第16話 『聖と魔』
着いたのは、想像通りと云うべきか、荒れ果てた城下町と化している王国——シュノレース王国だ。
入り口前に立つ四人、ユレス、ハルマレア、ラゥル、ミーゼはそれぞれ抱いている思惑は違えど、シュノレース王国に対しての印象は似たようなものである。
滅んだ王国とはこういうモノなのか、と。
しかし、想像が外れた部分が一つ。
「(人・・・・・・野盗や浮浪者が見えないな)」
そう、その類の人間がまったくいないのだ。
今はまだ昼を少し過ぎた頃だ。空き家を占拠して隠れている可能性も勿論ある。それに自分達がいるのは入り口の手前。ただ単に見かけないだけかもしれない。
当然出てこないのが一番いいが、一人も出てこないとなるとやけに不気味に感じる。
「それじゃ、入ってみようか」
そう言うと同時にラゥルは躊躇なくシュノレース王国内に入っていく。
果たして、彼女は何を思案をしているか。ユレスが感じる不気味さすら彼女にとっては冒険心を燃え上がらせる薪になっているのだろうか。
とにもかくにも、ここで立ち止まっていても仕方がない。ここまで来た時と同じように、ラゥルについていくハルマレアとミーゼの後ろを追随していく。
当てもなく進む、進む、進む・・・・・・。周囲にあるのは、賑わっていたであろう様々な店、寝食を日常的に繰り返す一軒家だ。当然のように人の気配は無く、朽ちている。
「まさに亡国だな。どこも寂れてい——ぶぎゃっ!?」
バダンッ!! と派手な転倒音。
何かに躓いたのか、前のめりに転んだのは、見た目は子供な女性のハルマレアだ。
「ちょっと、ハルマレアちゃん大丈夫?」
「お、ぉおぉぉおおおぉ・・・・・・」
「子供とは思えない唸りだね・・・・・・」
苦笑しながらそう言うラゥルは、うつ伏せのままのハルマレアを抱き起こして立たせる。何も無い所で転んだりと、まさに子供にしか見えない。まさか計算でやっているのか、とユレスがあらぬ疑いを持った直後、
「顔に擦り傷が・・・・・・ハ、ハルマレアちゃん。こっちに顔を向けてもらってもいいですか・・・・・・?」
「? 構わないが・・・・・・」
人見知りなのだろう、見た目が子供なハルマレアにも敬語を使うミーゼは膝立ちになり、両手を小柄な彼女の顔付近にかざすと、
「む・・・・・・、・・・・・・!!? これは!?」
「すぐに癒えますからね・・・・・・」
ぽわ・・・・・・と薄い白い光がミーゼの両手から発光し、そのまま集中するようにジッと両手をかざし続ける。
魔法を使っているのだろうが、見た事が無い魔法だ。赤熱でも、青氷水でも、緑風でもない。
だとするならば、残る魔法は一つ。これが——、
「持っている人があまりいない稀な魔法、聖光魔法。ユレスとハルマレアちゃんは見た事あるかな?」
そう得意げに答えたのはラゥルだ。やはりそうか、とユレスは興味深くミーゼの白く発光している両手に視線を注ぐ。
聖光魔法。そのチカラは様々な傷を癒し、魔を打ち払う聖なる魔法。
ふと、ユレスの脳裏に疑問がよぎった。
「・・・・・・?」
何を不思議がったのか把握出来ない。だが、不思議——否、次第に不思議は悪寒へと変化していく。
聖光魔法。そのチカラは様々な傷を癒し、魔を打ち払う聖なる魔法。
そう、魔を打ち払う、だ。
「————ッッ!!?」
理解すると同時に、それは起こった。
「がぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!???!???!?」
「「え・・・・・・!?」」
呆然と呟くミーゼとラゥル。それはそうだろう。
癒すはずだった小柄な彼女の顔が治癒される事なく、ドロリ、と紫色の肌に変色し爛れ始めたのだから。
当のハルマレアは絶叫を上げながら、痛みを誤魔化すようにゴロゴロと両手で顔を覆いつつ地面を転がっている。
「————」
小柄な彼女の苦しむ姿に動揺を隠しきれない。だが理解はした。なぜ彼女が苦しむ羽目になったのか。
簡単な話だ。それはハルマレアは人間ではなく、怪魔だからに決まっている。人間にとってはまさに崇拝される程の清き光。しかし怪魔にとってはおぞましき毒のような光。もがき苦しむのは道理である。
「ハルマレアちゃん・・・・・・!?」
「な、なんで!? わ、私っ、聖光魔法で治癒してあげようとしただけなのに!!?」
目を見開き、激しくうろたえるラゥルとミーゼ。彼女達の動揺はユレス以上だろう。ハルマレアの正体を知らないのだから当然だ。
そんな彼女達を見たからか、頭が冷静さを取り戻してきた。
立ち止まっている場合ではない。硬直しかけている足をユレスは無理やり動かし、
「レア!」
