第17話 『コワレテ、コワシテ』
「今のは・・・・・・?」
突如起こった城を揺るがす程の連続の轟音。明らかに穏やかではない音に、心臓の鼓動が大きく鳴る。
いまだに戻ってこないハルマレア、謎の白髪の男といい、何かが動き始めたような予感が募っていく。
そんな中、もはや白髪の男に投げようとした問いすら動揺で忘れたユレスの耳に、くぐもった笑い声が聞こえてきた。
「クク・・・・・・何やってのかねぇ、あいつは」
楽しそうに呟くのは白髪の男だ。心当たりがありそうな言葉に当然ユレスは反応し、
「何か知っているのですか?」
「なんとなく、な。多分・・・・・・暴れてるんじゃねえかとな。気性が激しい奴だから。つーか、イカれてる、かな。ククッ」
答えになっていない答えを言った彼は、肩をすくめつつユレスの横を通り過ぎていく。轟音の正体を確かめに行くのだろうか。
ここでハッと思い出す。まだ肝心な事を訊いていない。
振り返り、この部屋を出て行こうとする彼の背にユレスは、
「待ってくださいっ。なぜあなたは私が魔法を使えない事を?」
「んー? 俺そんな事言ったか?」
「はぐらかさないでください! なぜですか!?」
「そーだな・・・・・・」
生返事をした後、彼は考察に耽るように目線を下げ——こう言った。
「もしまた会えたら、教えてやるよ。ここで言うのもつまんねぇしな。んじゃあなぁ」
「ちょっ・・・・・・」
そして彼は、ユレスの制止を無視し、背を向けたままひらひらと右手を振って部屋を出て行った。
バタン、と閉じられる扉。会えたら、とは無理があるにも程がある。名も知らない相手。そんな相手と会えるとしたら、よほど縁があるに違いない。
彼が出て行ってから少し間を置き、とりあえず轟音の正体を確かめに行くべきか、とユレスは決めて部屋を出る。早足で消えたのか、もう白髪の彼の姿は見えなかった。
「・・・・・・さて、一体どこから・・・・・・」
彼の事は頭の隅に置き、どこから轟音が轟いたのかを思索するユレス。少なくともこちら、ユレスがいる右側の方ではない。もしこちらだとしたら、もっと響いて聞こえたはずだ。
だとしたら上階か、左側・・・・・・ラゥルとミーゼが向かった所か。
ふと思案する。左側の方で轟音が生まれたとしたら——ラゥル達に何かがあったという事だろうか?
「——ッ!!」
冷や汗がぶわっと浮かんだ直後、ユレスはここまで来た道を走って引き返していく。戻った方が早いと踏んだからだ。
走り、走り、走り、入り口の三叉路に着き、ラゥル達が向かった左側の方へと入っていく。
そして、
「————」
視界に、入ってきたのは——。
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——ユレスと別行動を始めて間もない頃。
「しっかし驚いたよねぇ・・・・・・ハルマレアちゃん」
「うん・・・・・・」
バタンバタンと部屋の扉を開けて中を確認し、いないと分かって閉める行動を繰り返しながら会話をするラゥルとミーゼ。
話題は無論、聖光魔法で苦しんだハルマレアの事だ。
「冷静に考えるとやっぱおかしいよね? 聖光魔法であんな風になるなんてさ」
「そうだね。これまで何回も聖光魔法を使ってきたけど、あんな苦しむなんて・・・・・・」
声尻が弱くなり、ミーゼの顔が俯いていく。見るからに大きく気落ちをしている彼女にラゥルは扉の閉開を止め、目を伏せているその顔を見つめる。
ミーゼ的にはなぜあんな事になったのか、ではなく、苦しませてしまったと自分を責めているのだろう。本当に優しい少女だ。誰もがあの結果になるなど予想がつくはずがないのに。
そして、自分は冷たい奴だな、と浮き彫りになる。
彼女の心配よりも、疑問の方が勝っているからだ。
どうして傷を癒すはずの聖光魔法で苦しむのか、ユレスの出した『魔判紙』の結果といい、あの二人はどこかおかしいのだ。
