第18話 『亡国の姫君』
「姫様・・・・・・だって?」
意識が回復したラゥルの口から飛び出た情報。
あの少し気弱な普通の少女が、テレブール王国の姫君だったとは——。
「うん・・・・・・その、今まで言わなかったのは、ミーゼを特別扱いしちゃうんじゃないかと思って・・・・・・さ。ユレスとハルマレアちゃんには、ただの友達としてミーゼに接して欲しかったから・・・・・・」
視線を落としながら言うラゥル。その彼女を見やる傍ら、ユレスはなるほど、と納得する。
いつか不思議がった疑問が氷解されたのだ。
その疑問とは、ミーゼとハルマレアの雰囲気が似ているという疑問だ。
ハルマレアは怪魔の姫君、ミーゼはテレブール王国の姫君。
隠しきれない高貴さが出ていたという事だろう。
改めて周囲を観察するユレス。散らばっている氷塊、壁や床にめり込んでいる氷塊が溶けかかり水になりつつあった。
それらを見つめたユレスはラゥルに顔を戻し、
「立てるか? ラゥル」
「うん」
ふらつく事なく立ち上がったラゥルは、自分の体を見下ろして、
「傷が癒えてる・・・・・・ミーゼが聖光魔法を使ってくれたのかな。あの子を庇っている内に気を失ったから気付けなかった・・・・・・くそっ。あたしが気を失っている間にあの女、ミーゼを連れ去ったのか・・・・・・!!」
「その女は、なんでミーゼさんを連れ去ったんだろうな」
自身も立ち上がりつつユレスは、怒りに震える彼女にそう問いを投げてみる。
ラゥルは握っている右拳を自分の右太ももに打ち付けて、こう言った。
「多分、テレブール王国を脅す気なんだ。ミーゼを人質にして金品を奪うつもりだと思う」
「思いつくとしたら、やはりそれだよな・・・・・・」
しかし、その女性は一人で王国を脅す気なのか?
とてもではないが、一人きりで王国を脅せるとはまったく思えない。他の誰かと組んでいる可能性が高いだろう。
その誰かとは間違いなく、あの白髪の男だ。
『もしまた会えたら、教えてやるよ——』
「・・・・・・・・・・」
あの男は、最初からこうなる事を知っていてああ言ったのだろうか。
「・・・・・・ラゥル。そろそろ行こう。ミーゼさんと、レアを早く探さなくては」
「そうだね。早く・・・・・・早く二人を見つけないと・・・・・・!!」
どうやら、あの白髪の男とは——また会う事になりそうだ。
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逃げ出したいと急き立てて来る自分の心をなんとか押し殺しながら、重い足を上げて前に進んで行く。
「~~~~♪」
隣には、気分良さげに鼻歌を奏でている女性。
気分の温度差が激しい女性だ。先刻は絶望したような姿だったのに、まるであれは嘘だと言わんばかりの今の陽気な姿はある意味滑稽にも映る。
そして、隣を歩いている女性は飽きたのか、鼻歌を止め、笑顔で口を開いた。
「ねぇミーゼ。あなた、いえ、あなた達はなぜこの城・・・・・・というよりなぜこのシュノレース王国に来たの?」
「・・・・・・・・・・」
女性の問いを青髪の少女——ミーゼ・テレブールは無視し、前だけを見つめて歩き続ける。
無視するのは問いに答える義理がない——ではなく、答える余裕がないからだ。
——つい先刻、いきなり現れた隣の女性に自分とラゥルは襲われ、ラゥルは氷塊の礫から自分を庇って・・・・・・気を失ってしまった。
聖光魔法で彼女の傷は癒したが意識は目覚めないまま。当然女性は追い打ちをかけようと再び青氷水魔法を使おうとしてきたが——、
『待ってくださいッ!! どうか・・・・・・どうかラゥルだけはっ!!!』
『・・・・・・そうね。だったら、私が今から言う条件を飲んだら見逃してもいいわよ?』
『な、なんでしょうか・・・・・・』
『しばらくの間、私の言う事を聞きなさい。それでその子は見逃してあげる』
しばらくとは、いつまでだろうか。明確な期間が無い以上ずっと、という可能性もあるだろう。
しかし、ここで断るという選択肢は選べない。
頷く以外、選びようがない。
『・・・・・・わかりました。あなたに・・・・・・従います』
『いい子ね。ではまず、私と一緒に歩いてもらいましょうか。行きましょう——愛しいミーゼ』
——その経緯を経て、泣く泣くラゥルを置いて現在、女性と一緒にすこぶる気が乗らない散歩をしているミーゼである。
