第14話 『武器屋』
「お、来たなユレス」
「お待たせしました、ドハドルさん」
ラゥルを振りほどき、やっと裏口に入ったユレスを迎えたのはこの家の家主であるドハドルだ。
中は普通の民家のような間取りであり、中央に大きな四つ足が高い四角いテーブル、そのテーブルの左右には二つずつ椅子が置いてあって、左側の方の一つにドハドルは腰を下ろしていた。
奥には階段があり、恐らく普段ドハドルとラゥルが過ごす部屋があるのだろう。さらにドハドルの背の奥にはもう一つ扉がある。その扉は直接武器屋の店内に入れる出口で違いない。
「そういやラゥルの奴が珍しく朝っぱらから起きたな。まぁいつも通り手伝いもせずどっか出かけやがったが」
「はは・・・・・・」
そこで会いましたよ、とはなんとなく言えず、曖昧に笑って返すユレス。こちらに帰って来ないところを見ると、あのまま出掛けたのだろう。
椅子を引きつつ「まぁいいわ」と立ち上がる彼は、今さらだと言うように肩をすくめ、
「それじゃ、店の方に行くか」
「はいっ」
武器屋に繋がる扉へと歩き、ユレスもその彼の背に追随していく。
そして視界に飛び込んで来たのは——、
「おぉ・・・・・・!」
剣、槍、杖、斧、短剣、鞭・・・・・・さまざまな武器が店内のあらゆる場所を占めている光景だった。まさに圧巻な光景である。テルスタ村には店と云えば食事を取れる店しかなかったため、実は武器屋に入るのがこれが初めてなのだ。
店はまだ開店していないのか、中は誰もいなかった。というよりも、ユレスのためにまだ閉めているのかもしれない。
「少し中を歩いてみるか?」
「いいんですか?」
「当然だ。もうお前はウチの従業員なんだからよ」
やったっ、とユレスは彼の好意に甘える事にし、従業員側が立つ横に長い台の内側から抜けてお客側の外側へと移動する。
無論ユレスには武器を見る目などないが、確かに彼の言う通りどれも品質が良さそうだ。値段は安い物もあれば高い物もある。しかし全部の武器がどれにも劣っていない。
そうしてぐるりと店内を一周し、満足したユレスはドハドルの元に戻り、
「なんだか武器を見てるだけで血が滾りそうな感じですね。私もやはり男だからでしょうか」
「分かるぜ。俺はご多聞に漏れず剣が特に好きなんだが、お前は何が好きなんだ?」
「そうですね・・・・・・私は——」
脳裏に想起されたのは、テルスタ村で使用した漆黒の槍。
「・・・・・・・・・・・」
リィン、とこの場にあるはずのない鐘の音が、聞こえた気がした。
「・・・・・・私も、やはり剣ですねっ」
「おう、そうか! やっぱ男は剣だよなぁ」
うんうん、と強面の彼は納得するように頷いた後、チラリと視線を入り口の方に滑らせ、
「とりあえず接客からやってみっか。慣れるまでは俺が後ろにいてやるからよ」
「はい! よろしくお願いします!!」
気勢がいいユレスに笑顔を浮かべた彼は、お客側の店内に出て出入口の扉を開ける。今から開店、仕事開始だ。
手汗が止まらない。不安と緊張もまったく止まない。
そして、眩しい陽光が開いた出口から店内に入り込み、二つの影が伸びて来た——。
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「——あ、ありがとうございました!!」
およそ二十九人目のお客を見送り、ふぅ、と一息つくユレス。開店した朝から今の昼下がりまで客足は止まる事なく、ひたすら接客の嵐だったのだ。
現在は開店前のように人はいない。だがこの分だとすぐにまたお客はこの武器屋に足を伸ばしてくる事だろう。ドハドルの言う通り、まさに人気店だ。今までこれを一人でこなしてきた彼には頭を下げざるを得ない。
