第21話 『謝るから教えて』
一人の少女が、かつての明るい活発さも消えて、絶望に苛まれている。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」
一人の少女が、力無き自分と残酷な現実を嘲笑っている。
「ごめんね・・・・・・ミーゼ。ごめんね・・・・・・ハルマレアちゃん。ごめんね・・・・・・ユレス」
一人の少女が、涙を流しながら謝罪を繰り返している。
「最期まで・・・・・・親不孝な娘でごめんね・・・・・・父さん」
「————」
——もう限界だ。
カラン・・・・・・と、床に落ちる武器。
ユレスが振るっていた槍を手放したのだ。
無表情、無口でじりじりと近づいて来る集団。槍で牽制、攻撃しても全然通じない。
理解した事が一つだけある。
こいつらは人間だが、生きている人間ではない。
悪臭の中に混じる死臭。痛み、心臓を刺されても変化がない様子。無表情、無口。
ここまで揃えば嫌でも分かる。
こいつらは間違いなく——死体だ。
一体どうやって動かしているのか。死体を操る魔法など聞いた事がない。『黒魔刻魔法』のように知名度が無い魔法なのだろうか。
仮に魔法だとすれば使用者は誰だ?
長い青髪の女性だろうか。しかしラゥルの話によれば彼女は青氷水魔法の使い手だ。
魔法は基本一人一種類だが、ハルマレアは自分に〝位〟を譲る前は『黒魔刻魔法』を持っていた。
つまり赤熱魔法と合わせて二つの魔法を持っていた事になるのだ。故に長い青髪の女性が死体を操る魔法を持っていてもおかしくはない、が。
ユレスの脳裏に浮かぶのは、自分と同じ、あの白髪の男だ。
何の根拠も無い勘だが、あの白髪の男がこの集団を操っている気がするのだ。
「・・・・・・・・・・」
思考を一旦止め、周囲を見据えるユレス。
今は、こいつらの対処が最優先事項だ。
ラゥルの姿は集団に囲まれて見えない。しかし先程の彼女の言葉で今どんな状態なのか手に取るように理解出来る。
絶望に負けて、死が訪れるのを待っているのだ。
——許せない。
もう、自分の周りで知人が死ぬのは絶対に許せない。
だから使う。
もう限界だから、使う。
体裁などクソ食らえだ。
「邪神魔法」
呟く。
発現するための言葉——引き金を引く。
ラゥルを救うために——!
「——鐘死天槍」
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「・・・・・・・・・・」
暗い視界。
目を閉じているから暗いのは当然だ。だがもうすぐで、本当の暗闇、否、無が訪れるだろう。
意識が消えて、無になるのだ。
「・・・・・・・・・・」
怖い。
「・・・・・・・・・・」
やるなら、早くして欲しい。
「・・・・・・・・・・」
リィン・・・・・・と、涼やかな、耳の中に残るような鐘の音が響いてきた。空耳だろうか。
「・・・・・・・・・?」
あれ、とラゥルの暗闇の意識に、疑問の波紋が広がる。
死がやってこない。
訝しげにそっと、目を開けていく。
そして、目を開いた先には——、
「————」
——剣を振り上げたままの目の前の男、その腹、正確にはへそがある部分に、漆黒の槍が深く貫いていた。
持ち手の一番尻部分、石突の所には紫色の小さい鐘が付けられており、ふらふらと揺れている。
何が、起きたのだ?
そう思案した、直後だった。
ドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズ!!!!!!!!!
