第20話 『救いようがない、ダメな子』
「邪魔するなぁ!!」
始まった戦闘。
襲い掛かってくる悪臭を放つ集団に向かってラゥルは、右腕を横に素早く振る。
直後。
サクッ! と集団の男、女数人の顔に大きな切り傷が走った。
緑風魔法。切れ味がある風の刃を繰り出したのだろう。その切れ味は見事だ。八人程の顔を一気に切ったのだから。自分の魔法に自信を持つのも頷ける。
しかし、
「え・・・・・・?」
普通ならひるんで二の足を踏めなくなるはずだ。
だが切られた者達は顔から血を出しながらも、まったく顔色を変える事なく、足を止める事はなかった。
「な、なんで・・・・・・きゃっ!?」
ブンッ!! と振り下ろされる剣をラゥルはかわしつつ後ろへと下がり、
「このぉッ!!」
もう一度食らわしてやる、と次は両手を突き出し、向かってくる集団の体を狙って風の刃を発現させる。真っすぐに突っ込んで来る集団は避ける気も無いのか、風の刃は再びまともに当たり、彼らの着ている服ごと肌を切り裂き血潮を弾けさせる——が、
「ッ!!?」
先程と同じく、まったく痛がる様子もなく、足も止まる事はなかった。
「なんで・・・・・・なんでよ!!?」
動揺が心中を支配していく。
ミーゼを助けるためとはいえ、相手は人間だ。正直人を傷つけるのはあまりしたくないのだ。故に脅すに十分な攻撃だけを繰り出したラゥルだが、相手は全然痛みに頓着しない。
ひたすらに、ラゥルを殺そうと突き進んでくる。
「クス・・・・・・そんな撫でるだけの魔法で勝てると思ってるのかしら? 軽くじゃれあった時にも思ったけれど、あなたの魔法、全然大した事ないわねぇ」
耳に入るのは、エマーゼの侮辱の言葉。
自分の魔法が、大した事がない。
「あたしの魔法が・・・・・・魔法・・・・・・」
絶大な自信を持っていた魔法が、この城に、エマーゼと対峙してから通じない。
誇りが、崩れていく・・・・・・。
ブゥンッ! と横薙ぎに振られる剣がラゥルの首を断頭しようと迫って来る。
自信が喪失しかけているラゥルには、その鈍色の輝きを呆然と見る事しか出来なかった。
「ラゥル避けてぇ!!!!!」
親友の声が耳朶を打った瞬間、
「——ボーっとしてる場合かッ、ラゥル!」
唐突に頭を上から押さえつけられ、首を飛ばす予定だった剣は空気を斬るだけに終わった。直後に後ろに引きずられて無理やり立たされる。
そっと首だけを後ろに回すと、冷や汗をかいている彼がホッと息を出していた。
「ユレス・・・・・・」
「らしくないぞラゥル。ミーゼさんを助けるんだろ?」
「そうだけど・・・・・・で、でもあたしの魔法がっ」
「・・・・・・君の魔法は、あのたった一言で揺らぐ程度の魔法なのか?」
「え?」
「それに、この世界を否定するような言葉だが、魔法だけが全てじゃない。私も戦闘は素人だが、」
言い終わらない内に槍の突きがユレスの顔に迫ってくる。
ユレスはラゥルを横に押し、槍の一撃をラゥルを押した方とは反対方向に大げさに避けた後、歯を食いしばりながら全身で槍を突き出した相手に体当たりをする。
そして相手が倒れた瞬間に両手を使って——槍を奪い取った。
「——武器だ。武器には武器で対抗する」
「武器・・・・・・」
槍を持った彼は果敢にも集団に立ち向かっていく。その動きは確かに素人だ。しかし必死な顔を浮かべているユレスは、一切魔法を使わずに奮戦している。
本当に魔法が使えないか怪しいユレスが、慣れない武器を使って戦っているのだ。
「武器なんて・・・・・・」
魔法があれば武器などいらないと豪語したラゥル。
だが実際、魔法だけでは切り抜けられない。魔法だけでは通じない世界があるのを知ってしまった。
「武器、なんて・・・・・・ッ」
集団の中から新たに三人がラゥルに近づき、一人は剣を、一人は斧、そしてもう一人は同じ剣を振りかざしてくる。
ユレスでは対応しきれない。先刻のように助けるのは無理だ。
そして、握っている拳を震わす彼女は、
「——武器ぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」
今までの自負心、思考、倫理観を全て、かなぐり捨てた。
まずは左腕を振り、左側から襲い掛かって来る女の剣を持つ右手、その五指を風の刃で切り落とす。指が切られても、女の顔色は変わらない。頓着しないというよりも感じない、という方が正しい気がする。