今自分達がいるのは二階だ。上に行く階段がまだあった所を見ると三階目もあるらしい。恐らく三階が最上階なのだろう。
「聞いてるミーゼ? なんでこの王国に来たの?」
どうしても聞きたいのか、女性がもう一度同じ問いを投げて来た。
黙っていても延々と訊かれそうだ。脳裏に浮かんでいるラゥルとハルマレア、そしてユレスへの安否を一旦置き、ミーゼは彼女の問いに答える事にした。
「・・・・・・冒険ですよ。謎が多いシュノレース王国を調べるために来ました」
「謎ね・・・・・・若いわねぇ。でも、場所はちゃんと選んだ方がいいわよ? 私みたいな危険な女がいるんだから」
自覚を持っている分質が悪い人だ、とげんなりしながら歩みを進めるミーゼ。一刻も早く、この場から逃げ出したい。
しかしこの女性、なぜこうも自分に馴れ馴れしいのだろうか。
名前を知っていた事に関しては、姫君としての自分の知名度からだと納得は出来るが。
そんな思案をしている時だった。
「あ、そういえば・・・・・・あなた達がここに来る前にも一人可愛い子がいたのだけれど、もしかしてあなたのお友達かしら?」
「————」
なんて事のない話題のような彼女の言葉に思考が止まり、肝が冷える。
可愛い子というだけでは不明瞭過ぎると思われるが、ミーゼの脳裏には一瞬で探していた人物——ハルマレアの姿がよぎった。
確信に近い予感。
恐る恐る隣の彼女の顔を窺ってみると・・・・・・やっぱりそうなんだ、と言う風に口元を歪めていた。
邪悪さしか感じない笑顔を見ながらミーゼは落ち着け、と自分を叱咤する。
まだハルマレアと決まったワケではない。薄い望みを胸に抱きつつミーゼは、
「その子、どんな子ですか?」
「お友達って認めたくないの? まぁいいけれど。んーと、その子は小さい女の子で、紫髪の長いポニーテールが目を惹いたわね。それで黄色い瞳が綺麗で、両手の紫色の爪がなんか気になる子だわ」
薄い望みが、完全に砕かれた。
彼女が並べ立てた特徴は全てハルマレアに当てはまる。なんたる不幸だ。彼女はこの城に入ってしまい、この女性と出会ってしまったのだ。
そのきっかけを作った自分を強く責めつつ、ミーゼは隣の彼女にこう訊いた。
「・・・・・・その子を、どうしたんですか?」
「クスッ。どこにいるか、ではなくて、どうした、ねぇ。さっきのやり取りで私をどう印象づけているか、はっきりと分かってしまうわね」
「当然でしょうっ。あなたは私の友達を・・・・・・ラゥルをあんな目に合わせたのですから!」
「ごめんなさいね。私、腹が立つと全てがどうでもよくなってぜーんぶ何でもいいから壊したくなっちゃうの。許してちょ♡」
何がちょ、だ。他人に対してここまでイラついたのは生まれて初めてだ、とミーゼは怒りに震える体を宥めようと長い呼吸を繰り返す。
——ひとまずは、この女性の言う事を聞きつつ逃げる隙をなんとか作るしかない。
幾分か落ち着き、ミーゼは口を開く。
「話が脱線してしまいましたね。彼女を、ハルマレアちゃんをどうしたんですか」
「ハルマレアちゃん、ね。あの子そういう名前なのね。・・・・・・本当に知りたい?」
「もったいぶるの、やめてくれませんか・・・・・・?」
「あーらやだ、怖いわよミーゼ? あなたもそんな顔出来るのねぇ」
精一杯睨みつけた視線も意に返さない女性は肩をすくめつつ、
「あの子も素材にしようと思ってね。こう・・・・・・魔法で氷の鈍器を作って、後ろから不意打ちで頭をガンッ、てやったの。子供も使えそうだなーという閃きが出た私、頭良すぎ?」
「・・・・・・素材?」
「そ。まぁ死体じゃないと無理らしいから、あとで綺麗に殺そうと今は適当な部屋に閉じ込めてるわ」
はっきり言って、まるでついていけない。この女性は相手に話を理解させる気がまったく無いようだ。
だが分かった事は二つある。
やはりこの女性はロクでもない程危険な事と、早くハルマレアを取り戻さねばならない事だ。このままでは、ハルマレアは死んでしまう。
「——そろそろ、始め時かしらね。数も十分揃ったし、何より幸運にもミーゼが私の元に来たんですもの。これはもう始めろ、て言ってるようなモノでしょう」
「?」