彼女が逃げる理由も、なんとなく理解出来た。
「よし、とりあえず今日はこれでいいな。仕事上がりな、ユレス」
「え、閉店まで働くつもりだったのですが・・・・・・」
「いきなり初日でそれは辛いだろ? 当分は朝から昼ぐらいまでだ。大体仕事の仕組みが分かってきたなら、閉店までやってもらうかもな」
「なるほど・・・・・・分かりました。ではお先失礼しますっ」
「おう、お疲れ。また明日な」
片手を上げるドハドルに頭を下げ、ドハドルの自宅に入る。これで初日の仕事が終わった。
武器の売買やら武器磨きとやってみたが、想像よりはこなせた気がする。ドハドルが傍にいたおかげであろうが。
そうして、疲労を全身で感じている時だった。
ガチャリ、と裏口の方の扉が開いた。
次いでに入ってきたのは、当然と云えば当然、この家の住人であるラゥルだ。
彼女はキョロキョロと自宅内を見回し、ユレスを視界に入れると、
「ユレス、仕事終わったの?」
「あ、ああ。つい今ね」
今朝の『魔判紙』の件で結構気まずいのだが、彼女はまったく気にしていないのか、いつもどおりな様子だ。
それに——チラチラと彼女の後ろ、扉を隠れ蓑にしてこちらを覗き込んでいる人影がいる。彼女の知り合いだろうか。
「今終わったって事は、この後は暇?」
「まぁ、このまま直帰しようと思案してたが」
「それじゃあさ、あたしの部屋に行って、あたし達とおしゃべりしない? いいでしょ? ほらミーゼも入って入ってっ」
拒否権が通じないラゥルはユレスから自分の後ろに顔を向け、いまだに隠れている彼女の知り合いであろう人物にそう声を掛ける。当の人物は「う、うん」と戸惑うように返事をした直後、その姿を露わにした。
「————」
現れたのは、ラゥルとそう身長が変わらない女性だ。肩まで伸ばしている青髪、大人一歩手前の綺麗な顔立ち。他の部分は特筆すべき事はない——普通の女性だが・・・・・・なぜだろう。
どことなく、雰囲気がハルマレアに似ているような気がするのだ。
「紹介するね。この子はあたしの友達のミーゼだよ、いや友達というか親友かな?」
「あ・・・・・・ユレス・バレハラードです。以後お見知りおきを・・・・・・」
「ミ、ミーゼ・テ——いえミーゼです。こちらこそ、よろしくお願いしひゃッ」
「「(噛んだ・・・・・・)」」
「~~~~~~~~~ッッッ」
涙目で、自分の口元を両手で抑える女性——ミーゼを呆れた目で見るラゥルは、
「そんな緊張する? 確かにユレスは結構いい線いってるけど」
「ち、違うよっ。今の格好で男の人と面と向かって話すのは中々ないから・・・・・・」
「あー・・・・・・なるほどね」
ラゥルは合点がいったようだが、無論ユレスにはサッパリだ。かと言って、訊くほど興味もないのが正直な気持ちだが。
そして、帰ってひと眠りしたいというのも正直な気持ちだ。しかし強引な彼女は自分を決して逃がしはしないだろう。今朝の時と同じように。
「じゃあ二階行こ行こっ。話したい事もあるし、ほらミーゼ、ユレスも!」
・・・・・・しかし、何事も最初から無理だと決めつけるのはよくない。
ここは、言うだけ言ってみよう。
自分は、帰って眠りたいのだと。
「ラゥル」
「んー? 何してんの? 早く来なよ」
階段を上がろうとする彼女が不機嫌そうにこちらに振り返ってくる。その彼女の後ろには同じようにこちらを見るミーゼ。
その彼女達に申し訳なさそうにユレスは、右手で片頬を掻きつつ、
「・・・・・・やはり帰り、」
「帰りたい、とか言う気じゃないよね? 暇って認めたよね? ねぇ?」
「・・・・・・・・・・・」
「ユ~レ~ス~く~ん~~~~???」
「・・・・・・当然だろ。やはり帰りたくないな、帰っても時間を持て余すだけだし、と言いたかったんだよ、私は」
