第19話 『不吉な夕刻』
——空の色が完全に青から橙色の夕刻へと変わった頃合いにて。
一人の男が、自室にて唸っていた。
「う~~~~~~~~む・・・・・・」
彼がいる部屋はとても広い部屋だ。大きく真っ白な清潔感のあるベッドが二つあり、床下は全て真っ赤な絨毯が敷かれている。おまけに様々な場所に色とりどりの生け花が生けられている花瓶に金色の額縁に収められている絵など、全てが一目で高級品だと分かる代物である。
カーテンから解放されている窓も縦長に大きく、夕刻の陽光が差し込んで来ており、男はその窓の前に立って外の世界を眺めていた。
「どうしたのですか、あなた」
そんな男の背に近づくのは、青いドレスを着ている、長い赤茶色の髪を後ろにまとめている中背の女性だ。彼女は寄り添うように男に近づくと、華奢な両手を男の両肩に静かに乗せた。
男は彼女の存在感を背で感じつつ、振り返らないまま口を開いた。
「いやな。いつもならもう帰って来ている頃合いなはずなんだが、まだ戻っていないではないか・・・・・・ミーゼが」
男——レラフール・テレブール、通称テレブール王はいつもとは違う日常に不安を覚え、ため息をつく。
王の地位には就いているものの、普段とは違う事が起きるだけで不安に苛まれる繊細な男。悪く言えば臆病な男なのだ。
青いドレスの女性——テレブール王国の王妃であるメシュクハーマ・テレブールはレラフールのその性格を勿論知っている。だからこそ笑いつつ、
「心配しすぎですよ。あの子だってお年頃なのですから、たまには帰りも遅くなってしまう事もありますよ」
「・・・・・・ミーゼはよく城下町に下りて遊んでいるが、今まではしっかりと帰って来ていたのだぞ」
「もうっ、本当に心配性ですこと! あまり構いすぎるのもよろしくないのでは?」
「確かに、そうだが・・・・・・」
分かっている。頭では分かっているとレラフールは自分を自制しようとするが、どうしても・・・・・・。
どうしても、嫌な予感が膨れ上がってくるのを止められないのだ。
「(考え過ぎか? 自分の臆病さには本当に嫌気が差すな・・・・・・)」
そう自分に呆れながら、レラフールは睨むように橙色に染まる外の景色を見続ける。
今日の夕刻はやけに、不気味に感じるレラフールだった。
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「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
シュノレース城、とある一室。
二人の女性が、共にベッドに腰を下ろして無言を貫いていた。
「(・・・・・・謝らないといけないのに。口が・・・・・・重い)」
そう心中で零しながら、チラチラと少し離れて隣に座る女性——ハルマレアを盗み見するミーゼは、彼女に気付かれない程度にため息をつく。
——エマーゼとの気が乗らない散歩が終わり、彼女に案内された部屋に入ると、信じられない事に探していたハルマレアがいたのだ。
示し合わせたように驚愕の表情を浮かべた自分達に対し、エマーゼは、
『一人だと寂しいでしょう? お友達同士、仲良く待っててね』
と、まるで家族のような態度でそう言った後、エマーゼは部屋を出て行った。
まさかこのまま去る気か、と思案しかけた直後、外側の扉から新たな足音と彼女の話し声が聞こえて来た。恐らく見張り役が来たのだ。
当然の措置に肩を落とし、ミーゼは改めてハルマレアと向き合う。
彼女は、気まずげに顔を俯かしている。
『あ・・・・・・』
そうだ。謝らないと——!