と、目では数えきれない程の漆黒の槍が集団一人一人の正面に出現し、目の前の男同様へそがある部分に突き刺さっていく。
呆然とする意識の中、ぼんやりと脳裏に浮かんだのは、やはり自分の死だ。
こいつらは心臓を貫いても動く集団なのだ。腹を突き刺した程度、まったく動じないだろう。
——だが、
「え・・・・・・!?」
全員、無表情無口のままだがしかし。
一人残らずふらりと体を傾けていき——床に倒れていった。
ガランッ、ガシャンッ、ガランッ、ガランッ、と次々彼らの持っていた武器も床へと転がっていく。
倒れた後は、ピクリとも動かない。
再びラゥルは思案した。一体、何が起こったのだと。
理解が追い付かない視界の先、死屍累々の中で唯一自分以外の生きている人間が一人立っていた。
彼は、こちらを見ている。
「・・・・・・ラゥル。良かった、無事のようだな」
彼——ユレスは安堵したようにそう言った後、ラゥルの元へと歩んでくる。ユレスが近づくにつれ、集団の腹に突き刺さったままの漆黒の槍が煙のように消失していく。
そして彼は尻餅をつくラゥルの前まで来ると、スッと右手を差し出してきた。
「ッ・・・・・・」
見上げるユレスの顔。
なぜだろうか。一瞬、彼という存在が——怖くて仕方なかった。
「・・・・・・ありがと」
左手を伸ばし、差し出されたユレスの右手を握って立ち上がる。そうして改めて周囲を見やると、やはり全員倒れていて動かないままだ。
「これ・・・・・・ユレスがやったんだよね」
「・・・・・・ああ」
「やっぱり魔法、使えたんだね。ていうか、見た事無い魔法だったけど」
「だろうな・・・・・・」
責めるようなラゥルの言葉に、ユレスは諦めの境地で言葉を絞り出す。
きっと、色々と言いたい事があるだろう。なぜ隠していたのか、なぜ最初から使わなかったのか、などなど。
そして、彼女は、
「・・・・・・ユレス」
「・・・・・・・・・・」
「——すごいね。ユレスの魔法」
「え・・・・・・?」
突然、ユレスを賞賛し始めた。
予想外の言葉に子供のようにキョトンとしてしまう。しかし、次に呟いた彼女の言葉でユレスは理解した。
彼女の、絶望のこの言葉で。
「ユレスの魔法に比べたらあたしの魔法なんて、何の価値も無いよ。これなら・・・・・・生まれた時から魔法なんて使えなければよかった。そうしたら、こんな所に来る事もなかっ、」
「ラゥル」
そう、理解した。
一度目、二度目もミーゼを助けられなかった彼女は、絶望の底に沈んでしまったのだ。
慰めるべきだろう。そんな事はない。ミーゼを助けるんだろう? 頑張ろう、と。
だが、ユレスの取った行動は、
「きゃッ!?」
「・・・・・・・・・・」
慰めるでも、同調でもなく——片手でラゥルの胸倉を強く掴んだ。
らしくないと分かっている。
だが、らしくない事をしてしまう程、彼女の言動が許せなかったのだ。
「な、なに? どうしたのユレス・・・・・・?」
「魔法なんて、いらないと思うのか。君は」
「・・・・・・いらないよ。だって、全然話にならないし・・・・・・」
「話にならない、か。それだけで君は、ずっと寄り添ってきてくれた魔法を捨てれるんだな」
「なんなの? なんでユレス、怒ってるの?」
「——私は君が羨ましくて仕方ない。幸せで、弱い君を」
「・・・・・・やめてよ、〝君〟なんて。ちゃんと名前を言ってよ」
「もういい」
パッとユレスは、彼女の胸倉から手を離し、背中を彼女に向ける。
そして、こう言った。
「魔法を使いたくても使えない苦しみ・・・・・・。たとえどんなに使えない魔法でも使いたいという気持ちは、君には理解出来ないだろうね」
「分かんないよ・・・・・・。大体ユレス魔法使えるじゃない」
「今はな。だが最近までは、レアに出会うまでは、本当に私は魔法が使えなかったんだよ。生まれた時からね」
「? ど、どういう事?」
「・・・・・・そろそろ、私は行くよ。ミーゼさんとレアを助けなくては」
「ッ! あたしも——」
「悪いが、一緒には行きたくない。今の君とは・・・・・・共に行けない」
「なにそれ・・・・・・ねぇ、言ってよ。あたしが何か気に障る事言ったんでしょ? 言わなきゃ分かんないよっ」
「・・・・・・じゃあな」