当然のように剣の柄を握れるはずもなく、落下していく剣。次に袈裟に振りかぶって来る斧の一撃をさらに後ろに下がって避ける。
「ッ!!」
カランッ! と剣が床に甲高い音を響かせて落ちた。
その直後にラゥルは落ちた剣に飛びつき、左手で柄を握る。
「(これが、武器の感触)」
武器屋の娘だが、生来魔法にしか興味が向かないために武器など握った事すら無かったラゥル。そんな彼女が自分の意思で初めて握った武器は重く、戦うという心意気を湧き上がらせる代物であった。
剣を落とした女が五指が無い右手と左手で、ラゥルの首を絞めようと伸ばしてくる。さらにはもう一人、剣で突こうとする男。
覚悟を、決めろ。
もう倫理観は捨てた。ミーゼを助けるために——。
ガッ! とラゥルは伸ばしてきた女の左手首を右手で掴み、無理やり自分の前に入らせる。
直後。
ズブッ!! とラゥルを突こうとした剣先が、女の背中から両胸の真ん中——心臓部分を貫いた。
「ぅ、ぅう!!」
口から漏れる呻き声を噛み殺しつつ、ラゥルは右足で女の腹を蹴り、突き刺した男ごと距離を離させる。
振り返ると、横薙ぎで迫る斧。
「ふっ!」
タンッ、と床を蹴りその場で飛ぶが、かわすにはまだ高さが足りない。つまり更なる補助が必要だ。
そう思案し、右腕を上に振った瞬間——ぶぉッ! と強い風がラゥルの足元に発現した。その風により、重力に引かれるはずのラゥルの体がさらに高く舞い上がった。これで斧は回避出来る。
そして何も斬る事が出来なかった斧が振り切ったと同時に、ラゥルは剣の持ち手を片手から両手に変え、
「——ぇああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
——下へと落ちながら思い切り振り下ろし、男の正面を袈裟切りに斬った。
斬った、のだ。
「————」
俯く顔。視界に入るのは汚れた床。
その床が、ピチャッ、ピチャッ、と赤い液体で雑に色付けされていく。
感触が。
人を斬ったという感触が、ハッキリと両手に伝わって来る。
人を、斬った・・・・・・のだ。
「~~~~~~~~~~~~~」
吐き気が止まらない。
魔法で攻撃するのとはワケが違う。
人を傷つけるという行為にこれ程の差があるなんて、想像すらしなかった。手ごたえが違い過ぎる。
汚れた床がだんだんと赤一色になっていく。斬られた男は間違いなく深手だ。
首を絞めようとした女と今斬った男を、自分が——殺したのだ。
「ぇぅ・・・・・・」
なぜだろうか。
涙が、ポロポロと出て来る。
泣きたくなどないのに、瞳から溢れ出て来て止まない。
そして、顔を上げた時だった。
無骨な拳が、涙で濡れた視界に入って来た。
「ぇ」
驚愕、思考する間も許さないとでも言うように、ゴッ!! と拳がラゥルの顔、目と鼻を殴りつけてくる。
転がる体。痛みしかない顔。力無くした両手から剣が零れてどこぞへと転がっていく。
だがラゥルの脳裏に浮かぶのはそれらではなく、一つだけだ。
「な、なん、で・・・・・・動け・・・・・・るの・・・・・・!?」
そう、ラゥルを殴りつけたのは——今まさに彼女が殺したと確信した男だ。
赤く染まる服、袈裟に斬られた傷跡から血を出し続けている男は左拳を振りかぶった状態のまま、顔色一つ変える事なく立ち尽くしている。
さすがに、おかしい。
「ラゥル・・・・・・!」
武器の存在を認め、ミーゼのために今までの自分をかなぐり捨てた彼女が床を転がる姿を見たユレスは、槍で囲んでくる集団を威嚇しながらも思案を重ねていく。
なぜ、あの深手でも平気なのか。
そうして、信じられない事が再び起きた。
「・・・・・・嘘だろ・・・・・・」
剣の突きによって心臓を串刺しにされたはずの女が、何事も無かったかのように立ち上がったのだ。彼女が立ち上がった事で下敷きになっていた男も立ち上がると、彼女の体を貫いたままの剣の柄を無造作に掴み、ズルリと一気に引き抜いた。
流れ出る血液。見ていて非常に痛々しい光景だ。
だが貫かれた当の本人は、無表情で無言のままだった。
「・・・・・・この人達は」
人間、なのだろうか。
人間にしか見えないが、心臓を刺されても平気な者は人間と言えるのか?