「(すごく気になるな・・・・・・とにもかくにも、早くハルマレアちゃんを見つけないと)」
そう切り替え、親友の肩に手を伸ばそうとした時だった。
カツン、と床を靴で叩く音が、耳朶を打った。
「「?」」
ミーゼも聞こえたらしい。二人で前方、進む予定の先の方へと視線を飛ばす。
見やった視線の先にいたのは——一人の女性だった。
背中の上半分まで伸びている青い髪に長身。服装は普通だが、綺麗な顔立ちに髪を払う手の動き、立ち方といいやけに上品な所作なせいか、貴族を思わせるような女性だ。
だからか、突然現れた女性と今いる朽ちた城では違和感が相当強いのだ。
なぜ、こんな綺麗な女性がこんな所にいるのか。
「ねえ」
不躾な視線を二人に送られる女性は顔色一つ変える事なく、こう問いを投げてきた。
「あなた達・・・・・・永遠ってお好きかしら?」
「え、何・・・・・・?」
脈絡ない女性の問いにラゥルは首を傾けつつそう声を上げる。
意味不明な問いだ。突然そんな事を言われてもすぐに答えられるはずがない。
うろたえる二人が面白いのか、女性は微笑み、
「そうね。ではもう少し砕けて言いましょうか。ずっと続くと思う事は、あるかしら?」
「「・・・・・・・・・・」」
「例えば日常的に過ごしている生活。例えば友達との関係。例えば・・・・・・人生とか」
友達との関係、という部分でお互いの顔を見やるラゥルとミーゼ。彼女の言葉に乗るなら、自分達の関係はずっと——永遠に続くと信じている。
黙っていると彼女の雰囲気に飲まれそうだ。故に逆らうように、気丈にラゥルは口を開く。
「人生はずっと続かないでしょ・・・・・・いずれ人は死ぬし」
「ええ、まさしくそうね。けれど、頭ではそう理解していても想像はつかないんじゃない? 自分が死ぬ姿なんて」
「まぁ・・・・・・」
——結局、この女性は何が言いたいのだ?
「私はね、永遠は大嫌いよ。だって永遠って不変なのよ。何も変わらないなんて、気持ち悪くて仕方ないわ」
そう言った直後、彼女は視線をラゥルから沈黙しているミーゼに移し、
「あなたもそう思わないかしら? ——ミーゼ」
「「!!!??」」
ビクリッッ!! と大きく肩を震わすミーゼ。ラゥルはそんな大げさな反応はしなかったが、驚愕の度合いは同じだ。
なぜ、この女性はミーゼの名前を知っているのだ。この女性と会ってからミーゼは何も言わない。故に初対面だと思案していたが。
「ミ、ミーゼ。この人知り合い?」
「し、知らない。初対面だよ・・・・・・」
やはり初対面なようだ。だとしたら、彼女の知名度から名前を覚えた可能性が高い。
そして、動揺している彼女に視線を固定したまま女性は、
「ミーゼ、あなたは壊したくないモノはある?」
再び、新たな問いを投げてきた。
うろたえたまま、ミーゼは言葉を紡いでいく。
「た、たくさんありますけど・・・・・・」
「たくさん、ね・・・・・・私にはないわね。だってあらゆるモノは壊れてこそ安心出来るんですもの」
カツン、と女性の足が、こちらに——ミーゼに向かって一歩進む。
「壊れて」
一歩。
「壊して」
一歩。
「壊れて、壊して」
一歩。
「壊れて、壊して、壊れて、壊して、壊れて、壊して、壊れて、壊して、壊れて、壊して、壊れて、壊して、壊れて、壊して、壊れて、壊して、壊れて、壊して、壊れて、壊して、壊れて、壊して、壊れて、壊して、壊れて、壊して、壊れて、壊して、壊れて、壊して、壊れて、壊して、壊れて、壊して、壊れて、壊して」
やがて、ミーゼと女性との距離が無くなり、
「全て壊れて、全て壊したい・・・・・・」
ゆらり、と女性の右手がミーゼの顔に伸びていく。
そんな女性の右手を、ミーゼは目を見開いたまま動かずに見やっていた。否、動けないのだろう。
明らかに、言動が常軌を逸している女性に恐怖しているのだ。
「ッッ!!!」
危険だ、この女は——!