「さすがユレスだね! そうこなくっちゃ♡」
「一体何の話だろうなー? 楽しみだなー!!」
やっぱりダメでした。
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通された部屋は、まさに寝るためだけにあるような部屋だ。
女性らしい装飾もなく、ポツンとベッドがあるだけ。ベッドの傍には小さな台があり、明かり用の燭台が置いてある。
普段から出かけているからか、部屋には無頓着なのだろう。
「てきとーに座って」
彼女にそう言われたユレスは直接床に座り込み、ミーゼはちょこんとベッド、ラゥルの隣に腰を下ろした。
足と腕を組んでいるラゥル。両膝を揃えて、両手を重ねて自らの太ももの上に置くミーゼ。
座り方というモノは、本人の性格が出るモノなのだな、となんとなしにユレスが思案した直後、
「それで・・・・・・話したい事ってなんなの? ラゥル」
ラゥルが話したい事は、どうやらミーゼも知らないらしい。
訊かれた彼女は鷹揚に頷いてからユレスとミーゼに視線を配る。物々しい雰囲気を纏うラゥルだが、一体何を言う気やら。
そして、
「前々から行ってみたいと思ってたんだけど、さすがにあたしとミーゼの二人だけだと危険と憂いて諦めてたんだけどね」
「「???」」
「こうして男手——ユレスと知り合えたからねぇ・・・・・・実行に移せるってモノよ」
「一体な、」
「ここに、今や亡国であるシュノレース王国探検隊を結成するっ!!!」
ユレスの言葉を遮った彼女は、そんな予測がつかない事をハッキリと言った。
呆然。そう、まさに呆然だ。驚愕に目を見開く二人にラゥルは笑顔を崩さない。してやったりと言わんばかりの彼女は、
「この王国内で遊ぶのもいいけどね、それでもあたし達はいい若者なんだよ? あたしの中に流れる熱い血が冒険をしたいと叫んでるの!!!」
「そ、そんな事を思ってたの・・・・・・ラゥル」
「うんっ。冒険がしたいと囁いてるんだよ、あたしの見えない何かが」
「なんだ見えない何かって・・・・・・」
シュノレース王国。ここに来るまでに色々と聞いたが、今では危険な場所と化している亡国だ。そんな場所に行きたいとは、いくらなんでも暴走しすぎではと思案するが。
「あたしね・・・・・・ずっと不思議なんだよ・・・・・・」
快活から一転して真剣さを顔に滲ませるラゥルは、そう言ってから口を継いだ。
「あたし達がまだ物心つく前に滅んだと云われるシュノレース王国。滅んだという結果だけがあって、誰も滅んだ理由を教えてくれない・・・・・・うちのお父さんも例外じゃない。知らないの一点張りだよ。絶対変でしょ、これ。十数年前に滅んだんだよ? お父さんや他の大人も知らないはずがないんだ」
「確かにそうだね・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
単純に考察すれば——隠している、と受け取れる。
なぜ隠すのか、後ろめたい理由があるのだろうか。しかし個人ならばまだしも、彼女の言ではこのテレブール王国に暮らす大人全員が口を閉ざしているらしい。
得体の知れない不気味さが這い寄ってくるのをユレスは感じ、思わずぶるりと背筋を震わせてしまう。
しかしラゥルはユレスと違い、むしろ冒険心が刺激されるようだ。
謎を解き明かしたい、どんな場所なのか気になって仕方ない、脳裏を占めているのはそれらなのだ。
たとえどんな奴がいたとしても、自分の魔法ならば撃退可能。
その自信もラゥルを鼓舞している一因である。
「行くなら昼・・・・・・いや夜の方が面白そうだね。ミーゼ、行ける?」
「夜かぁ・・・・・・多分無理だと思う。さすがに・・・・・・」
