法ではないのか。だとしたら集団を操っているのは白髪の男ではなくエマーゼだろうか。
しかしそうだとしても、魔法が使えないなどと・・・・・・まるでユレスだ。今の彼は『黒魔刻魔法』を継いで、魔法を使える身だが。
そして白髪の男が嘘をついているとも思えない。
魔法が使えない、なんて言葉はまず出てこないからだ。誰もが魔法と共に生誕するのがこの世界である。
魔法を使えるのが常識。生物が呼吸して生きるのと同じ程の常識なのだ。
「(・・・・・・魔法が使えない、か。この男、やけにユレスと似ている。若い身で白髪の部分といい・・・・・・)」
共通している部分がどちらも普通ではない。同族とこの男は言っていたが、自分が思案している以上にユレスとこの男には何か——深い繋がりがあるのだろうか?
「魔法が使えないだと? ふざけた事言うじゃねえかあんちゃんよ。じゃあ素手で俺とやり合う気か?」
「ああ、そのつもりだけど? あ、オッサンは武器でも魔法でも何でも使うといいぜ」
「てめェ・・・・・・上等じゃねえかよ。俺だって素手に自信はあんだよ。このガタイは飾りじゃねえぞ」
カランッ、と地面に落ちる剣。ドハドルは空いた右手と左手を握りしめ拳を形成し、足音大きく白髪の男へと歩み寄って行く。
白髪の男も同様にドハドルへと近づいて行く。だが彼の両手は開手のままだ。
そして、白髪の男は一言、薄く笑って呟いた。
「期待してるぜ。オッサン」
「その余裕だけは立派だと認めてやるよ——!!」
激突する視線。お互いの距離が・・・・・・詰まる。
固く握られた屈強なドハドルの右拳が、白髪の男を叩き伏せようと迫り始めた——。