「待ってよ! 謝るから! 謝るから・・・・・・あたしを一人にしないでよ!!」
悲痛な彼女の声も無視し、ユレスは駆け出す。彼女と大分話し込んでしまった。もう彼らはこの城、否、国を出てしまったかもしれない。
行き先は十中八九テレブール王国だろう。それに当初はミーゼを人質にして金品の類を奪う腹かと思案していたが、だとしたらあの武器持ちの集団をあんなに連れて行く必要があるだろうか。
何かが違う気がするのだ。一体、奴らの目的とはなんなのか。
「ユレス! お願いだから待って!! ユレスぅ!!!」
思索しつつ、一階へと下りられる階段を急ぎ足で下って行く。
後ろを振り返る事は、一切無かった。
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——夕刻の橙色の陽光が世界を照らしている外。
広々とした草原、街道に大人数の者達が列を成して歩いていた。
誰も彼も似たような容姿だ。柄が悪く、汚い恰好をした武器を持った人間達。
しかし異色な者も中にはいる。
一人は、笑顔を崩さない令嬢然とした青髪の女性。
一人は、沈痛さを隠さない表情を浮かべている青髪の少女。
そして、列の一番先頭にいる二人も異色の二人だ。
「いやぁ、その水色のリボン可愛いな? お前さんいい趣味してるぜ」
「ふん。なれのような男に褒められても嬉しくもないわ」
「そうかぁ? 俺って結構色男だと思うんだが。ほら、この目の下のほくろとか色っぽくないかい?」
「いいや、むしろうざく感じるな。一つならばまだしも二つは盛りすぎであろう」
「こ、ここまでボロクソに言われるとは。可愛い少女に罵詈雑言を浴びせられるなんて・・・・・・心地良い?」
「うぇっ」
「えずく程気持ち悪いと・・・・・・」
そう言って肩をすくめた白髪の男から紫髪のポニーテール女性——ハルマレアはえずく振りをしつつ周囲をさりげなく確認していく。
見覚えがありすぎる道。それも当然だ。自分達が今進んでいる道は、つい先程いたシュノレース王国に行くための道なのだから。
そうなると向かっている行き先も自ずと分かる。間違いなく、テレブール王国だ。
ハルマレアはギロリと白髪の男を睨みつつ、
「ぁあ! いいなその目っ。すっげゾクゾクするぜ・・・・・・!!!」
「うぇえッ!」
今のは本気で気持ち悪くなった。
「やっぱり俺の判断は間違ってなかったな。エマーゼからお前さんの話を聞いた時はさ、俺の好みドンピシャだったのよ。それで会って見たくて実際会ったら・・・・・・天使だった。いや天使様かな」
「は? てんし?」
「そうです。お前さんが俺の天使様なのです」
「何を言っているのだ、なれは・・・・・・」
「ごめん。言いたかっただけ」
「はぁ・・・・・・なぜあてと会いたがったのかが不思議だったが、予想外にくだらない理由で拍子抜けだ」
「・・・・・・気にならないのか?」
「? 何がだ」
「俺のこの髪さ」
そう言った彼は、自分の白髪を左手でつまみ、
「初対面の奴は大体突っ込むんだよ。若いのになんで髪白いのーってさ。お前さんみたいな奴なら訊いてきてもおかしくないと思ってたが」
「ふん。そんな事か・・・・・・。別に気にならん。それに、なれのように若い身で白髪な者を知っているのでな。なんとも思わぬ」
「へー。そういや俺も城で結構前に会ったな。同族のあんちゃんとよ。・・・・・・きっと、近いうちに会えるだろうなぁ」
「?」
同族、というのは同じ白髪の人間に会ったという事だろうか。しかも城というなら、シュノレース城だろう。
だとしたら、この男が言っている同族は——ユレスだ。
「(ユレス・・・・・・)」
足元に顔を向ける。彼は今どうしているだろうか。まだシュノレース王国にいて、自分とミーゼを探しているのだろうか。
今下手な動きを見せたら、ミーゼが危うい。好機はまだか。
「・・・・・・見えてきたな」
白髪の男の声につられ、ハルマレアはそっと顔を正面に戻した。
見やる先にあるのはテレブール王国。いつもと変わらない日常を過ごす人々が多く暮らしている、幸福な王国だ。
この王国に最初来た時は、ワクワクとした予感が胸一杯に広がったものだが。
今ハルマレアが抱いている予感は、その正反対——おぞましく、ドロドロとした不快な予感だった・・・・・・。