「う~ん、仕方ないか。ミーゼの立場からすると・・・・・・」
立場。親が夜の外出を許さないとかだろうか。それは当然の話だ。ラゥルは関係なく外出するのだろうが。
そして、無理だと言われた彼女は納得したように首肯し、
「じゃあやっぱり昼かな。早速明日行こう! ユレスっ、明日仕事終わるのいつ?」
「明日は——」
ここで夜だと嘘をついても、後で彼女は父に訊いて裏を取る気と見て間違いない。
つまり、ここはもう素直に言うしかない。
「——昼ぐらいだな」
「よっしっ。明日またミーゼと二人で家に戻るから、そしたら三人で行こ!」
「シュノレース王国で冒険かぁ。怖いけど・・・・・・でも少し楽しみ」
「さすがあたしの親友! なっはっはっは!!」
「ふぅ・・・・・・」
ここまで話が進んだらもう断れないだろう。
行くしかない。シュノレース王国に。
そうして、ため息をつくユレスの心を読み取る気もないのか、冒険心を燃え上がらせている彼女はこう言った。
「明日はすごく楽しくなりそうだね! ユレス!」
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彼女達との話を終え、昼の外食を済ませてやっと部屋に帰れたユレスを待っていたのは・・・・・・今朝と変わらずにベッドにもぐりこんでいるハルマレアだった。
「まだ寝てたのか!?」
「む・・・・・・」
今のユレスの声で目覚めたのか、もぞもぞと小柄な彼女は起き上がり、
「おーユレス・・・・・・もう仕事終わったのか?」
目覚めた彼女の紫髪は下ろした状態だった。寝る時まではさすがに水色のリボンは外しているようだ。
ポリポリと頭を掻く彼女から窓から見える景色に視線を送ってから、ユレスは口を開いた。
「もう、というか半日分働いてきたんだが・・・・・・」
「半日? では今は昼ぐらいか」
「その様子だと、今までずっと寝ていたようだな」
「このベッドの寝心地が良くてな。なれが来なかったら恐らく夜までずっと寝ていたぞ」
「何の自慢にもならんな・・・・・・ふぅ」
ぼすっ、と自分のベッドに腰を下ろすユレス。部屋に帰ってきた実感が強くなり、疲労が全身にのしかかってきた。
「そういえば、まだなれがどこで働いてるか知らなんだ。どこで労働をしているのだ?」
「条件とかはもういいのか?」
「・・・・・・・・・・」
つい言ってしまったユレスのイじる言葉に、彼女は無言で頬を膨らまし睨みつけてくる。地雷を踏んでしまった。
慌ててユレスは、
「す、すまんっ。武器屋だよ武器屋! この宿屋の近くにある武器屋!」
「武器屋? ほー・・・・・・随分似合わぬ所で働いているのだな」
「まあな・・・・・・でも居心地はいいよ。店主の人も優しいし」
「ふむ・・・・・・明日も仕事か?」
「ああ。昼までだな」
「そうかそうか・・・・・・ふふっ」
「?」
何がおかしいのか、彼女は小さく笑い——再びベッドに横になった。まだ寝る気なのだろうか。
会話も終わり、特にする事もない。とりあえず目的通り、自分も寝るか、とユレスも彼女に倣うようにベッドに横になった。
「目が覚める頃は夜かな・・・・・・」
明日も朝から仕事だ。本来なら今寝るのはよろしくないが、それでも疲労で生まれた眠気には勝てない。
微睡みの中、脳裏に浮かんだのは、仕事が終わった後でのシュノレース王国への冒険だ。冷静に思案すると、そういう友達同士のような感じで遊びに行くのは初めての経験かもしれない。
ハルマレアはもはや家族だ。故に小柄な彼女は例外である。
「とりあえず・・・・・・お疲れ様だ、私・・・・・・」
思考するのも億劫になってきた。
最後に自分を労って、ユレスはひと眠りについた。