そう思案し、すぐさま口を開きかけるが、
『ッ・・・・・・』
脳裏によぎったのは、彼女の苦しみながら転げ回った姿だ。
見るだけで痛々しくて仕方なかった。謝罪をした瞬間、彼女からどんな罵声を浴びせられるかと想像すると・・・・・・。
『(こ、声が出ない・・・・・・! 何やってるの私っ)』
まるで言葉を忘れてしまったように、声を発する事が出来ない。情けないにも程がある。自分は怯えているのだ。彼女を傷つけた結果を突きつけられるのを。
体が震える。彼女は顔を俯かせたままだ。
『・・・・・・・・・・』
結局何も言えず、どうする事も出来ず、ミーゼは静かにベッドに近づき、力を失ったようにベッドに腰を下ろして——冒頭の無言の時間が出来上がった。
彼女は、一度も自分に顔を向けない。
「(・・・・・・謝る事も出来ないの? 私は・・・・・・。人としてダメ過ぎる)」
長引けば長引く程言い出しづらくなる。そして自己嫌悪も強くなっていく。
いつまで沈黙を続ける気だ、とミーゼが自分をなじった時だった。
「——まさか、あてを最初に見つけるのがなれだとはな。驚いたぞ」
「ッ!」
ついに、閉じられていたハルマレアの口が開いた。
バッ、と勢いよく彼女の方に顔を向けてみると、ずっと俯いていた彼女の顔がこちらに向いていた。
しっかりと、ミーゼと目線を合わせたままハルマレアは、
「ユレスとラゥルはどうしたのだ?」
「えっと・・・・・・えっと・・・・・・ッッ」
あちらから話掛けてくれたのだ。早く答えなくては。
答える、謝罪、答える、謝罪、答える・・・・・・。
——答えなくてはいけないのに、脳裏にぐるぐると問いの答えと謝罪が延々と回り、思考がまとまらない。
もごもごと、口を動かす事しか出来ない。
「(も、もうやだ・・・・・・!!)」
無意識に目が潤み始める。自分がこんな人間だとは思わなかった。
今度は、自分が顔を俯かせてしまう。
直後、
「・・・・・・?」
ふわりと、頭の上に優しい感触が走った。
反射的に片手を自分の頭の上に置いてみると、温かい——小さな手があった。
「・・・・・・すまぬな。あてがずっと黙っていたから、なれの不安を強くしてしまった。どう話を切り出そうかと考えていたら口が重くて仕方なかったのだ。許してくれ・・・・・・」
次に、彼女の声。
理解する。彼女は、自分の頭を撫でたのだ。まるで怪我をした子供をあやすように。
そして、彼女も自分と同じだったのだ。
「————」
——なぜだろう。
ハルマレアは自分よりも子供なはずなのに、こうしていると、大きな存在に守られているような・・・・・・そんな安心感が生まれるのは。
「・・・・・・許して欲しいのは、私の方だよ」
だからか、もごもごとするしか出来なかった口が、素直に動き始めた。
「私のせいで、ハルマレアちゃんがあんな風に、」
「いや、あれはなれの落ち度ではない。あてに原因があるのだ」
「え?」
自分の言葉を遮った彼女の言葉に疑問を覚える。
原因とは、一体・・・・・・。
「すまんが、詳しくは教えられない。だがこれだけは言える。あれは完全にあてが悪くて、なれの魔法は完璧だった。ただそれだけの話だ」
「そんなっ・・・・・・でも!」
「もういいのだ、ミーゼ。見よ、あての顔・・・・・・元通りになっているであろう?」
そう彼女に促されて顔を見やると——驚くべき事に確かに治っている。紫色の肌ではなく、普通の肌色だ。先程まで気づけなかったのは心の余裕が無かったからか。
しかし、異常な傷だったように見えたのだが、こんな簡単に治るモノなのだろうか。あれからまだそう時間も経っていないはずなのに。
改めて、ハルマレアの容姿を確認する。
小さい体に可憐な顔。長い紫髪を水色のリボンでポニーテールにしている。ここまでは普通だ。
だが、子供とは思えない黄色い深い瞳。それに、小さい手には似合わない鋭利そうな紫色の爪。これらは——普通ではない。
「(この子は・・・・・・)」
ミーゼの脳裏に膨れ上がる、ありえない想像。
「(まさかこの子は、人——)」
直後だった。
部屋の外側から高い足音が聞こえ始め、間もなく・・・・・・。
ガチャッ、と扉が開いた。
「待たせたわねミーゼ。それにハルマレアちゃんだったかしら」
入って来たのは、自分達をこうした原因のエマーゼだ。
彼女は部屋に入った後、部屋の外側に向かって「あなたは戻りなさい」と言ってからすぐに首をこちらに戻した。見張りらしき人間は返事する事なく、どこかへと去って行った。
そうして、部屋の扉を閉めないままエマーゼは口を開く。
「さて、ミーゼは勿論私の傍にいる事は確定なんだけれど・・・・・・ハルマレアちゃん、あなたは殺す・・・・・・」
「!!」
瞬間、ここに来るまでの彼女の不穏な言葉を思い出し、ハルマレアへの疑念を捨てたミーゼはベッドから彼女を庇うように立ち上がる。
今は、ハルマレアが何者だろうとどうでもいい事だ。その思案は、彼女と共にユレス達と合流してこの城、否、この国から出た後に考えればいい。
「・・・・・・と、言おうと思っていたのだけれどね。なんだか、あいつがあなたに会いたいと言ってるのよ」