うずくまる小柄な彼女の元に急いで近づこうとするが、
「ッ!!」
顔を見られたくないからか、彼女達に正体が暴かれる危惧を覚えたのか、ユレス達三人に背を向けたままダッ、と一気に立ち上がりつつ長いポニーテールを翻して、前方に駆け出した。
——足が止まる。迷いが生まれたからだ。もし先のように彼女が思案しているならば、戻ってくるまで待つべきだろうか。
「ユ、ユレスッ! なんで止まるの!? ハルマレアちゃんを追いかけないと!!」
「バレハラードさんっ、私・・・・・・わたし・・・・・・ッ」
二人の少女達の声を聞きながらも思案を重ねていくユレス。立ち止まるユレスとは反対に、ハルマレアの背は遠ざかっていき、やがて見えなくなる。
「ユレス!!!」
「ぁ・・・・・・ぁあ」
「しっかりしてよ! いいの!? このまま動かなかったらハルマレアちゃんに二度と会えないかもしれないんだよ!!?」
「・・・・・・・・・・」
絶対とは言わないが、その可能性は極めて低いだろう。彼女は怪魔。人間よりもはるかに治癒力が高い生物なのだ。顔が自然治癒するまでそう時間もかからないはず。故に長い時間も経たずに戻ってくると予想がつくが。
・・・・・・しかし、いまだに危険人物の類は現れていないが、不気味さも消えていない。一人きりにするのはまずい気がする。
そうして、強張っているラゥルの顔を見返したユレスは、
「そう、だな・・・・・・。追いかけよう、レアを!」
「そうこなくっちゃ! 行くよミーゼ!!」
「う、うん! あ、あ、会ってっ、早く見つけて謝らないと・・・・・・!!」
持ち直したラゥル、動揺が隠しきれないミーゼと共にユレスは重い足をやっと上げて走りだす。
亡国の奥に消えた彼女を、孤独にしないために・・・・・・。
「(レア・・・・・・)」
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「ッ・・・・・・ッ・・・・・・ッ・・・・・・もう・・・・・・限界だ・・・・・・」
闇雲に走り続けた両足が悲鳴を上げ、その場にペタンと座るのは小柄な少女、もとい人間的に云うならば老成した年齢を誇る女性——ハルマレア。
荒い呼吸を繰り返しつつ周囲を見やって次に、左手で自分の顔、熱い部分に触れる。指先から伝わる感触は何か変な感じだ。肌に触れているはずなのに、別のモノに触れているような。
「・・・・・・まさか、聖光魔法を使ってくるとは思わなんだ。まぁあてが怪魔だとは知る筈が無かろうし、単に治癒をしようとしただけか。・・・・・・ユレス達、驚いたであろうなぁ」
そして、聖光魔法を浴びるとあれ程の苦痛が生まれるのか、と感心する。まだ父であるヴァルノートの元にいた頃、よく魔王軍の連中が聖光魔法は最悪だとボヤキ合っていたが、なるほど。確かに怪魔からしてみれば最悪以外の何物でもない。
ため息をつきつつ、ハルマレアはもう一度熱い部分に触れ、
「苦痛も大分引いたな・・・・・・。とんでもない痛みであったが、この程度ならばそう時間もかからずに治るだろう。あれ程の苦痛が継続的な痛みだったらと想像すると青ざめて仕方ないわ」
とりあえずは、顔が完全に治るまではユレス達の元には戻らない方がいいだろう。なぜ苦しんだかの言い訳も考えなくては、と立ち上がり、再び当てもなく歩き出す。
きっとユレス達は自分を追いかけて来ているはずだ。であれば、身を隠せる場所に潜む必要がある。
「空き家・・・・・・いや、簡単に見つかってしまいそうだ。どうする・・・・・・む?」
思索を続けながら歩いていると、見えてくる城壁——城が視界に入ってきた。
歩みを止め、さらに思索を深める。城内ならば、民家よりかは隠れられるだろう。
「行くか」
しばらくは城内にいよう、と決めたハルマレアの足が前方——空高くそびえる城の方へと進んで行く。
ぶじゅっ、とハルマレアの足元を歩いていた小さな黒い虫が一匹彼女の片足で潰れ、他にいた三匹はそのまま潰れた仲間の一匹を気にする事なく、地を這って横切って行った。
⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨
——空が澄み渡るような青から、橙色へと変色した現在。
ハルマレアはいまだに見つからず、戻っても来ない。
「空き家にもいないし・・・・・・どこ行ったんだろ」
「・・・・・・・・・・」
もう戻って来てもいい頃合いなはずだが、まったくと言っていい程小柄な彼女の姿が発見出来ない。
おかしい。
そして、相変わらずいると思われた野盗や浮浪者の類もいない。
何かが、おかしい。
そんな重い空気の中、幾分か落ち着いたミーゼは周囲をキョロキョロと見回しつつ、ある一点で止まり、