「独り言よ、独り言・・・・・・。散歩は終わりにしましょ。次のお願い事は私が案内した部屋で待機してること。と言っても、そう長く待たせずに呼ぶだろうから、安心してね♡」
「安心て、何がですか」
「勿論それは・・・・・・花を摘みに行く乙女なヤツよ」
「・・・・・・。・・・・・・ッッッ!!!!!」
歩いていた両足を止める二人。最初ポカンとしていたミーゼだったが、少し間を置いて一気に顔が真っ赤に茹で上がる。遠回しな彼女の言葉を理解したのだ。
ミーゼは憤慨しつつ、
「別にむったくありませんからッ!! 微塵も気にしないで結構です!!!」
「ホントに? 今の内に行った方がいいんじゃない? 一度部屋に入ったら私が良しと言うまで出ちゃダメなのよ?」
「全然問題ありませんからっ」
「ならいいんだけれど。じゃあ三階に行くわよ」
「・・・・・・・・・・」
そういえば、とミーゼはふと思案した。
別に仲良くするつもりなどまるっきりないが、いまだにこの女性の名前を知らないままなのだ。
自分だけ知られているのも具合が悪い。名乗るかどうかは分からないが、駄目元で訊いてみるか、とミーゼは、
「あの」
「ん? どうしたの?」
「あなたの名前、訊いてもいいでしょうか?」
「・・・・・・・・・・・」
一瞬。
一瞬だけだが、彼女の綺麗な顔になぜか——寂し気な色が浮かんだ。
そうして、すぐに笑顔になった彼女は素直に名乗ったのだった。
「私はエマーゼ・シュノレース。かつて栄えていたシュノレース王国の第一王女・・・・・・今や裏切ったテレブール王国のせいで堕ちに堕ちた・・・・・・亡国の姫君ってところかしら?」
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「大分増えたもんだなぁ」
ポツリと呟く言葉が、広い空間に散って消える。
言葉を発した人物——白髪の男はゆらゆらと顔を左右に向けた後、座っている背が高い椅子、玉座に腰を深く沈めて顔を天井に向けた。
そう、ここはシュノレース城の玉座の間。今や本来座るべき王がいない、空洞な場所だ。
・・・・・・否。
空洞という表現は間違っているかもしれない。
なぜか、それは——、
「これなら、もう行けんじゃね?」
——広い空間、左右の両端にズラリと、身なりが汚い人間、柄が悪い人間が数多く並んでいるからだ。その数は十、二十・・・・・・五十ではない。
——百はいるだろう。
その誰もが、列を作って口を開く事もなく、前だけを見つめて不動で立ち尽くしている。
「ふぁ・・・・・・」
そんな異常とも云える人間達の中心にいる白髪の男が呑気に欠伸をした時だった。
ギィ、と玉座の間の出入り口である扉が開き始めた。
「ホント、匂いが辛いわね。酷すぎて一階にも漂ってる程よ? よく平気よね、あなた」
そう言って顔をしかめながら入って来たのは、長い青髪の気品ある女性——エマーゼだ。
彼女は自分の髪を払いつつ玉座に座る白髪の男に近づき、
「ねぇ、そろそろ始めてもいい頃合いだと思うのだけれど。あなたはどう思う?」
何を始めるか。無論分かっている白髪の男は「おお」と返事して口を継いだ。
「気が合うな。俺もいけるだろ、てついさっき思ったぜ。・・・・・・ここまで結構長かったよな。十数年ぐらいか? お前さんとの付き合いも」
「それぐらいね。それについ今しがたの事なんだけど・・・・・・すごく嬉しい事があったのっ」
「へぇ・・・・・・なんだよ」
「ミーゼに会えたのよ! 知ってるでしょ? 私の愛しいミーゼ! 今は部屋にいてもらってるけど、行くときは連れてくわ。あの子の前で見せてあげるの。全てが壊れる様をね・・・・・・!!!」
爛々と瞳を輝かせるエマーゼは、これからやる事が楽しみで仕方がないようだ。
無理もない。彼女はこの時が来るのを、十数年前から待っていたのだから。むしろ感嘆すら覚える。よくここまで我慢して、諦めなかったものだと。
魔法の修行も怠る事なく、人を殺す方法は自分が教え込み、彼女は——ようやくここに至ったのだ。
「・・・・・・それじゃ、始めるか。お前さんの念願の——」
「ええ。私の・・・・・・いえ、父や母、そしてかつてのシュノレース王国の民達の」
一度、彼女は言葉を切り、そして思いを込めるように口を継いだ。
「————テレブール王国への、復讐をね」
その彼女の言葉は熱を持ったように、歓喜に打ち震えていた。