脳裏に警鐘がガンガン鳴る中、ラゥルは左手を大きく振り、緑風魔法を発現させる。
ブォッ!! とミーゼの後方から強烈な風が一陣吹き、ミーゼの青髪と女性の青髪が大きく踊り狂い、女性の体も風に押され後ろにたたらを踏む。
直後。
ぐるん! と女性の首がラゥルの方に向き、穏やかであった目つきからギラギラとした剣呑な目つきになった女性は歯を剥き出しにして、こう言い放った。
「なんで邪魔するのぉ!!? ただ私は壊れないモノを壊したいだけなのにぃ!!?! 壊したくないモノを壊したいだけなのにぃぃぃい!!?!!? 壊れたその先を見て安心したいだけなのにぃぃいいいぃい!!?!? こわれっ、こわれてこわれのこわこわぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!?!??!?!」
自分の頭を抱え、長い青髪を大きく振り乱す女性がガクン、と両膝を床に着けた瞬間、彼女の背後から——手のひら程の大きさの氷塊が空間を占めるように数えきれない程発現し始めた。
ピキピキピキピキピキピキ、という空気が凍る音が耳に攻めてくる中、ラゥルは直後に起こる未来を想像し、体ごと飛んで硬直しているミーゼを抱きしめて床に伏せる。
そして——氷塊は、彼女達に向かって無慈悲に打ち出された。
「くっそぉ・・・・・・!!」
右手を女性に向かって突き出すように振り、氷塊の向きを変えるため緑風魔法を魔力の続く限り発現させる。
吹き荒れる風。体ごと持っていかれそうな程の強い風——だが。
相当重いのか、風を受ける氷塊はまったく揺れる事無く、ラゥルとミーゼに襲い掛かった。
「「ッッッ」」
あまりの暴力にラゥルとミーゼが息を呑んだ直後に感じたのは——。
優しさの欠片もない無機質な冷たさと、無慈悲な痛みだった。
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「これは・・・・・・!?」
ラゥル達の安否を確認するために入った一階の左側の通路。
視界に入ったのは、床に転がる数多くの手のひら程の大きさの氷塊と、
「ッ! ラゥル!!」
横向きに倒れている、満身創痍のラゥルだ。
慌てて彼女の元に駆け付けて状態を確認する。近づいてみると、床や壁にめり込んでいる氷塊もあった。しかし今はそんな事はどうでもいい。
ゆっくりと彼女を仰向けにし、片耳を彼女の口元まで傍立て・・・・・・ホッとする。呼吸は正常だ。死んではいない。
そしてよく見れば血の跡などはあるが、傷は見当たらない。というよりは、塞がれていると言った方が正しいか。
恐らくは、ミーゼが聖光魔法を使って癒したのだろうが、肝心の彼女がどこにもいない。
一体何があったのだ、と周囲を観察しようとした時、
「ん・・・・・・」
細々とした息遣いがユレスの耳朶を打った。すぐに顔を下に向けると——閉じられていたラゥルの瞳が静かに開き始めた。
焦点が合わない目でボーっとユレスの顔を見上げて少しの間、意識が完全に戻ったのか、彼女はハッと目を見開き、
「ユレス! ミーゼは!?」
開口一番、そう尋ねてきた。その彼女にユレスはゆるゆると頭を左右に振り、言外に問いに答える。
そして、答えを知った彼女の唇がわなわなと震え、目も潤み始めると、ガッ、とユレスの服を掴んで口を開いた。
「あたし・・・・・・あたしっ! ミーゼをッ! あたしの魔法が全然・・・・・・!!」
「・・・・・・何があったんだ、ここで」
「ミーゼぇ!! ミーゼぇえ!!!」
取り乱す彼女は聞く耳を持ってくれない。
仕方ない、とユレスは心中で彼女に謝罪をしてから両手を広げ——。
パンッ!! と両手で彼女の両頬を叩くと同時にそのまま挟んだ。
そして、一言。
「まずは、落ち着け、ラゥル」
言い聞かせるように区切って、強く彼女にそう言う。
両頬を挟まれている彼女は、潤む目でジッとユレスの顔を見つめ、
「・・・・・・うん。ごめん・・・・・・取り乱して」
「よし」
パっと彼女の両頬から両手を離し、うなだれるラゥルが話し出すまでユレスは沈黙を続ける。こちらから無理やり訊き出しても彼女を焦らすだけだからだ。
そうして、ラゥルはポツリと口を開き始めた。
「・・・・・・こっちでハルマレアちゃんを探してたらね、いきなり知らない女の人が現れたの」
「女・・・・・・?」
あの白髪の男以外にもいたのか、とユレスは心中で驚きつつ、彼女の話に耳を傾ける。
「そしたら、意味分かんない事訊かれ始めて、急にその女の人の態度が急変したの。しかもミーゼに危害を加えようとして・・・・・・だからあたし、ミーゼを守ろうと魔法を使ったんだけど、そのせいであの人ぶち切れちゃって、こんな事に・・・・・・」
「この氷塊はその女の魔法か・・・・・・。青氷水魔法だな。これ程の惨事を生むなんて相当強いな」
「早くミーゼを助けないと・・・・・・あの子が連れ去られるのはだけはすごくまずい・・・・・・!!」
「? 確かにまずいが・・・・・・」
友達として心配なのだろう、と思案するが、なぜだろう。
何か、それ以上のモノを感じるのだ。
そんな首を捻るユレスの疑問に感づいたのか、彼女は迷うように目線を泳がせた後——観念した風にこう言った。
とんでもない、事実を。
「ミーゼは・・・・・・姫様なの。テレブール王とお妃様の唯一のご息女である姫様なんだよ!!!」