「あそこ・・・・・・まだ見てないよね」
「ん、城か。確かにそうだね」
そう彼女に答えたラゥルも同じ方向を見やり、ユレスも続いて見やる。
視線の向こう先にあるのは、寂れた孤独の城だ。
彼女は、あの城にいるのだろうか。
「・・・・・・行ってみよう、城に」
「うん」
「はいっ」
湧き上がる不安を抑え込みながらしばらく歩き、城壁に囲まれた朽ちた城に辿り着いて、城門を開けて中に入る。
ギィギギ・・・・・・と耳障りな音を立てながら閉開する城門。朽ちて数十年以上経っているから仕方ないが、建付けの悪さは故郷の教会の扉以上だ。
城内は荒れに荒れて酷い有様だ。さらに空気の通りが悪いのか、漂う匂いが少々辛い。眉をひそめる二人の少女も同じ事を思っている事だろう。
「・・・・・・? あれ・・・・・・」
「? どしたのミーゼ?」
そんな中、突如ミーゼは首を捻りつつ、不思議そうに呟いた後、
「なんでだろ・・・・・・なんか、見覚えが・・・・・・」
「見覚えぇ? え、まさか滅ぶ前にこの城に来た事あるの?」
「う、ううん。無いはずなんだけれど・・・・・・うーん・・・・・・?」
「城内なんてどこも似たようなものだからじゃない? それで錯覚してるとか」
「そうかなぁ?」
「多分ね」
二人の会話を聞きつつユレスは正面の先の階段、左右の通路を見ていき、
「まず左側から見ていくか」
「じゃあ効率を考えてあたしは右側かな。あとミーゼ一人だと危なそうだから、ミーゼはあたしと一緒。それでいいかな、ユレス」
「それが妥当だろう。多分突き当りで合流出来るはずだから、そこでまた会おう」
「バレハラードさん・・・・・・お気を付けて」
「君達もね」
そうしてお互い別れ合い、ユレスは左側、ラゥルとミーゼは右側の通路へと歩き出していく。
——ラゥルの提案はありがたい提案だ。仮に彼女を見つけた時、まだ全快ではなかったらまたややこしい事が起こりそうだからだ。
彼女達よりも先に見つけなくては、と部屋の扉を開けては中を確認して閉じるという行動を繰り返して進んで行く。
いない。
いない。
いない。
いない・・・・・・。
「(随分と、見つかりづらい所にいると見えるな)」
落胆半面ホッとするユレス。この分だと、ラゥル達も発見出来なさそうだ。
そして、流れ作業と化している扉開けが中盤まで来た時だった。
「ん・・・・・・」
「————」
誰もいないと確信していた部屋の中、汚れているベッドに横になっている男がいた。その顔を上げている男と、視線がぶつかり合う。
「おいおい・・・・・・ノックぐらいしろよな。俺が変な事してたらどうすんだよ・・・・・・っと」
そう言いながら起き上がり、ベッドから立ち上がる男。この亡国に来て初めて会う人間だ。浮浪者だろうか。
しかし、浮浪者にしては小綺麗な格好だ。背はユレスより少し高く、顔つきは爽やかな若々しさがある。ユレスよりほんの少し年上——二十代くらいの容姿に見える。
そして、目を引くのは、左目の真下の縦に並んでいるほくろが二つと、
「あぁ・・・・・・? お前さん・・・・・・」
「・・・・・・私と・・・・・・」
——まだ青年とも見える顔つきなのに、老人のような真っ白な髪。
ユレスと同じ、完全無欠の白髪だ。
「「・・・・・・・・・・・」」
無言で見つめ合うユレスと白髪の男。
探り合う視線を絡み合わせるだけの沈黙を破ったのは、白髪の男の謎の問いだった。
「なぁ、お前さんのその髪は、地毛か? 生まれた時からの」
「? そ、そうですが・・・・・・」
「そうか・・・・・・まさか同族と会えるとはな。世の中ホントおもしれーなぁ」
「同族?」
「ん? あれ? もしかしてお前さん、分かってないのか?」
「???」
分かってないも何も、まったく理解できない。一体何を言っているのだ、この男は。
訝し気なユレスの視線で納得したのか、彼は「そうかぁ」と呟き、
「可哀想だな・・・・・・それじゃ、なぜ魔法が使えないのかも分からないって事だよな・・・・・・」
「————は?」
今、聞き捨てならない事をこの男は呟かなかったか、とユレスは彼の表情を注意深く窺う。その顔は言動とは違い、ユレスを嘲笑するように薄い笑みを浮かべている。
今は魔法——『黒魔刻魔法』が使えるが、なぜ、この男は自分が魔法を使えなかった事を知っているのか。
「なぜ、あな——」
訊こうとした直後だった。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッッッ!!!!!!!!
「!!?」
「お」
城が揺れるような、連続した轟音が響いた。