一切口を開く事もなく、顔色も変える事もなく、ただ殺そうとしてくる。
これでは、まるで・・・・・・。
「あ~あ、がっかりだわ」
異常な状況の中、場違いな言葉とため息が耳朶を打った。
彼女——エマーゼはそのまま口を継いでくる。
「人を殺す覚悟・・・・・・それを感じた時は光るモノを見たと思ったけれどねぇ。残念だけど、泣き出すようではまだまだ足りないわね。私は・・・・・・泣かなかったわよ」
そう言った彼女は、突然クスッと笑うと、
「それにしても、せっかく魔法だけに頼るのを辞めて武器を手に取ったのに。結局ダメじゃないあなた。本当に・・・・・・どこまでもダメな子ねぇ。クスクスクスクス!!!!!」
「ラゥル・・・・・・ラゥルぅ・・・・・・!!」
耳障りな笑い声と、悲しみに満ちている声。
それらの声がラゥルの心を絞めつけてくる。この苦しさは、顔を殴られるよりも酷く辛く、痛い。
痛すぎて、このまま死んでしまいそうだ。
「もう見る価値もないわね。行くわよミーゼ。それとあんな子の友達なんてやめなさい。恥ずかしいから」
「いやだ・・・・・・いやだぁッ!! ラゥル!! ラゥルぅぅぅぅぅぅうううううううううう!!!!!!」
片腕を伸ばすミーゼを無理やり引っ張り、一階へと下りていくエマーゼ。その彼女についていく集団もそろそろ打ち止めか、三階から下りてくる者はもういない。
エマーゼは去ったが、ユレスとラゥルを完全に殺す気なのか、最初に来た八人に加えて二十人がこの場に残った。
「・・・・・・また」
ぺたん、と尻餅をついているラゥルは悪臭の集団に囲まれながら、引き攣った笑顔で呟く。
「また・・・・・・助けられなかった」
今度こそは救うはずだった。
武器の使用も認め、他人を害する抵抗も捨てたのに。
結末は、失敗。
「あ、は・・・・・・」
あの女の言う通りだ。
自分はどこまでも救いようがない愚か者——ダメな女だ。
「あは・・・・・・あはは・・・・・・」
渇いた笑いが口から漏れる。否、自分の意思で出しているのだ。
絶望しかないこの現実と自分自身を、嘲笑っているのだ。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!」
ラゥル・キャミニシ―にはもう、希望はない。
あるのは、絶望と諦観。
今から自分はなぶり殺しにされるだろう。ユレスの声もない。彼は殺されてしまったのだろうか。囲まれているから彼の元に駆け寄る事も出来ない。
どこで間違ったのだろうか。
やはり、シュノレース王国を冒険しようなんて思案した所か。まさに自業自得だ。しかも自分一人ならばまだしも、ミーゼやハルマレア、ユレスも巻き込んでしまった。
「・・・・・・・・・・」
顔を俯かせる。また流れ始めた透明な滴が床に落ちて、弾けて消えていく。
ガチャガチャと武器同士が打ち合う音が止まない。
今か今かと、そわそわしてるように聞こえてどこか可笑しい。
そして失笑する中、ラゥルは、
「ごめんね・・・・・・ミーゼ。ごめんね・・・・・・ハルマレアちゃん。ごめんね・・・・・・ユレス」
巻き込んでしまったユレス達に、謝罪を口にし始めた。
そして最後に思い浮かぶのは——父のドハドルだ。父には、迷惑ばかりかけていた。
「最期まで・・・・・・親不孝な娘でごめんね・・・・・・父さん」
顔を上げると、武器を各々上げる浮浪者と柄の悪い人間とは思えない人間達。
まさか人生の最後がこんな風に終わるとは、想像すらしなかった。
「 」
気のせいだろうか。
どこからか、声が聞こえた。
「・・・・・・・・・・」
きっと、幻聴だろう。この期に及んでまだ自分は救いを求めているのか。最期まで、実に浅ましい。
長い息を吐き出しながら、全てから逃げるようにゆっくりと目を閉じる。
もう、何も考えたくない・・・・・・。
「——鐘死天槍」