襲ってくるかと思いきや、エマーゼの口から出たのは予想外の言葉だった。
彼女は長い青髪を片手で払いつつ、
「とりあえず二人共、私についてきて頂戴。行くわよ」
あいつとは一体誰なのか、相変わらず何の説明もしないエマーゼが背を向けて部屋から出て行く。
ここでは逃げる隙などない。ついていくしかないだろう。
ミーゼとハルマレアは無言でお互いの顔を見合わせ——頷きあう。
必ず好機は訪れるはずだ。
「(ラゥル達になんとか合流しなくちゃ・・・・・・!!)」
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「——くそッ! こっち側は全滅か・・・・・・!」
シュノレース王国、シュノレース城二階。
消えたハルマレア、連れ去られたミーゼを探すためにユレスは再び部屋の閉開を繰り返す行動を開始し、そして現在。
全ての部屋を見終わって、空振りに終わった。
ラゥルとは一階の時と同じように二手に別れ、ユレスは左側、彼女は右側だ。彼女の方はどうなっただろうか。
「とりあえず合流するか・・・・・・」
駆け出し、前方へと走って行く。走り、走り、右側に曲がる角で曲がり——、
「ッ! ユレス!!」
こちらに向かって駆けて来ているラゥルが視界に飛び込んで来た。手ぶらな所を見ると彼女の方もダメだったようだ。
そうしてお互いの距離を詰め、両手を自分の両膝に置いて荒い呼吸をしつつ背中を曲げているラゥルは、
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・そ、ふぅ・・・・・・そっちも空振りだったみたいだね」
「ああ。一階も、二階でも無いならあとは三階だな」
「三階に、ミーゼとハルマレアちゃんがいるって事か」
「レアは分からんが、ミーゼさんは確定だろうな」
「——急ごうユレス! 階段がある所に戻らないとっ」
余裕がない表情を浮かべている彼女にユレスは頷き、共にユレスが調べていた右側へと引き返していく。
息が上がる。だが優雅に歩いている場合ではない。走らなくては。
心臓の鼓動が悲鳴を上げる中どんどん進むにつれ、何か・・・・・・大量の足音が前方から聞こえてきた。
「なんだ・・・・・・?」
「なんか・・・・・・まるで行進してる感じに聞こえるね・・・・・・あとなんか臭うな。この城に入った時よりも強い臭いが・・・・・・」
そして、階段が見えると同時に——それらを認識した瞬間、ユレスとラゥルの足は止まってしまった。
そう、止まる。まさに呆然だ。
ユレス達が見ているモノ、それは、
「なんなの・・・・・・!? あの人達は・・・・・・?」
——三階から二階に繋がっている階段を下って行く、剣や槍などの武器を持った数え切れない汚い恰好の人間と柄が悪い人間達だ。しかも酷い臭いが漂ってくる。無意識に片手が鼻と口を抑える程の悪臭だ。
「(あの見た目、あいつら浮浪者や野盗か?)」
どこを探してもいないと思案していたが、この場面でこんな大量に発見するとは。
そんな浮浪者や野盗の人間達は、不気味に感じる程規則正しく列を作って並んでおり、二階に下りて来るやいなやすぐに一階へと下りていく。ユレスとラゥルはどう対処すればいいか分からず、様子見で少し間が経った時だった。
「「!!」」
どんどん下って行く列に溶け込むように、ミーゼが片手で自分の鼻と口を抑えながら歩く姿をユレス達は捉えた。彼女の隣には、もう一人長い青髪の女性が笑顔で歩いている。
直後、
「ミーゼェッッッ!!!!!!」
かつてない声量で、ラゥルが親友の名を叫んだ。当然聞こえないはずがなく、ハッとしたようにミーゼは歩みを止め、顔をこちらに向けると、
「ラゥル・・・・・・! バレハラードさんも・・・・・・!」
「あら・・・・・・」
笑顔を浮かべるミーゼと共に無表情になった長い青髪の女性——エマーゼも歩みを止めた。
その彼女達を避けるように、悪臭を出している集団は変わらずに三階から二階、二階から一階へと下りていく。
そして、ミーゼは焦りながら、
「バレハラードさん! ハルマレアちゃんを見つけました! 今ハルマレアちゃんはこの人達の一番先頭にいます!! 白髪の男の人と!!!」
「やはりこの城にいたんだな、レアは」
さらには、白髪の男。その男は先刻会ったあの男で間違いないだろう。なぜハルマレアと一緒にいるかは分からないが、奴に会わなくては。
あの男には、色々と訊かなければならない事がある。
「今度こそは・・・・・・! 待っててミーゼ!! 今助けるから!!!」
もう我慢が効かないのだろう。
血走った目でラゥルがミーゼの元へと駆け出した。
「お馬鹿さんね・・・・・・せっかく見逃してあげたのに。あなた達、あの子とあの坊やを殺してきなさい」
エマーゼのその一声で、彼女達の周囲にいる集団がぐるりと首をこちらへと向け、持っている武器を振りかざしながらラゥル同様一気に駆け出して来る。
「やるしかないのか・・・・・・!」
戦況はこちらが圧倒的に不利だ。
だが、戦うしかない。
竦む足を無理やり動かし、ユレスも戦いの場へと踏み出していった。




